第93話 ★★王子様
『醜い』
『まがい物!』
『おまえのせいで、森が死んだ!』
『お前が精霊契約に失敗したせいで、聖域が無くなった』
『エルフは美しき者だ。醜いお前は、エルフではない』
『なんて醜くなってしまったの、ファン………』
『あんたなんかうちの子じゃないわ』
『やはりお前は災厄を呼ぶダークエルフだったのだ!』
フラッシュバックするこの光景は、幼き頃のあたしだ。
聖域を破壊し、火傷の痕を顔に残し、醜く変貌を遂げたあたしに対する、手のひら返し。
古代長耳族の特徴を持っていた。
暗黒長耳族の特徴を持っていた。
それだけで勝手に祭り上げられ、蔑まれ。
顔にやけどの傷を負ってしまっただけで、親にさえ見放された。
『その顔―――気持ち悪いな』
気持ち悪い。
醜い。
この顔のせいで。
美意識の強いエルフには、顔に傷をつけられることが何よりもつらい拷問になる。
もはやあたしには、自分の容姿に一切の自信を持てないから、そんなものに固執するのはばかばかしいとさえ思えるが
たかが皮一枚。
皮一枚に傷を負っただけで、ここまで人の反応が違うのだ。
容姿がなんだ。かわいいからなんだ。綺麗だからなんなのだ
醜ければ、捨てられてしまうのに。
☆
「ファンちゃん!」
「あんな酔いどれの言うことを真に受けちゃダメだ!」
どうやら、あまりのショックに呆然としてしまったらしい
気持ち悪い。
そう、あたしの火傷の痕が残る顔は、気持ち悪い
あたし自身がよく知ることとはいえ、そのショックは大きい
「そこの子達、大丈夫か!?」
いつの間に衛兵が到着したのかわからないけれど、酔っ払いどもを拘束してれたわ
来るのが遅いわよ。何をしていたのよ
「うわ、血が! 大変だ! すぐに救護班を呼んでくれ!」
血………? ああ、そっか。一応自分で治癒したとはいえ、顔を切りつけられたのよね
「顔も怪我しているじゃないか、いそいで治療しよう!」
衛兵が清潔な布を手に持って、あたしの顔に手を伸ばす。
あたしの顔は、包帯を付けていない
どうせもう魔法で傷は完治したのだ。診てもらう必要は全くない。
しかし、その伸ばされた手に恐怖してしまい、あたしは顔を庇ってしまう
先ほどの男の言葉が脳裏にこびりついて離れない。
「いや、いやあああ!!!」
あたしの顔は、火傷の痕が残る“気持ち悪い”ものだから
「見ないで!!」
「こら、暴れないで! 治療ができな―――」
火傷の痕を見られたくないあたしは、力の限り抵抗してしまうが、そんなあたしを抑え込んで、顔を覗き込むと、衛兵が息をのんだ
「あぁ………」
やっぱり、気持ち悪いんだ。
ルーは全く気にしていなかったから、夢を持ってしまっていた。
あたしが過剰に気にしているだけで、本当はそんなに気にすることは無いのではないかと。
でも、そんなことはない。
そんなことはないのよ。
なぜならあたしの顔は、
火傷の痕が残るあたしの顔は―――
―――醜いのだから。
☆ リオルSIDE ★
「ファンちゃん!」
「待って!」
僕が酔っ払いたちを闇魔法で押さえつけている内に、衛兵がやって来たので、酔っ払いたちを縛り上げて連れて行ってもらった
その途中で、ファンちゃんを治療するために衛兵が布をファンちゃんにあてがおうとして拒否され、それでもファンちゃんの顔から流れていた血を無視できないで布を差し出そうとしたところ、偶然にもファンちゃんの火傷の痕を目にして言葉に詰まっていた
それにショックを受けたファンちゃんが、衛兵を振り払って走り出したのだ
「リオルさん、どうしたのですか、この騒ぎは!」
「なんかのお祭りか? む? この祭りが豊穣祭だったな!」
「ん? そこに転がっているのはさっきミラちゃんをナンパしてた男どもだZe☆」
それと入れ替わりで、藍色の髪の女性? が現れた
いや、アレは男だ。藍竜族長のアドミラさんと橙竜族長のアシュリー。さらには串を咥えたまま喋っているニルドだった
アドミラさんは騒ぎを聞きつけてやって来たらしいが、アシュリーは興味本位だろう
今も好奇心に負けてニルドが手にしている串肉にパクリと食いついていた
その瞬間に串を持つ手を下げてあげるあたりにニルド優しさを感じる
というか、やっぱりこの男たちが言っていた『かわいい子が実は男だった』っていうのはアドミラさんのことだったのか。
「うわ、本当ですね………。お酒に酔っていて気持ち悪いですし、男だと言って追い払ったのですが、ここでも問題を起こしていたとは………」
アドミラさんはまるでゴミを見るかのように縛られている男たちを見下ろし、興味が無くなったかのように視線を外してこちらを向く
「それで、なんでこんなことになっているのですか?」
「えっと、それにはいろいろとあって………この男たちが難癖をつけてきて、成り行きでそれを返り討ちにしたんだけど、逆上したこの男が短剣で切りかかってきたんだ。その時に………」
地面に落ちた水色の包帯に視線を向けると、黄竜族長のニルドが「あ~、大体わかったZe☆」と言って、縛られている男の一人を踏んづけた
「ここにファンちゃんが居ないってこたぁ、こいつらの誰かがファンちゃんの火傷の痕をバカにして、それでファンちゃんが逃げたのかにゃー」
状況の把握が早くて助かるよ。
ニルドは咥えていた串を口から出すと、右手に持って『バリッ』と一瞬だけ放電する。
すると、串は一瞬で炭化してしまい、ゴミが残ることは無かった。
その放電でニルドが踏んづけていた男の一人がアースになってしまったのか、泡を吹き、失禁して倒れてしまった
ニルドはファンちゃんのことをよく心配していた。
子供が好きなのだろう。
ニルドは自分が認めたものをバカにされたら、本当に容赦をしないらしい。
「だったら、すぐに追いかけてやるのが男ってもんだZe☆」
ポンと僕の背中を叩くニルド。
「きっとファンちゃんは、救いを求めているはずDa☆」
その後すぐに指パッチンして手のひらを上に向け、ウインクをしながら僕を指差す。
本当に、こういう行動を素でやっているのだろう。
不自然などなく、様になっていた。
「傷ついたファンちゃんを、優しく慰めてやりな」
そして、ニルドは拳を突きだす。
僕はその拳に自分の拳を軽く叩きつけ
「………うん!」
力強く頷いた。
まかせてよ。ファンちゃんの為にできる事なら、なんでもするよ!
「仮にもこいつ等は貴族の孫に手を出したのだ! 死刑になっても文句はいえないぞ! ワタシたちが責任を持ってこいつ等をシゲ爺の元に連れていくから、安心するのだ!」
さらにアシュリーが無い胸を張って心強いことを言ってくれたため、その厚意に甘えて、急いでファンちゃんを追うことにした。
そのことを聞いた男たちは、酔いがさめたかのように青い顔をする
アシュリーの口元にタレが付いていなかったら、もうちょっと格好よかったかもね
「衛兵さん、僕はあの子を追いかけるから、この酔っ払いをお願い!」
「あ、キミ! キミも腕を怪我して―――」
「ルー、行くよ!」
「うん!」
腕の怪我は血でぬるぬるの真っ赤だけど、もう治っているんだ。診てもらう必要はない。
元気に走っている僕たちを見て、それほど大きな怪我ではないと判断したのか。
それとも、酔っ払いたちを投獄するのが先だと思ったのか、はたまた両方なのか。
衛兵さんは逡巡してから縛り上げた酔っ払いの連行を優先したらしい
これは不慮の事故だしさ。
衛兵さんは悪くない。仕事をしようとしただけなのだから。
誰だって、いきなり顔が爛れて変色してしまっている子供を見たら一瞬言葉に詰まると思う。
僕だって事前知識が無かったら同じように言葉に詰まっていた可能性を否定できない。
それでも、前世の僕の方がもっとひどいけがを負っていたから、彼女を容姿で嫌いになることはありえない話なんだけどさ。
……………
………
…
「リオ、ファンちゃんの場所、わかるの?」
ファンちゃんは足が速い。
おそらくルスカ以上だと思う。
今朝の体力測定でも思い知ったからね。
ファンちゃんは人ごみを潜り抜けていて、もう見えない。
今回はファンちゃんに糸をくっつけていたわけではないため、見失ったらどうしても追うことが出来なくなる
だが
「行先はわかる。昨日の泉だ。場所まではわかんないから―――“魔力探知”」
森の中に向けて、広範囲に自分の魔力を散布して魔力探知を行う。
意識を集中すれば、ファンちゃんはすぐに見つかった。よかった。そう遠くないや
森の奥地にぽっかりと空いた泉。
彼女が行きそうな場所と言ったら、もうそこしかないのだ
やっぱりそこに向かって走っていたんだね。
「よし、詳しい場所も分かった。こっちだよ!」
昨日のようにぬかるみや食人植物などに引っかからないように慎重に。
それでいて最速で森を走る。
帰り道がわからなくなることを防ぐために、僕はやはり糸魔法で街の中のどこかに糸を結んでいるよ。
迷ったら大変だからね。
ここに来るのも二度目だから、運動音痴の僕でも慣れたものだね。
そのまま数分ほど走り続け、しゃがみこんで泉をじっと見つめているファンちゃんを見つけた
泉をじっと見つめているのは、泉に移る自分の姿を見ているのか。
「………ぐすっ」
鼻をすすって、腕で眼を擦る。
そんな水面に映る自分の顔に向けて、右手に持った小石を投じる
パチャッと水面を波立たせると、ファンちゃんはうずくまってしまった。
彼女の顔に残る火傷の痕は、彼女の最大のトラウマであり、コンプレックスなのだ。
状況が状況だった故に、不可抗力であの酔っ払いに火傷の痕を見られてしまい、“気持ち悪い”と言われてしまった彼女の心境は、想像することすらできない。
その後に、善意の衛兵が火傷の痕を見て一瞬言葉に詰まった時。
感情の機微に敏いファンちゃんのことだ。先ほどの言葉が頭から離れず、気持ち悪いと思われたのだと勘違いしたのだ。
「リオ………」
「うん。僕に任せて。ルーはここに居てね」
「わかったの」
ルスカのほっぺを撫でると、ルスカが一歩引いて木の陰にしゃがみこむ
さて、昨日は僕がファンちゃんに慰めてもらったけれど、今度は僕の番だ。
僕はファンちゃんに向かって歩みを進める。
「―――醜い」
「………?」
すると、独り言だろうか。ファンちゃんがポツリと俯いたまま呟いた
何事かと思って歩みを止めてそれを聞くと
「醜い顔は、嫌われる」
「だからあたしは、いつも一人ぼっち」
「醜い顔に、手を差し伸べてくれる人は居ないのだから」
それは詩だった。
嫌われ者の、寂しがり屋の女の子の、孤独な詩だった
「街は明るく、手を取り合って友達と踊る。」
「醜いあたしも混ざりたくてそこに行けば、醜い子とは踊りたくないと返される」
昔、アルンとリノンに包帯を馬鹿にされた時のことだろうか。
なんとも無力感に溢れた希望の見えない詩に、こちらも気落ちしてしまう
「だからあたしには、友達はいないの」
「味方なんて、誰もいないの」
そんなことはない。
彼女にはシゲ爺が居る。
だが、同年代の子供なら?
彼女には味方はいなかった。
今は確かにルスカが居るだろう。
だが、それだけだ。
おそらく、ファンちゃんの火傷の痕に対して特に何を思うこともなく普通に接することが出来る人間は本当に稀だ。
僕も例外ではない。
何の情報も無い状態で包帯も付けていないファンちゃんと出会ったら、まずは動揺する。
しかし、僕ならばすぐに通常通りに接することが出来る。
それは僕が、前世で彼女よりも酷な環境にあったからに過ぎない。
普通の子はそうではないだろう。アルンとリノンの二人は、彼女を見て馬鹿にしていたと、ルーから聞いた。
きっと、それが普通の子供の反応なのかもしれない。
そう思うと、なんだかやるせない気持ちになる。
「広場で踊る人々の楽しげな輪に」
今思えば、ファンちゃんはすこし羨ましそうに広場で踊っている人たちを見ていたように思える。
内向的な彼女だが、運動能力が高く、寂しがり屋なのだ。
本当は、外でいっぱい体を動かして遊びたいはずだ。人と接したいはずだ。
それを、火傷の痕があるせいで外に出ることが出来ず、人と目を合わせることが出来なくなってしまった。
奇異の瞳で見る人々。
それに委縮してしまい、その輪に加わることが出来なくなってしまった彼女は、どれだけ寂しい思いをしただろうか
「誰か、誰か醜いあたしを連れだして。あたしだけの―――王子様」
そんな自分を、いつか連れ出してくれる人を待っていたのだろうか。
スノーラビットのぬいぐるみをギュッと抱きしめ
涙に濡れた瞳で水面に揺れる己の顔を見るファンちゃん。
まだまだ夢を見たっていい歳の、女の子。
6歳にしては大人びて見えるファンちゃんの本心を、初めて見ることが出来たような気がする
そんな彼女を見て、僕も覚悟を決めたよ。
僕は
頭のバンダナを―――はぎ取った。
「魔王の子でよければ、キミと輪の中で踊ってあげられるよ。」
「ッ!!」
弾かれたかのように視線を水面からこちらに向けるファンちゃん
「悲しい詩だね。他人に受け入れられない女の子の、一人ぼっちで泣いている寂しい詩だ。」
「………。」
「でもね、現実は甘くない。どれだけ待っても、連れ出してくれる王子様は居ないんだから。そんな現状を打破したいのなら、どんなに怖くても行動を起こせる勇気があれば………未来はいくらでも変えられる。ふさぎ込んでしまえば、一生そのままだ。待っているだけでは、何も変わらないんだから。」
皮肉なものだね。行動を起こせなくて、すり切れた精神で毎日を過ごし、そして死んでしまった僕がこんなセリフを吐くんだから。
僕は片膝をついてファンちゃんに視線を合わせる。
「ねえ、キミの名前を聞かせてよ」
「………。」
目を丸くするファンちゃんを前に、僕はただ、待つ。
ファンちゃんの返答を。
「………ファン。」
「ファンちゃん。僕はリオル、魔王の子だよ。」
「………。」
そんなことは知っている、と言わんばかりの視線を僕の髪に向ける。
大丈夫。もう怖くない。
「ファンちゃんが僕の味方でいる限り、僕もファンちゃんの味方になるよ。約束する」
「………っ」
瞳に溜まった涙が一筋、頬を伝った。
僕はそんな彼女の頭をポンポンと、いつもルスカにやるように撫でてから、彼女の右頬を手でなぞり、そのまま頬に手を添えた。
そのまま、力強く彼女の眼を射抜く。眼を逸らすことが出来ないように、力強く。
「ファンちゃんは、かわいいよ。僕は本当にそう思っているんだ。だから、もっと自信を持ってもいい。時間がかかるかもしれないけど、それまで、僕が一緒に居てあげる」
「………」
「だけど、連れ出すのは、キミからだ。待っているだけでは変えられない。王子不足だからね。お姫様が自分でダンスに誘わなきゃならない時代だよ」
そう言って、僕は立ち上がってファンちゃんに背を向ける
「あの男に言われた言葉なんか気にするな。ファンちゃんは自分が思っているほど醜くなんてない。むしろかわいいんだ。美人なんだ。心も綺麗なんだよ。こんな僕を慰めてくれるくらい、ね。だから、そんな奴らに言ってやれ。“見る目がないな”ってさ」
目を丸くしてこちらを見上げるファンちゃん。
後ろを見なくても空気でわかる。
「広場で先に待ってるから。」
僕は振り返って、腰に手を当てながらファンちゃんにウインクをして見せると、呆然としていたファンちゃんが顔を赤くしたのが見えた。
それからはもう、僕は振り返ることなく街に向かって歩き出した。
さあ、準備は整えたよ。
あとはキミの勇気次第だ。頑張ってね、ファンちゃん。




