失脚
いつもと変わらない昼下がり。
空は晴れ渡り、多忙を極めた社会人が溢れかえるオフィス街があった。
「おい!マイケルはどこに行った!」
机に座り、声を張り上げる一人の中年男性がいた。
机には"編集長"と書かれたプラカードの文字。
「ど、どうしました編集長?」
編集長の怒号の後に若い男性がやって来た。
「どうしましただぁ?お前ふざけてんのか!何だこの記事は!」
「美味しいパン屋の記事です!」
「あのなぁ。ウチはグルメ雑誌を出してる出版社じゃねーんだよ!スキャンダルな雑誌を出してんだよ!例えば、有名俳優と有名女優が付き合ってるとか、有名政治家が賄賂貰ったとか!」
「一応、色々探したんですがなかなか情報がなくて…」
「その情報を掴むのがお前の仕事だろうが!」
編集長の罵声はフロアにいる全従業員の耳に入っていた。
「マイケル!やり直しだ!3日以内に記事を出せなかったらクビだ!」
マイケルという男は肩を落とし自分のデスクに戻っていく。
他の従業員はマイケルの後ろ姿を見て、笑っている者。
同情している者。
イライラしている者。
様々な態度を示していた。
マイケルは31歳の冴えない色白の男だった。
彼には夢がある。
幼い頃からの夢はジャーナリストとしての成功を治める事。
しかし、現実とは厳しいもので彼の才能を認めるものはいない。
他人ならまだしも、本人ですら才能の無さに愕然とする日々だった。
「3日以内に一面を飾る記事なんて無理だ…」
マイケルはデスクに座り、パソコンの画面を眺めながら放心状態になっていた。
「考えてもダメだ!行動に移さないと本当にクビになってしまう!」
マイケルはカメラとメモ帳を革の鞄にいれてフロアを急ぐように飛び出していった。
マイケルの会社はビルの6階にあり主にスキャンダルや社会の闇の部分を記事にする出版社だ。
社名はイーストジャーナル社。
1986年に創設したまだ新しい出版社だ。
イーストジャーナル社は過去に数々のトップ記事を掲載していた。警察署長の汚職事件に始まりトップモデルの薬物事件まで幅広く掲載していた。
その中でマイケルの記事はあまりにも規模が小さく、刺激の無い内容だった。
マイケルはエレベーターに乗り込んだ。
エレベーター内にはマイケル一人しか乗っていない。
マイケルは心を落ち着かせ、自分に言い聞かせていた。
「僕ならやれる…僕ならやれる…」
エレベーターの中は静かで一人になったマイケルに時間を与える場所となった。
やがて扉が開き、マイケルはエレベーターを降り、出口へと向かう。
実はマイケルは以前から狙っているスクープがあった。
とあるレストランで有名俳優とマフィアの幹部が会食をしていると言う情報があったのだ。
マイケルはその情報を頼りにタクシーを停めた。
AM10:12
タクシーに乗ったマイケルはレストランのある地区へと移動をはじめた。
「すいません。クラーク地区にあるレストランのパンツェまで。」
マイケルはドライバーに行き先を伝えた。
「わかりました。」
ドライバーは自動のドアを閉め、車の運転をはじめた。
運転を始めて数分後。
ドライバーが口を開いた。
「1つ聞いてもよろしいですか?」
「どうしました?」
「パンツェで何かあるんですか?」
「まぁ、仕事ですよ。」
「今日はやけにパンツェへ出掛ける人が多いもんですから気になって。」
「!?」
マイケルの脳裏に嫌な予感がよぎった。
まさか、自分の見つけた情報を他のジャーナリストが知っているかもしれない。
他のジャーナリスト達がすでにかぎつけてパンツェにいるかもしれない。
一世一代のスクープ。
最後の切り札とも言える情報を先取りされてるかもしれない。
マイケルの体を冷たい空気が包み込むような感覚に襲われた。
「そのパンツェに行った人達はどんな格好をしてました?」
「ハッキリとは覚えてませんが、メモ帳になんか書いてたのを覚えてますよ。」
「何を書いてたんです?」
「さぁ、そこまではわかりませんよ。なんせ、お客さんは後部座席ですから。バックミラーで見たくらいですよ。」
マイケルの顔色がだんだんと青ざめてゆく。
3日以内に記事を出せなかったらクビになってしまう。
マイケルはあることを思いついた。
その方法が通用するならば明日の一面に自分の記事が掲載されることは間違いない。
AM11:00
タクシーを降りた場所はクラーク地区。
町並みも美しく、人通りも多い。
都会的な高層ビルと木の植えられている歩道。
レンガ作りの家に、石畳の道路。
アンバランスな都会と田舎の様だが、巧い具合に融合していた。
そんな街で一番有名なレストランが"パンツェ"だ。
フランス料理の店で庶民が手を出せる金額ではない。
お客さんのほとんどが上流階級の人達だ。
社長令嬢やトップモデル、スポーツ選手に政治家など有名な金持ちが足を運ぶ様な場所。
いわゆるセレブ御用達の店だ。
マイケルはレストランパンツェの前に来た。
レンガ作りの大きなレストランだ。
温かみのある壁の色に赤い屋根がのっている。
マイケルは辺りを見回した。
「まだ誰もいないのか?」
どうやらジャーナリストらしき人はいない。
マイケルは次の行動に出た。
パンツェの向かい側に建っている建物を見上げた。
そこはパン屋だ。
「よし!いいぞ!」
どうやら幸運の女神が微笑んでくれたらしい。マイケルはパン屋に入っていった。
「すいません。」
マイケルはパン屋の若い男の店長に話しかけた。
「僕はこういうものです。」
マイケルは名刺を取りだし、店長に見せた。
「イーストジャーナル社?」
「今、記事を書いてるんですが、そこのレストランにこんな人来ませんでした?」
マイケルは内ポケットから写真を取りだし、店長に見せている。
しかし、店長はあまりいい顔をしない。
「来たかどうかは分からないが、知ってても教えられないよ。」
「何故です?」
「別にこの人がレストランに来てようが来ていまいが俺には関係ない。」
「だったら教えてくれてもいいじゃないですか?」
「イーストジャーナル社って人の悪口を書く会社だろ?教えられるわけ無いだろ。」
マイケルはそれでも食い下がらなかった。
自分の未来がかかっている。
マイケルは質問を続けていた。
「では、この人は知ってますか?」
マイケルはまた、内ポケットから写真を取りだした。
その写真の人物はある有名俳優だった。
「あぁ。この人ならテレビでよく見るよ。」
「今日、レストランに来てませんか?」
「それは教えられない。言っとくがクラーク地区の人間は卑怯な奴が嫌いなんだ。いくら聞き出そうとしても同じだ。教えられないよ。」
マイケルはため息をつき、写真を内ポケットへ入れた。
どうやら店長の話し方からするとレストランに来ている可能性が高いからだ。
店長の話し方は何かを守ろうとしている 話し方だった。
本当に知らないのであれば知らない。
本当は知っているのであれば知っている。
見ていないのであれば見ていない。
これが一般的な答え方だ。
しかし、店長は教えられない。この時点で店長は本当の事を誤魔化そうとしている。
知らないと言えば相手が諦めるものの、知らないとは言っていないからだ。
つまり、わからないと言うのは、本当の答えを知っているが教えることができないと言う事。マイケルは直感していた。
パン屋を出たマイケルは、道を挟んだ先にあるレストランを目指した。
レストランの中に入るとマイケルはテーブル席を見回した。
ターゲットのマフィアの幹部と有名俳優を探さなければいけない。
「御一人様ですか?」
若い女性のウェイトレスが案内にやって来た。
「えぇ、一人です。」
「こちらへどうぞ。」
マイケルはウェイトレスに案内されるがままにテーブル席へついた。
マイケルは内ポケットから写真を取りだしマフィアの幹部の顔を確認していた。
確認が終わると、内ポケットへ写真を戻し、辺りを見回していた。
AM11:12分三人の男が店に入ってきた。
一人は小柄な老人。
残りの二人は若い大柄な男。
三人とも高級そうなスーツを着ている。
「あの男!?」
マイケルは小柄な老人の男に見覚えがあった。
「マフィア幹部のリッツェ!」
マイケルは小声だったが、思わず声を出してしまった。
目の前にいる男が自分の未来を切り開く片道切符に違いないからだ。
後はもう一人。
有名俳優のマクレインという男が来れば、明日の一面はマイケルの物。
未来が見える。
スクープを撮る自分の姿がすぐそこまできていた。
リッツェはマフィアの幹部でファミリーの中ではNo3に君臨する男だ。
白髪混じりのオールバック。
宝石の指輪をつけた太い指。
乱暴な性格をしてそうな顔。
狂暴な中にもある品。
まさに、マフィアと言える男だ。
リッツェは部下の三人とテーブルに座り、ウェイトレスに注文をしている。
その間、部下の二人は周りを見渡し、警戒している。
しばらくするとリッツェの前にパスタとワイン、小さなパンとサラダが運ばれてきた。
リッツェはワインを一口飲むと香りを楽しんでいた。
マイケルのテーブルの上には何もない。
このままでは怪しまれると思ったマイケルはウェイトレスを呼んだ。
「すいません。」
「はい。」
「この店で一番安いワインを。」
「かしこまりました。」
マイケルは人と待ち合わせをしているそぶりを見せた。
マイケルはリッツェの様子をうかがいながら俳優を待っていた。
リッツェは二人の部下と話をしながら食事をしている。
店内にはお昼時ということもあり、だんだんと人数が増えていった。
マイケルはあることが頭の中をよぎった。
こんな大人数の客の前でマフィアの幹部と有名俳優が一緒に食事を取るのか?と いう事だ。
よくよく考えてみれば都合が良すぎないかと考えはじめた。
しばらくしてマイケルは腕時計を見た。
AM12:02
レストランの出入り口のドアが開き、一人の男が入ってきた。長身でサングラスをかけている。
会ったことはないが見なれている人物だ。
「マクレイン!」
マイケルのテンションは最高潮に上がった。
これで準備は整った。
あとは、二人が同じテーブルで食事をとるのを写真におさめるだけだ。
マイケルはカバンに忍ばせていたカメラを手に取り、フラッシュの機能を停止させた。
フラッシュの光で気付かれるとまずいことになるからだ。
マクレインはテーブル席へ歩き始めた。
「嘘だろ…」
マイケルは真っ青な表情を浮かべていた。マクレインはリッツェのテーブルを通り過ぎ、別のテーブルへと歩いている。
「そんな…そんな…」
マイケルの頭の中は真っ白になっていた。
目の前で自分の夢が崩れてゆく。
何も考えられない。
完全に思考が停止していた。
マクレインはウェイトレスに注文をしている。
リッツェは食事を終え、部下二人と店を出ようとしていた。
「たのむ…たのむから一緒に食事してくれ!」
心の中から声が聞こえてきた。
「もうだめだ…」
リッツェはウェイトレスを呼びお金を払っている。
時間だけが無情に過ぎていった。
気付いたときにはリッツェはもういない。
マクレインは一人で食事をしていた。
あとの残りは名も知らない一般市民だ。
マイケルは悟った。
もう、ジャーナリストは諦めよう。