悪役令嬢に転生しましたが、それより憧れのあの人を目指します。
悪役令嬢に転生しましたが、それより憧れのあの人を目指します。
※そういや、乙女ゲーム悪役転生は色々書いているけど、悪役令嬢は書いてないな~と思って書きました。
※多分セーフ。うん、きっとセーフ
私が乙女ゲーム「ルーシスフェルドの庭」に出てくる悪役令嬢オリビア=フーエンシュタイン嬢に転生したことに気づいたのは、10歳の誕生日のことだった。
何の脈絡もなくまるで雷に打たれたかのように、唐突に前世の記憶が降ってわいてきた。
「ルーシスフェルドの庭」は中世ヨーロッパ風異世界をモチーフにした、ファンタジー系乙女ゲームだ。
異世界へと召喚された日本人の平凡の女の子が、「世界の安定させる為に、神子としてこの中の誰かを選んで結婚しろ」といきなり王侯貴族たちの婚約者候補を押し付けられるという、ちょっとご都合主義な甘い設定のゲームである。色々とベタベタな展開ではあるが、魔法や魔物などのファンタジー要素がてんこもりであり、美麗なスチル映像などが話題になり、大ヒット作品ではないが、そこそこ楽しめるゲームだった。
オリビア=フーエンシュタイン嬢は、メイン攻略対象である皇太子シュベルツ=エルセルムの婚約者候補である。野心家で、王妃の座を狙っている彼女は、皇太子ルートにおいてヒロインをまるで小姑のように苛め抜く。類い稀な魔法能力と、「おい、お前、本当に令嬢なんか?いや、ゴリラだろ。野生動物だろ」とプレイしたものがドン引きするような身体能力をフルで駆使して、そりゃもう笑えるくらい徹底的に苛め抜く。気持ちいいまでに苛め抜く。
最終的にオリビアの行動から、オリビアを皇太子に嫁した後、王家を亡き者にして国を乗っ取ろうとしていた父親の陰謀がばれ、幽閉されるという悲しいエンドを迎えるのだが、ネット上ではもっぱら「いや、あのゴリラなら絶対脱獄する。脱獄していつか復讐しにくる」「ヒロインも皇太子も超逃げて」「…そうか、次回作は復讐に燃えるゴリラを打倒す、別ジャンルのゲームになるのか…」と囁かれていた。…乙女に対して酷過ぎる評価ではないだろうか。転生した身としては、とても抗議したい。
まぁ、しかしそんなことはどうでもいいことだ。私がヒロインを虐めなければいい。皇太子の婚約者の立場を狙わなければいい。そうすれば悲惨な展開にはならない。はい、解決。
そんなことより、私には、もっともっと重要な使命があるのだ。
私は部屋に設置された、豪奢な姿見を覗き込む。
鏡に映るのは、少々きつめな顔立ちをした、絶世の美少女。
肌は透き通るように白く、豊かなブロンドの髪は緩くウェーブがかかっている。長い睫毛の下にある瞳は、サファイアのごとくきらめいている。
ゲームが発生するのは彼女が17歳の時。17歳のオリビアの姿を脳裏に描く。
どちらかと言えばかわいらしい容姿のヒロインと対比するように、オリビアは背が高く手足が長かった。容姿のキャラデザもきつめの顔立ち故に、男女の書き分けが微妙なその絵の中では、男性キャラの顔立ちに近かった。
私は思わず、唾を飲み込んだ。
いける。
私は、今世こそ、憧れに憧れたあの人に、なれる…っ!!
前世の私は、とある少女漫画に嵌りに嵌っていた。
母が嫁入り時に実家からもってきたという、古い少女漫画。
フランス革命を舞台に、男装した麗人が活躍する、あの国民的少女漫画だ。
描かれる耽美な世界。
どんな男性より、美しく気高い主人公に、私は惚れ込んだ。恋をしていたといってもいい。
あまりに嵌って、ミュージカルを見に行くことは勿論、最終的にコスプレまで手を出してしまった。
しかし、恋するあの方の格好は、絶望的までに似合わなかった。
前世の私は、身長が小さかった。140㎝半ばくらい。声も甲高い。
そんな私があの人の格好をしても、男装の麗人に見えないのは勿論、どうみても子供のお遊戯会状態だった。
おまけに身体能力が低く、どんくさかった私は、イベント会場で裾を踏んでずっこけるという、彼の人ではありえない醜態を晒した。黒歴史でしかない。
涙を呑んでそれ以降のコスプレを諦めて、それでもせっかく手配した衣装と鬘を捨てることは出来ず、大事に大事に箱にしまって、病気で亡くなるその瞬間まで保管していた。自分が死んだ時には、一緒に焼いてほしいという遺言も残していた。
そんな私がオリビア嬢に転生したのは、神の思し召しにちがいない。
神は、言っている。
ゲームなんか、どうでもいい。
憧れのあの人を再現することを極めなさいと、そう言っているのだ…!!
7年もあれば準備期間は十分だ。そしてオリビア嬢には、「ゴリラ」と言われるほどの身体能力があるのだ。鍛え抜けば、剣術とていくらでも極められるはず。
思い立ったらすぐ行動。
私は父親に剣術を習いたいと強請るべく、部屋を飛び出した。
「…威勢よく決闘を申し込んで来たわりには、無様な結果だな。シュベルツ」
私は倒れ臥したまま睨み付けるシュベルツ=エルセルム皇太子にレイピアを突きつけながら、嘲笑を浮かべてみせた。
「これで、19敗目か?いい加減諦めたらどうだ」
「…っ!!このゴリラ女めっ!!」
私の勝利に、決闘を観戦していた女の子たちから歓声があがる。
私は毒づくシュベルツを無視して、そんな女の子たちににこやかに手を振って見せる。するとますます歓声が大きくなった。
王侯貴族たちが通うこの学園において、かつて女の子たちの人気の頂点だったのはシュベルツだったのだが、見事私が掻っ攫った。
あの人を目指して精進した結果である。当然の結果と言えよう。
私を見て頬を染める女の子たちは実に愛らしい。
ゲーム設定のままならともかく、今のこの私をゴリラと称するなんて、シュベルツは実に失礼かつ美意識がずれた男である。
「…いや、剣術でトップクラスの実力の俺を、そんな細いレイピアで簡単に打ち負かせる身体能力はゴリラとしか言いようがないだろう」
「黙れ、シュベルツ。何なら投げ飛ばして、地面と口づけをさせてやろうか?」
本当に失礼な男である。
私に人気を奪われたことを逆恨みして、何度負けても懲りずに決闘を申し込んでくる器の小ささも含めて、それが私にファンを獲られる原因だと声を大にして言ってやりたい。
起き上がろうとするシュベルツに手を差し出すと、一瞬嫌そうな顔をするものの、素直に手を取った。
歓声がさらに倍になる。うん、決闘はこうでなくてはいけない。爽やかな終わりこそ、私が目指すキャラ設定に相応しい。
いちいち突っかかってきて鬱陶しい男だが、こういう素直なところは美点である。
何だかんだで、シュベルツとは身分と言う気兼ねが無い良き友人関係が築けているんじゃないかと密かに思っているのだが、シュベルツはどう思っているのだろうか。
「そう言えば、異世界から神子を召喚するんだろう?お前も婚約者候補だと聞いたぞ」
「…不本意だけどな。俺は結婚する気はない」
「なぜだ?異世界からの神子なんて、それ以上の王妃に相応しい存在はいないだろうが」
「…押し付けられた女になんか興味はない」
「でも、きっとお前はその子を好きになるさ。――さぞかし愛らしい姫君なんだろう。是非とも私もお会いしたい」
記憶の中のヒロインの姿は、なかなか愛らしい姿をしていた。もしかしたら私同様転生者かもしれない彼女に、私が敵意が無いことを示して安心させてあげたい。
思わず目を細めた私と裏腹に、シュベルツは何故か悲壮な表情を浮かべた。
「だ、だめだ!!」
「え?」
「お前だけは絶対に会わさないからなっ!!その為だったら、俺は権力をフル活用してやるっ!!」
そう言い捨てると、シュベルツはあっけに取られている私を置いて、走り去ってしまった。
はて、なにか彼の気に障る言葉を言ってしまったのだろうか。
浮かんだ疑問は、しかし、かわいらしい笑みを浮かべて近寄ってきた女の子たちの姿を目に留めた途端、たちまち霧散していった。
乙女ゲームのストーリーが始まりますが、今日も私は関係なく、憧れのあの人を模した王子様ライフを楽しみます まる