02.「妖力」纏いて①
公安陰陽師とは国が管理する組織であり、主に社会体制を脅かす妖怪被害(過激派組織、破壊行為、鏖殺)を未然に防ぐため、情報収集や監視、妖怪を祓うプロ組織のことである。無論、己の功績によって変化する階級もまた存在する。
―公安界一級陰陽師『川泉 善月』―
「あぁーメチャ腰いてぇー、老害をこんなとこまで引っ張り出しやがって···」
銀髪のポニーテールに黒スーツ、片目に眼帯を付けた老人は、自慢の孫娘と共に真夜中の小学校を訪れていた。
「婆さまとのイチャイチャランデブー生活真っ最中だってゆうのによぉ〜」
―公安界三級陰陽師『川泉 夢』―
「おじい様は、現状の公安についてどこまでご存知でしょうか?」
「ワシを呼ぶ時点で人手不足は明らかだろ、でもよぉ〜夢ちゃん、少々過剰戦力すぎじゃね?」
「総監から直々に依頼がありまして、ある男を捕縛して欲しいとの事···、あっ、───あの人です」
夢が指さす方向にいたのは化け物のような怪異を霊払が殴り飛ばす瞬間であった。
「アイツ、わしより強くね?」
数時間前、神奈川県横浜市のタワーマンションに皐月 小香が設立した怪奇事務所が存在する。社長"皐月 小香"、従業員"霊払 新太"の二人の住居家でもある。
時刻は朝の五時、今日はまだ遅い方だ。
霊払 新太の朝は早い、まず初めに依頼メールが届いてないか確認した後、顔を洗い身支度を済ませる。
今日は依頼が無いため俺は気が楽だが、小香さん宛に一件届いている、起こさなければならない。
「小香さーん、起きてますかー?」
小香さんの寝室はいつも散らかっている、脱ぎ捨てられたスーツとワイシャツ、ストッキングに下着までベット付近に散乱しているのだ。
部屋に入ればまず初めに散乱物を片ずける、これも日常だ。
「んんっ、もぉー朝ぁあー?」
小香さんは寝室のカーテンを開けておけば自然と起きてくれるので助かっている、2年前までは布団を引き剥がさないと起きなかったのがいい思い出だ。
今日の朝食は昨晩用意しておいたサラダに今作ったベーコンエッグ、食パンとコーンポタージュ、それと淹れたてのコーヒー。朝食をテーブルに並べているとドライヤーの音が聞こえる、朝シャワーを浴び終えた小香さんはキャラが切り替わるから見てくれ、普段はクール系を演じている彼女を。
―妖怪退治の専門家『皐月 小香』―
「おはよう、霊払くん♪」
「おはようございます、今コーヒー入れますね!」
微笑み返すと彼女も笑顔で答えてくれる。
三年前、俺が初めて小香さんの自宅を訪れた時は驚愕する。ゴミ屋敷ほどゴミは無かったが、部屋の隅にゴミ袋が積み重なり、衣服は脱ぎっぱなしの状態で放置されていた。
よって一年間は家事と炊事に徹底した後、二年目からは小香と共に妖怪退治のサポート、そして今年からは幽霊退治の専門家として様々な怪異を対応している訳だ。
時刻は午前八時、朝食を済ませた小香は出勤の為、栃木県へ向かう。そして小香が自宅を出て少しした後、霊払のスマホに一件のメールが届く、依頼主は娘と二人暮しをする40代の男性だった。
栃木県·那須町の那須湯本温泉、封鎖のため関係者以外は立ち入り禁止な現在、界三級から界一級の公安の陰陽師たち十名が現場調査中。
そんな中、両手を組みながら鋭い目つきで男性の公安陰陽師を睨みつける小香の姿が見える。一方男性の方は、ゴツゴツした岩場で青ざめた表情で正座している、皆彼女が恐ろしいのだ。
「それで田村さん、今回の件、公安はどこまで公表するつもりかしら?」
「ワッ···私の上司のお言葉を、つっ···伝えさせていただきます!」
「―で?」
「界三級以上の陰陽師には公表、現状を維持維持と共に陰陽六天様方に助力を要請せよ、と···」
「でっ、その要請に応えたのが私だけだったと。それで、この封印を解いたバカな俗物は?」
「じっ···自身を、解放鏡怪と名乗っていたと」
「ふぅ〜ん、解放鏡怪ねぇ···」
陰陽師はただでさえ人手が足りない現状、そして今回の件により公安は大打撃を受けたようね。
陰陽六天である私を含めて忙しくなる、この隙に付け込まれないように気を張らないと。
そういえば霊払くんは、今何してるんだろ?
その頃、霊払は依頼主の自宅で粗茶をいただきながら行方不明となった娘の詳しい経緯を伺っていた。
頭を抱える中年男性、ここでは父親Aさんと呼ぶことにする、その父親Aさんが言うには昨晩から娘の帰りが遅く心配で学校に電話したところ、六年一組の生徒二十四名が帰りのホームルーム前に姿を消したと担任教師から話されたらしい。
これが本当の話なら急がなければならない。
神隠しとは、端的に言えば別の空間に隔離される事、怪異によって空間内での時間の流れが異なる、遅い場合ならまだ良いケースだが、早い場合なら空間内では一年あるいは数十年経ってるケースがある。
「分かりました、この件は怪奇事務所、霊払 新太がお引き受けします···」
■■■
依頼を引き受けた後、早急にその小学校へ向かった霊払は、校門前に取り付けられたインターホンを鳴らす。学校関係者にも話を聞くつもりだったが、一向に出てくれる気配が無い。
例え学校が休みとなっても教師は職員室にいるはず、嫌な予感がする、不法侵入だが致し方ない。
閉まっている校門を飛び越えた瞬間、不気味な寒気が霊払を襲う。地面へ着地後、何者かの気配を感じた霊払は振り向くも何もいない。
「まず校舎に入って探索だな···」
頭が無い二宮金次郎の像に視線移し、すぐに逸らすと下駄箱がある入口から校舎内へ侵入した。
現在地、○○小学校の校舎内一階。
陽に照らされた廊下、霊払は下駄箱から廊下に出ると左側には二階へ続く階段がある、まずは一階の教室から探索してみることに。
「ここが小学校、確か中学、高校、大学もあると小香さんが言っていたな。学校かぁ〜少し憧れる···」
その後も探索範囲を広げる、一階から三階の教室、渡り廊下を通って第二校舎を探索するも全校生徒おろか教師すら姿を消していた。
職員室の椅子に座りながら考え込む霊払。
ここまでの規模の神隠しは遭遇したことがない、恐らく神隠しを起こした張本人は俺のことを警戒している。―そのせいか相手の尻尾すら掴めないとは、専門家失格だ。
「あれを試してみるか…」
椅子から立ち上がり、目を閉じて呼吸を整える。
三年前、霊払 新太が捕まった理由の一つ、それが「妖力」である。
妖力とは、妖怪が魂の形を保つために必要な生命エネルギー、妖怪が妖術を使用する際に消費されるMPに近い物。
霊払はその妖力を心臓辺りから生成、血管へ循環させることで放出させることも、量の調整を行うことも可能としている。
「質は薄く、範囲は広く、『妖力波·全』」
妖力波·全、霊払を中心とした円形の妖力が広がり、その内に入った怪異の居場所を即座に見つける探知技である、探知範囲は霊払が消費する妖力によって範囲が決まる。
「見つけた、第二校舎三階の美術室に異様な気配」
俺は二階へ続く階段、そして三階へ続く階段を壁を蹴り上がり、僅か数秒で美術室の扉をこじ開ける、すると何かがキャンパスに向けて筆を振るっていた。
この感覚、肌を刺すような威圧感は。
「この花、キレイじゃない···」
耳を塞ぎたくなる程の不快な重低音、人型から異形な形へ姿を変えていく怪異は、霊払に視線を向けていた。ゴムの様に異様に延びた両手両足を蜘蛛のように這いずりながら霊払を襲う。
霊払は咄嗟に美術室から離れ、一直線の廊下に戻ると、美術室の扉からヌッと怪異がその姿を表した。
妖力波を使った辺りから薄々感ずいていた、この怪異の正体を。
幽霊と妖怪は、どのように判断しているのですか?
【陰陽師·陰陽六天(伍ノ式)皐月 小香】
「そうですね、霊と言うのは我々人間の死後の姿、姿は違えど性質、纏う霊力は変わりません」
その霊力と言うのは?
「端的に言えば『概念的エネルギー』それが霊力ですね。霊力を青色とするなら、妖力は赤色、私たち陰陽師にはその力がオーラのように視えるので···」
なっ、なるほどぉ〜?
青色でも赤色でもない、霊払に迫る白いオーラを纏った怪異、接待するのはこれが初めての霊払だったが躊躇なく、右拳を溜めて放つ。
ただの拳ではない、霊払が生み出した妖力で纏った拳その名も。
「――妖力拳…」
霊払の拳に怪異は触れた瞬間、拒否反応が出るかの如く爆散する。祓われた怪異は灰となり、再び静けさだけが帰ってきたと思われたが。
「お前さんが〜霊払かい?」
廊下に響く老人の声、霊払は素早く振り返る、すると二人組の陰陽師が立ち止まっていた。
いつの間に?音が響く廊下で足音一つ聞こえなかったぞ、気配もまるで感じない。まさか霊力を抑えて接近された、そんな芸当が可能なのか?―落ち着け、また余計な事を考えてるぞ、今すべきことを思い出せ。
すると老人の隣で両手を組んでいた青髪が特徴的な陰陽師が一歩前へ出ると左腕を突き出す形で霊払へ向ける、何かを放つ姿勢で警告気味に語る。
「霊払 新太さん、大人しくご同行願います」
「申し訳ないけど、今は依頼中で···」
「無論理解しています、ですが私達も依頼された身、引くわけにはいきません !! 」
この公安陰陽師、一直線の廊下で術式を放つ気か!?
術式とは、身体のどこかに刻まれた刻印に霊力を込めることで発動する陰陽師の秘技である。術式には妖怪を祓う為の呪いが施されており妖怪特化とも言えるが、類によっては物理的殺傷能力が高い術式も存在する。
「術式·水『深海の岩槍』」
水で出来た槍状の術式 !? 速度は反応できるレベルだが、大きさは三角コーンと同じぐらいか? 避ける事も可能だが、ここは両手で受け止める。
術式を両手で受け止めた時、術式の効力が解けたからか術式を構成していた水が弾け飛び、その影響によって霊払は一時的に公安陰陽師の視線から消えた。
霊払が一瞬で消えた事に判断力を削がれた夢は、彼がいた真横の窓ガラスが空いている事に気がつくのが遅れてしまい、窓の外からの奇襲に対応できず霊払に関節技を決められた。
「ウゥ、不覚です···」
何とか彼女の方は無力化できたが、もう一人の公安陰陽師をどうするか。と考える矢先、公安陰陽師の善月は廊下であぐらをかいて座り込んだ。
「え?」
「わしは人に刀は向けねぇ〜よッ、だからどうか孫娘を離してやってくれないか?」
嘘偽りのない真っ直ぐな目線、小香さんに似たものを感じる。―俺は押さえつけていた両手を離すと、彼女はスーツに着いたホコリを払いながら立つと、不機嫌そうな表情で睨んできた。
「すまねぇーな、わしは初めっから危害を加えるつもりはなかったんだけどよ〜、メチャカワ夢ちゃんがどぉ〜してもお前さんの実力を知りたい、と」
「なぜ俺の実力を?」
「ここだけの話、夢ちゃんは皐月 小香 殿に憧れを抱いていてなぁ、隣に立つお前さんを試したかったんじゃ」
「おじい様はそれ以上、口を開かないでください」
「―すません···」
先程よりも近い気がするが何をする気だ、両手を背後に隠しているが、まさか刃物か!? と何かを向けられた瞬間、戦闘態勢を取るも向けられたものはサイン用の色紙だった。
「あのぉ〜実は、王子、霊払様の推し、でぇ〜」
「えっ?」
この時、無駄に気を張っていた霊払は自分で自分を殴りたくなった。




