第82話 ☆ルーとお友達になってくれる?
★ ファン SIDE ★
「これは………どういうことなのかしら」
首を捻って考えても分かる答えは無い。
目の前には半透明の女の人………もとい、水の精霊が居る。
それも、泉の中心で眠りこけながら。
『ファンちゃんのおかげだお~!』
『まりょくもらったからだおー!』
『おとなになったんだお! ほめてほめてー!』
あたしといつも仲良くしてくれた妖精さんたちは無邪気にもあたしの周りを飛び回る
あたしのおかげ?
なんで?
首を捻りながらもあたしの肩に乗った妖精の頭を撫でる
妖精は精霊と同じように体が魔力でできているため、頭を撫でるだけでもコツがいる。
すり抜けてしまうため、上手に触ることができないのだ。
反面、多少魔力の扱いに長ける人ならば容易に触れることができるわけで、捕まえた後はビン詰めされて観賞用に売られてしまうこともあるそうだ。
とはいえ、ここは人も来られないような秘境だ。
妖精たちにとっては安全地帯と言ってもいい。だからこうして妖精たちとお話ができるのだし。
『きゃふふーん♪』と気持ちよさそうにあたしの指に頭を摺り寄せる妖精にあたしの頬もゆるむ。
『んぁ? あ、ファンちゃんや~♪ ウチのこと判るー?』
妖精たちが騒いでいることに気付いたのか、泉で気持ちよさそうに漂っていた精霊が目を覚ましたようだ
あたしの名前を言いながら、嬉しそうにこっちに手を振る
でも、残念ながらあたしには精霊の知り合いはいないし、彼女のことも何も知らない
今日初めて見ただけだ。
「あ、あのっ………その、あなたは………いったい………?」
『ウチ? ウチは―――』
「あーっ! いたのー!!」
妖精さんに先ほどの事について聞こうとした瞬間、背後から大声が聞こえてきたため、ビクリと肩を揺らす
その衝撃に驚いたのか、はたまた大声に驚いたのか。
『ぴゃー!』という情けない悲鳴の後、妖精は姿を隠して見えなくなってしまった
同時に、泉に浸かっていたはずの精霊の姿すら全く視認できなくなった
あ、あれ? 半透明からさらに消えることができるの? ずるい!
あたしはおそるおそる振り返ると、そこにはオレンジ色のバンダナの上にちょこんと葉っぱを乗せながら膝に手を当てて息を切らせている女の子の姿があった
「ひゃ~~っ やーっとおいついたのー♪」
どういうルートを通ったのかは知らないが、女の子は全身泥まみれで、至る所に切り傷や擦り傷があった。
慣れない足場に、何度か転んでしまっているのが見て取れた
大きな木々や刃のように鋭い草が生い茂っているから、大森林に慣れていないとあたしみたいに綺麗な格好でここまでたどり着くことなんかできるはずもないけれど。
にひーっと泥だらけの笑顔を向ける少女の姿に、あたしはどうしたらいいのかわからなくなった
「っ!? ………っ」
追って来たの?
どうやって?
あんなに走って来たのに!?
それにここは………
ここは、ちょっとした聖域になっていて偶然来られるような場所じゃない
追って来たにしても、あたしは完全に引き離していた
ここは森だ。
それも大森林だ。目で見える距離じゃない
「にへへ、たいへんだったの! ファンちゃん足すっごくはやいんだね!」
「あ、あう………」
なのにそれを、追って来た
どうして? どうして? どうしてなの!?
「いきなり走りだすからしんぱいしたの。リオもしんぱいしてたよ?」
リオというのは、魔王の子の事なんだとわかった。
でも、突然の事態が連発するこの状況で、混乱する頭ではそれ以上の事は何もわからない
無邪気な笑みを浮かべてあたしにむかって歩いてくる女の子に対してジリジリと距離を取ることしかできなかった
あの子が積極的にあたしに話しかけてくれても、どうしても返事ができなかった
なにも、変わらなかった。
なにも
ああ、嫌になる。
成長できない自分に腹が立つ
「うゅ? どーしたのー?」
あたしが返事すらできないでいると、小首をかしげる女の子。
頭の葉っぱがアホ毛のようにぴょこんと揺れた
「っ………ぅぅ」
じりじりと距離を取って後ろに下がる
どこまでも、人見知りで、人と話すのが怖くて、人の目を見ることができない。
そんなあたしは、失念していた。すぐ後ろが、泉であったことを。
「あ! うしろ! あぶないの!!」
「え――― きゃっ!」
女の子の指摘に疑問を抱く前に、あたしは足を踏み外してしまい、バランスを崩してそのまま泉に落ちそうになってしまった
「つかまって!!」
女の子があたしに向かって手を差し伸べながら走ってくる
必死だったからか、無意識だったのか
あたしはその手に向かって手を伸ばしていた
しかし、それでもためらいがちに肘を曲げ、伸ばしきることは出来なかった
こういう状況でさえ人と触れ合うことを拒否する自分に嫌気が差す
「ぁ………」
だけど女の子はそんなあたしの手を掴んだ
次の瞬間
――――ぼっちゃーん!!
二人そろって、盛大に泉の中に落ちてしまった
「………。」
「………。」
手をつないだまま、お互いにずぶ濡れになった体を見下ろす
「……………。」
「……………。」
ずぶ濡れになった互いの顔を無言で見つめる。
「………ぷっ」
「………?」
突然、女の子がこらえきれないと言った様子で噴き出した
「きゃははは! びしょびしょなのー♪」
泉に落ち、ずぶ濡れになったことがおかしくて仕方がないといった様子で両手を上にあげて楽しそうに笑う
ばちゃっと音が聞こえたかと思うと、彼女は泉に背中から倒れて笑っていた。
その拍子に、頭に巻いていた赤いバンダナがほどけてその中に隠されていた白い髪があらわになった
「っ!!」
そっか。おじいちゃんから聞いてはいたけど、やっぱり神子だったのね、この子。
女の子が泉の中の浅い場所から立ち上がると、水を含んで背中に服が張り付くと、純白の翼の形が浮かび上がった
本物だ。
「ふぅ、おもしろかったの」
笑いすぎてお腹が痛いのか、お腹を押さえながらこちらに歩いてくる
「にゅ?」
小声で呟いたあたしの声に、女の子は首を傾げる
「………どうして、ここがわかったの?」
それだけしか、聞けなかった
話しかけるのは怖かった。
でも、もうここ以上の逃げ場をあたしは知らないしこの女の子からも逃げられそうにないと思った
未だに心臓はドクドクと早くなっているし、話そうと思うだけで目の前が暗くなる
俯きながらそう言うと、女の子は
「にへへ、リオがおしえてくれたの!」
おしえてくれた? どういうこと?
魔王の子には、あたしの場所がわかっていたって言うの?
俯いているから顔を見ることはできないけれど、満面の笑みでそう言ったことはわかった
そのまま女の子は両手をあたしの両頬に添える
「ひゃあ!」
突然の行動にあたしは驚いて距離を取ろうとしたが、足元の水に足を取られ、少しバランスを崩しただけであった
あたしが崩したバランスも、女の子が力強くあたしのほっぺたを押さえていたおかげですぐに体制を整えることができた
「こわがらないで。かおをあげて?」
そう言って、俯いていたあたしの顔を無理やりあげさせて、自分の目を直接見させた。
思わず硬直する自分の身体。
あたしの視線を、有無を言わさず女の子の瞳に固定された
吸い寄せられるように、その蒼色の瞳を見返す
すると、女の子はにひーっと笑顔を浮かべた
「うつむいてちゃダメなの。女の子はえがおがいちばんかわいいってリオが言ってたの!」
ほっぺたに添えた両手の、その親指を口元に持ってくると、そのままあたしの口角をにゅっと上げた
それを見た女の子はまたも眩しいほどの笑顔を向ける
「かわいい………」
「うんっ♪」
オウム返しするあたしに屈託なく笑顔でうなずく女の子。
それでも、あたしは………
「あたしの笑顔なんて、みにくいだけよ。」
自分の容姿に一切の自信を持てないのに、かわいいとは思えないのだ。
自分の顔の右半分を指でなぞると、水で湿った包帯がくしゃりと歪んだ
その奥には、浅黒い肌が薄桃色に変色した火傷の痕が顔をのぞかせる
「オバケみたい、でしょ。」
「あっ………」
その包帯の奥を見た女の子は、すこしだけ驚いたような顔をする
ああ、やっぱりこうだ。
あたしの世話を焼いてくれようとしたのだろう。
引いたでしょう。この醜い顔に。
顔だけじゃない。
肩から腕にかけても火傷の痕は残っているのだ。
彼女もおじいちゃんからあたしと仲良くするように頼まれているのだろう。
そんな生半可な気持ちで近寄らないでほしい。
アルンとリノンのときだってそうだ。
あの子たちは包帯を見ただけであたしを馬鹿にした。
この肌を見せたらどういう反応をするかなんて、わかりきっているんだ。
思わず体が震える。
そう言う反応をされることは、わかっていても、どうしても慣れることはできそうにない
目の前の女の子も同じだ。気持ちの悪いあたしの顔を嫌悪感をあらわにして―――
「ちょっとあかいの。ここ、だいじょうぶ?」
「え―――?」
そう言って、女の子はあたしの浅黒い肌が薄桃色に変色した火傷の痕を指でさすった
その指からは暖かい光が溢れ、あたしの皮膚に魔力が染み込んでくるのが分かった
「けが、だいじょうぶ? いたい?」
「な、なにして―――」
「なおすの!」
そう言って、彼女は指先から溢れる光の量を増やした
同時にあたしの中に入ってくる魔力が増える
「あれ? あれ?」
それでも、女の子は満足のいく結果が出ていないのか、首を捻って魔力を上げる
この女の子はやっぱり神子だ。光属性の魔力を持っている。
それであたしの火傷の痕を消そうとしているんだ
「もどらないの、なんでっ!?」
狼狽するように叫ぶ女の子
「もう、いいよ。」
もう、いいのだ。
いろいろなことを散々試した。
おじいちゃんの伝手で、絶対数の少なく高名な光魔法使いの神官に皮膚の治療をしてもらったこともあるが、光魔法といえどもすでに完治しているものを治すことは出来ないのだ。
藍竜族長の調合する火傷に効く薬も塗ったが、やはり火傷痕にまでは効果は薄かった。
あたしの火傷の痕は、これ以上の改善はされないのだ。
「………ごめんなさい、なの」
今までもたくさんの怪我をその魔法で治癒してきたのだろう。
だけど、コレはもう怪我じゃない。
悔しそうに俯く女の子にとっては、初めての挫折だったのかもしれない
治すことができなかったのが、本当に悔しそうだった。
ああ、この子は本当に心の優しい子なんだ。
あたしのために、ここまで心配してくれる子は初めてだった
「ううん、治そうとしてくれて、ありがとう………」
それが本心だというのが分かったからか、あたしは首を横に振って『ありがとう』と、素直にお礼を言うことができた。
あたしのことを気味悪がらないのは、おじいちゃん以外に今まで居たことが無い。
「………こわく、ないの?」
だから、聞いてしまった。
一番聞きたくないことを。
気持ちの悪いあたしの顔を見て怖がらないかを。気味が悪いと思わないかを。
「うにゅ? なんで? ファンちゃんがルーたちのことをこわいっておもってるんでしょ?」
すると、心底不思議だと言わんばかりに首を捻られた
………。そんなことない、とは言えなかった。
女の子そのものは怖くもなんともない。
ただ、話すことがたまらなく怖いのだ
人の目を見るのが、どうしても怖いのだ。
「………。」
あたしが答えられずに無言で俯いていると
「だいじょうぶ!」
「っ!」
女の子は、あたしの両手を握った。
その手は優しくあたしの両手を包み込み―――
「ルーはファンちゃんをいじめたりしないの!」
―――だから、怖くないよ。
そう言っているようだった。
俯いていた顔を上げると、さらに彼女は言葉を続ける。
「だから………ルーとおともだちになろ?」
満面の笑顔で言うその言葉は、ぐちゃぐちゃとあたしの心をかき回す醜い感情と、あたしの不安に燻る心を、たやすく払拭してくれた
瞳から涙を零しながら小さく頷くのに、そう時間はかからなかった。




