恥ずかしいです!
いつもの所定の位置に座って待っていると、ガラステーブルの上には暖められたミルクの他に、サラダといくつかのレトルト食品が並ぶ。
ご飯はミルクだけじゃなかったらしい。
良かった。
安心する私の目の前に差し出されたのは、箸、スプーン、フォークの3つ。
どうやら好きな道具を使って食べろということらしい。
すんごくお腹がすいていた私は受け取ってすぐに箸を取る。
もう恥ずかしいなんて言ってられない。
遠慮なんてしないで、私はご飯を食べ始めた。
これだけ広い家に住んでいて、彼はたった1人。
食事はレトルトかコンビニ弁当。
部屋には女性のものらしいものはぱっと見ではない。
まあ、彼女がいたら私を部屋に入れないだろうけど。
1日ぶりの食事。
レトルトなのにすごく美味しく感じる。
家族の食事は家に戻ってから食べているけれど、再婚相手の女の人には父がいない時に散々嫌味を言われ続けていたし、そんな人と一緒の食事なんて味がわかるわけない。
彼は何も話さないけれど、なんとなく落ち着いた雰囲気にほっとする。
ちらりと彼を見ると、もくもくと食べ物を口に運んでいた。
あの無表情では、美味しいと思っているのか推測も出来ない。
昨日から一言も話そうとしない彼。
呼ぶ名前すら知らないから、戸惑ってしまう。
なぜ私を拾ったのかがわからない。
嫌なら拾わないだろうし、でも喜んで拾ったようにも見えない。
まあ、無表情だけどね。
彼はさっさと食べ終わると、キッチンへ入ってしまった。
数回聞いたことのある低いけれど耳さわりのいい彼の声。
私と話す気はないのだろうか?
それがちょっと寂しい。
コトンとガラステーブルに音がする。
驚いて顔を上げると、マグカップに白い湯気の立つ紅茶があった。
彼の左手にも同じマグが握られている。
私の分まで入れてきてくれたらしい。
カップも黒なのが少し笑える。
一口飲むと、少しだけ甘い。
ちょっと砂糖が入っているらしかった。
彼は手早く片付けると、コンポのリモコンに触れる。
流れてきたのはピアノだけの優しい曲。
彼はマグに口をつけてゆっくりと飲んでいる。
なんとなく、彼が寛いでいるような気がして、私もゆっくりと紅茶を味わった。
何かに頬を突っつかれている感覚に、意識が浮上してくる。
いったい何なんだろうか?
目を開けてみると、すぐ側に彼の顔が……。
ほっぺを突っついていたのは彼だったのだ。
「ぎゃっ!」
とても女性とは思えない悲鳴を上げて起き上がる。
彼にほっぺを突っつかれた!
どうして突っつかれたのかわからずに混乱している私に、彼が追い討ちをかける。
「にゃあ」
「ふへ?」
彼の口から猫の鳴き真似のような声が聞こえてきたような気がする……。
聞き間違えだろうか?
「……にゃあ?」
もう一度同じ声が聞こえて力が抜ける。
そうやら聞き間違えではなかったらしい。
そんな無表情のまま、いい声で「にゃあ」とか言わないで欲しいんですが……。
「にゃあ?」
「に、にゃあ……」
よくわからないけれど、とりあえず真似してみれば頭を撫でられた。
これってペット扱いだよね?
まあ、1つのベッドで一緒に寝ている時点で女性扱いされてないことはわかっていたけど……。
彼は私の返事に満足したのか、ベッドから降りるとさっさと部屋を出て行った。
今日は土曜日。
仕事なのだろうか?
慌ててベッドから降りて彼を追いかけて行く。
寝室から出ると、彼はキッチンでお皿にミルクを注いでいるところだった。
……またミルクか。
せめてコップに入れてほしい。
勝手に居候状態の私が文句を言えるわけもなく、ぶかぶかのパジャマのまま、いつものポジションに座る。
テーブルの上にあったコンポのリモコンを取って電源を入れれば、昨日と同じ曲が流れ出した。
昨日の夜。
ゆっくりした彼は、前日のようにまた私を横に抱えてお風呂場に連れて行き、一式渡して部屋に戻っていった。
お風呂をいただいて出ると、彼が交代で入っていき。
彼が出たらまた抱えて寝室のベッドの上へ。
後はまったく前日の通り。
そして次の朝、ほっぺを突っつかれ、猫の真似を聞いてこうしているというわけだ。
私の目の前に、ミルクの入った皿と紅茶の入ったマグ、サンドイッチのお皿が置かれる。
同じものを自分の前に置いて彼もパジャマのままで新聞を開く。
ちらりとデジタル時計を見れば、すでに9時を過ぎていた。
昨日は9時前には家にいなかったので、休日なのかもしれない。
私はサンドイッチにかぶりつきながら、同じくサンドイッチを食べながら新聞を読んでいる彼をちらちらと観察してみる。
こうしてゆっくりと見ると彼は、キレイな顔立ちだ。
声だっていいし、身長も高い。
家を見る限り、高収入みたいだし。
……女性にとって、めちゃめちゃいい物件なんじゃないだろうか。
この人。
無表情で、ぜんぜん話さないけどね。
サンドイッチを食べ終わってしまって暇になってしまった私は、手を伸ばしてちょっとだけ新聞を引っ張ってみる。
しかし反応はない。
もう一回引っ張ってみるが、新聞を呼んでいる彼は無反応のまま。
集中しているのかなぁ?
そう思ってもう一度引っ張ってみると彼の顔が向けられ、手がこっちに伸びてくる。
「こら」
そう言って彼の手が私の頭を撫でた。
ちょ、ちょっと!
私は愛玩動物か?
……あ、いや、そうなんだった。
捨てられた猫だったんだよね。
彼は私を2、3回撫でるとまた新聞に視線を向ける。
それだけのことなのに、なんかこそばゆくて恥ずかしい!
拾われて3日目。
すでに恥ずかしさでいっぱいな私。