第28話 『魔法屋クロムル』とババア
僕とフィアルは魔法屋に入って行ってしまったルスカを追いかけるために、意を決して魔法屋の暖簾をくぐった。
そこには――――
「あああああああああああああああん!! まーまああああああああああ!!
ふぁあああああああああああああああああああああああああん!!」
「おーよしよし。いい子だから静かにしておくのじゃ、リールゥ。」
今にも折れてしまいそうなほど細い腰を曲げて1歳半くらいの子供をあやすおばあちゃんの姿があった。
おばあちゃんは僕たちの入店には気づいたようだけど、こちらを振り返る余裕はなさそうだね。
「ぐすっ…………ううう………」
「大丈夫じゃ。おまえさんのママはちゃんと戻ってくるぞい。」
「うー?」
「本当だとも。オババは嘘なんかつかないのじゃ」
「ぐすっ………まんまー!」
「ふむぅ、ローラの次はごはんか。忙しない子じゃのう。」
おばあちゃんは赤ん坊を優しく抱き上げ、チラリとこちらを振り向くと店の奥に消えて行った。
はて、あのおばあさん………どこかで見たことがあるような気がする。
遠い昔のような………忘れた。
『店の物は好きに見て回っても構わぬ。買う際は声をかけるのじゃ』
店の奥から声を上げるおばあちゃん。
今は手が離せないらしい。それだけ子育ては大変だということか。
そもそも、なんでおばあちゃんが子供の面倒をみているんだ。
お母さんはどうした。
お仕事か?
子供をほったらかして?
うーん。
ま、どうでもいいか。僕には関係ない家族のことなんて、心底どうでもいい。
どうでもいいから店の物を見て回ることにした。
店主いないけど、万引きとか大丈夫なのかな。
魔導具や魔力付加具って高いんでしょ?
『そうじゃ、くれぐれも万引きはせんようにの! 暖簾に仕込んだ魔方陣が作動して騎士団が来るぞい!』
Oh………騎士団ってのがどういう組織なのかはよくわからないけど、警察みたいなものなんだろう。
前世のコンビニと同じように万引きセンサーまで付いているみたいだし、意外と画期的だ。
これならたしかに万引きの心配はなさそうだ。
「リオル。子供がぐずっていただけみたいだね。」
フィアルは僕を見下ろして微笑んだ。
僕も小さく笑って「そうみたい。」と答えた。
ルスカがおばあちゃんの後ろ姿を追って店の奥に入って行こうとするのを止めさせ、僕から離れないように手をつないでおく。
「ふぃあるー。これなーにー?」
ルスカの興味が魔法屋に陳列されている商品に移った。
水色の水晶みたいなものを、その小さな手に取る。
「これは《水魔晶石》だよ。水属性の魔法を込めることができる石なの。」
フィアル先生は知識の宝庫だ。知りたい情報をすぐにくれる。
そういえば、この《水魔晶石》っていうの、似たようなのを見たことがある。
「ゼニスの住処にある《光魔結晶》とは違うの?」
ゼニスの住処には《光魔結晶》とかいう結晶石が突き刺さっている。
たしかこの結晶石は空気中の魔素や魔力を光属性に変換して光る性質を持っているんだっけ。
「ちがうよー。魔晶石っていうのは、結晶石を加工したものなの。
加工方法によって効果は違うんだけど、この水魔晶石は魔素を水属性に変換する機能はないの。だけど、ここからがすごいよ。
水属性の魔法を込めることができて、そのあとは、誰でも1度だけその魔法を使うことができるようになるんだよ。一度つかったら魔晶石はもうただの石になっちゃうけどね。」
「………?」
フィアル先生の説明はやっぱりわかりづらかった。
何度か水魔晶石について説明を求めて聞いてみた。
えっと、まとめると、こうかな?
1.ルスカが水魔晶石に《水弾》の魔法を込めることができる。この際、『発動キー』を設定し、言霊によって石に鍵をかける。
2.僕が『発動キー』を唱え水魔晶石に魔力を送ると、《水弾》が発動。
3.水魔晶石はただの石になりました。再充填は不可能。
うん。これで大体あっているはずだ。
水属性を持っていなくても水属性の魔法を使うことができるのは便利だね。
「相性が悪い魔物と戦うときなんかに重宝するんだよ」
なるほど。剣士の人たちもこういうのを護身用にいくつか持っているものなんだろうな。
そんなかんじでフィアルに質問をしながら魔法屋を見て回る。
みているだけで新鮮なモノばかりだから飽きないな。
お? あれはなんだろう。こっちもおもしろそうだ。
「にへへ~♪ りお、たのしそうなの!」
ルスカが僕の手をにぎにぎと力を込めたり緩めたりしてスキンシップを取るのがこそばゆい。
心地よさもあるから邪険に扱うことは無い。
「んー? もっちろん! ルーも楽しい?」
「りおといっしょならぜんぶたのしいの!」
嗚呼、この子こそ、僕の癒しだ。
思わずギュッと抱きしめた。
「きゃあ~~~~♪」
ルスカのほっぺたに自分のほっぺたをなすりつける。
いつもルスカが僕にすることだからね。
今日はお返しだよ。
「ふぅ………ようやくリールゥが寝静まってくれたわい。おや、おぬしらはまだおったのか。買いたいものは決まったかの?」
おっと、おばあちゃんが店の奥から戻ってきたみたいだ。
やっぱり、どこかで見たことがある、このおばあちゃん。どこだっけ?
まだおったのかって………まるでいなくてもいいみたいじゃん。
まぁ、ここの商品って高いから買う人ってあまりいないだろうね。
ルスカが手に取った水魔晶石だって、銀貨7枚だったんだよ。
これが使い捨てだっていうんだから、高いったらありゃしないよ。
「まぁ、買いたいものも置いていないかもしれないがの。この店はまだ構えて半年しか経っておらぬのじゃし。」
「え? まだ半年しか営業していないんですか?」
フィアルがびっくりした様子で聞き返した。
充分いいものを置いているような気がするけど。
「まだまだじゃな。2年ほど前まではもっと田舎の方で店を構えておったのじゃが、そちらの方がまだ品数が多かったぞ。」
「田舎の方から移転したんですね。なんでですか?」
「うむ。………それまでわしが住んでいた村にドラゴンが攻めてきてのう。なんとか逃げ切ることができたものの、村は壊滅じゃった。じゃからその時に逃げ切ることができた村の難民は今はこの町に住んでいるのじゃ。あの村はもう復興できまい。」
「そう………ですか。なんか申し訳ないことを聞いてしまいましたね」
気まずそうに頬を掻くフィアル。
「よいよい。町のみんなはすでに知っておることじゃ。」
からからと笑って暗い雰囲気を笑い飛ばすおばあちゃん。
なんだけど………
今の会話、ちょっと引っかかった。
だいたい2年前。そして、ドラゴン?
紫竜が僕たちの住んでいた村を襲った時期とだいたい重なる。
もうすぐ僕とルスカは5歳になるし、村が襲われた時は3歳になったばかりの頃だ。
もしかしてこのおばあちゃんは………
「それに、村にいた生贄を差し出したら、ドラゴンたちはすぐに村を去って行ったそうじゃ。」
ガチリ、と記憶のピースが嵌る音がした。
魔法屋、2年前、ドラゴン、生贄
はは、そういうことか。
このおばあちゃん、いや、このババアは、僕が生まれ育った村で魔法屋を開いていたあのクソババァだ!
あの顔を忘れるわけがない。
このババア、僕とルスカを紫竜の生贄にして自分だけ生き残ろうとしてやがったのを思い出した
生きていたのか
どうやら僕たちは村人に探し出されて紫竜にささげられたものだと勘違いしているようだけど、僕は今、確かに生きている。
生贄に僕たちを差し出して保身に走ったことを自慢げに語ってやがる
「聞けば、その時のドラゴンの内一匹は村で死んでいたそうじゃ。生贄の内一人は、なんと『魔王の子』だったのじゃ。きっと魔王の子を飲み込んで闇の魔力に当てられて死んだのじゃろう」
「魔王の子………?」
フィアルが首を捻って僕の方を見た。
「…………………」
僕は歯を食いしばった。
今ここでこのババアを殺してしまいたい。
でも、さっきババアが言っていた騎士団とかいう連中が来るかもしれない。
冷静になれ。
今ここで僕のバンダナをはぎ取って『誰を生贄にしたって?』と名乗り出てやりたい気持ちを押さえて俯く。
フィアルはおばあちゃんから村に産まれた魔王の子を生贄にしているうちに村人たちが逃げ出した、というババアにとっては武勇伝の話を無理やり聞かされていた。
「りお、どうしたの? おてて、いたいの………」
気が付けば、ルスカの手を握っていた右手に力を込めていたみたいだ。
ルスカの反応をみれば、ルスカは魔法屋のおばあちゃんのことをまったく覚えていない。
それはそうか。おそらくルスカに自我らしきものが芽生え始めたのは2歳ごろからだろう。
あの村で過ごしてきた日々よりも、紫竜の里で過ごした記憶の方がルスカの中で締める割合は多いはずだ。
僕はルスカの頭を撫でて「なんでもない」と言った。
そんな様子を見ていたフィアルが―――
「リオル、顔色が悪いよ?」
ババアの武勇伝の隙を突いて僕に話しかけてきた。
フィアルはその魔王の子が僕であることに気付いていたようだ。
「………ううん。大丈夫、だよ。」
大丈夫なわけがない。
このババアは僕とルスカを殺そうとした張本人。
胸が苦しくなった
『リオルとルスカはどこじゃ! あの子たちを生贄に捧げたらドラゴンたちは怒りを鎮めてくれるやもしれん!』
僕たちを囮にして自分が逃げる隙を作ろうとしたババア。
こいつは、人の命の事を、何とも思っていないクズだ。
それがなんだ。
そんなやつがのうのうと生きて孫と悠々自適に生活?
ふざけるな。
ふざけるなよ。
なんだってんだよ。
『リオルはどこじゃああああ!! またあの悪魔の仕業じゃあああああああああああ!!』
すべての元凶を僕に押し付けて自分だけ助かりやがって………
「りお!!」
「………?」
気が付けば、ルスカに抱きしめられていた
ぎゅっと。
ぎゅっと。
決して離さないように。
「ルスカ?」
「にへへ、りお。ふるえ、とまったの♪」
ルスカによれば、僕は俯いて震えていたらしい。
ありがとう、ルスカ。
「りお、かえろ?」
「………うん。」
フィアルにも、もう帰ると伝えると、魔法屋のババアはあからさまに嫌そうな顔をした。
その顔にははっきりと書いてあった『こんなに長居したのに、何も買わないで出ていくつもりかい』と。
思わずその首を撥ねてやろうかと思ったけど、我慢した。
フィアルに《水魔晶石》を買ってもらい、店を出た。
思えば、僕も物騒なことを考えるようになったものだ。
人を殺すことに、何の抵抗もなくなってしまっている。
感情に飲まれないように、気を付けよう。
もやもやしたものを抱えながら、僕たちは宿屋に戻ることにした
☆
宿屋に戻っても、問題は起こった。
「おー! にゃー!!」
「ぷきー! うあーーーい!」
「ああもう! うごかないでくださいよぅ! こーら、キラ、マイケル。わちきの言うことを聞くであります!」
「「 やーだー!! 」」
真っ黒な髪の2歳児くらいの男の子と、真っ白な髪の2歳児くらいの女の子が
元気に宿屋の部屋を走り回り
紫紺の髪の2歳児くらいのアホ毛が特徴で、癖のある口調で饒舌な女の子が
母親面してそれ追いかけているという。
つまり、子竜たちが三人とも擬人化していたのだ。しかも、全裸で。
僕は額に手を当てて唸った。
今までのぐちゃぐちゃした思考がぶっとんだのは僥倖だったかもしれない。
あとがき
今回の話はちょっと難産です。
文字を書くって難しい。




