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椅子ガタガタレース

椅子ガタガタダンジョン

掲載日:2026/08/13

「へぇ、ここが聖剣を守護する神殿かぁ」

「罠があって、実質ダンジョンとか言われてるよね。不敬だけど」


 かつて、異世界からやってきて多くの人々を救った雷の勇者ツツィーヤは、長い戦いの旅の果てに神殿に剣を奉納すると一人で何処かへと立ち去ったと言う。


 その後もニホンとかいう異世界から来た転移者だけは、加護によりこの神殿に入れる。だが、一般人はどんな地位があろうと、高位の神官でさえ入れない。壁や床に触れようとすると弾かれるそうだ。

 無理に立ち入れば足は床に張り付き、全身を激しい痛みが貫くのだとか。

 ここに立ち入ることのできるニホンからの転移者たちはここを「ダメージ床」と呼んだと記録されている。


 このファンタジーというよりもゲームっぽい世界で生まれ育った人には違和感が無いのかも知れないが、前世の知識をもって生まれた俺には違和感ありありだ。なんだよダメージ床って。


「ねぇ、ジン! お賽銭入れて早くお参りしようよ。悪いところにあの煙つけるとよくなるんだって。あんた頭につけときなさいよ、ね」


 周りの参拝者に倣って、指先で十字を切りポンポンと柏手を打つ。

 今までの転移者の仕業なのか、宗教観とか文化がめちゃくちゃなんだよな、この世界。


「ねぇ、ジン。なんでみんな拍手してるの?」


 周りを勢いよく見回して大きなリボンがぶんぶんと振り回される。軽やかなリボン同様に頭も軽い魔法使いのミャウが、パチパチパチと手を打ち鳴らす。


「静かにしろよミャウ、そんな延々と拍手するもんじゃないんだよこれは。あと、お前が勝手について来てるの認めてないんだから、さっさと村に帰れ」

「あんたのお母さんにジンは変な事ばかりするから見張っておいてって言われてるし」

「なんなんだよ、みんなして、もう!」


 前世の記憶がある、といったが。俺はかつて日本の私立カーペンター高校に通う高校生だった。部活の最中にソファに轢かれて命を落とし、この世界で生まれ変わったのだ。


 生まれ変わったのは良いが、前世の記憶持ち以外に何も特別な事が無いのが納得いかない。歴史の本を読んでみると、転移してやってきた日本人は大体勇者とか英雄みたいな扱いになっている。なのに転生の場合だと何もないのだ。ズルい。


 とはいえ、チートなスキルとか、物凄い魔法や素質なんてものは無くても、現代の知識はある。高校生だから知識チートと呼べるような事は出来なかったが、読み書きの重要性は知っているので字は頑張って覚えたし、実家の畑の効率化や保存食の料理など、いろいろと活躍はしていたのだ。

 ただ、狭い村の中ではそういう前例の無い事は全部、『奇行』として扱われてしまい、村では居心地が微妙に悪かった。そのままよそ者意識の抜けない俺は、15歳になったのをきっかけに家を出で、そのまま故郷のカクーマ男爵領を飛び出して冒険者になったわけだ。


 なのに幼馴染のミャウが付いてくる。転移者とか転生者探して日本の話で意気投合して手を組もうとか考えてるのに、やりにくい事この上ないじゃないか。それにミャウは猫魔法とかいう変なスキルしか使えないのでぶっちゃけ足手まといなのだ。冒険者ギルドでは『頭空っぽコンビ』とか呼ばれてる。解せぬ。


「私の猫魔法は見張るのに向いてるからね。『夜目』とか『忍び足』とか」

「そんなの魔法じゃなくていいんだよ。攻撃魔法の無い魔法とか意味ねぇから」


 ミャウを適当にあしらって神殿に向き直る。この神殿は誰でも参拝することができるが、当然はいることはできないので、入り口で手を合わせて祈るだけであった。

 普通ならば。


 でも、俺は気がついてしまった。

 神殿の中の床が金属タイルなこと。その手前の石造りの階段が熱せられてあつい事。

 この世界は魔法文明なので、家電はおろか電気で動くものってなかった。

 雷の勇者、金属の床、弾かれる、張り付いて激痛。


 ……これって、漏電してるんしゃないか? ダメージ床の正体は感電では。

 加護で魔法ダメージが無い可能性もあるけど、転移者にダメージ床が効かないのは絶縁体の知識があるからだったりして? 来た!俺の時代来た!前世の知識が初めて役に立つ!


「ミャウ、その杖ちょっと貸せ」

「え、なに? 私、杖が無いと魔法が」

「あっても使い物にならない魔法しか使えないだろ。猫語とか猫寄せとか冒険の役に立たないんだよ、いいから杖貸せって!」


 ミャウの手からむしり取った木製の杖で『ダメージ床』を突っついてみる。乾いた木は電気を通さないっぽい。よし、行ける。

 急いで宿に取って返す俺を煩いのがギャーギャー言いながら追いかけてくる。


「ねぇ、なんなのよー!いいなさいよー!」

「攻略するんだよ、昔取った杵柄ってやつだ」


 宿の親父さんが嫌な顔するのを拝み倒して椅子を借り出す。椅子さえあれば何処へでも走っていける。

 椅子の強度を見る為にギュッと脚を握り、ハンドルとなる背もたれの握り心地や座面の高さによる歩幅をざっくりと確認する。悪くないな、ポニー級といった所か。小回りの効くタイプの椅子だからコースの下見ができない今回のケースでは……

 椅子を手に持って撫でまわしながら考え込んでいた俺の肝臓に鋭く拳が突き刺さる。止まる呼吸。一瞬遅れて額ににじみ出る脂汗と激痛。


「ごぁ、おま、ふざけ……」

「説明しろって言ってるのよ!」


 放置しすぎたミャウが抉りこむような角度のボディブローを放っていたようだ。だからこいつと行動するの嫌なんだ……職業は魔法使いなのに性格がグラップラーなんだよ。村の男子は全員こいつの拳に支配されていたっけ。


 地面に四つん這いになって背中に座られた姿勢のまま、木製の椅子に座ったままガタガタさせて神殿内を移動しようという計画を話す。屈辱だが、自分が椅子になったと考えると椅子ガタニストの端くれとしてちょっと嬉しい。


「ふーん、理由はよくわからないけど、椅子に座ったままならダメージ床を無視できるのね?」

「はい」

「じゃ、もう一個椅子借りていきましょうよ」

「お前も行くの?」

「普通は入れない神殿の中に入れるんでしょ? 行くに決まってるじゃない、当たり前でしょ!」

「いや、椅子ガタは初心者が簡単に手を出せるほど甘くないんだ。それに神殿内に段差とかあったらかなりのテクニックがいる。倒れたら電撃なんだから、お前は待機してた方がいい」

「いくの!」

「はい」


 仕方ない。新人へのレクチャーを行ったことはある。ぶっつけ本番になるが、ミャウには神殿の中でガタガタしながら実地で覚えてもらおう。


 木製の椅子を二つ抱えて、再び神殿に向かう。周囲の人たちの『あいつ、いい椅子持ってんな』という視線が心地よい。そう、椅子は宿屋で借りてこようと思ったのだが、乗ってガタガタさせる事を伝えたら家具屋に行って買えと断られてしまったのだ。その代わり、一般人には売ってくれない業務用椅子屋を紹介してくれた。

 普通は大工に頼んで作ってもらうらしいのだが、魔物の襲来の多い地域では注文を受けてから作るのでは間に合わないケースがあるとかで、家具を作り溜めておく習慣があるらしい。

 魔物に襲撃されて家が破壊されたり街が燃えたりする事もあるが、魔物と戦う冒険者が多く集まる事で治安が悪くなり、喧嘩して酒場の椅子や机が壊される事も日常茶飯事だからという事だ。俺にとっては都合がいい。

 紹介してもらった椅子専門店にはいろいろな椅子があった。ギルド用、酒場用、宿屋用のそれぞれにあわせた壊れやすい椅子。暴れた冒険者から修理費を取るために脆くしているとは思ってもみなかった。

 壊れやすい椅子があるのなら、逆に壊れにくい椅子もある。振り回してぶん殴る用の椅子や、横に倒してバリゲードにしやすい机など。さすがに移動用の椅子は無かったが、じっくり吟味してよく走りそうな椅子を選んだ。


「お姉ちゃんが服を買う時より長いとは思わなかったよ」

「壊れやすい椅子でガタガタしたいならそれでもいいけどな? 吟味する必要があるんだよ。椅子は同じように見えても全部違うから。個体値を見抜いてからが椅子の始まりなんだ」

「わかんないけど、そーだねー」


 神殿に戻ると、大勢の人々が手を合わせている位置から一歩前に出て、椅子を置く。真剣な顔で座面に尻をおろすと小さく頷き、正面側の脚に自分の足首を絡めた。


「ミャウ、まずは俺の真似をして動いてくれ。地面に足を付けないで、椅子をずらしながら移動する」

「うん、わかった」

「今回は椅子軸法とスライド法を使って進む。これは初心者にもわかりやすい走法で、椅子軸法は脚をコンパスのようにしながら左右に大きく振って移動する方法で、スライド法は」

「わかんないけど、見て真似してついていくからいいよ」


 それで真似できれば苦労はない。そう思うがミャウは話を聞かないヤツなので、そのまま流すことにする。途中で立ち往生したら帰りに回収すればよい。


「じゃ、いくぞ」

「おっけー」


 ガタガタガタガタ。

 椅子をガタガタさせながら前進し、ダメージ床の神殿に入っていく。案の定、金属タイルの部分に乗っても何ともない。背後から参拝している信者たちのざわざわする声がする。


 何人も並んで通れそうな広い通路を椅子に乗ってガタガタ進む。このまままっすぐ行けば低い段差が三段ほどある。神殿って段差作るの好きだよね、もっとバリアフリーにすればいいのに。


「ちょっと、ちょっと待ちなさいよ! なんでアンタそんなにスイスイ進んでるの?」

「スイスイは進んでないよ。キャスター派じゃあるまいし。ほら、体重を浮かせた瞬間に椅子全体をスライドさせるんじゃなくて、左右で歩くようにするんだよ。右、左って」

「む、無理ぃ」


  だから初心者には無理だって言ったのに。何か使えるものが無いか周りを見渡すが、まだ入り口付近、ダメージ床の上が続いている。さらに少し進むと低い段差がある。段差越えなんて椅子ガタ検定五級相当だけど……ミャウ、ここ越えられなく無いか?


「ずっと奥の方に壺っぽい置物があるから、それ持ってきて座るか? ぐるぐる回るけど俺が斜めにして転がしていってやろうか?」

「酔うよ!」

「わがままだな!」


 このまま一人で村に帰ってくれると嬉しいんだけどな。ガッタガッタガタ。


「それに壺なんて汚いよ」

「なんで?」

「だって、部屋の中においてある壺なんてオマルでしょ?」


 そんな……って言おうとして口ごもる。デカい枝を活けるなんてこともないし、厨房なら水を汲み置きしたりもするけれど部屋に置く壺は、大体いつも空っぽ。え、もしかしてあの壺ってトイレ用だったの? 家の部屋にもあったけど俺はいちいち外のトイレまで行ってたな。

 そういえば前世で遊んでたゲームでは、よく部屋に壺があって中からアイテム拾ってたな。あれはそういう入れ物だと思ってた。あれってトイレなの?うわ、きたねぇ!その薬草も小さなメダルもきたねぇ!


 逃げるようにガタガタガタガタと進む。結構なブランクがあるはずだが、椅子ガタのリズムは身体に染みついていたようだ。

 順調に進んで階段にたどり着く。


「ねぇ、ジン? これ、どうやって上るの」

「こうする」


 ミャウの椅子と隣に並ぶと、少し詰めさせて空いたスペースに移って立つ。空いた自分の椅子の背もたれをもって段差の上に置き、移動。


「こっちこい。ここに立って」

「……ねぇ、これさ、はじめから一人に二個ずつ椅子使えば疲れなかったんじゃない?」

「そんなの椅子ガタガタじゃないだろ、邪道」

「わけわかんない!」


 二人の椅子を交互に移動しながら階段を上りきる。ミャウを連れてきてよかった。一人だったら回転技で登っていくしかなかった。あの技は自信ないんだよな。

 そうして階段を上り切った先には聖剣を安置した玄室があった。広い部屋の奥側半分は白い陶器のような分厚いタイルに覆われていて、そっちはダメージ床じゃなさそうだ。

 中央には陶器のような石の台座に置かれた雷の聖剣。そこに巻き付けた針金。針金は床の金属タイルに直接はんだ付けされている。なんだこれ。


「うわぁ、何か色々置いてあるよ! 金目の物とかあるかなぁ」

「実質ダンジョンみたいとか言われてるけど神殿なんだからとってっちゃダメだろ」


 手癖の悪いミャウを牽制しながら、周囲に置かれた様々なものを確認する。この陶器みたいな材質は絶縁体のようで、恐る恐る触れてみると電気は流れていない。


「なんだこれ」

「羊皮紙、じゃないよね? なんだか質のよさそうな綺麗な紙……何か書いてあるけど読めないね」


 書いてあるのは頑張って覚えたこの世界の文字ではなく日本語。ルーズリーフを束ねたリングノートに鉛筆で文字が書かれている。


『雷の勇者やってた高校生の槌屋です、この聖剣は周囲の魔力を吸収してパッシブで電気を出し続ける仕組みです。電化製品とかに使えたらうれしいです。とりあえず自作の竹電球おいておきますので、電化製品再現プロジェクトに興味あるかた、ドワーフ達の石の王国でカーペンター高校OB会宛に尋ねてきてください』


 隣には、自作の灯りと思われる、炭に線を繋いだものが置いてあったが、とっくに焼き切れているようだ。

 雷の勇者の書き込みの隣には、日本語と英語のいろいろな筆跡でコメントが追加されている。


『ここまで来れた人が転生者なら、変圧器の仕組みとかわかったらここに連絡ください』

『当方、召喚時にゲーム機持ってます。合流希望。石の王国行きます』

『転生者です。前世で家電メーカーに勤めてました。スキルで炊飯器出せます』


 理解した。魔法とか浪漫あると思ったけど使い勝手悪いし、すっごい疲れるし。魔法で火を出したりするより電化製品再現した方が絶対いいよね。そして転生勇者さんは同郷どころか先輩じゃねぇか。この電気のダメージ床は転生者を選別する篩って事か。飛んだり魔法で防御したり竹馬でダメージ床を突破したとしても、ここの書き込みが読めないと合流出来ない、と。


「ねぇねぇ、ジン。この聖剣、持っていったら私たち英雄じゃない?」

「ダメダメ、置いて」

「え、なんでよ」


 さて、どうやって言いくるめ……説得しようかな。なんとかしてミャウを故郷に追い返して先輩と合流なきゃ。


 槌屋先輩って名前は二年上の先輩で見かけた事がある。雷の魔法をうまく使って家電を再現するのもいいけど、うまくすれば椅子ガタガタレースもこの世界で復活させられるかも知れないものな。

 俺は希望を胸に神殿を後にした。ガタガタと、椅子を鳴らして。

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