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ある日の放課後。教室の後ろのスペースに、椅子を持ってきて丸く座って。

季節は夏に近づきかけて、まだ日が傾くには早い時間。




「……このあいだ聞いたんだけど、トモコって、A組のヨシキと付き合ってるんだって」

「えーうそ! 知らなかった」

「ちょっと意外。てかショック」

「ヨシキってきもくね? えーどこがいいんだろ」

「あたしもびっくりしたんだけど、昨日廊下でキスしてるとこ見ちゃって……」


いやーーっ!!

悲鳴を上げるみんなに合わせて、私も適当に声を出す。

目立ちすぎない程度に。かといって同調の意思を見せないことがないように。

相槌か叫び声か、恋愛についてのお喋りが始まってからの一時間以上、私はその他の言葉を発しなかった。

自分のことを話す場面は回ってこなかったし、恋ってものをよく知らない私は、

それを自分から取りに行くつもりもなかった。

でも、みんなの話を聞くのは楽しかった。その中身が恋の話でも誰かの愚痴でも、

それをただ聞くだけでも、”友達”の輪の中にいられるのは心地よかった。



「有紀は?最近どう?」

向かいの子が、私の隣の有紀ちゃんに話を振った。トモコちゃんの話は終わってたらしい。

「えー、まあ入学して二ヶ月たったもんね。そろそろ彼氏欲しいかなっ」

「有紀ならすぐ彼氏できるよ。かわいいもん」

「誰か気になる人はー?」

「今はいないかなぁ」

「またまたー。本当はどうなの」

「うーん……」


長い髪をかき上げ、有紀ちゃんが困ったように周りを見た。

私と、久しぶりに目が合った。


「香織はどうなの?」

一気に、みんなの視線が私のほうに向けられる。

「そういえば、香織ちゃんのそういう話聞いたことない!」

「ねぇねぇ香織ちゃん、好きな人は?」

「えっ、と……」


場面は突然回ってくるって、わかっていたけど驚いた。混乱した。

有紀ちゃんは、こっちを見て微笑んでいる。がんばれ、って顔だ。


「……好きな人は、いない」

「えー、そうなの?」

「じゃあさ香織ちゃん、気になる人は」

「気になる人? うーん……」

「じゃあ、うちのクラスでかっこいいと思う人は」

「えっと……」

かっこいい――


「そういう人はいない、かな?」


――そう言った瞬間、否定したはずのそんな気持ちが、

誰かを素敵だと思ったり、ときめいたり憧れを抱いたりするような、

そんな気持ちが、ほんの一瞬で自分の中に現れていた。


「そっかぁ。残念」

「好きな人できたらうちらに教えてね!」


うん、と頷きながら、自分が不思議な気持ちになっているのに気付いていた。

みんなの話はもっと面白そうな別の人の話題へと移っていく。

嫌じゃないのに、もうついていく気はなぜかなかった。相槌を打ったりしようとも思わなかった。

そして、

その間、この気持ちがどこから来るものなのか、考えていた。

思い出した瞬間、私は顔を赤くしただろうけれど、

幸いなことにみんなの中の誰ももう私のほうを見ていなかった。






あれは入学式の次の日のことだった。

私と有紀ちゃんは一緒に登校していた。これは小学校の頃からの習慣で、今も続いている。



「今年も香織と同じクラスでよかったー」

学校への坂道を上る途中、有紀ちゃんはそう言ってくれた。

「あたしのほうこそ、有紀ちゃんと同じクラスで本当によかったよ」

「香織、人見知りするもんね」

「そう。……友達できるかなあ」

「絶対大丈夫だよっ。友達なんてすぐできるよ」


そういって笑ってくれる有紀ちゃんを見ると、本当に全てが大丈夫なような気になった。

校門を通り、昇降口に向かう。

うちのクラスの靴棚……開け放された昇降口の扉から、人の姿が見えた。

有紀ちゃんの後ろについていくと、そこにいたのは男の子だった。こっちを見ていた。

ろくに彼の顔も見ずに、目を反らす。私は男の子と話すのがあまり得意ではなかった。

今は挨拶するべきなんだろうけれど、男の子に自分から挨拶すらしたことがなかった。


「おはよう」

有紀ちゃんが、彼に言った。「おはよう」と、彼も返した。

「同じクラス?よろしくなー」

「よろしく!」

そうやって言葉を交わしているふたりの横で、私は黙って下を向いて靴を履き替えていた。

二人の会話が途切れたところで顔を上げた。そしたら――目が合った。


「おはようっ」


彼が、私に、そう言った。

びっくりした。男の子が挨拶してくれたっていう事実だけじゃなくて、その顔に。

――眩しい笑顔っていうのは、こういう笑顔のことを言うんだろうと思った。


「……おはよう」


小さな声。でも、彼はちゃんと私の言葉を聞いてくれた。

ちゃんと聞いてくれたあとで、「じゃ、また教室で」と言って、先に教室へ向かっていった。

「よかったじゃん」

有紀ちゃんが、軽く私の背中を叩いた。

「友達、できたじゃん」

「え? あ、挨拶しただけだよ」

「挨拶ができれば、友達だよ! これから挨拶以外にもいろいろ話せるようになるんだよ」



有紀ちゃんの言うことは、本当に私と彼が友達といえるかどうかはわからないけれど、

でも素直に嬉しかった。

あれから二ヶ月近く経った今も、時々ではあるけれど、

朝や帰り、玄関や廊下で彼と会ったら挨拶を交わす。それ以外の話をしたことはない。その程度の仲。

だけど、その程度の仲でも、他の男の子たちよりも幾分かは近い仲だと思えている人なのも確かで。

そして彼と初めて会ったとき、今でも顔を合わせるとき、私は”そう”思っていた。





――うちのクラスでかっこいいと思う人は?


気付いたから、今度そう聞かれたら、私はこう答えよう。

『野宮くん』

……それが、私がほんの少し、少しだけ、

素敵だと思ったり、ときめいたり憧れを抱いたりする男の子の名前。


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