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第104話 ☆魔砕眼



「シゲ爺、ただいまー」

「おじいちゃん、ただいま」

「おじゃましまーす」

「ただいまなの♪」



 学校組がまずシゲ爺のお屋敷に足を踏み入れる。


 ラピス君はシゲ爺のお屋敷の内部を興味深そうにキョロキョロと確認して耳をピコピコと動かしながら僕たちに続いた。

 ファンちゃんはそんなラピス君を警戒してか、僕とルスカを挟んでラピス君の反対側へとさりげなく回る。


 人見知りもそうだけど、ラピス君の能力はチートを超えた魔眼使いだからね。警戒するのも分かる。



「そういえば、アルンちゃんとリノンちゃんは騎士志望なんだっけ?」

「そうそう、だから迎えはしばらくいらないみたいだよ」


 フィアル先生が僕らをシゲ爺のお屋敷まで送ってくれた後、フィアル先生はアルンとリノンの存在を思い出す。

 そう、彼女たちはいわゆる部活みたいなものに参加しているため、帰ってくるのが遅くなるのだ。


 彼女たちは幼いながらに一応教養はあるし、剣術はずば抜けている。

 剣術だけで言えば、ファンちゃんやルスカ以上の才能を持っているんだ。


 どちらかといえば、ファンちゃんもルスカも体術寄りだもんね。


 で、アルンとリノンはその剣術を活かすため、そしてさらに研鑽するために『騎士道部』みたいなものに所属しているのだ。


 だから当然、僕たちとは帰る時間はずれることになる。

 フィアル先生の負担が増えて申し訳ないです。


 でもこのスクールバスがなければ、僕らは確実に学校に行くことが出来ないんだ。

 ありがたく活用させていただきます


「それじゃあ、私は一度王都に戻るね。ちょうど冒険者ギルドの方に用事ができたばっかりだし、まだギルマスには言ってやりたいことがたくさんあるからね」

「あ、そうなんだ。気を付けてね」


 フィアル先生は先ほどのミミロやキラケルの一件でギルドにクレームを出すつもりなのだろうか。

 僕たちをおくった側からゲートを再び潜って元の冒険者ギルドまで戻ってしまった。

 玄関前でお別れだ。


「おかえりなさいませ」

「あ、ただいまー」

「………ただいま」



 メイドさんたちに挨拶をしながらシゲ爺の居る書斎を目指して歩く。

 時折文官の方や、格闘武術の師範代。さらには格闘武術道場の生徒たちともすれ違う。


 シゲ爺に聞きたいこととかがあるのだろう。

 シゲ爺は辺境伯で侯爵の次くらいにえらい立場の人だと言うのに、人にフランクで平民との距離が近い。


 屋敷の中を普通に道場の生徒が歩いているんだもん。さすがに許可を得ているのだろうけれど、普通の平民が辺境伯爵の家に入るなんてありえない話なのだから。



………

……



 さて、シゲ爺の書斎の前にたどり着いた。


 ドアを金属の輪っかみたいなのでゴンゴンと扉を叩いてっと


「シゲ爺、入るよ?」

「リオルか。帰って来たんじゃな。それにファンとルスカ。それとあと一人知らない顔がおるのう。何か用事があるのかの? 入りなさい。」



 ドア越しだと言うのに、ここに居る僕らと、ラピス君を言い当てた。

 気配を探るのは何も“魔力探知”だけではない。


 五感や経験則でも、シゲ爺は僕らの存在を探っている。


 おそらく、シゲ爺ほどの超人になれば目をつぶっていても屋敷の中の様子が丸わかりになっていそうだ。


「おじゃまします」


 扉を開けると、紙とインクの匂いが僕らの鼻孔をくすぐった。


 どうやら書類仕事をしていたらしい。

 領主ともなれば大変な仕事はいっぱい舞い込んでくるだろう。


 疲れも見せずに、すごいなシゲ爺は。


 僕の後を続いて、ルスカ、ファンちゃん。そして最後にラピス君がシゲ爺の書斎に入った。

 シゲ爺は順番に僕らを見回し、最後に視線をラピス君に向けると、シゲ爺は少しだけ目を見張った


「ふむ、その獣人の子は魔眼使いかの?」

「すごい、さすが伝説の冒険者。見ただけでボクが魔眼使いってわかるんだ」


 ラピス君もピンとウサ耳を立ててシゲ爺を見上げた

 シゲ爺も、どこか懐かしいものを見るような目でラピス君を眺める。

 それはラピス君の内面を探るかのような視線。もちろん、シゲ爺は魔眼なんてものは持っていない。

 でも、圧倒的経験値で磨き上げられたその慧眼が見まごうことなどほとんどないだろう。



「どことなく、《ジークドット》に魔力の流れと雰囲気が似ておるのぅ。父親はメドューサかの?」

「うん、お父さんの顔は視たことも無いけどね。シゲ爺様はボクのおとうさんを知っているの?」

「知ってるも何も、《ジークドット》は魔王・ジャックハルトの右腕じゃよ。お主もまた、難儀な運命を背負った子供なのじゃな。」


 苦笑しつつ、シゲ爺は椅子から立ち上がってこちらに歩いてくる。

 えっと、ラピス君のお父さんって、メデューサなんだ。

 そして、ジャックの右腕?


 なにそれすごい!

 なんでそんな人が兎の獣人と子供を作っているんだろう。


 あー………いや、何となく想像ついてしまった。

 ラピス君のお母さんはたしか、重度の魔族嫌いだったはず。

 それだけでも察しが付くよ。


「そっか………ボクのお父さんは魔王の右腕なんだ………」


 それよりもラピス君は自分のお父さんの方に興味が向いているようだ。

 どこか嬉しそうな顔をしている。

 耳がぴくぴくと動いているし、《ジークドット》とかいうメドューサのお父さんが、魔王の右腕としている中、息子であるラピス君も《魔王の子》である僕の友達として側に居てくれる。


 なんというか、それは運命的なものを感じるね。



「親が魔王の右腕だとしても、お主はお主じゃ。して、何の用事なのじゃ? 用があって連れて来たのじゃろう?」


 しかし、シゲ爺はいったんそれをわきに置いておいて視線を僕たちに合わせて腰を落とす。

 こういう、僕たちの目線に合わせてくれるから、シゲ爺は優しいんだよな。

 訓練の最中は鬼だけどね。


「ラピス君は、僕が4歳の頃に盗賊から助けたことがある友達なんだ。今日は学校に行って、再会できたからシゲ爺にも紹介しとこうかなと思ってね。それと、ルスカにかかっている《神の加護》をラピス君が破壊してくれるから、なんの干渉もされないような安全な場所が欲しくて、連れて来たんだ。どこかいい場所ないかな」


「ふむ………それなら、この書斎でいいじゃろ。人が入ってくることはまずないからの。」


 ああ、別に密室じゃなくても構わないし、それでもいいか。

 


「リオ殿、わちきたちはどうしましょう。席を外した方がよろしいですか?」

「あ、そうだね。どっちでもいいだろうけど、ミミロ達は武道館で修業して来たらいいと思うよ」

「そうします。シゲ爺様、失礼します」


 ここに居ても特にすることも無いミミロ達竜人チームは、武道館の方で修業をしていた方が有効そうな時間の使い方だと思う。

 ぺこりとミミロが頭を下げてシゲ爺の書斎から去ろうとすると


「うむ。後で今日の失敗について、話しに来なさい」

「あはは、シゲ爺様には何でもお見通しでありますか。後で参ります」

「その顔を見れば誰だってわかるわい」


 どうやら、今日のミミロのしっぱいすらシゲ爺には筒抜けらしい。

 普段ならシゲ爺にさえテンションが高めだというのに、しんなりとアホ毛を垂らして退出しようとするなど、普段のミミロからは考えられない行動だろう。

 なんだかんだでミミロはフィアルの事が大好きだし、フィアル先生に怒られたことが、やはりまだショックなのだろう。


 ミミロはマイケルとキラを引きつれて書斎を後にした。


 調子に乗っていたのは事実だけど、ミミロ達の実力は本当にすごい。

 技のキレはまだ足りないけれど、道場の中では圧倒的なパワーと魔力量を持って、師範代とさえいい試合をするのだから。


 昔から続けているファンちゃんの方が技のキレはあるけれど、さすがにキラケルには筋力差と体格差があってよく負けていたけどね。


 ファンちゃんは体格差と筋力の差をなんとか埋めようと、さらに武術に力を入れているみたいだよ。



「ワシはここで書類仕事を続けるからの、その作業とやらを始めなさい」

「ありがとう、シゲ爺さま」

「なに、気にするな。リオルを助けてやってくれ。ワシは立場もあるからあまり表立ってリオルを助けることはできんのじゃ」


 お礼を言うラピス君。

 シゲ爺は僕の助けになってくれと言って書類仕事に戻った。


「それでも僕はシゲ爺にはとっても感謝してるからね」


 シゲ爺の大きな背中に、そっと呟く。

 きっとこの感謝は届く。シゲ爺は地獄耳だし、日ごろから本当に感謝してるもん。


「さて、ルスカちゃん、始めようか」

「わかったの!」


 シゲ爺の書斎の床に座り込んで互いを見つめるルスカとラピス君。


「確認なんだけど、ルスカちゃんはリオル君のことが大好きなんだよね?」

「うん♪ リオはせかいで一番すきー!」


 花咲く笑顔でまるで天使のような輝きを発するマイエンジェル。

 誰もが虜になるような笑顔を受けて、しかしラピス君はそれを華麗にスルーした。


 まるで、その魅了の笑顔はボクには通用しないよと言わんばかりに口元をω←こんなふうにして笑顔を浮かべていた。

 なんてこった。僕はもうルスカのその笑顔にメロメロだというのに。

 ラピス君の魅了耐性はすごい!


「そっか。じゃあ、神ダゴナンライナーは?」

「いっつもリオのことをジャマだっていうの! ライナー様はきらいなの!」


 シュールだね。神子に嫌われた神。

 同情はしないよ。そんな人を貶めるようなことは、ルスカは好まない。

 僕らは依存しなければ共存できない運命共同体だ。


 いわばヤドカリとイソギンチャクだ。

 そんな運命共同体を己の手で殺せと命令するような神が、まともなわけがない。


 魔王が僕と同じく人の形をした生き物だったように、神だって同じ人の形をした生き物のはずだ。

 『神』と名乗るほど絶対的な地位に居るが、生きとし生けるものに変わりないはずだ。

 僕らにとってのラスボス。


 見たことすらないけれど、いつかはルスカに変な指示を出し続けていたツケを返してもらおうか。


 僕だって神に命を狙われている身。簡単に殺されるわけにはいかないんだ。

 そのためにも、神子であるルスカにこれ以上何かをされる前に、ラピス君にルスカに掛けられている神の加護を破壊しないといけないんだ


「………わかった。これで心置きなく魔砕できる。ボクの眼をじっと見て。目を離さないでね」



 ラピス君が赤い瞳を赤紫色へと変色させ、形のいい眉をしかめる


 よく見ると、変色しているのは右目だけで、左目は赤褐色に変わっていた



「………ルー、大丈夫かしら………。魔眼使いなんて、あたしはちょっと怖くて」


 ファンちゃんが不安そうに僕の服の袖を引っ張った。


「大丈夫。ラピス君は信用できる子だから。僕の初めての友達がラピス君なんだよ。その時のことをずっと覚えていてくれて、それで僕を慕ってくれる、いい友達なんだ。僕が魔王の子だと知っても、こうして僕の友達であり続けてくれているのが証明だよ」


「でも………」

「大丈夫。あまり疑心暗鬼になりすぎないで。ファンちゃんは僕たち以外ともちゃんと話ができるようになりたいんでしょ? 疑ってばっかりだと疲れちゃうよ」

「………。そうね」


 それでも、やはり不安はぬぐえないのか。ファンちゃんはギュッと僕の服の袖を掴んだまま離さない。


「ラピスくん。おめめの色がちがうの」


 ラピス君の集中を乱したりしないだろうか。

 ルスカはラピス君の顔に手を伸ばして両手を頬に添える。

 もう。すぐに自然とそんなことをしちゃうんだから。


 ラピス君はいくら中性的な見た目だからとはいっても、男の子なんだぞ。


「鑑定眼で加護をチェックしながら、加護を魔砕眼で砕いているんだよ」


 しかし、ラピス君はルスカの加護の解除に集中しているのか、全く意に介さない。

 もしくはルスカの魅力はラピス君には伝わらないのかもしれない。


「ボクは同時2つまでなら魔眼を使えるから。制御ができないこともあるけどね」


 え、なにそれ初耳!


「あ、心配しないでリオルくん。魔砕眼と鑑定眼は使い慣れてるし、勝手に発動しちゃうことはあっても発動中はちゃんと制御できるから問題ないよ」


 ルスカから目をそらさずに雰囲気で僕の驚きに気付いたらしく、すぐに訂正した。


「そっか。あとどれくらいかかりそう?」

「うーん、魔物が放つ魔法とか魔物の体内にある魔石とか、ボクの魅了に掛かった人とかを魔砕眼で砕いたことはあるけど、加護を砕いたことは無いからね。しかも神の加護は特別硬いみたいだ。砕くのはちょっと時間がかかりそう」


 魔砕眼とは、魔力の塊を魔素にまで分解する能力チカラらしい。


 魔法を魔素にまで分解したら、そりゃあ効果を具現化する前の状態に戻る。


 魔物の核となる魔石を魔砕眼で砕けば、魔力でできた石である魔石は砕け散り、魔物も活動を停止することになる。


 ただし、ペナルティとして再使用には時間がかかるし、発動時間も効果を発揮する時間も遅い。相手が手ごわい加護であったり魔法であったりした場合は、効果を発揮するまでにかかる時間は顕著に表れるそうだ。


 たしかに、全部魔力を砕けるならラピス無双すぎる。

 発動するための条件があるのだ。



「んんっ………!」


 ラピス君が力を込めて拳を握る。

 前髪が額の汗に貼りついているし、頬にも汗が伝っている。

 まだ暑い気温じゃない。スコールが降ることもあるけれど、今日の天気は晴れだ。

 湿度もそれほど高くない。


 どうやらラピス君にとっても予想以上に手ごわい相手だったらしい


「ラピス君、大丈夫? 何か必要な事とかある?」

「………それじゃ………魔力回復薬が欲しいかな。とびきり効果が高い奴。魔砕しても、ゴリゴリとボクの魔力が削られるばっかりなんだ」

「わかった! シゲ爺、魔力回復薬って何処にあるかわかる!?」



 書類仕事から顔を上げて僕らの方を見たシゲ爺


「ふむ。たしかアドミラが調合した秘薬があったはずじゃ。ちと待っておれ」



 シゲ爺が引き出しから取り出したのは、ドクロのマークがついたビンである。

 もう一度言おう。『ドクロのマークがついたビン』である!


「みるからに毒じゃん!」

「ビンの見た目だけのぅ。たしかキングアルノーと精霊水、そして妖精の鱗粉といやし草を調合して作られた即効性の高い魔力回復薬らしいぞい。」


 なんだそれ。アドミラさんすげえ!


 聞くからに希少な材料ばかりなんだろうけれど、それで作り上げられた薬が効かない訳がない

 というか、値段を聞いたら卒倒しそうな回復薬だな。

 きっとこのビン一本で金貨が何枚も飛んでいくよ。


「回復量が多すぎて一般人では魔力酔いして魔力過多で死ぬ可能性もあるがのう」

「やっぱり毒じゃねーか!」


 そんなもんラピス君に飲ませるわけにはいかないよ!!


「それでいいよ。一応、ボクは圧縮魔力も含めて、賢人級の魔力量は持っているから」



 なんだと!?


 ラピス君は魔法を使うことが出来ない。

 魔眼が魔力を吸い取っていて属性を持たないかららしいが、それでもラピス君は賢人級なみの魔力を保有しているというのには驚かされた。


 学校では魔力量や成績を含めて主席に君臨しているのは知っていたけれど、さすがに賢人級というのは仰天だ

 だって、天才的な人間であるフィアル先生でさえ、まだ超級魔法使い(イエロークラス)なんだよ?いや、超級ってのはすでに一握りの人しか成れないレベルの魔法使いなんだけどさ。


「それなら、回復薬はここに置いておくよ?」

「ありがと、リオルくん」

「それは僕のセリフだよ。僕たちの為にここまでしてくれて、本当にありがとう」

「くすっ、当然だよ。言ったでしょ。僕はリオル君のことが好きなんだって。好きな人の為なら、やれることを尽くすのが当たり前だよ」


 ラピス君の隣に回復薬を置いておく。

 ラピス君は瞬きもせずにルスカを見つめながら、僕に向かって微笑んで見せた。

 ルスカに向かって微笑んでいるのだが、あきらかに対象が僕だった。


 感謝してもしたりないな。最近、感謝してばっかりだ。


「………っっっ!」


 それからは一言も発することなくラピス君は集中してルスカの加護を破壊するために魔眼を使い続けていた。

 30分くらいだろうか。


 いつの間にか書類仕事を終えたシゲ爺も書斎の椅子に座ってじっとこちらを観察していた。



「………うぐっ、反発すごっ………」



 呟くラピス君。集中し続ける事は体を動かさなくても気力も体力も消費する。

 あとで聞いた話なんだけど、魔砕眼で砕くのは、普通なら一瞬だけで充分らしい。


 曲がりなりにも相手は神の加護。生半可な解除はラピス君の身に負担が大きいようだ


 苦痛を含んだ脂汗がラピス君の顔中に貼りつき、ついにその時が来た。


「ラピス君、眼から血が!」



―――ラピス君の限界が。



「え? あ………本当だ………こりゃやばい。いったん休憩しよう………。ごめん、濡れた布か何かないかな………眼を冷やしたいんだ」


 見れば、ラピス君の右目が充血して、一筋の涙が零れ落ちていた。

 それは血のにじんだ色の涙だ。


 どうやら集中しすぎたせいで眼の毛細血管が破れてしまったらしい。

 うわぁ、失明とかしないよね? ラピス君がこんなになるまで頑張ってくれるのはありがたいけど、もうちょっと自分を大事にしてよ………


 ぐいっと目元を拭って出血を確認したラピス君は一度休憩すると言って天を見上げて目を瞑った。

 便利な能力の反面、ラピス君に扱いきれる能力ではないのかもしれない。


 魔眼というのはメドューサの能力だ。

 獣人という元々魔力の少ない種族とのハーフ。しかも戦闘力などほとんどない兎人族バニーマンの母親。

 見た目も完全に獣人にしか見えないラピス君は、眼以外は本当に獣人そのものなのだろう。


 ラピス君の持つ大量の魔眼というのは、自分の肉体のスペックに合う能力じゃないんだ。


「………ルー、ラピス君の眼、治せる?」

「やってみるの」



 ルスカはラピス君の右目に、まぶたの上からやさしく触れ、治癒の光を送る。


「あぁ~………きもちいい………。これ病み付きになりそう」

「と、とりあえず氷水に浸したタオルを持ってきたわ! これ使って!」



 どうやらルスカの光魔法が眼によく効いているらしい。よかったよかった。

 ラピス君はお風呂に入っているかのような声をだし、そんなラピス君に濡れタオルを差し出すファンちゃん

 道場の訓練生が汗を拭くために用意しているタオルと、ファンちゃんの契約精霊である水の精霊“リャオタン”に用意してもらった氷水だ。


 まさか眼から血を流すとまでは思っていなかったようで、警戒していたにもかかわらず、心配そうにタオルを手渡していた


「ありがと、ファンちゃん」

「………る、ルーの加護の方はどうなの? 大丈夫そう?」


 ややラピス君に対して警戒しながらも、ルスカの加護の調子を聞くファンちゃん。


「もうひと頑張りしたら加護は完全に破壊できるよ。約束する」


 ラピス君だってファンちゃんに警戒されていることはわかっている。

 ファンちゃんの目を見ないように、怯えさせないように。ラピス君は濡れタオルで目元を冷やしてから、顔を拭ってファンちゃんに手渡した。


「………っ」

「ボクはリオル君の味方だから、リオル君の味方をしているファンちゃんの味方だよ。眼を見なくてもいい。いつかボクとちゃんとお友達になろうね」

「う、うん………ごめんね」

「クスッ、こんな能力チカラを持っているんだもん。怖くなっちゃって当然だよ。ボクは気にしてないから。タオルありがとう」


 ラピス君の社交性の高さは僕以上だ。


 僕だって前世ではいじめられる前ならば社交性は高い方だと思っていた。


 だけど、ラピス君の場合は自ら人気者になろうとするところに魅力を感じる。

 社交性に加えて、豊富なボキャブラリーがラピス君にある限り、ラピス君を好いて友達になってくれる人は後を絶たないだろう。



 ファンちゃんだって、ラピス君の事を認め始めている。

 血の涙を流すまで、ルスカの為に魔眼を行使し続けているんだ。頑張り屋のファンちゃんが認めないわけがない。


 友達になるまで、時間の問題だ。


「さて、もうひと頑張りしようかな。」

「ムリしないでね、ラピス君。僕は失明しないか心配で敵わないよ」

「クスッ、大丈夫だよリオルくんを悲しませたりはしないから」


 軽く両目を揉んで気合を入れるラピス君。

 その表情は真剣そのものだった。


 ラピス君は用意してある『ドクロマークのついたビン』つまり魔力回復薬を手に乗って、中の液体をグイッ飲み干し―――


「ゲホッゴッッホァ! まっず! すっごい不味いよこれ!!」


 盛大にむせていた。

 あまりのまずさに手で押さえている鼻から魔力回復薬をポタポタと垂らすラピス君にびっくりして、ファンちゃんは跳びあがってしまった


 ラピス君は涙目でビンをつまんで睨みつけた。


 鼻からポタポタと回復薬を垂らすというあまりにもマヌケな姿に、ファンちゃんもクスクスと笑っていた。


 ボケツッコミが大好きだと言っても、身体張りすぎでしょ、ラピス君


「良薬は口に苦し。効果のほどは保証するぞい」


「うわ、でも確かに効果が高いね、この激マズ回復薬………あまりのまずさに吹き出しちゃったけど、もったいないことしたな………」



 と思ったら本当に不味かったようだ。

 シゲ爺の言葉でようやく分かった。アドミラの調合した秘薬は激マズだけれど、それ相応の効果が即効性で発揮されているみたい。


 もはやラピス君のやることすべてがボケへのつながりかと思ってこっちが疑心暗鬼になっちゃっているよ。


 ラピス君は鼻をつまんで一気に喉の奥へと魔力回復薬を流し込んだ


 仮にもラピス君の魔力は賢人級。魔力譲渡で渡そうにも時間がかかるんだよね。


「うええ、この辺がむかむかする………」



 喉のあたりと胃のあたりをさするラピス君。顔色まで真っ青になって、体調にまで不調を訴える程のまずさってどんだけなんだよ。


「でも、魔力がもう半分くらい回復しちゃった。ルスカちゃん、続けるよ」

「わかったの」


 もし、先ほどむせていなくて全部飲み込んでいたら、きっとラピス君の魔力量も全快まで戻っていたかもしれないね。


 賢人級にまで効果を及ぼす魔力回復薬か。

 激マズだとしても、これは作ってみる価値がありそうだ。


 再びラピス君は魔眼を発動してルスカに掛けられた神の加護を破壊するために魔眼を使った。



                ☆



 さらに10分くらい経った頃だろうか。



―――バギン!!



 という何かを砕く音が聞こえた。


「ふぁ!?」


 と、同時にルスカがビクンと震える


 さっきの音はルスカの中からかな。


「ラピス君、今の音は………?」


 何事かと思ってラピス君に聞いてみると

 ラピス君はじっとルスカを見て、観察して、そして「うん」と頷いた


「ふぅー………神の加護、破壊したよ」


「おおっ!」

「すごいの!」


 どうやら今の音はルスカの中にある《神の加護》を破壊した時の音だったらしい



「それじゃいまからルスカちゃんに強力な隠蔽を掛けるから、それも受け取ってもらっていいかな」


 汗を拭って、再びルスカに向き直る。


 今度はラピス君の両目が赤と緑を足したような茶色っぽい色に変わり、ルスカを射抜く。


「わかったの」


 ルスカもラピス君から目を逸らさないでしっかりと蒼い瞳で見返した。



「隠蔽眼は神の眼を欺くためのものだ。ルスカちゃんの中の情報をいじって魔力を介した偵察なんかじゃ見つからないようになる。魔力探知もだけど当然、リオルくんのもつ“軌跡陣コード”もだね」


「えっ!」


 あわてて糸魔法で視覚情報を脳裏に映してルスカを見てみる

 糸をシゲ爺の書斎全体に広げて部屋の中の様子を確認してみると


「あ、本当だ。この部屋にルスカが居ない! あとラピスくんも!」


「ボクも自分に隠蔽を掛けてるからね」


 でも、そしたら糸魔法でルスカを見つけることが出来なくなる………途端に不安に襲われた。

 神の目を欺くためとはいえ、デメリットが存在していたなんて………。


「だから、初めからルスカちゃんにその“軌跡陣コード”は繋いでいた方がいいよ」

「そうだね………というか、いつもつないだままだった」



 ようやくラピス君は肩の力を抜いてぐてっと後ろに倒れこんだ


「大丈夫? 無茶させちゃったから心配で………」

「うん………リオっち………膝枕して」

「そのくらいでいいのなら、まぁしてあげるけど、女の子がした方がうれしいんじゃない?」

「ルーがラピスくんを膝枕してもいいよ?」


 僕のセリフにルスカも肯定する。

 ルスカもラピス君には感謝しているのだろう。

 神との接点を壊してくれたのだから。


「ううん、ボクはリオルくんがしてくれたほうが嬉しいんだ。言ったでしょ。ボクはリオルくんが大好きだって」

「ねえ、もうちょっと感情表現なんとかならないかな。誤解を生みそう」

「………クスッ」

「え、答えて! 怖い!」


 一仕事終えてなお、自分のペースを崩すことなく冗談を言い続けるラピス君には脱帽であった。





あとがきちゃん


 おはにちばんわ、作者だよ


 今回もイラストをいただいたので乗っけるよ


 良樹ススムさんより描いていただいた―――


挿絵(By みてみん)


 銀介と侍刃です。


 この画像は第40話、閑話の方にも載せておこうと思います。


 セットでご覧ください。


 必死の表情の侍刃、そして押し倒されて銃を押し付けられる銀介。

 命を懸けて押し倒した侍刃の表情がたまりませんな。親友を殺された直後なのですから、当然です


 そして銀介。彼の『まさか自分がこんな状況になるとは思ってもいなかった』というような表情。

 最高です。


 ありがとうございました。感想やイラストは大歓迎です。どんどんいただきたいです。今後ともよろしくお願いします



 

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