カラスってさ
救急医の俺と、水族館で働く獣医師、山下。二人の取りとめのない雑談を描く日常ストーリー。
「カラスって、人の顔覚えるらしいよ」
夜勤明け、コンビニ前でゼリー飲料を啜りながら、山下が突然そんなことを言った。
空は薄曇りで、昨夜の雨がまだ道路の端に残っている。通勤途中らしいサラリーマンが、缶コーヒー片手に無表情で横断歩道を渡っていった。
朝は食欲が湧かない。
せめてカロリーを取ろうと糖分たっぷりのエナジードリンクを喉に流し込みながら答える。
「車にクルミ割らせたり、賢いよな」
「この前、水族館の裏でずっと見られてた」
「カラスに?」
「うん。なんか監視されてる感じした」
山下は飲み終えたゼリー飲料の空をビニール袋に放り込みながら、少し肩をすくめた。
水族館は魚の匂いがするから、カラスも集まるのだろうか。
「餌持ってると思われてんじゃないの」
山下は笑った。
「あ、」
「なに」
山下の視線の先を追う。
駐車場をトコトコと器用に歩きながら、カラスが横切っていく。
やけに近い。
朝の薄い光の中で、濡れた羽が青黒く光っている。随分デカくて、綺麗なカラスだと思った。都会のカラスは妙に艶がある。
「いた」
「いるな」
カラスはじっとこちらを見ていた。
偶然なんだろうが、こうして話題にした直後だと、どうにも気になる。
山下が小声で言う。
「絶対聞いてた」
「自意識過剰だろ」
「いや、今のタイミング怖くない?」
「たまたまだって」
そう言いながら、俺もちょっとだけ気味が悪かった。
カラスは首をかしげる。
その動きが妙に人間っぽい。
「なんかさ」
「うん」
「救急外来でも、たまにあるんだよな。こういうの」
「こういうの?」
「今日ヒマっすね〜、って言った瞬間、救急の電話鳴るの」
山下が笑う。
「だいぶインフル減ったな、とか言った翌日に発熱外来が地獄になるとか」
「あるある」
興味を失ったのか、あっさりと飛び去ったカラスの後ろ姿を見送り、エナジードリンクを飲み干した。
通勤の人波が増え、眠そうな街が少しずつ動き始めている。
「さ、帰るか」
歩き出したところで、後ろからガァ、と鳴き声がした。
振り返ると、さっきのカラスがコンビニのゴミ箱の上に止まっていた。
じっとこちらを見ている。
「……やっぱ覚えられてるって」
「まさか」
そう言った直後、カラスが器用に嘴を動かし、ゴミ箱から肉まんの袋を引っ張り出した。
「俺たちより、あいつの方がちゃんと朝飯食ってるな」
「……モーニングでも食って帰るか」




