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第56話 そしてわたしは、一人の竜と出会った。



                ☆ 和泉SIDE ★




 体が、動かない。


 全身が痛い。


 目を巡らせれば、血まみれの友人がわたしの隣で死んでいた。


―――なんで?


 今日は友達と洋服を買いに行くために、わたしの友達である優子の車で出かけていた。

 早いとこ彼氏が欲しいよねと、さっきまで笑っていた優子が、苦悶の表情で死んでいた。

 和泉(いずみ)ちゃんもはやく彼氏をつくりなさいよ、と笑った優子が、死んでいた

 かわいいモノだけじゃなくて、かっこいいモノにも目を向けなさいよとわたしを叱った優子が、死んでいた。

 また和泉ちゃんの料理を食べたいなー、と微笑んだ優子が、死んでいた。

 和泉ちゃんのネーミングセンスだけはないわ~、なによポメラニアンに『もいもい』ちゃんって。と苦笑いした優子が、死んでいたのだ。


 青信号だった。

 青信号を渡っただけだった。


 それなのに、不意に側面からの衝撃が襲い、意識がぶっつりと途切れた


 目を覚ましたら、この状況だ。




―――なんでなの!?



 ふと、腹部に熱を感じる。視線を移すと、鉄骨がわたしのお腹から生えていた

 背骨まで貫通しているのか、下半身に感覚がない。



「ひッ! ゴホ、ゴボ!!」



 悲鳴を上げようとすると、のどに詰まった血のせいで悲鳴すら上げられず、血を吐き出す

 内臓をやられているのか、血が止まる気配が全くない。現在息をしているのも奇跡なくらいだ

 体の中から生きるために必要な、大切な液体が。

 腹部から蛇口をひねった水道のように溢れ出す



「あっ………」



 それを自覚したとたんに、熱を持っていた腹部が痛みという信号を脳に送り出した



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



 力の限り喉が震え、魂が絶叫する

 肉を切り裂き、神経が侵され発狂しそうな激痛が腹部を襲う


 目の前が真っ赤に染まり、思考の隙間を埋めるように現実を全く把握できなくなる



―――痛い、痛い痛い熱い熱い痛い痛い!!



 頭の中のすべてがそれに埋め尽くされ、手も足も頭も、身体のすべてが実際の痛みと幻痛で痛みを自己主張している


 平衡感覚が狂い、視界が歪み、上も下も分からない状態が続く。

 ここはどこだ、なぜこんなことに


 痛い、痛い痛い痛い痛い、熱い、苦しい



 潰れた喉から流れ出す鉄の味

 自身の絶叫に耐え切れず、喉の血管が切れたのだろう


 それでも叫ばずにはいられない痛み、苦痛、絶望



―――ああ、わたしは死ぬんだ



 絶叫と絶望の思考の隙間の中でわたしはそう感じた。



 破れた服の下の肌は、肉がめくりあがり、普段直接見ることのできない自分の体の内側を蹂躙する鉄の棒が突き刺さる


 万に一つも助かる可能性は無い



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 それなのに、絶望の、苦痛の時間は続く



―――こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに、なんで死なせてくれないの?



 そんな思いだけが頭を支配する

 全身をくまなく打ち付け、腹部を鉄骨が貫通しているのだ。

 背骨も穿っているようで下半身はもう機能しない。


 もし奇跡的に生き残っても、生きることを苦痛と感じるように腐った日々を送ることになるのであろう

 その痛みは、喪失感は、絶望感は、計り知れない


 手が冷たくなるのを感じる。血が足りないのだ

 血の通わなくなった脳が死にはじめ、思考能力の低下を感じる


 鉄の匂い、それに、ガソリンの匂い、さらに、肌を焼くような熱。


―――あ、れ? あの熱いの、なんていったっけ。


 質量の無い赤いものがゆらゆらと揺れる。

 思考能力の低下に伴い、それを理解するのにしばらく時間がかかった



―――ああ、そうだ、火だ。ガソリンに引火したらやばいだろうな。ああ、のど乾いた。



 体の水分がとてつもないスピードで抜けるため、肉体が水を欲する。

 しかし、欲したところで到底助かるとは思えない。


 なにせ、鉄骨が貫通しているのだから。


 このまま生きていても生きている意味がない。

 焦燥が、絶望が、苦痛が脳内を締める。

 もはや助かる道など残ってはいない。

 救急隊が来るまでに生きていることもできないだろう。


 早くわたしを殺してくれ、とその炎に願い―――


「………生きたい」


 その圧倒的な熱量と光量を知覚した瞬間、無力なわたしの目の前を轟音と共に真っ赤に染め―――わたしは、死んだ




                 ★



 目を覚ましたわたしは、体に違和感を覚えた


―――熱い


 狭くて暗い部屋に閉じ込められ、常にストーブを焚いて水満タンのやかんをずっと置いている蒸されるような熱を感じる


―――ここは………死後の世界ってやつかな


 死後の世界がこんなに茹で上がるほど熱いなら、ここはもしかして天国ではなく地獄なのかもしれない


 ここまで熱いと、体が茹ってしまいそうだ。

 もぞもぞと窮屈な身体を動かす。



 パキ



―――パキ? なんの音だろう。



 もぞもぞとさらに体を動かすと、音の出どころから一筋の光が見えた

 手を伸ばすと、暗く狭い世界が崩壊し、そこから新たな世界が広がった


―――わぁ………

「きゅあ………」



 声を出したと思ったら自分の口からかわいらしい動物のような声がした


 なにこれ。あ、わたしが今まで居た場所ってタマゴの中だったんだ。


 広い世界を見回すと、真っ赤な溶岩に囲まれ、わたしの乗っている小さな(タマゴ)がぷかぷかと溶岩の海を漂っていた


―――なんじゃこりゃ! 完全に地獄だこれ!!

「きゅあ~~!!?」


 デロッ


 はっ! しまった!

 混乱するわたしの頭をよそに、身じろぎした瞬間にタマゴの中に溶岩が侵入してきた!

 というか、なんで目が覚めたらタマゴの中なのだろう。

 なぜ、溶岩の上をぷかぷかと浮いているのだろう。


 それに、こんな状態なら確かに熱いのも頷ける。なるほど、これはあついはずだ。

 なんせマグマの中にいるんだから。


 ………。


 必死にタマゴの中に侵入してきた溶岩をせっせと素手でかき出しながら考える


―――って素手で普通にかき出しちゃってるけど熱くない! それを不思議だとも思ってない自分が居る不思議! 地獄ってすごい!


 一人パニックになりながら、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと溶岩の海に流される小さな船と小さなわたし。



 ふと手に違和感を覚えると、手が真っ赤に染まっていた


―――ぎゃあ! 手が溶けた!? 溶岩で溶けちゃった!? ひえええ!

「きぃ、きゅうあー!」


 しかし、よく見ると手だけでなく全身が真っ赤に染まっているのが分かった


 手も、人の手ではない、ぶつぶつとした鱗のような物体がある。

 そう、この前、優子と動物園に行った時に見たワニの手みたいに。


 そんなどこか爬虫類を連想させる手だ。


―――あれかな? わたしはさっき死んだ記憶があるし、もしかしてここは地獄ではなく、ただワニに転生してしまった、的な?




 ……………。



―――いやああああああああああああああああああああああ!!!!



 再び頭が沸騰して溶岩をかき出す作業に集中できないでいると、デロデロデロデロと溶岩がやや赤みがかった肌色のタマゴの中に侵入してきてもう取り返しのつかない状態になってしまった


―――やだやだ! 熱くないけど溶岩に溺れて死ぬなんて間抜けすぎる!



 わたしは必死に溶岩の海をかき分けながら進む

 とにかく進もうともがく



 タマゴがすべて溶岩の海に浸かってしまった、もう最悪っ!


 このままじゃ沈んで溶岩の海で溺れおぼおぼおお泳げる!? なんで!?


 なぜ溶岩に触れても溶けないのかとかはこの際どうだっていい

 なぜ溶岩の海を平然と泳げるのかとか、どうだっていい。

 なぜ溶岩の中で熱さを感じないのかなんて、どうだっていい!


 とにかく生まれたてのこの身体を最大限使って溶岩をクロールで泳ぎ、岸までたどり着くことに成功する


 ぜいぜいと荒い息を吐く。


 なぜだ、ワニに転生したなら水かきくらいあってもいいのに、なんで爪ばかりが大きくなっているんだ、はぁ、はぁ、でも、生きているぞ、わたしは生きてる。

 ぜい、はぁ………ひゃっほう! 死んでたまるか、死ぬ経験なんて一度だけで充分だ!


 生まれ変わって早々に溺れ死になんてごめんよ

 無様でも地面を這ってでも生きてやるんだから!


 幼い体力が限界を迎え、へばって肩で息をするわたし。

 くそう、ワニの体で溶岩をクロールで泳ぐ何んて珍妙なことをしでかしたのは初めてだ。


 世界中を探しても、そんな珍妙なことをするのはわたししかいないだろう

 もはや自嘲的な笑いしか出てこない


 そんなわたしをまさにあざ笑うかのように、一匹の赤いペンギンが目の前に現れた


 この時のわたしには知る由もないことだけれど、このペンギンはAランクの皇帝火炎鳥エンペラーフレイムと呼ばれる凶悪な魔物だったそうだ。


―――あら、かわいいペンギンさん。お友達になりたいなぁ。



 もちろん、そんなことをしらないわたしは、のんきにそんなことを考えていた

 わたしは、かわいいものが大好きなのだ。


―――あれ、なんで口を大きく開けているんだろう、口、裂けてない? 口大きすぎない? わたしの体を丸のみできそうじゃない? というか、このペンギンさん、本当に大きすぎない? 5mくらいあるんじゃない?



 あ、わたし今捕食対象にされてるっぽい


 未発達なワニの体ではマグマから出た瞬間に冷えて溶岩が固まり、それはわたしの行動を阻害する

 ペンギンさんはそんなわたしを、ただ餌としか見ていなかった。


―――やだ、やだやだやだ! せっかく拾った命なのに、こんなところで餌になるために生きるなんてできるはずがない!



 わたしは体力のない身体に鞭を打って四本足でスタコラサッサと逃げ出しました

 なぜでしょう。無様な格好で逃げ出しているはずなのに、違和感を感じません。


 このワニの体は四足歩行前提の身体だからでしょうか。


 とはいっても、今のわたしは溶岩が固まって動きの鈍い赤ちゃんワニでしかない。

 そんなわたしは、ペンギンさんにひょいと抓まれてしまいました


―――なぜです、なぜペンギンの癖に翼の方から指が生えているのです!

「きゅあ! きゅ~~~~!!」


 そんなわたしのツッコミも、日本語にすらならないよ!


 やだやだおいしくないよ食べないでっ!

 それでもペンギンさんは止まらない。

 わたしの体を指でつまんで、口元に持って行きます。


 産まれたとたんに食べられるとは、わたしの人生(ワニ生?)は最悪です


 次に生まれ変わるのなら、せめて人型のものがいいです。猿でもいいです。ナマケモノでもいいです、だからどうか神様。

 ギブミー三度目の人生を!!!



 産まれて5分のワニ生活に終止符を打たれました



「お? 皇帝火炎鳥(エンペラーフレイム)か。いい素材が転がってくれたもんだ。」




 そんな声が聞こえてきた。言葉の意味はわからない。そこに居るのはだれだろう、そう考えを巡らせるよりも早く、わたしの限界が来た。


―――ザンッ!


 という音と共に、ペンギンさんの首がずれるのが見え

 わたしは極度の緊張と産まれたばかりの眠気に誘われ、気を失った



「………うむ、いい素材だ。………お? コイツは………頂上でタマゴが孵ったのか、珍しいな。………紅竜か。」


 これが、わたしとジンの最初の出会いでした。





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