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子供じみた意地

 私がなぜ夜の道路の端に「捨て猫の一幕」を再現したのかと言えば、それは1ヶ月前に遡る。

 夜コンビニでバイトをしている私は、1人のサラリーマンの姿に気づいた。


 ほぼ毎日コンビニ弁当を買っていく20代後半くらいのスーツの男性。

 背はスラリと高く。

 わりと細身。


 少しだけ癖のある柔らかそうな黒髪。

 切れ長の鋭さのある瞳。

 すっと通った鼻筋。

 薄い唇。

 シャープなアゴ。


 ちょっと言い方がどうかと自分でも思うのだけど、私的にはクールビューティーさんだと思ってる。

 でも私は容姿が整っているくらいでは興味は持たない。


 ある日、いつものように男性の会計をして、缶ビールを袋に入れようとした時だった。

 水滴のついた缶が手からすべり、台に落ちて男性の方へ転がっていく。

 それを男性は無表情であっさりと受け止めたのだ。


 慌てて謝って交換を申し出たけれど、彼はそれを断った。


 まあ、こういったことはごく稀ではあるものの起こることだ。

 でも、私の場合はそうじゃなかった。


 次の日、男性の会計をしている時に、また同じことが起きた。

 しかし彼はまた無表情でビールを受け止め、交換を断った。

 そしてまた次の日、私は2日連続の失敗に緊張し、またビールを落としてしまったのだ。


 3日間連続の失敗。

 もうこれは嫌がらせのなにものでもないだろう。

 しかし彼は、やっぱり無表情で同じ言葉を言った。


 ここで普段の私なら今度こそ失敗しないように注意したと思う。

 でも4日目の私は、新しい母親となる人に無理やりに会わされた上に、父が少し離れたのを見計らったその女性に嫌味を言われ、めちゃめちゃ機嫌が悪かった。

 そんな私は、4日目になる会計の時、自分でも信じられないけれど、わざとビールの缶を落としたのだ。


 アルバイトしてお金をもらっている身で、客に対し、個人的な感情でそのようなことをするなんて愚かとしか言えない。

 でも、その時の私はやったのだ。


 しかし彼は無表情でビールを受け止め、私に差し出してきた。

 そして、私が言うより先に、「交換は必要ない」と一言。


 自宅に帰った私は自分の行動にひどく落ち込み、それから2日後に来店した彼に小さな声で前の事を謝った。

 彼はそんな私に「客商売をしていれば、時に自分を抑えられないこともある。俺は気にしていない」と言って、無表情で帰っていった。


 それから私は彼と会う度、挨拶をし、軽く声をかけるようになった。

 しかし、彼には何を言っても無表情のまま、言葉は「ああ」とか「そうか」「いや」とかばかり。

 そのうち私は彼の表情の変化を見てみたいと思うようになっていった……。


 そうして今、その作戦を実行すべく、私は捨て猫作戦を実行することにしたのだ。


 作戦内容は、夜、帰宅する彼に私がダンボールから飛び出て驚かせるというもの。

 脅かし作戦ならきっと無表情の彼も驚くことだろう。

 驚いた彼を見るのが楽しみでしょうがない。


 わくわくしつつ穴から外を見ていると、しばらくして男性のシルエットが見えてきた。

 姿を確認するまでじっと耐える。


 心臓がばっくんばっくん音を立てて激しく鼓動し、息が少しだけ苦しくなった。

 シルエットは段々と近づいてきて、それが彼だと認識出来た時、一際私の鼓動が激しく打つ。

 手が微かに震えている。

 こんなばかなことを考えて実行に移したのははじめてのこと。

 彼を脅かしたら、脱兎のごとく逃げ出すつもりだ。


 彼がすぐ側まで近づいてきた。


 私は蓋に手をかけ、思いっきり押しながら立ち上がる。


「にゃにゃーん!」


 ばばっと音を立てて、ダンボールから立ち上がって彼を見た。


 さて、どんなふうに驚いてる?


 私の視界が彼の顔に固定されるが……。


 彼の表情は無表情のまま。

 まったく驚いた様子もない。


 あれ?


 作戦の予想とは違う彼の反応に私の方が固まってしまう。


 そんな中、彼はダンボールに書かれた文字に視線を落とすと、手に持っていたジェラルミンケースを下に置くと近づいてきた。

 予想外の行動に、私の方はまだ硬直したままだ。


 彼は両手を私の脇に差し入れるとゆっくりと持ち上げ、私をダンボールから出す。

 そして米袋か何かのように脇に抱えると、反対側の手でジェラルミンケースを持って歩き出したのだ。


 な、なに?

 なんで?


 唖然としたまま、脇に抱えられたまま、ゆさゆさと揺られつつ彼に運ばれていく私。


 え?

 ちょ、ちょっと、なんで~?


 抵抗することも忘れ、そうして私は彼に運ばれて行ってしまったのだ……。


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