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春チャレンジ2025「学校」

赤ちゃんがいっぱい

作者: 六福亭


 昼休みがもうすぐ終わるころ、2年1組の朋親ともちかが、ばたばたと教室に走って戻ってきた。今もまだ降っている雪が、ちらほらと彼の頭や肩に残っている。


 朋親は、両手で何かを大事に隠し持っていた。クラスメイトたちは、なんだなんだと朋親の周りに集まった。


 朋親は、胸の前の両手をそっと開いた。


 手の中にあるのは、茶色いかまきりの卵だった。男子たちがわあっと歓声を上げ、女子たちはくすくす笑った。卵は乾いていて、静かだった。

「春になれば、赤ちゃんがたくさん生まれてくるね」

 虫博士の優弥ゆうやが、訳知り顔で言った。

「これ、どこで見つけたの?」

 朋親の隣の席の春香はるかは、大胆にも卵を指でつついてみた。

「中庭の木の枝にくっついてたんだ」

 美紀みきが声を弾ませて言う。

「生まれたら、クラスで飼おうよ」

「でも、かまきりが生まれるころには、クラスが変わっちゃうよ」

 優弥に指摘されて、美紀はがっかりした。

「春にならないと生まれないのかぁ」

 亮太りょうたが腕組みをして、難しい顔をした。

「待ちきれないや」

あまりにも皆が落胆した様子だったので、優弥がまた博士らしく助言をする。

「かまきりの卵は、あったかいところにあると早く赤ちゃんが生まれるんだ。だから、この教室の中に置いておけば、春になるよりも早く生まれてくるかもしれないよ」

「あったかいところって、ストーブとか?」

 と、亮太。

「暑くて、卵が焼けちゃうよ」

 と春香がもっともなことを言った。

「じゃあ、ここだ」

 朋親は、みんなが見守る中で、卵をテレビのそばに置いた。昼休みの放送や、教育アニメを授業で観る時に使うテレビだ。いつも、触ると少し温かい。


 かまきりの卵を持ってきたことは、先生には内緒だった。だけど朋親たちは、何度もテレビの方に目をやって、くすくすと忍び笑いをした。


 次の日、給食を食べ終わって、先生が教室から出て行くと、みんなはわっとテレビの周りに集まった。

「どう? どう?」

 朋親たちは、卵の様子を見ようと押し合いへし合いしながら、背伸びをする。テレビの後ろから、ほこりっぽい匂いがした。


 朋親は手を伸ばし、昨日そこに置いた卵を取り出した。昨日と何も変わらない色や形だ。


 今日はひときわ寒い日だ。廊下から寒い空気が流れ込み、朋親たちはストーブの周りに避難した。


 温かい風に包まれて卵の様子を眺めていると、不意にぷちぷちと卵の皮がほころんだ。

「あっ!」

 児童たちは息を呑む。ぷちぷちぷちと、命が生まれる音が、誰の耳にも聞こえた。


 朋親は、手のひらがくすぐったいことに気がついた。卵の影に隠れて、米粒よりも小さなかまきりの赤ちゃんが、わらわらとうごめいている。


 みんなが感嘆の声を上げた。赤ちゃんは次から次へと卵から出てくるので、みんな自分の手を差し出した。

「赤ちゃんでも、ちゃんとかまきりだね」

 美紀がつぶやく。優弥は何も言わず、嬉しそうにうなずいた。だけど、一番嬉しかったのは、朋親だろう。

「かわいいね」

 誰かがそう言った時、昼休みが終わるチャイムが鳴った。


 かまきりの赤ちゃんたちを見て悲鳴を上げた、担任の先生の采配によって、赤ちゃんたちはクラス全員が少しずつ持ち帰ることになった。かまきりが何を食べるのか、先生は理科の先生まで聞きにいってくれた。数匹ずつ分けられた自分のかまきりをじっと観察しながら、朋親たちはどんな名前をつけるのか話し合った。


 生まれたばかりのかまきりたちは、そうとも知らず、温かい教室の中で小さなかまを振り回していた。


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