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えっ?婚約破棄されたのに私が慰謝料払うんですか

作者: invitro


 下校中の事故であっさり終わった前世から、異世界で二度目の生を受けて早や16年――今、わたしは人生の岐路に立たされていた。


「うーん、どうしたものかしら」

「アイラ、婚約を破棄すると言っているんだぞ。聞いているのか!」


 舞踏会の会場でヒステリックに叫んでいる男の名前はフレデリック。二人でいる時は気軽にフレッドと呼んでいるけど、一応この国の第一王子だ。公爵家なんて高貴な身分に生まれてしまったがために出来た、わたしの婚約者だったりもする。


「考えているところだから少しお待ちになって」

「そんなことを言える立場かッ。謝罪しろ! 彼女達に謝れ!」

「その様に声を荒げるのは紳士として見苦しいわよ?」


 わたしが答えると、憤慨するようにフレッドとその背後にいる令嬢達が騒ぎ出した。彼らの言い分は、権力を笠に着た独占欲の強い傲慢性悪女が、自分以外の女がフレッドに近づかないよう非道な嫌がらせを繰り返したというものだ。

 あ、権力を笠に着た独占欲の強い傲慢性悪女ってのがわたしね。公爵家に相応しい娘であろうとお嬢様ムーヴをしてきたから、前半部分の悪口はあまり否定できない。ただし、嫌がらせには身に覚えがない。あくまでお貴族様ライフを楽しんでいただけだ。



 ここでわたしに用意された選択肢は二つある。

 彼らの言い分を認めるか、認めないか。


 元々がありもしない罪のでっち上げであり、下級貴族の娘が十人や二十人集まったところで、公爵家の権力を以ってすれば握り潰せる。わたしが一言否定するだけで、全部なかったことになって、フレッドとの関係もこれまで通り。

 だけどフレッド達の言い分を認めれば、悪評を受け入れる代わりにフレッドとの婚約を解消できるというメリットがある。これぞ本物の“悪役”令嬢ってね。




 正直に言えば、別にわたしはフレッドのことが嫌いじゃない。

 むしろ大好きだ。

 もっとも、恋愛感情はカケラもないけど。


 同じ日に生まれ生まれた時から婚約者である彼とは、幼い頃から両家の親によって度々引き合わされてきた。そのおかげで幼馴染というより遠慮のない姉弟同然の関係だった。

 フレッドの性格も問題である。彼は天性のお調子者というか陽キャというか……中身がギャル男? ぶっちゃけノリで生きてる人種だ。そして善人なんだけど騙されやすくて善意で他人に迷惑をかける、そんな人だ。一国の王子としては失格でも、決して憎めない『愚かで生意気なかわいい弟』というのがわたしの印象。今回もいい様にほめられておだてられて、体よく使われているのだろう。


「まーたこの子は悪い女に引っかかって。それとも反抗期ってやつ?」

「なんだとぉ」


 おっと、軽くイラッときて心の声を漏らしてしまった。



 一歩前へ出てフレッドの顔をまじまじと見る。

 顔はかなりのイケメンに育った。ほどほど筋肉もついていて身長も高い。なのに、やっぱりドキドキしない。

 見た目がやわらかい金髪なのと人懐っこい顔立ちのせいで、前世で飼ってたミニチュアダックスフントのフレディちゃんを思い出す。あの子もあたまの悪い子で天気のいい日は庭に出ようとしていつも窓ガラスに体当たりしていた。


 色々な要素がありすぎて、わたしは彼にときめかない。

 この感情はフレッドの方も同じだろう。今世のわたしは前世と違って自分でも驚くほどの美少女なのに、どれだけこちらから距離を詰めても、顔が赤くなることもなければ緊張する様子もない。わたし達って、どこまで行っても男と女じゃないんだよね。


 フレッドと結婚してもたぶん不幸にはならないけど、お互い不倫して問題になる未来が見える――そう結論づけると、わたしは「もうお好きになさって」と自暴自棄な負け犬っぽく会場から立ち去った。




 ◇




 パーティーでの悪評は隠しきれないほど広がり、フレッドとの婚約は見事破談となった。

 それでもわたしは公爵家の令嬢であり、派閥の子達もたくさんいる。親しい子はみんな味方だ。わたしが嫌がらせなどしていない、完全な被害者だと知っているのだから。

 この後は、王子の権力と財力を狙っている強欲な女達にハメられたかわいそうな女の子を演じながら、悠々自適な生活を送るんだ。そして、親が決めた相手ではなく自分の力で素敵な恋を手に入れる!

 だいたい、10代そこそこで死んだとはいえ、わたしには前世の記憶がある。肉体的には同い年でも王子なんて子供なのよ。世の中じゃロリコンおじさんだけが叩かれるけど、ショタコン女も同じくらい頭おかしいからね。恋愛するなら最低でも年上じゃないとダメよ。



 なんて、たくらんでいたら、突然ダリウスお父様の書斎に呼び出された。


「王都の裁判所からこんな手紙が届いた」

「拝見いたします~」


 ってなにこれ、慰謝料の督促状ですって。


「えっ、婚約破棄されたのにわたしが慰謝料払うんですか?」


 ちょっと意味わかんないですね、と手紙を読み進める。

 なになに、慰謝料を請求している相手は……フレッドじゃなくて、わたしが嫌がらせをしたことになっている令嬢達。どうやら集団訴訟を起こしたようだ。

 詐欺じゃん。しかも要求額がこのブリンガム公爵領の税収一年分とか、ふざけてるのかしら。


 そもそもわたし、そんな裁判に出席した記憶ないんですけど。

 え、知らない間に裁判が終わってる? 心神喪失を理由に、継母のエカテリーナ様が代理で全面的に罪を認めた上で勝手に謝罪したですって? それってありなの?



「お父様! 上訴! 上訴よ!」

「無駄だ。近頃では元老院の力が強すぎて、私と陛下が反対しても押し切られる。今更否定しても、もう遅いのだ」

「もう遅い!?」


 自分がその言葉を言われる側になるとは思わなかった。 

 まさか身内から背中を刺されるとはね。

 継母め、やってくれる。

 わたしとしたことが、まだ日本人のあまっちょろい感覚が抜けきっていなかったらしい。


「ともかく、請求されている額が額だ。そして請求先は公爵家ではなくアイラ、お前個人。……私の言いたいことはわかるな?」


 ふき出た冷や汗がドレスに染みを作る。

 そうか、わたしがフレッドと結婚して第一王妃になっていた場合、家に残されるのは生まれたばかりで腹違いの弟だけ。このままだとお家騒動が起こる可能性を否定しきれない。関係は良好だと思っていた継母はわたしが邪魔みたいだし、お父様も領地を優先するなら弟の方へスムーズに権力を譲りたいわけで……


 お父様がニッコリと微笑んだ。




 これだから貴族社会はイヤなんだ!!!




 ◇




「冷血おやじ……血も涙もありゃしねえ……」


 わたしはブリンガムの家名を失い、莫大な借金を背負わされて屋敷から追い出された。渡された少々の支度金は、これを使って外国へ逃げてしまえという父の親心だろうか。それともただの手切れ金だろうか。

 どしゃ降りの雨の中、他の領地へ向かう馬車を待っていると見慣れた男が隣の席に座った。


「珍しくやさぐれているな」

「……何の用よ」


 フレッドだった。

 わたしと同じようにずぶ濡れだ。

 一体何をしに来たのだろう。

 今更だが後悔して謝罪にでも来たのだろうか。


「ふっ、実は王命である婚約を独断で反故にしたせいで父上から廃嫡されてしまってね。……アイラ、助けてくれないか。他に行くところがないんだ」


 グーでぶん殴った。

 もちろん全力で。

 イケメンの前歯を折ってやったことで僅かに溜飲が下がる。


「痛いじゃないか」

「ほんっっっと、おバカでお調子者なんだから。反省してるの!?」

「確かに、彼女達に騙されたボクが悪かったよ……。でもアイラは頼めばボクを助けてくれるだろう。君はボクの妹みたいなものだし。あと兄妹同然に育った相手と結婚するって気持ち悪くない?」

「やっぱり考えることは同じかぁ……てかそっちが弟!」


 フレッドはすきっ歯になった顔で陽気に笑った。

 陽気すぎて本当に廃嫡されたのか疑いたくなる。

 え、ほんとにされた?

 弟があと十人いるから王子が一人くらい減っても国は大丈夫って、あんたは親に捨てられてなんで笑ってられるのよ。


「うん、まあ前より憎めない顔になったわね。その顔に免じて今回は特別に許してあげるから、しっかり反省なさい」

「でもボクがこういう性格になったのって、アイラを隣で見て育った影響が一番大きいと思うんだよね」

「わたしに似たらもっと思慮深くなってるでしょ。こら、笑うな」



 今度ばかりは見捨ててやろうかと考えたけど、アホ女達の企みに乗っかったのは自分も同じだしね。フレッドの手を取って立たせてやる。

 それに人手は多い方がありがたい。なにせ、これからわたしは、わたしをハメたアホ女どもに復讐しなければならないからだ。わたしはやられっぱなしで泣き寝入りするほどか弱い女じゃない。


 この世界の文明は、地球でいうとせいぜい近世から近代のあたり。まともな教育を受けている者が圧倒的に少ない。

 その点フレッドは申し分ない。というかこれ以上の人材はいない。歴史、地理、芸術、語学、交渉術、剣術、馬術……王族としてあらゆる分野で高度な教育を受けている。ちょっとオツムのゆるい部分はあるが、わたしが手綱を握れば大丈夫だろう。


「雇ってあげるけど、これからは下男パシリだから。しっかり働くのよ」

「下男!? ボクは王子だぞ!」

「元、王子でしょ。王族を詐称するのは重罪よ。……間違いが起こらないように名前も変えた方がいいかしら。これからはフレディと名乗りなさい」

「名前まで奪うのか!?」

「フレディ、お手」

「わんっ」


 こうして、わたしはフレッドと二人で再出発することになった。

 ……一応言っておくけど、改名は冗談だよ?




 ブリンガム領を出て向かったのは、派閥内でわたしの補佐をしていたアマリリス・ウェンディル伯爵令嬢のところだ。ウェンディル伯爵がお父様の右腕だった関係で、フレッドほどではないにしろ彼女とも幼い頃からの付き合いだ。

 それに、わたしは前世の知識を使ってあらゆる学業や習い事で子供とは思えない成績を残してきた。そのため、彼女はわたしを神に愛された神童だと本気で信じている。厄介者となってしまったわたしでも快く受け入れてくれるはずだ。



「アマリリス様、またよろしくお願いいたしますね」

「……………………」


 しかし、手紙では良い返事をもらっていたのに、彼女は渋い顔をしていた。


「そちら……フレデリック王子、ですよね……」

「いえ、犬とお呼びください、アマリリス様」


 原因はフレッドだった。旅の途中いじめすぎたようだ。別人のように卑屈になったフレッドを見て、アマリリスはどん引きしていた。ぽかりと頭を叩いて元の能天気なフレッドに戻す。

 その様子を見て、アマリリスは「今回はずいぶん大きなケンカになりましたね」と笑った。どうやらわたしの信奉者である彼女は、婚約破棄までした男が一緒にいることに納得いってなかったようだ。フレッドは薄っぺらい男に見えるけど、これでもいい子なのよ。




 アマリリスから部屋をもらった後は、身だしなみを整えて伯爵に挨拶をさせてもらった。彼も彼女同様に快くわたしを迎えてくれた。

 ただ、フレッドに関しては……伯爵もどう扱っていいのか決めかねているようで、目を合わせないようにしている。いないものとされたフレッドは、一人しょんぼりと無言で茶菓子を食べていた。



 伯爵から、これから何をして生きていくつもりか考えているのかと聞かれたので、これまで培った知識と教養を活かせる商人になりたいと答える。すると、アマリリスの兄、ウェンディル伯爵家の三男、レイエス様を紹介された。

 彼は将来、伯爵家が取り仕切っている商会を継ぐことが決まっていて、その嫁に来ないかと言うお誘いだった。現在、貴族籍を剥奪されて庶民となっているわたしには勿体ないお話だ。しかも、レイエス様はフレッドとはタイプの違うイケメン。わたし好みの眼鏡の似合う知的な男性だった。やっぱり男に必要なのは知性だよね。



「でも、伯爵様はどうしてここまでよくしてくださるのですか」

「表向き公爵家は縁を切ったとしているが、閣下から君のことを頼まれている」


 てっきり切り捨てられたものと思っていたけど、お父様はずっとわたしを見守ってくれていたらしい。


「ダリウスお父様、ありがとうございます……わたしも遠くの地からお父様のことを想っております……」

「今度顔を見たらケツ蹴っ飛ばしてやるとか言ってなかったか」

「おだまりっ」



 お父様とのわだかまりは水に流して、これからの話をしよう。


「商人とおっしゃいましたが、何か取引きしたい物などは決まっているのですか」


 未来の旦那様から聞かれたので正直に答える。


「この国で女性貴族が扱うもの全般です」

「大きくでましたね。理由をお聞きしても?」

「もちろん、復讐のためですわ」


 婚約を破棄させてくれただけなら別にどうでもよかったのだが、集団訴訟で慰謝料まで請求されて何もやり返さないわけにはいかないでしょう。


 だけど、継母の裏切りによってわたしは既に裁判で負けている。

 彼女達に法的な制裁を加える方法はない。

 この状況で彼女達にできる復讐は何か。

 生き恥を晒させてやることだ。


 わたしはこれまでしてきた自重を捨てる。

 前世の知識をフルに使って、女が求めるあらゆる物を一新する。

 洗髪剤、石鹸、化粧品、香水、下着、アクセサリー、アメフト選手みたいな肩パッドの入ったぶかぶかのダサいドレスも、工夫もなくただ丸めるか垂れ流すだけの古い髪型も、全て新しい物に取り換えてやる。そして、全ての流行をわたしの商会で独占したら、あの女達の家には絶対払えないような金額で取り引きを持ちかけてやるんだ。


「ふふふ、社交界で生きていけなくしてやりましてよ」

「た、頼もしいですね」

「遠慮した言い方はしなくていい。アイラは昔から結構ねちっこい性格だ」

「だからおだまりっ」


 レイエス様には若干引かれたけど、ウェンディル伯爵は閣下に良い報告が出来そうだと喜んでいた。




 ◇






 それから、わたしは三年でこの国の流行を一新してやった。表立って流行の最先端を広めているのはアマリリスだけど、すべての発案者はわたしだ。


 わたしを罠にハメたアホ女達は、見栄のために流行に乗り遅れまいと無断で家の資金を使いまくった。おかげで、今では実家に幽閉されていたり、結婚相手から捨てられたりと色々大変らしい。土下座でもすれば許してあげたのに、やっぱり悪党は滅びる運命なのね。


 唯一手を出せず残っているのが、継母エカテリーナ様だ。お父様が泣いて勘弁してくれというから彼女とはまだ表向き開戦していない。

 だけど、「全て御家のためにやったことよ」なんて開き直っているあの女にも、いつか本気で謝罪させてみせる。わたしの戦いはこれからだ!




 ……以前、家を追い出された時は、どうしたものかと途方にくれたけど、今ではまた順風満帆な人生を送れている。借金も余裕で返せたし、そろそろレイエス様と式を挙げる予定。むしろ、フレッドと結婚して王妃なんて堅苦しい立場になるより良い人生を歩めているんじゃないかな。


 そうそう、フレッドと言えば、あの子は今でもわたしに迷惑をかけ続けている。

 護衛兼相談役として頼りにしていたのに、ある日突然「メンズ用の商品も扱おう」とか言って商会を二つに割ろうとするし、商売が大きくなってきたら「外国との販路も必要だ」とか言って一年くらい勝手に姿を消すし……。しかも戻ってきたと思ったら「嫁ができた」とお腹の膨らんだ異国の貴人を連れ帰ってきた。

 先日も、来月わたしがレイエス様との結婚式を控えているというのに、空気を読まずこんなバカな冗談を言い出した。


「アイラ……結婚するのか、ボク以外の男と……」

「発端はぜんぶ、あんたが考えなしに婚約破棄なんてしたからでしょうが」

「あははは、なんてなーっ」


 おかげで「やっぱり二人には関係があったんだ」と勘繰る人も出てきて大変だった。あの子はお調子者で本当にいつまでも成長しない。

 そんなフレッドだけど、こどもの頃と変わらない関係がこれからもずっと続くんだろうな、と思う。



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