オレは絶対にあきらめない
男の名前は山田毅、小学生時代からのオレの友人だ。27歳になったばかりだが東大医学部と米国のマサチューセッツ工科大学で「人体保存再生論」で博士号を西暦2千8百34年29世紀に取得している。オレの目から見れば彼は天才に違いない。
彼女の名前は姫野則子、日本人形のような顔をした女の子。もちろん今は大人の女性だが、彼女との初対面は小学校の2年生のころで、福岡県福岡市立八隈小学校にオレが生まれ育った月をオヤジの仕事で日本に永住するようになってからの住所、福岡市茶山の36階建ての高層住宅から歩いて10分の所にある生徒の80%が地球外で生まれた子供たちで、山田毅も姫野則子ちゃんも生まれは地球外だが、個人情報保護法に違反するようなことはしたくないので、これからお話しすることは全て自分で知り、体験したことに限られてくるが、それだけで充分オレが皆に知ってもらいたい山田毅と姫野則子の「愛の物語」を知ってもらうことはできるだろう。
八隈小学校2年3組に転校して来たオレは山田毅と姫野則子ちゃんのクラスメートになった。
学校で授業に使われる言語はもとより、日常会話も25世紀の「世界戦争(ロボット兵士だけの戦争で戦死者はひとりもいない)」の後、全て昔の表現で「英語」という言語に統一された。誤解を避けるために一応誰でも知っていること説明しておくが、英語が共通言語に選ばれた理由は、使用されるアルファベットの文字数が、わずか26文字しかないので中国語や日本語と比べて学びやすいということで、昔、英語を母国語として使っていた国々「世界戦争」前の経済的優位性とは無縁無根であることを確認させていただきたい。
話題を学校のことにもどします。ご存知のように、今の教育制度も昔と同様に、1年間が1学期、2学期、3学期に分かれていて、学期毎にクラスが変わったので、新学期毎にクラスメートが変わることが普通で、オレは3年の2学期と6年の1学期は山田毅とは別のクラスだったが、山田毅と姫野則子ちゃんは1年から6年までの6年年間の18学期を通して、いつも同じクラスだった。新学期になると山田毅は自分の席と則子ちゃんの席を自分勝手に決めて、「ボクはここ、則子ちゃんはそこ」と自分の席と則子ちゃんの席を勝手に決めて宣言していたが、則子ちゃんはまるでルールでもあるかのように指定された席に落ち着き、一言も文句をいうことはなかったし、担任の教師をはじめ、他のクラスメートから一言の文句も出なかったのは毅の成績が人並み外れて素晴らしかったからに違いないと思う。
オレが小学校を卒業してすぐにオヤジの仕事の都合でウチの家族は月に逆戻りすることになった。オレとしては地球の大学を卒業して一人前の通信士の資格を取るまでは地球にいたかったのだが、通信士の資格は月のウチで3Dホログラムを使い、実際にクラスにいるような環境で授業を受けることができる「遠距離授業」を受講することにした。
オヤジの仕事は月面上の建物もなければ山や丘もない砂漠を利用した常温核融合発電所で地球で消費する電力を全て月面上で作り、その電力を地球に恒久的に供給することで、地球上では一切Co2(二酸化炭素)を出さない「ユートピア」計画の主管となる事業だが、いずれはこの事業をオレに継がせようと考えているオヤジの意に反してオレは月で通信士の資格を取って月以外の惑星や衛星の基地で仕事をしたかったのだが、それはオヤジには内緒にしてウチの家族と共に月ににもどって生活をはじめた。
こうしてオレは山田毅と姫野則子ちゃんとサヨウナラをしたが、年賀状は忘れたことはなかった。
次にオレが毅と則子ちゃんにあったのは14歳の時、福岡県と姉妹都市の「ルナ・シティ」に新しいツーリスト・アトラクション「低重力プレイ・グラウンド」のオープニング・セレモニーに福岡県知事の則子ちゃんのお父さんが招待された時に則子ちゃんと毅もくっついてきた時だった。
オレはルナ・シティの宙港で市長と一緒に福岡県知事を乗せた亜光速リムジンを待った。
毅と則子ちゃん葉14歳。そろそろ「ファースト・キス」を経験しているかもしれない。則子ちゃんのお父さんは裕福だが情に厚く正義感も強いことで知られる福岡県知事でお母さんは弁護士という家庭なので、おそらく初体験はまだだろうなどと余計なことを考えていると地球からの亜光速リムジンが到着した。
到着した「博多River City Trans」と大きく船体に青い文字で書かれたリムジンから姫野大輔福岡県知事を先頭に毅と則子ちゃんが手をつないで降りてきた。定期的にテレビ電話で話すので、則子ちゃんの
容姿は知っていたが、かわいい女の子から美しい女性に変わりつつある則子ちゃんはステキだった。オレは生まれて初めて毅に対して嫉妬を感じたが、それよりも二人に会えた喜びの方が大きかった。
重力が6分の1という状況の中で、跳んだりはねたりすることの楽しさは、経験した人にしかわからないと思う。トランポリンの上で跳ねる場合は自分の体重事態は1Gの影響を受けるので飛び上がっている時も下に引っ張られる感じはそのままだが、月面上では下に引っ張られる感じが6分の1になるので本当に飛んでいるような感じになる。「低重力プレイ・グラウンド」の中央にセッッティングされたトランポリンで思いっきり跳ね上がったら凄いと思いますか?実はオレもそう思って心してやってみたが、実は残念ながらそうはならなかった。トランポリンの上にゆっくりととびのって、ゆっくりととび上がるだけなので、トランポリンはあってもなくても全然変わりはなかった。今でもトラアポりんがセッティングされたままになっているのは、1Gでトランポリンにとに乗って1/6Gで跳ね上げられると思っているスポンサーと力学の初歩を学生たちに学ばせるためです。オレも最初はトランポリンを使ったら凄いことになると思ってトライしたので、ちょっとがっかりしたけいけんがある。
「低重力プレイ・グラウンド」の全体像は球を半分に割って地面に伏せた形の1/6G低重力エリアとパブ・レストラン・エリアは円柱を縦に割って1/6G低重力エリアにつないだ、エスキモーの氷で作られた家「イーグル」を想像してみてください。ランチにはオレのオヤジも地球からのお客様たちと一緒に「低重力プレイ・グラウンド」に併設されたパブ・レストラン「1G」ですませ、オヤジと姫野福岡県知事の話し合いにオレも同席させられたが、毅と則子ちゃんは「低重力プレイ・グラウンドにもどり、
いやというほど楽しんだようだ。そして3人は再び「博多River City Trans」の亜光速リムジンで
地球に戻り、一週間後には姫野大輔福岡県知事と則子ちゃんからオレのオヤジにホログラムのお礼状が届いた。確認はしていないが、ルナ・シティの市長にもお礼状は送られていると思う。
それから更に十数年の時が流れた。年賀状は忘れることはなかったが、毅と則子ちゃんとは疎遠になり、新しい人間関係が生まれてきた。毅と則子ちゃんもそうかも知れないと思い始めた時、山田毅と姫野則子ちゃんが結婚するという話を聞いた。オレは自分のことのようにうれしかった。あの二人ならば理想的な家庭を築けるに違いない。
ふたりから結婚式の招待状がきたので、オレはその週の仕事を休み、少し早めに地球に帰り、山田毅や姫野則子ちゃんのご両親と一緒に2年前から則子ちゃんが「生体科学分析エンジニヤー(医師のこと)」として26世紀に移住計画が始まった土星最大の衛星「タイタン」から超光速スペースクラフトで帰ってくるのを待った。山田毅と則子ちゃんのご両親は毅と則子ちゃんが共に東京大学医学部で生体科学分析エンジニヤリングを学んでいた時には何度も面識があった。大学の休暇中には若い二人が火星のリゾートで一緒に一週間の休暇を過ごすことを許してくれていたし、費用の面で援助もしてくれた昔流に言えば「許婚」のような関係だったので山田毅と姫野則子が山田毅と山田則子夫妻になるのは時間の問題で、山田毅がいつダイヤモンドの指輪を買うお金を貯めて則子ちゃんにプロポーズするかに架かっていた。毅はもちろんのこと則子もそれを望んでいたし、則子の父親にいたっては自分でダイヤモンドの指輪を買って山田毅に託したいぐらいの気持ちでいた。誰からも祝福された二人だった。
ところが起きてはならない事が起きてしまった。福岡県板付宙港で姫野則子の到着を待つ山田毅と姫野則子のご両親の目の前で、着陸直前の超光速宇宙船「Endeavour」に突然上空から現れた隕石が激突してしまったのだ。通常はありえないことだった。隕石が音波、電波、光波の全てを吸収する成分でできていたために宙港の管制塔から目視されるまで隕石のコースが分からなかったのだ。隕石自体の大きさは、わずかに野球のボールを上回る程度で質量も数10キロで比較的小さい方であったが「Endeavour」は着陸態勢に入っていたために宇宙空間を飛行中は宇宙塵から船体を守るために張っていた防御バリアを停止していたので、ほぼ真上からエンジン部に激突した隕石の威力は壊滅的で、船体は木っ端微塵にならなかったものの、宇宙船のあらゆる部分から炎が吹き出した。パイロットと客室乗務員二人ずつと乗客14名、乗客のペット犬2匹と猫1匹が宇宙船内で炎に包まれた。消防車と救急車がすでに現場に到着していることから判断すると、両方とも隕石が宇宙船に激突する前に発車していたようだ。そしてオレの親友山田毅と則子ちゃんのご両親がショックを受けて立ち尽くす中、毅は「オレはあきらめない」と言い残し炎に包まれたEndeavourの方へ駆け出して行った。
オレと則子ちゃんのご両親が宙港の到着ロビーで見守る中、山田毅はまだ炎が完全に消えていないEndeavourから次々と車輪付のタンカに乗せられて運びだされてくるボディの正体を見極めるためにタンカに近づこうとしていたが、救急隊員に押し返されていた。そして5体目が出てきた時に毅は何か大声を出しながら救急隊員を押しのけてボディに近づき何か必死で話しかけようとしているようだった。遠くからでは良く分からなかったが、おそらくあの半分焼け焦げたボディが則子ちゃんだったのだろう。
山田毅が宙港の到着ロビーに戻ってきた。オレを含む則子ちゃんの関係者と他の13人のEndeavourの乗客の関係者の前で超光速宇宙船旅行会社Galacticaから事故に関しての報告がなされた。
その報告によると今回の事故は事前に予想できるものではなく、パイロットや旅行会社にミスがあったために起こったわけではないが、可能性が全くなかったわけではないので、旅行者には加入が義務つけられているUniversal Insuranceから人間が死亡した場合は一人当たり1億クレジット、ペットの場合は犬でも猫でも関係なく保険金の受取人に1千万クレジット支払われることになっていた。1千万クレジットは中古の「亜光速小型宇宙船」を購入できる価値で、のりこちゃんの場合はペットの子猫タマも一緒だったので、保険金の受取人には1億1千万ユニット支払われることになっていたが、受取人が誰であろうとオレにはどうでもいいことだった。オレが気になったのは山田毅が人に聞こえない小さな声で「オレは絶対にあきらめない」と繰り返していたことだ。事故で則子ちゃんが半身不随の障碍者になってしまったのであればまだ分かるが、則子ちゃんやペットのタマが他界してしまった今となっていったい何ができるのだろうか?
あの悲劇が起こった日から2年が経とうとしている。オレはあの後すぐに月に帰りオヤジの手伝いをしながら通信士の資格を取った。オヤジはもうすぐ30歳になるオレがいまだに独身でいることが気になっているようだが、月面上で女性と知り合うのは困難なことだ。それは地球外で仕事をしている女性にとっても同じことなので、オヤジの勧めに従い「見合い」も2~3回試してみたが、
どうしても、山田毅と姫野則子の本当に愛し合っていた二人と自分のことを比較してしまうので、もう一歩先に進めない自分が少し情けなかったりして何となく2年が過ぎてしまったように他人の目からは見えるかも知れないが、実はこの2年間、定期的に山田毅と連絡を取り合い、オレにできることで、毅が目的を達するように手伝っているつもりだった。そしてそれは100%ではないが、ある程度は成功した。それでは説明します。
以下は山田毅が「あきらめない」と言っている理由です。
1.山田毅 姫野則子 ともに万が1の事態に備えて特別な装置によって、自分の全ての知識をコンピュータに記憶させておいて毎晩就寝時その装置よってコンピュータの記憶をアップデイトさせておいた。
2.人間の本質は魂であり、人が他界する時に魂は「霊体」として肉体から離れる。
3.一旦霊体となった人間の本質は一定の期間経過後に適した新生児の魂(心)となって戻ってくるのが普通ですが、則子ちゃんの場合は則子ちゃん自身の身体があれば、その身体に戻ってくることも可能ではないかと山田毅は考えたのです。
山田毅は科学者です。ですから彼が「あきらめない」と断言しているのにはそれなりの理由があります。まず、則子ちゃんの焼け焦げた身体が運び出されて来た時に彼が則子ちゃんに大声で何か言っていたのを覚えていますよね。あの時には彼が何を則子ちゃんに言っていたのか分かりませんでしたが、医師である則子ちゃんには自分の身体の状態が分かっていたはずですから、毅が彼女に気休めの言葉をかけていたとは思いませんでした。しかし、彼がまさか則子ちゃんに彼女が他界した後のことを言っているとは思いませんでした。彼が則子ちゃんに言っていたのは「必ず準備するからそれまで待っていて欲しい。」というような意味のことだったのです。
これまでの説明で大体お分かりと思いますが、山田毅は則子ちゃんのご両親にも一言の相談もせずに姫野則子ちゃんのクローンを作っていたのです。
23世紀ごろからガンに侵された自分の臓器をクローニングで健康な臓器を作って臓器移植をしたり、発展途上国の独裁者やキングが跡継ぎとして、自分がまだ生存中にクローンを作らせて、自分の政策を継続させることはありましたが、すでに他界した人のクローンを作ることはまだ実用化されていない新しい分野でした。すでに則子ちゃんの葬儀と49日も済ませた姫野家のご両親には毅は新しい則子ちゃんが完成して再び前のままの元気な姿になって紹介できるようになるまでは秘密にしておくつもりでした。
山田毅の役目は生前のままのボディとインテリジェンスを兼ね備えた姫野則子No.2をつくることで、オレの役目は則子ちゃんの霊体をどこか他の身体に入って行かないように、常に則子ちゃんの注意を魅きつけておくことでした。
昨年の段階ではすで則子ちゃんのクローンは自力で息もするし、血液も流れるし、心臓も一定のスピードで鼓動を繰り返していて毅は彫刻家のように細かい点を修正していく段階に入っていました。この段階の則子ちゃんはまるでロボットのようで則子ちゃんが持っていた能力は全てプログラムされていて、支持に従って行動する、たとえば料理や、洗濯をすることはできましたが、意思
つまり心がなかったので必要に応じて行動を取ることはできませんでした。
オレの方は、はっきり意って何をするべきか分かりませんでした。毅を助けるためには、毅が作りあげた則子ちゃんの身体に一度は身体から離れた則子ちゃんの魂(霊体)がどこかに行ってしまって適した新生児の身体に入ってしまったら手遅れになってしまうので、それを食い止めなければならない。特別な決まりがあって、その決まりに従えば良いというわけではないので、とにかく自分が霊体になって、宇宙を当てもなくさまよっているとしたら、何にひきつけられるだろうか?いや、違う。何に魅きつけられるか考えるのではなくて、オレができることで則子ちゃんを魅きつけなければならない。
オレは通信士だ。オレにできること。則子ちゃんと毅の間のテレビ電話での会話の音声と映像、Eメールでのコミュニケーション等の姫野則子ちゃんに関る情報で思いつく全てを短波、長波、超短波、超長波で発信元が姫野則子No.2が眠るベッドから、病院の電子機器に悪影響を与えないように、病院から約100km離れたあたりの場所まで有線で月への中継基地に送り、月へ送られてきた情報を月の基地から全宇宙に送りますが送りっぱなしにした。オレにはこれ以上のことはできなかった。
そして、結果は出た。100%成功とは言えないが、とにかく則子ちゃんが戻ってきたのだ。
先週、山田毅から電話があった。かなり興奮した声ですぐに来てくれというのだ。
月から地球への定期便は週に1本しかでていない。昨日今週の分がでてしまったので、次の分は
来週まで後6日間待たなければいけないことを彼に言ったら、自分がタクシー代を持つからすぐきてくれというので、大慌てで準備をして地球に向かいました。ウチから月の宙港まで23ユニット、月から地球までの運賃が67,000ユニットそして日本国内での電車やタクシー代の合計が16,700ユニットの合計83,723の大出費でしたが、とにかく彼のマンションにつきました。そして、入り口のドアをくぐった時に見えたのがソファーの上で丸くなっている則子ちゃんでした。
オレに跳びびついてきた則子ちゃんは大歓迎のキスの変わりにオレの顔をべろべろなめてくれました。毅によると則子ちゃんの身体に戻ってきたのは、則子ちゃんではなくて、猫のタマの霊体だったようです。
しかし則子ちゃんの身体ですから彼女の機能も記憶も全て則子ちゃんそのものだそうです。
ですからこれから毅がやらなければならないのは、則子ちゃんをご両親に紹介して結婚するまでに則子ちゃんが人間として振舞うことができるように教育することのようです。
彼は言いました、「オレは絶対にあきらめないぞ!」