赤ちゃんがいっぱい
昼休みがもうすぐ終わるころ、2年1組の朋親が、ばたばたと教室に走って戻ってきた。今もまだ降っている雪が、ちらほらと彼の頭や肩に残っている。
朋親は、両手で何かを大事に隠し持っていた。クラスメイトたちは、なんだなんだと朋親の周りに集まった。
朋親は、胸の前の両手をそっと開いた。
手の中にあるのは、茶色いかまきりの卵だった。男子たちがわあっと歓声を上げ、女子たちはくすくす笑った。卵は乾いていて、静かだった。
「春になれば、赤ちゃんがたくさん生まれてくるね」
虫博士の優弥が、訳知り顔で言った。
「これ、どこで見つけたの?」
朋親の隣の席の春香は、大胆にも卵を指でつついてみた。
「中庭の木の枝にくっついてたんだ」
美紀が声を弾ませて言う。
「生まれたら、クラスで飼おうよ」
「でも、かまきりが生まれるころには、クラスが変わっちゃうよ」
優弥に指摘されて、美紀はがっかりした。
「春にならないと生まれないのかぁ」
亮太が腕組みをして、難しい顔をした。
「待ちきれないや」
あまりにも皆が落胆した様子だったので、優弥がまた博士らしく助言をする。
「かまきりの卵は、あったかいところにあると早く赤ちゃんが生まれるんだ。だから、この教室の中に置いておけば、春になるよりも早く生まれてくるかもしれないよ」
「あったかいところって、ストーブとか?」
と、亮太。
「暑くて、卵が焼けちゃうよ」
と春香がもっともなことを言った。
「じゃあ、ここだ」
朋親は、みんなが見守る中で、卵をテレビのそばに置いた。昼休みの放送や、教育アニメを授業で観る時に使うテレビだ。いつも、触ると少し温かい。
かまきりの卵を持ってきたことは、先生には内緒だった。だけど朋親たちは、何度もテレビの方に目をやって、くすくすと忍び笑いをした。
次の日、給食を食べ終わって、先生が教室から出て行くと、みんなはわっとテレビの周りに集まった。
「どう? どう?」
朋親たちは、卵の様子を見ようと押し合いへし合いしながら、背伸びをする。テレビの後ろから、ほこりっぽい匂いがした。
朋親は手を伸ばし、昨日そこに置いた卵を取り出した。昨日と何も変わらない色や形だ。
今日はひときわ寒い日だ。廊下から寒い空気が流れ込み、朋親たちはストーブの周りに避難した。
温かい風に包まれて卵の様子を眺めていると、不意にぷちぷちと卵の皮がほころんだ。
「あっ!」
児童たちは息を呑む。ぷちぷちぷちと、命が生まれる音が、誰の耳にも聞こえた。
朋親は、手のひらがくすぐったいことに気がついた。卵の影に隠れて、米粒よりも小さなかまきりの赤ちゃんが、わらわらとうごめいている。
みんなが感嘆の声を上げた。赤ちゃんは次から次へと卵から出てくるので、みんな自分の手を差し出した。
「赤ちゃんでも、ちゃんとかまきりだね」
美紀がつぶやく。優弥は何も言わず、嬉しそうにうなずいた。だけど、一番嬉しかったのは、朋親だろう。
「かわいいね」
誰かがそう言った時、昼休みが終わるチャイムが鳴った。
かまきりの赤ちゃんたちを見て悲鳴を上げた、担任の先生の采配によって、赤ちゃんたちはクラス全員が少しずつ持ち帰ることになった。かまきりが何を食べるのか、先生は理科の先生まで聞きにいってくれた。数匹ずつ分けられた自分のかまきりをじっと観察しながら、朋親たちはどんな名前をつけるのか話し合った。
生まれたばかりのかまきりたちは、そうとも知らず、温かい教室の中で小さなかまを振り回していた。