運命のスパイラル
ズズーッ、バタン。
ズズーッ、バタン。
私の名前は遠野 美音子、24歳、無職。
24歳で無職ってどうかと思うけれど、勤めていた会社が倒産してしまったのだから仕方ない。
このご時勢、個人経営の会社は経営が厳しいのはありがちなことなのだから。
今は職安で失業手当をもらい、昼に就職活動をしながら夜はコンビニでアルバイト。
そんな生活がすでに4ヶ月は経過している。
まったく決まる気配のない就職活動に気持ちはふさがり、支払いが不安になってきたアパートを引き払い父子家庭の家に戻った。
3年間一人暮らしをしていた娘が戻って父は喜んでくれるだろうと思っていたのに、戻ってそうそう父の口から出た言葉に、私の方が打撃を受けてしまった。
「付き合っていた女性に子供が出来てな? 責任を取って今度結婚しようと思っている」
「こ、子供~?」
24歳で姉弟が出来る……。
しかも出来婚。
衝撃的な内容にくらりと眩暈がした。
母を病気で亡くしてから父は仕事一筋で、女性の影すらなかったと思っていたのに、いつの間にか付き合っていた女性がいたなんて。
しかもその女性は私よりたった5つ年上の20代だった。
その事実はひどく私を打ちのめした。
ズズーッ、バタン。
ズズーッ、バタン。
父子家庭の経済状況のことを考えて、私は高校を卒業後、就職した。
入社した時、すでに個人経営の会社は傾きをみせ、高年齢の社員をリストラししたばかりで迎えたたった1人の新入社員。
仕事は8時からのはずが、職場の清掃を言い渡されたせいで朝の6時出勤を余儀なくされ。
就業は5時だったのだけど、当然、サービス残業が待っていて8、9時まで残業が続いた。
そんな状況な為に少しでも会社に近い場所で一人暮らしを始めたのだけど、高卒の給料ではセキユリティのしっかりしたマンションを選ぶことは出来ず、木造アパートが精一杯だった。
薄い壁、歩く度に軋む音。
それでも会社からは近く、自分だけのお城だった。
ズズーッ、バタン。
ズズーッ、バタン。
今思い返すと、思春期特有の反抗期すらなく、私は真面目一辺倒で生きてきた。
幼い時に母を亡くし、父は仕事で忙しかった。
そんな父に我が侭を言うことすら、私には出来なかった。
ズズーッ、バタン。
ズズーッ、バタン。
彼氏は高校生の時にいたが、あっけなく他のオシャレな女の子に乗り換えた。
まあ、冗談1つ言えず、まじめな優等生の地味子より、可愛くておしゃべりが上手な楽しい子に気持ちが移ってしまうことは理解が出来る。
高校生の付き合いなんて、どれだけ楽しいかが重要なのだから。
ズズーッ、バタン。
ズズーッ、バタン。
馬鹿みたいに真面目な人生。
だからってそれで得をしたことなんてない。
24歳にもなって、今の私は無職。
血縁者の父は、若い妻と生まれてくる子供に夢中。
彼氏もいなくて、これといった趣味もない。
そんなだから、自分で自分が面白味のない人間だということもわかってる。
私だってダブーを犯してみたい。
でも犯罪は嫌だし、変なことは出来ない。
じゃあタブーって何?って考えてみると、ホントなんだろうか?
いつも思考はそこで止まってしまう。
結局、真面目な人間は真面目な思考からはみ出ないままなのだ。
ズズーッ、バタン。
ズズーッ、バタン。
よく、噂で真面目な人が切れると怖いと聞く。
その話は事実なのかもしれない。
だって今の私は誰が見てもこれからおかしいと思うようなことをしようとしているのだから。
ズズーッ、バタン。
ズズーッ、バタン。
深夜の閑静な住宅街。
だからなのか意外と背後の音が響く。
人気のない道路の端を歩きながら、私の後ろから聞こえる音の大きさに顔をしかめる。
私の容姿は一言で表すなら真っ黒。
きっと闇に解けてることだろう。
長く真っ黒で真っ直ぐな髪。
身長は152センチ。
黒いフードパーカーにデニムのショートパンツ。
黒のニーソックスに、紺スニーカー。
頭には黒猫の耳がついたカチューシャ。
ショートパンツの後ろには、黒いファーの尻尾キーホルダーの飾りがぶら下がっている。
私にしたらこれは猫のコスプレなのだ。
街灯の下にある所定の位置に到着すると、後ろで引きずっていた洗濯機の空ダンボールを置く。
蓋を開いて中に入ろうと跨いだ所、足がまったく下につかない。
踏み台に出来るような物など持ってきていなかったので、きょろきょろと辺りを見回して見るが代用できるようなものはなかった。
「えっと……」
中に入れなければこの計画の意味がない。
どうしたものかと悩んでいると、あることに気づいた。
ダンボールを横倒しにし、先に中に入り、上を押しながら体重をかけて押すと、ダンボールは横に倒れ、ちゃんと立った。
私はダンボールの中に入ったままで立ち上がり、ポケットから極太油性ペンを出すと、蓋についている羽の一面に「ひろってください」と大きな字で書く。
いわゆるダンボールに捨てられた猫の一幕を再生させたのだ。
「準備おっけー♪」
ペンをポケットにしまい、中に座ってダンボールの羽を閉じて蓋を閉める。
これですべての準備は整った。
私はダンボールを持つ取っ手穴から外を覗く。
計画の実行はあと数分後。
私はドキドキする胸を押さえ、ゆっくりと深呼吸をした。