5話
そして朝を迎えいつもの様に出勤までの僅かな時間をダルいとか行きたくないとか頭の中で愚痴りながら俺は出勤する。
笑いたければ笑うといいさ、訓練された社畜だとな。
朝になると元恋人で元幼馴染だったこの女は軽い朝食とかを作って待っていた。
以前、あんな事があったのにと思うかもしれないがこんな事はさして珍しい事では無い。
以前みたいな事を何度か繰り返している俺達の定期ノルマみたいなモノだ。
今回の内容が恋人だとか結婚とかそういう内容だっただけの話なのだ。
そして俺には結婚願望とかはない。
手持ちの資産がカスなのもあるしそれで妻なり子供を養っていくのが物理的に厳しいてのも当然あるが、なによりそういった物に興味がない。
結婚して世帯をもつ事に意味を見いだせないのだ。
この日本という国で独身貴族を貫いてる男性は昔より遥かに多く、独断とか偏見抜きでかなりの数がいるとネットなんかでよく見るが、俺みたいな考えの奴が多いからだろうと納得する。
しかもその結婚して欲しいと言ってきているのが昔俺を裏切った前科のある元幼馴染と来れば断るのは至極当たり前だと思うのだが…。
奴の容姿は30代を越えた今でも抜きん出ている美貌の持ち主だ。
少し婚活すればワラワラと男達がハイエナの様に群がって来るだろう事は想像に容易い。
俺みたいな底辺に執着せずともいいと思うのだが…。
俺の知らない間に相当男嫌いになってしまっている様だ…。
まぁ…そんな事は俺の知った事ではないし、知ろうとも思わない。
仮にアイツが別の男を見つけて出ていっても惜しい事をしたとは思うだろうけども…多分その程度でしかないのだ。
それにこれも多分だがあいつは出ていったりしない。
これでも幼馴染だからな、あいつの思考はある程度は読める…、この10何年の内に男に幻滅する何かを体験したのだろう…、しかし結婚を諦める事は出来ない…。
あいつは結婚に憧れているからな…。
よく昔からお母さんみたいな幸せなお母さんになるのが夢だと言っていたから…。
だから昔のあいつは俺と将来結婚するなんて約束をして来たのだ…。
だからこそ当時、高校生だった頃の俺がアイツに裏切られるなんて想像すら出来なかった訳だが…。
彼女が用意した朝飯を平らげ、じゃ言ってくると一言残し、彼女もうん、出来るだけ早く帰って来てねとなんとも言えない顔で言われた。
そうして朝の陽光のなかチャリに跨り職場へと向かった。
「おはようございます…野村先輩」
「あぁ、おはよう、結城さん」
出勤し、仕事の開始までぼ〜とスケジュール管理表を眺めていると昨日から俺の管轄になった新卒社会人の結城さんが意外にも挨拶をしてきた。
無視されるか、仕事が始まるまで話し掛けられ無いと思っていたから意外だ。
昨日定時で帰れたのが余程嬉しかったのだろうか?
「何してるんですか?」
「え?ああ…スケジュールの管理表を見てたんだよ」
「まだお仕事始まって無いのに真面目ですね〜」
「真面目ってか自分の為にやってるだけだからね…」
「そうなんですか?」
「俺は物覚えが悪いからね…こうして下らないことでもメモして、スケジュールもちゃんと管理しとかないと後で痛い目を見るんだよ」
「ふ〜ん、そうなんですね…そういえば昨日は何時まで残ってたんですか?」
「……21時頃には退社したよ…」
「そ…そんなに…」
「気にしなくていいさ、慣れてるから…まぁ気長に慣れてくれたらそれでいいよ」
「は…はい…でも…野村さんはあのじ…仲居さんと違うんですね…」
「俺とあの人は全然違うよ、俺は底辺平社員であっちは上司だからね…」
「そ…そういう意味じゃなくてですね…」
「?」
「そのぉ〜なんてゆうか、ちゃんと私の事を気遣ってお仕事教えてくれるし、無茶ぶりもして来ないし…何よりセクハラ目的で接してないってゆぅかぁ…その、野村さんって優しいなぁって…」
優しい?
俺が?
彼女は何か誤解をしてる様だ。
俺は別に彼女に優しくした訳でも無いし気遣った訳でもない。
ただ効率を重視しただけに過ぎない。
定時で帰ってもらったのも言い方が悪いかも知れないが俺1人の方が効率がいいからだ。
「買いかぶり過ぎだよ…俺は別に優しくもないし、君に気を使った訳でもない。そうした方が効率がいいからしただけだ。」
「ふふ…そうですか。」
なんだ…コイツ…
女はやっぱり良くわからない。
まぁ…おおかた利用しがいのあるおっさんだとでも思ってるんだろうな…はぁ…心底どうでもいい。
「……とりあえず仕事が始まるまでは自由にしててよ、あ、それと仲居さんが来たらスマホとかは見ないで何か作業してるフリとかしといた方がいいよ?」
「あ〜うるさいですもんね、あの人、今どきあのノリは昭和かよっ!って突っ込みたくなりますよね?」
「あはは…」
「それじゃ私戻りますね。」
そう言って彼女は自分のデスクに戻っていった。
そんな彼女と入れ替わりに来たのはあのチャラい男社員の後輩だ。
「はよ〜ございます、先輩〜、いやぁまさか先輩と結城ちゃんがあんなに打ち解けてるなんてビックリっすよ?意外にやりますね?」
「はあ?そんなんじゃないだろ?」
「いやいや、めちゃくちゃ懐いてたじゃないっすか〜やりますね〜先輩〜」
「はァ…で?なんだ?」
「いやぁ〜あんま社内で惚気けてるとまた仲居さんににらまれますよ?って思いまして〜」
「そりゃ忠告ご苦労さん…」
「じゃ俺はこれで〜」
全く何を勘違いしてるんだか…
俺みたいな底辺に彼女みたいな美人が寄り付く訳がない。
単純な話…彼女に新たな寄生先として利用されているだけだ。
美人は底辺男をある程度操る特殊能力を標準装備している。
笑顔を向けられ、手を握られただけでのぼせ上がり当たり前の事にすら頭が回らなくなる。
底辺で弱者たる俺みたいな男はそれだけで期待してしまうのだ。
彼女等はそんな底辺男の心情に上手く絡みつき利用するのだ。
それがわかっていればなにかに期待しようなんて思えるわけもない。
だからこそ、ビジネスパートナー以上の感情など持つ筈もなくそれが当たり前の事なのだ。




