希望
PM19:46分
マイケルは自宅にいた。
安いアパートの二階に住んでいる。
一人暮らしの男の部屋とは悲惨なものだ。
ごみは散らかり、自炊もしない。
うす汚い壁には写真が張り付けてあった。
きれいな風景が写った写真や人のおりなす自然な表情を写してある。
「もう、終りだ…」
マイケルはベッドに座り、薄暗くなった部屋で頭を抱えていた。
「残り二日でスクープをとらなくては…」
言葉には出るが、体が動かない。
やる気はあるが、情熱がない。
今のマイケルには何かが足りなかった。
マイケルはマイケルなりに考えていた。
スクープをとれる人と自分の違い。
情報の取り方やネタの仕入れ方。
考えれば考えるほど、問題は山積みだった。
マイケルは部屋の、机の上にある紙を見た。
そこには、今までの情報が書いてあった。
その数は26。
そのうち26はガセネタだった。
つまりすべてがガセネタだ。
こんな状態ではスクープなんてとれるはずもない。
マイケルはベッドに横になり目を閉じた。
別に眠いわけではなかった。
ただ、現実から目をそむけたいだけだった。
マイケルはわかっていながらも無理矢理に眠りにつくことにした。
AM11:21
日付が変わっていた。
しかも昼になっていた。
目をさましたマイケルは時計を見たがあせる様子もない。
「どうせ、クビになる。」
マイケルは落ち着いていた。
携帯を手に取り着信を確認した。
編集長から6件電話が来ている。
当然と言えば当然だ。
マイケルは編集長へ会社を辞める電話を入れることにした。
「もしもし…編集長…お話があるんですが。」
マイケルは元気がない。
元気がないことには3つの理由があった。
1 遅刻してしまったこと。
2 スクープをとる自信がなく、退社すること。
3 そして何より、自分の才能の無さに絶望を覚えた。
電話ごしに編集長の声がする。
「マイケル?マイケルか!?探したんだぞ!」
「探した?どうせお払い箱の人間ですよ。探す価値なんかないでしょう。」
「何を自暴自棄になってんだ!大事な仕事の話なんだ!すぐに会社に来てくれ!」
編集長は言いたいことだけ伝えると、電話を切った。
それでもマイケルは会社に出向く元気はなく、このまま行かずに退社することも考えた。
「最後にムカつく編集長の顔でも拝むか。」
マイケルは最後だと心に決めて準備をはじめた。いつも会社に持っていくカバンにカメラを入れ、メモ帳、ペン、イーストジャーナル社のIDカード、財布に携帯。
最低限の持ち物だけを手にして家を出た。マイケルの住むアパートからイーストジャーナル社まで歩いて10分ほどの距離だった。
途中に小さな店がある。
いつもマイケルはその店で朝食を買い、食べながら出勤する。
その店のオーナーは60代のおじさんで毎朝朝食を買いに来るマイケルの事を知っていた。
「おじさん、おはよう。」
「マイケル?こんな昼過ぎに来るなんて珍しいじゃないか?」
「まぁね。でも次はいつこれるか分からないんだ。」
「どうしたんだよ?何かあったのかい?」
お店のおじさんはシワシワの顔をさらにシワシワにしてマイケルを心配そうな顔で見ていた。
「実は、出版社に出勤するのたぶん今日が最後なんだ。」
「仕事を辞めるのか?」
「正確に言えばクビだよ。」
「世も末だな。マイケルみたいな若い人間がクビになるなんて。」
「とりあえず、落ち着いたらまた顔を出すよ。」
「あぁ、分かったよ。気を付けてな。」
おじさんは最後まで心配そうな顔で見ていた。
マイケルとは長い付き合いだった。
毎朝、朝食を買いに来るマイケルを見るのが何よりの楽しみ。
歳を重ねるごとに若い人間が羨ましく、世話をやきたがるのだ。
気合いを入れたマイケルはイーストジャーナル社の前まで来ていた。
いつものようにIDカードを警備員に見せ、エレベーターへと向かう。
イーストジャーナル社のフロアは6階。
エレベーターが一階、一階上がるごとに心拍数も上昇した。やがて、6階のイーストジャーナル社のフロアについた。
エレベーターの扉が開き、会社の入り口のドアが見える。
もう二度とここに来ることはない。
マイケルはそう思いながらドアを開けた。
「マイケル!」
運の悪いことにドアを開けた先に編集長が立っていた。
「へ…編集長…」
「待ってたんだ!こっちに来てくれ!」
思わぬ反応だった。
マイケルの予定では、一言目に大声で怒鳴られ、二言目にはIDカードを取り上げられ、最後にエレベーターに押し込まれて一階へ移動。
なのになぜか編集長が呼んでいた。
マイケルは不審に思いながらも編集長の後をつけていった。
編集長が入っていったのは応接室。
主にお客さんや商談なんかをする部屋だ。
「マイケル!こっちへ来い!」
マイケルは言われるがままに応接室へと入っていった。
「お前を待ってたんだよ!」
「待ってた?」
「実はお前に任せたい仕事がある。」
「何ですか?」
「お前、昨日レストランのパンツェに行ったよな?」
「な、何で知ってるんですか!」
「そこでリッツェを見ただろ?」
「リッツェってマフィアの幹部の?」
「あぁ、実はそのリッツェからの依頼なんだ。」
「リッツェからの依頼!?待ってください!マフィアからの仕事の依頼って危ないじゃないですか!」
「別に警戒することはない。リッツェとはガキの頃からの付き合いだ。」
マイケルは納得した。
編集長の言葉の汚さ、罵声の浴びせ方、威圧感、目の鋭さ。
確かにマフィアに精通するところがあった。
「マイケル!お前は本当に女神に愛されてるぞ!」
「何の話です?」
「リッツェからの依頼ってのは、潜入だ。」
「潜入!?」
「リッツェの事はガキの頃から知ってる。昔から腕っぷしが強くて、頭もキレる、男としての魅力も十分にある。」
「そんな完璧なマフィアの潜入ってなんです?」
「リッツェは一つだけ弱点がある。それは仲間を信用しすぎるところだ。」
「何か問題でもあったんですか?」
「クイーンズファミリーって知ってるか?」
「リッツェの所属しているファミリーでしょ?」
「そうだ。クイーンズファミリーはこの街の最大にして最強の組織。そのNo3がリッツェだ。だがここ最近クイーンズファミリーのメンバーが次々に逮捕されてる。」
「事件でも起こしたとか?」
「事件を起こさないマフィアなんて聞いたことないぞ。それに、事件を起こしたとしても証拠を残さない様にする。それでも逮捕者が続出してる。」
「誰かがたれ込んでるとか?」
「そういうことになる。そこで君にファミリーの内部に入り込み、裏切り者を知らせてほしい。」
「ちょっと待ってください!話がおかしいじゃないですか!マフィアの内部に潜り込み裏切り者を知らせる?ジャーナリストの仕事じゃない!FBIやCIAじゃないんですよ!そんなことできません!」
「心配しなくてもいい。リッツェには話してある。それに条件がある。」
「条件?」
「君がこの仕事の依頼を受けてくれたら、マフィアの内部事情を記事にしていいそうだ!」
「内部事情を記事にしていいんですか!?」
思わず大声が出てしまった。
こんなうまい話は中々ない。
つまり、リッツェはファミリーの内部ににいる裏切り者を見つけるためにマイケルを呼び入れ、裏切り者を見つけ次第リッツェへ報告する。
その間はファミリーの内部事情を撮影し、記事にしても良いという。
ジャーナリストにとってマフィアとは、まさにスクープの宝の山。
潜入している期間はネタにつきがないということになる。
「マイケル。どうする?一生に一度の事だ。慎重に考えてくれ。」
「そう言われても…」
マイケルは考えた。
スクープを取るために命をかけるジャーナリストを知っている。
だが、スクープを取るために命を捨てるジャーナリストを知らない。
マイケルの頭の中で不安がよぎっていた。
「マイケル。これはお前が決めることだ。悔いが残らないようにしてくれ。」
「編集長。1つ質問が。」
「なんだ?」
「なぜ僕なんです?凄腕のジャーナリストなら他にもいる。まともにスクープをおさえた事のない人間がつとまるんですか?」
「それは君次第だよ。この先どうなるのかは全て君次第だ。」
一生をジャーナリストとして人生を貫く覚悟は決めている。
ジャーナリストになったことにも後悔はない。
これから先も続けられるならばジャーナリストとして生きたい。
マイケルは決心した。
「編集長。詳しい話を聞かせてください。」
「分かった。まず、リッツェ側からの条件がある。まず1つ目は、ジャーナリストであることがバレない事。後々面倒なことになる。二つ目はリッツェに対してもジャーナリストとして話しかけない事。リッツェの周りには常に部下がいる。お前がジャーナリストであることがバレれば、リッツェの信用も落ちる。三つ目は潜入している期間はマフィアの一員である事。一人だけ違う行動をとれば怪しまれる。四つ目は月に一回資料をまとめてイーストジャーナル社へ送る事。お前と俺が直接あって原稿を受け取っていたら怪しまれる。そして最後が逃げ出さない事。ジャーナリストどころか裏切り者と勘違いされて殺される。」
マイケルは一つ一つをメモ帳に書き入れ忘れないようにした。
「それで、いつから始めたらいいんですか?」
「そうだなぁ。まだしばらく時間はある。今のうちに必要な情報を集めるといい。何人か情報屋を紹介しよう。」
編集長はマイケルのメモ紙を一枚破り、何やら書いていた。
「まずは、ここに行くといい。色々な情報を知ってる。」
メモ紙には、ディーンと書かれ、下には電話番号が書いてあった。
「そこに電話してグレコスの部下だと伝えればいい。」
マイケルは忘れていた。
編集長の名前はグレコスだった。
常に編集長と言っているせいか、名前を忘れていた。
「今日は自宅に戻るといい。また電話する。」
編集長のグレコスは部屋を出ていった。
マイケルもメモ帳をカバンに入れた。
マイケルの物語が少しずつ動き始めた。
ジャーナリストとして人として人間として。
希望を胸に闇へと歩き始めたのだった。