第62話 ☆幸せは、いつでも君の足元に
その日は、町は宴会となった。
ギルドに報告すると、僕の採取の冒険者証には討伐モンスターの欄に『鉄鉱石竜』が追加されていた
ギルド職員も首を捻っていた。
『こんな子供が………?』と。
どうやら討伐したモンスターは自動で記録されるらしい。
なんでも、討伐された時に放出された魔素が冒険者証に染み込んでその魔物の討伐を証明するとかなんとか言ってたけど、詳しいことはよくわかんない。それだけでは確実性がないため、討伐証明部位を合わせて持って行き証明するんだそうだ。
まぁ、僕らに至っては子供だし、『ジンに寄生してあやかってもらったのだろう』と勝手に納得された。
僕としては目立ちたくないし、採取の冒険者だから討伐したモンスターとか、あんまり興味ないからどうでもいい。
正直、身分証さえあればなんだってよかった。
「ハハハハハ! 飲めや歌えや騒げや! ひゃっほーう!」
ゴザック鉱山にて鉄鉱石竜を打ち取り
その肉を使った宴会。
さらにはその体内や鱗に浮き出た様々なレア鉱石をドワーフや冒険者ギルドに売り払い、ジンは巨額の富を手に入れた。
聞けば金がありすぎて使い道に困っているのにもかかわらず、仕事をすれば無駄に増えてしまう。
困ったものだ。
と語っていた。
なら僕とルスカの写真を撮るときに賄賂を詰んでげっそりしないでよ。
もしかして、本当に相当取られたのかな。
だったら本当に申し訳ない。
きっと自動車の教習所みたいに本来ならいろんな勉強をしてテストをしてようやくもらえる資格だそうだし、やっぱり相当賄賂を詰んだのだろう。ごめん。
ジャムのおじさんの怪我はルスカが治癒した。
今も宴の真ん中で『コレが中央大陸に伝わる【精霊円舞】だ!』とか言いながら腹を出して踊っている。
『おお、あれが精霊円舞!』
『さすが本家はすごいな!』
周りの人はそれを見てもてはやす。僕にはキタキタ踊りにしか見えないや。
この人には長生きしてほしい。
ジャムのおっさんはお調子者だ。
重症者にも一応ルスカに治癒魔法をかけてもらった。
ルスカが治癒しなかったら町に着くまで体力が持たなかっただろう。
残念ながら炭鉱夫の一人は石化した時に左足が割れてしまったらしく、ルスカの光魔法でも治癒することができなかったようだ。
だけど、一命を取り留めたことを、何度も何度も、東大陸の人間語で感謝してくれた。
別に放っておいた方がルスカ達の正体がバレる可能性が高いから治療する必要もなかったんだけどさ。
ルスカがどうしてもっていうから治療したんだよ。
「リオ坊! 飲んでるか!?」
ジンが酒を浴びるように飲みながら僕に問いかける
竜はお酒が好きらしい。
しかも死ぬほど酒に強い。酒に飲まれることはなさそうだ。
ドワーフと飲み比べて勝っちゃってるもん。
何というか、一緒に暮らしててちょっと思ったことなんだけど、ジンは生活がだらしない
片づけはイズミさん任せだし、趣味に没頭するし、寝起きは悪い。
紫竜ゼニスが時間にルーズで
赤竜ジンは私生活がだらしなく
黄竜ニルドは女に節操がない。
族長ってどこか欠点があるな。
今回の宴は、ジンが稼いだお金をこの町で散財するために開いたものだったりする。
これでしばらく町もお金が満ちた環境になるだろう。
ただ、三匹分の鉄鉱石竜の報奨金で国や冒険者ギルドはカツカツだろうけどね。
「僕はジュースでいい。」
お酒は二十歳から。
18歳から成人として認められるとしても、なんか僕は日本人として20歳からじゃないと飲もうとは思わない。
ちなみにイズミさんは給仕に回っている。料理を作る手際がいい。
「あ、わちきは飲みますよ! ガンガン飲みます! へべれけになっても飲み続けますよ!」
ミミロも子供の姿なんだから遠慮しようよ。
大人たちはからかい半分にミミロにお酒を渡し、一気飲みをしたミミロにさらに次のお酒を渡していた。
ミミロもドワーフと張りあっていやがる。
ただ、胃の容量の問題で3杯ほどで限界が来てトイレに駆け込んでいたけど。
酔っていないのはすごい。
「おさけ………おれはいい。」
「ぷぷー! マイクはその程度もできないのですかーよわむしなのです!」
「なんだとー! じゃーねーちゃんはのめるのかよー!」
「とーぜんなのです! マイクとは体のこーぞーがちがうのです! さけはさけや。もちはもちやなのです!」
「キラ。それ使い方ちがう。それは互いには互いの専門分野があるって意味だから張りあうときに使う言葉じゃないよ。使うならどんぐりの背比べだね。」
目くそ鼻くそでも可。だって二人ともアホだから。
実際ほら、目くそが鼻くそを笑っているしね。
実際それでキラがどんぐりの背比べと言いだしてしまったら再び突っ込んであげよう。
アホの子キラに茶々とツッコミを入れつつ。僕はルスカと一つのオレンジジュースを二人で飲む。
ジョッキが大きいからルスカと二人で飲んでちょうどいいくらいだ。
キラとマイケルは産まれた当日に誕生祭と称して紫竜たちで酒を飲みまくったことがあった。
その時に結構酔いつぶれていたのが少しトラウマになっているのかもしれない。
つか、新生児が酒なんか飲むなよ。
「ルー、おいしい?」
「うん♪」
「そう、よかった」
僕とルスカは仲良く二人でジュースを飲む。
気を効かせてくれたのか、ジャムのおっさんが二本のストローを持って来てくれたのがすごくうれしかった。
☆
宴もたけなわ。ルスカははしゃぎ疲れて眠ってしまった。
他の炭鉱夫たちは今が最高潮と言わんばかりに上半身裸になって踊って浴びるようにお酒を飲んでいる。
キラとマイケルはお酒を飲みすぎてバタンキュー。だから言ったのに。
宴会から少し離れた場所で僕の膝枕で寝ているルスカの髪を撫でながら僕もウトウトしていると
『―――聞こえるか』
「っ!!!」
直接脳内に声が響いてきたため、一気に脳が覚醒した
僕が身じろぎしたことにより、ルスカが居心地悪そうに寝返りを打った
頭を撫でながらルスカのお腹をリズムに合わせて規則的にぽんぽんと叩く。
にへらと笑うルスカの顔を脳内に焼き付けた。
キョロキョロとあたりを見回すと、誰にも声は聞こえていないようだ。
自分の体に何の異常もない事も確認する。よし。
ルスカを起こさないように、念話を返す
(………誰?)
いつまでも騒がしい喧騒の中、僕の周りだけ音が消えたかのような錯覚が起きる
僕だけが時間に取り残されたかのような、世界から切り離されたかのような静寂
耳からは雑音が聞こえるも、それを脳が処理せず頭の中に響く声だけを聞き取る
『聞こえたようだな。魔王ジャックハルトって言ったらわかるっしょ』
(………そっか。ついに僕にコンタクトを取りに来たのかぁ………はぁ~あ)
声が聞こえた時にうすうす気づいていた。
ルスカだって、神様であるダゴナンライナーの声が聞こえたって言っていたし、その対となる魔王の声が僕に聞こえたってなんらおかしくないもんね。
いつかは来ると思っていたけど、空気もよまないこんなタイミングだとは全く思わなかったよ。
『ほう、思いのほか落ち着いているようだな』
(まぁね。僕に何か用? さっきまでウトウトしてたから手短に言って?)
『やっぱりまだ子供か。まぁ、単刀直入に言うとだ。魔界に来いよ。黒竜も一緒に』
魔王の言ったことは、大体僕の予想通りのセリフだ。
僕を呼ぶのは、僕を次期魔王にするためか、修行させるためか知らないけれど、まぁ魔界には呼ぶのだろうと結構楽観的に考えていた。
ま、そんな言われても答えなんか決まってるけどね
僕はルスカの頭を撫でながら即答する。
(ヤダ。)
『そうか。そりゃ仕方ないな。そんじゃ俺ぁ今からそっちに行くわ、直接話そう。ちょっと待ってろ。』
念話の最中だが、魔王がため息を吐いたような気がした。
って、へ? こっちにくる!?
僕の眼の前で空中になにやら魔方陣が浮かび上がり、空間がグニャリと歪むと
そこから一人の青年が現れた
「んお!?」
「………っとと」
とん、と軽く地に足を着けたのは、まるで闇を纏ったかのような漆黒の髪を持つ青年。
『魔王・ジャックハルト』
僕はとっさにルスカのお腹をぽんぽんするのを止め、ルスカを庇うように抱きしめてから魔王に向けて右手をかざす
「おいおい、お前と事を構える気は無いっしょ!」
僕の突きだした手を見て魔王は慌てたように両手をあげる
「じゃあルーに用なの? それはもっとダメだね。そもそも、こんな人前で僕の眼の前に魔王がワープしてくるなんて、状況的に頭おかしいんじゃないの? 空気読めないの?」
相手は魔王だ。僕は魔王の子であるけれど、ここにはルスカがいる。
神がルスカに僕を殺すように命令していることから、逆に魔王もルスカを殺そうとしている可能性がある。
油断するな。ルスカは僕の大切な妹だ。失うわけにはいかない。
たとえ魔王であっても、ルスカに危害を加えるようであればぶっ殺す
「待て待て待て! もっと穏便にいくっしょ! 今は誰も殺しゃしねーよ! それに今は宴会中だろう? ここは会場から離れているし、みんな酔ってて誰も気づきやしねぇつの!」
と思っていたら、魔王は意外と小心者のようだ
ルスカに危害を加えないようなら構わないけど………
「確かにみんなべろんべろんに出来上がっちゃってるけど………いいことを教えてあげる。僕は自分が認めたもの以外は絶対に信じない。魔王様が僕なんかに直々に何の用があるっていうのさ」
いまいち、この魔王の目的が見えないんだよ。
僕が警戒を続けていると、魔王は軽くため息を吐いた。
「まぁ、なんだ。顔合わせだ顔合わせ。得体のしれないものが魔王だとお前も気持ちが悪いだろう?―――っと、このまま立ち話もなんだし、俺がここにいるのがバレるとのちのち厄介だから、ちょっと場所を移すぞ【暗黒世界】」
「何を―――」
―――パチン、と魔王が指を鳴らすと、いきなり視界が暗転した
意識を失ったわけではない。
意識を保ったまま、意識が暗闇に落ちた。
……………
………
…
「は!?―――あれ!?」
目を開けても一寸先はすでに闇だ。僕は暗闇でも普通に目が見えるはずなのに………。
魔法? 視覚阻害?
さらに、先ほどまで撫でていたはずのルスカの感触までもが無くなっている。
さながら僕の膝の上には、もとから何も置いてなかったかのようだ
なにここ! ルスカはどこ!?
それに、ここ真っ暗だし………
「これは………【暗幕】………?」
僕が困惑のまま口に出すと、前方から答えが返ってきた
「いいや、もっと上位のもんだ。 黒は恐怖の色。人は見えないものに怯え恐怖するものだ。
夜が怖い、暗闇が怖い。それはなぜか。なにも見えないからだ。ここは恐怖を増大させる隔離空間。闇の結界魔法・【暗黒世界】にようこそ、魔王の子。」
ぼんやりと暗がりに浮かび上がるシルエットは、先刻目の前に現れた姿と全く同じ、漆黒を身にまとった魔王の姿。
「どういうつもり。僕は魔界には行かないって言ったはずだよ。」
僕はそれを睨みつけてきつい口調で問いただすが、魔王はあっけらかんと言い返してきた
「ここは魔界じゃないっしょ。現世から隔離された精神世界だ。もちろん、ここには俺とお前しかいないし、外の世界では時間が止まったままだ。盗聴されるような心配もない。安心しろ。話がしたいだけっしょ」
そう言って僕の側に歩み寄ってきた魔王は、僕の頭をポンポンと軽く叩いた。
僕は頭を振って避けるつもりだったけど、その手を避けられなかった。
魔法にしても、体術にしても、まだすべてにおいて劣っていることがこの一瞬ですべて把握した。
「………はぁ、安心できない。すぐに元の世界に戻してよね。今の僕じゃ魔王様にどうやっても勝てないってことがよくわかったから。ここから自力で出られないんじゃ僕に会話の主導権はないよ。」
「クハハハ! 利口だな。このやり取りだけで自分の置かれた状況が判断できるのはいいことだぜ。」
それをさぞ愉快そうに犬歯を見せて笑う魔王。
『勇者物語』に出てきた獰猛な顔ではなく、その笑い方は、どちらかというと無邪気と言った方がいい笑みだ。
そのまま僕の頭をグシグシと撫でつけると、僕の頭のバンダナを取っ払った
「あ………」
「ここにゃ魔王しかいねーよ。安心しろ。今からお前に加護を掛ける。お前に簡単に死なれちゃ困るからな。」
普段なら絶対に外さないバンダナ。
でも、目の前にいるのは僕と同じ漆黒の髪を持つ魔王ジャックハルトだ。
隠すのは無意味なんだ。髪を見て怯えたり怖がったり気味悪がったりしない。
少しだけホッとした
そういえば、さっき気になることを言ったな。
「加護?」
「ああ。魔王の加護だ。普段は配下にもかけねぇんだぞ。光栄に思え」
「………ふーん、ありがと。くれるんならありがたくもらっておくよ」
僕の頭に手を置いたまま、何かを念じるようなしぐさをする魔王。
よくわからないけど、加護とやらを僕に掛けているんだろう。
もし仮に攻撃だとしても僕には避けるすべも防ぐ力もないだろう。
「魔王の加護。効果は【光魔法耐性】だ。あと、ほんの少しだが怪我の治りも早くなるし身体が頑丈になるっしょ。ああちなみにだが、光魔法の治癒は耐性の範囲外だから安心しろ。………それにしても、お前はすでに二つ加護を持っていたんだな。」
魔王は僕の頭から手を離してアゴに手を当てながら首を捻った
僕の身体が少し頑丈になるなら助かる。《ブースト》を使うと骨がポキッと折れるから困ってたんだよね。
それにしても………。
「二つ? そもそも加護とか知らないんだけど………」
初めて知ったよ。僕に二つも加護とやらが付いていたなんて。
神様は僕を見捨てていなかったのかな。と思ったけど神様はルスカを介して僕を殺すように命令していたっけ。
「紫竜の加護と赤竜の加護っしょ。【気圧変動耐性】と【熱変動耐性】が紫と赤の効果だな。赤はともかく、紫まであるとは………。覚えがあるんじゃないか? 急に暑さや寒さを感じにくくなったり、山に登っても息苦しくなくなったり。」
「………たしかに。」
アルノー山脈に上っても、寒いのは変わらないけど息苦しさがある日を境に無くなった。
ケリー火山でも、急に暑苦しさがなくなってちょっとした疑問はあったけど体が慣れてきたからかと思ってた。
多少の慣れもあるかもしれないけれど、そうか、加護の効果だったんだね。
うーむ。加護を貰っても自分の体にどういう変化が起きているかとかは全くわかんない。
正直変化なし。本当に加護を貰ったのかもよくわかんないや。
「あ、そうだちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あん?」
加護を貰った後、僕は魔王に聞きたいことがあったから魔王に切り出すと、怪訝そうな目でこちらを見つめた
「僕は今日、僕を探しているらしい鉄鉱石竜と戦ったんだけど、同じく今日魔王が僕に接触してきたことは、偶然じゃないよね?」
今日は一生に一度あるかないかの死闘を繰り広げたばっかりだ。
そんな日に魔界の王が僕に接触を図るとは、出来すぎている
「ああ。もちろん、俺が指示したっしょ。魔王の子を捕えろってな。今日お前にコンタクトを取ったのは、ただ今までお前を見つけることができなかったからっしょ。」
「そっか。わかった、僕を殺すつもりはなかったんだよね?」
一応、次期魔王として黒い髪を持って僕は産まれてきたけれど、ジャックにとっては魔王の座を奪われる厄介な存在なのかもしれない、という思いもあったけど、『捕らえろ』と言っているあたり、殺すつもりはなさそうだ。
僕を見つけたから鉄鉱石竜をけしかけたってことなのかな。
もしかして逆である可能性もある。鉄鉱石竜が僕を見つけたから、魔王は僕に接触することができたのかも。
実際、そこはたいした問題ではない。今はもう出会ってしまっているのだから。
それにしても、捕らえろってのも荒っぽい方法だよね。
だって石化して体内に入れるってことでしょ?
たしかに体内で石化してたら魔界に連れて行かれても死ぬことはないだろう。
方法がどえらい大雑把なことを除いてしまえば、いい作戦ともいえるかも。
「ああ。殺すつもりはなかった。少なくともお前はな。」
「僕は………か。もしルスカを殺していたら、僕があんたを殺していたよ。」
「そりゃ怖い。やれるもんならやってみろと言いたいが、実際今日はお前たちのチームに俺ぁ殺された。鉄鉱石竜の肉体を乗っ取ってたんだが、なぁ、参考までにどうやって殺したんだ?」
僕がそう言うと、今度は魔王が僕に質問してきた。
魔王の言うことが本当ならこの暗闇の結界の外では時間が経過していないらしい。
鵜呑みにするつもりはないけれど、本人に害意はないっぽいし、ちょっとだけ話に付き合おうか。
魔王という個人を見極める必要もあるだろう。
魔王は少々危険な接触を試みてきたみたいだけど、話す価値はあると思いたい。
僕に加護を授けるくらいだし、敵対する気は無いと思っていいんだよね?
鉄鉱石竜の肉体を乗っ取ったと言っていたのが少し気になったけど、今はいいや。
「実は―――」
……………
………
…
僕は鉄鉱石竜の足元に鉄柱をしきつめて崖下の剣山に放り投げたことを話すと、爆笑していた
「クハハハハハ! そんなことであいつは死んだのかよ! 傑作っしょ! ククッ、クハハハハハハ!! それに、お前山岳地帯を平らにするとか、どんだけ魔力があんだよ、すげーわ、クハハハハハ!!」
「僕もあんな大胆な作戦にはびっくりだ。作戦を考えたのはミミロっていう紫紺の髪をした女の子だよ。」
「………ほう? つまり俺ぁあのちみっこいおまけみたいな奴の掌の上で踊ってたってことか! こりゃ傑作だ! クハハハハ!」
暗闇空間の中で魔王は腹を押さえてゲラゲラと笑い転げる
おいおい、隙だらけなんだけど。
魔王が自分に匹敵する魔力をもつ僕を目の前にして隙を見せてもいいのかよ。
それだけの自信があるとも取れるけど………。
まぁ、今は魔王が敵対しないと言っている以上、こちらから攻撃を仕掛けるのはマナー違反だろう。
「はー、笑った笑った。なぁ、俺を嵌めた紫紺竜の………ミミロって言ったか。そいつを俺にくれよ。なんせこの魔王を掌の上で腹芸させたんだぜ? 直属の配下として欲しいくらいだ」
魔王は笑いすぎたのか指先で目元の涙を拭うと、そんなことを言いだした。
ミミロを魔王の配下に? うーん。
「ダメダメ。ミミロは僕の友達だし、キラとマイケルの母親なんだ。親としての責務を果たさないとダメだよ。それに、そういうのは僕じゃなくてミミロに直接聞いてみたらどうかな。
さすがに僕も、ミミロが決めたことだったら強くは反対できないし。」
「はぁ!? ちょっとまて、あれガキっしょ? なんで黒竜と白竜の母親なんだ!? どう見ても同い年っしょ!」
あれ? そこは言ってなかったっけ。
そっか、言ってないな。普通気付くわけもないし、しょうがないか。
頭の中でハテナが飛んでいる魔王に、キラケルの出生についても語ってみると、目をパチクリさせていた
「はぁ~~。420年くらい生きてきたが、そんなことになってるとは思わなかったっしょ。
白竜と黒竜の子を産み、自分も卵から生まれるとは………。
あー、くそっ、やっぱり欲しいっしょ! 参謀役がたりねぇんだよ、今の魔王軍は!」
「わがまま言わないでよ! ミミロは僕たちのブレーンだよ! ミミロが抜けたら今回の鉄鉱石竜みたいに僕たちの手に余る出来事が起きたらきっといい作戦が思いつかずに死んじゃうもん!」
「安心しろ、そんなことは早々起きねえっしょ。」
「でもミミロはやらないよ。」
駄々をこねる魔王にきっぱりと断りを入れる。
魔王もこれ以上食い下がるようなことは無かった。
「それで、用事ってのはもう終わり? 加護を掛けることが目的だったの?」
「ん? まぁ、本来ならば魔界に連れて帰りたいところだったが、魔界には行きたくないんだろ?」
「うん。ごめんね。」
「そこはしゃーねぇっしょ。加護があるから一応俺には位置情報が伝わるようになった。
安心しろ。俺ぁお前の味方だ。お前がどう思おうと勝手だが、俺も勝手にお前の味方をする。魔界は平和で暇なんだ。いい娯楽を見つけたっしょ」
暇? 魔界が平和? なんだそれ。笑える
僕が産まれたのは神を殺すためで、ルスカが産まれたのは魔王を殺すためだろ?
殺伐としててもいいはずなのに、なんで平和なのさ。
僕が首を捻っていると、カラカラと笑いながら魔王は僕の疑問に答えてくれた
「あ? 別に俺たちは使命があるわけじゃねェっしょ。ただ、先代の魔王“ヨルドハルト”と現職の神“ダゴナンライナー”の間に因縁があって、俺ぁヨルドハルトに利用されてたにすぎないしな。」
そんな使命があるわけじゃない?
じゃあ、魔王とは? 神とはいったいなんなんだ。
「たかだか魔王の子と神子の二人を殺し合わせて世界の崩壊がうんたらかんたらってのは、ダゴナン教とズメラ教の教えだな。
昔はズメラ教徒がたくさんいたんだが、人魔戦争の時にダゴナンライナーが自分を唯一神として崇めさせてから、ズメラ教は邪教徒認定された。
なにせズメラ教は魔王と神を両方とも消すことを目的とした宗派だからな。
ダゴナンライナーからすれば、邪魔でしかないだろう。
だが、俺にとっちゃ神だの魔王だの。そういうのは、ただの称号に過ぎない。別に、翼が生えているからと言って俺の種族が『魔王』ってわけじゃないんだぜ? 俺を殺そうってんなら消す。それだけっしょ。」
種族が魔王ではない、か。たしかにそうなのだろう。
見た目で言えば、魔王は人間とそんなに変わらない。
鴉天狗だと言い張れば通用しそうである。
そんな種族はこの世界にいないだろうけど。
しかし、だとすると………僕はいったいなんなんだ?
言うなれば、僕は人間の亜種だ。亜人に分類されるのかもしれない。
人間族ではない何か。それが僕の種族なのだろう。
「なぁ、お前」
「リオル。名前で呼んでいいよ。面倒くさいでしょ。」
「そうだな。じゃあ俺もジャックでいい。名前くらいは知ってるだろ………なあリオル。お前は鑑定眼や識別眼を持った知り合いはいないのか?」
識別眼? 鑑定眼? それも魔眼の一種なんだろうか。
でも、なんでそんなことを聞くんだ? わけわからん。
「………いない」
記憶を探っても魔眼使いの中で知り合いは魔力を目で見るゼニスと魅了の眼を持つラピス君くらいしかいない。
僕は首を振った。
「そりゃ残念だ。そいつに聞けば、自分の種族が解るだろう。もちろん、俺とリオルは同じ種族だ。ただ、俺ぁもう魔王として覚醒しちまっているからお前とは根本的なレベルが違うだろうがな。」
「種族を教える気は無いんだね。」
「当たり前だ。俺だって“ジド”に出会うまで自分が何者かなんて全くわからなかったしな。覚醒についても、俺が魔王の座を降りる機会があれば教えてやるっしょ。」
ジドってのが誰かは知らないけれど、その人は識別眼か鑑定眼とやらを持っているのだろう。
ちょっとこんがらがってきた。
ジャックが僕の味方に付いてくれるのは心強いけれど、まぁ警戒しながら完全に信用はしないでおこう。
「………んじゃ、そろそろもとの世界に戻るか。お前は十分生きていく強さがある。
守ってくれる仲間がいる。それを見て俺も少し考えを改めた。
お前を魔界に連れて行くのはやめた。だが、気が向いたら魔界に来い。その時は歓迎してやるっしょ。」
ジャックは手の中で弄んでいた僕のバンダナを指先でクルクルと回した後に、僕の頭に巻いてくれた。
「わかった。最後に一つ。魔界への行き方を教えてよ。本を読んでも行き方が描いてないんだ。天界も同様にね。」
「ぁあ? マジか。400年近くも経ってるとそういうこともあるのかね。正規の行き方としては、中央大陸の【リリン大迷宮】。その最奥に魔界へと通じる転移結晶が隠してあるはずっしょ。そこを通れば無事魔界に到着だ。たどり着けるかどうかは別としてな。」
迷宮の奥には、魔界へと通じる転移結晶があるのか。
ごめんゼニス。ゼニスより先に迷宮の最奥についての秘密を知っちゃったよ………。
「正規のやりかた、ねぇ。不正規のやり方だったら、黒竜と一緒に『地獄の門』を開くの?」
たしか、勇者物語にはそう書いてあったはずだ。
瀕死のジャックが黒竜と一緒に魔界の門を開いたって書いてあった
「それでもいいんだが、それは魔力が足りない場合だけだ。あとで見せてやるよ。俺もすぐに魔界に帰るからそんときにな。
ちなみに天界への転移結晶が設置されている迷宮は南大陸だ。暇があってもそこには行くな。どうせ天界に行っても空気が合わねェっしょ。光属性の魔素で覆われててウンザリするぞ。」
一応行ったことがあるのか。
魔王が行くなというなら、行かない方がいいかもしれない。
それに、天界といったら神様がいるところだろう?
僕を殺そうとしている奴の土俵になんか上がりたくないよ。
「話はここまでだな。結界を維持するのもそろそろキツイ。助けが欲しかったらいつでも連絡しろ。結界を解いたら【軌跡陣】は再び繋いでおく。」
「コード?」
僕が首を捻っていると、魔王は僕の質問に答える気は無いようで、『パチン!』と再び指ぱっちん
「―――っ!!」
そして、再び明るくなる視界。
がやがやと宴の喧騒が僕の耳に聞こえてきた
「ん………すぅ…………」
膝の上にはルスカの頭。気持ちよさそうに寝息を立てる。
よかった………戻ってこれた
どうやら本当に隔離空間を旅していたみたいだ。
「それが神子か。」
「うん。ルスカだよ」
ジャックの視線がルスカを捉える。
ルスカの頭に触れようとしたジャックだけど、さすがに完全に信用はできないため手で制すると、ジャックは口の端をあげてククッと笑った。
「さて、言いたいことも言ったし、俺ぁもう帰るっしょ。」
目の前には、先ほどの暗闇の結界に閉じ込められる前の状態のジャックの姿。
ジャックは最後の最後に、僕の額を人差し指で突いた。
「今、リオルに【軌跡陣】を貼り付けた。これでいつでも連絡を寄越せ。じゃあな。」
今度はその指を虚空に走らせると、ジャックは素早く魔方陣を空中に描き出す
空中に魔方陣………。指先から魔力でできたロープのような光。キラキラと幻想的な光を撒きながら空中に留まる魔方陣は、まるで聖夜のイルミネーションのような神々しさを感じた
「それって………」
「ああ。お前も同じのを持ってるっしょ? こいつは本来、こういうことができる魔法なんだ。【地獄の門】、起動」
それは、僕の糸魔法と同じものだった。
つまり、僕に念話を送ったのは糸魔法の念話機能だったのか。
魔王も僕と同じ魔法が使えて、その糸で魔方陣を描くという糸魔法の新たな使い方まで教えてくれた。
………これは、世話になったな。
ジャックは僕と同じ糸魔法で魔方陣を空中に描くと、空間がグニャリと歪んだ
ジャックが僕の眼の前に現れた時と同じだ
「………一応、礼は言っておくよ。ありがとう。」
「クハハ、俺も有意義で愉快な時間を過ごした。俺からも礼を言う。」
「ジャックに会ったことは人に言ってもいいの?」
「別に俺ぁこそこそしてるわけじゃねえし、信用している人になら別にかまわねェっしょ」
「そっか。わかった。」
ジャックはにやりと笑うと、歪んだ空間の中に消えた。
☆
「………。」
ジャックが消えた後、同じようにできないものかと空中に糸魔法を走らせてみる。
糸が僕から離れると魔素として分解されちゃう………。難しいな。
空中に文字くらいなら描けないだろうかと指先を空中で動かしていると、前方からイズミさんがやって来た
「リオル、今誰かそこに居ませんでしたか?」
大きな毛布を担いでこちらに向かてくる。
イズミさんは宴の料理を担当したり料理を運んだりして積極的に給仕に徹していた
余裕ができたのかな。今はドワーフのおっかさんたちや女性陣が給仕をしているようだ
イズミさんはルスカに毛布を掛けてあげると、僕の隣に腰を下ろす。
ふわりと花のような香りがした。
給仕に徹していたはずなのに、女の人ってなんでいい匂いがするんだろう。
「暗がりに魔王が居たよ。」
ジャックは最初は知られたくない的なことを言ってた気がするけどさらっと暴露。
僕の額にくっついた見えない糸から僕の脳内に念話で『ちょま! はえーよ!』とか聞こえない。
魔界に戻っても暇なんだね。
「………ふむ。それはきっと枯れた柳の幹ですね。」
それはシューベルト。
さらっと暴露したけどイズミさんは本当に魔王がいたとか思っていないようだ。冗談だとでも思ったのだろう。
それに、誰がいても、特に興味もないようだ。聞いてみただけらしい。
最初はイズミさんはクールビューティな人かと思っていたけど、なんかいつの間にかかわいいパジャマとか作るし、名付けがヘンテコだし、なんだかんだでユーモアにあふれている。
もともと友人の多いタイプかもしれないね。
「リオルは出身は中央大陸でしたよね?」
「え? うん。中央大陸の人間語以外僕は喋れないし。東大陸の人間語は片言だよ。」
僕がルスカの頭を撫でていると、イズミさんがそんなことを言いだした。
「ジャムさんが、あなたに渡してほしいと、こんなものを………」
イズミさんは僕の手になにかを握らせた………なにこれ。
というか、なんで直接渡さなかったんだろう。
ああ、そっか。ここは宴の会場からすこし離れてるから見つけられなかったのか。
ごめん。でも宴会場にいたらうるさくてルスカが眠れないだろうから移動したんだよ。
「なんだこれ、手紙とペンダント?」
よくわからないな。安っぽいペンダントに見える。
「はい。リオルたちに親がいないことを話したら、これを渡してきました。なんでも、中央大陸の孤児院だそうで、親のことで困ったときはその孤児院でペンダントを見せてあげたらいいと。ジャムさんはそこの孤児院出身で、リオルと同じように親が居ないそうです。」
「ああ、そうか。」
だからジャムのおじさんは僕たちにやさしくしてくれるのか。
一応僕にはローラが居る。
だけど、おそらくもう会う機会は無いかもしれない。
それに、僕は魔王の子。敵は多いだろう。
手紙を開いてみる。
そこには中央大陸の王都の地図が描いてあった。孤児院の場所を示している。
そして、その孤児院では獣人などの亜人種、エルフやドワーフ、人間、魔人、魔族、それを分け隔てなく自立できるまで教育しているそうだ。
だから魔王の子である僕が訪れてもきっと悪いようにはしないはずだ、と。
ははっ、優しすぎだよ、ジャムのおじさん。
そっか。だからジャムのおじさんは子供好きで僕のことを気にかけてくれるんだね。
この恩は絶対に忘れないよ。
それから、宴会はお開きになって僕たちは町の宿に一泊してから赤竜の里に帰ることになった。
ただ町に降りに来ただけなのに、大きな収穫になったな。
イズミさんと話して。
鉄鉱石竜を退治して。
魔王に出会って。
ジャムのおじさんからはペンダントを貰った。
僕の髪を見ても怖がらないでいてくれるのは、とても喜ばしいことだ。
味方が増えると、世界が美しく見える。
どんなに小さなことでも、幸せをかみしめることができる
そういえば、ジンが赤竜の里を出る時に言っていたな。
『リオ坊。幸せってのはいつだってテメェの足元に転がっているものなのだ。
ようはそれを見つけるのが巧いか下手かってことだな。
お前はそれが巧い。それを誇っていい。どんなに小さな幸せも拾って見せろ。そしたらほら、お前が世界で一番の幸せもんだ。』
ああ、確かに。僕は世界一の幸せ者だよ。
魔王の子が幸福を夢見ちゃいけないなんてルールはない。
本当にいい言葉だ。
幸せは、いつでも君の足元に。
僕はその言葉を座右の銘として胸に刻みつけて、幸せを探すために精一杯生きようと。そう誓った。




