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4話


それから毎日代わり映えしない日々が回る。

朝起きて仕事に行く支度をする。

直前までサボるかどうするかギリギリまで悩みそして結局は真面目に出社する。


会社に着いてからは例の上司に小馬鹿にされ、後輩の仕事を肩代わりし、当たり前の様に残業し21〜22時程に家に帰り着き、ベッドに飛び込むという日常サイクルを繰り返す。


あの女が構って欲しそうにこっちを見ているが疲れすぎていて相手する気力もない。

そもそも彼女でも奥さんでもない居候に気を使う必要など無いだろうと俺は深い眠りに沈む。  


そんな毎日の中で一つだけだが変わった事があった。


新卒と思われる新入社員が内の部署に入って来たのだ。

しかも女だ、ただ女と言うだけでは無い。

人目を引くレベルの美人だった。 


内の部署は男ばかりで華がなくムサ苦しいのだ。

そんな所に美女がきたのだからあの上司はウキウキだ。

童顔で低身長だが顔がアイドル顔負けに整っていてショートに切りそろえた髪型がマッチしている。

美人というよりも可愛いが先行するイメージだろうか。

そのクセ胸部には大きな丸い物体を2つぶら下げていて彼女の小柄な体のせいかやたらと大きく見える。


その子の印象を率直に言い当てるなら所謂オタサーの姫と言う印象だった。

普段着は絶対に地雷系ファッションだという偏見も追加しておこう。

そんな印象の女性だった。

なんでこんなかわいい子がこんなむさ苦しいだけの部署にと疑問に思わないでも無かったが部署内の連中を見回して見るとドイツもコイツもでれっとした顔をしていた。周りの反応を見た彼女はこれ見よがしに媚を売った愛嬌のある笑顔と猫撫で声で挨拶していた。



「今日からこの会社で働かせてもらいます〜、結城咲菜です!未熟者ですが精一杯頑張りますのでご指導ご鞭撻宜しくお願いします〜!」と。



男共の顔を見れば解るがみんな鼻の下をのばしている、正しくオタサーの姫的ムーブに彼女は成功していた。

かわいい女とは得なモノだ…

笑顔で笑いかけるだけでこれ程までに場の空気を支配出来てしまうのだから…。



例の先輩上司は彼女を伴いわざわざ俺の所にやってくると紹介という体の見せしめ的行動に出て来た。



「さっきも紹介したが今日からこの部署で働く事になった結城君だ、これから彼女に仕事を僕が教える事になったんだ。もう君の面倒を見ている暇がないんだから今後は失敗や下らないミスには気をつけて欲しい、難しい事を言ってる訳じゃないんだからしっかりと取り組んでくれよ?ちゃんと取り組めば君にだって出来るはずなんだからしっかりと頼むよ?君も先輩として結城君にみっともない所を見られたくないだろ?」


「はい…」



まるで見せびらかす様に先輩上司は彼女の紹介と俺へのいびりを済ませたあと彼女を伴って何処かに消えた。

その時彼女と目があった。


その目は心底どうでもいいモノをみる興味などカケラも籠もらない…そんな見下した目だった。

当然だと思うし俺も彼女の立場ならその判断は正しいと思う。

彼女の様なタイプの人間と俺では本来関わるべき接点もない…。

だから…


近い未来あのオタサーの姫的ムーブをとる地雷系ファッションが似合いそうな美人後輩に粘着される事になるなど俺には予想のしようが無かったのだ。













結城咲菜が俺の所属する部署に入って来て大体3ヶ月程度の月日が経過していた。

例の小言が喧しい40代半ばの先輩上司はうんざりした顔をしていた。


その横にいる結城咲菜の顔は眉間に深い皺を刻み表情もかなり険しい。

私は今!イラ付いてます!と、彼女の態度が雄弁に語っていた。


先輩上司は最初こそ美人の部下を持てた事に喜び勇み、その頃は上機嫌だった。

しかし日々が過ぎゆく中で二人は何事かを言い合う様になり誰が見ても不仲であると明らかな関係になった。


ゆとり世代とかゼット世代なんて言葉があるが結城咲菜はまさにそれに該当するかのような姿勢の人間で昭和世代のオッサンとは相性は最悪だった。



「君ねぇ!言われた事もまともに出来ないの?今まで何してきたの?もう大人なんだよ?いつまでも学生気分でいられたら困るんだよ?君の態度が誰かを不快にしているって考えた事ある?もう少し周りを見てだね?」


「………。」


「黙ってたら私の説教が終わると思ってない?はぁ…いいからここをしっかりと直しておいてよ?前にも何度も教えてるよね?出来ない訳ないんだから真面目にお願いだよ?」


「………はい…。」


「はぁ…頼んだよ、本当に?」



そう言い残すと先輩上司は彼女の前から去って行った。

ある程度距離が離れると結城さんは独り言をぼやき始める。



「くそ…セクハラハゲオヤジが…人の事エロい目でジロジロ見てる癖に揚げ足ばかり取りやがって…」



どうやら相当腹に据えかねてる様で悪態も俺の耳に入る程度には大きな物になってきている。

傍目には確かに彼女の勤務態度には問題があるのは確かな事実だ、仕事中にスマホをイジる事もたまにあるし、よくトイレにいく。

用を足しにというより単純にサボっているのだろう。

当日にいきなり体調不良だといって休む事も何度かあった。

多分もう後何日も持たないだろうなと他人事の様に…いや、事実、他人事なのだし下らない事は頭から出して俺は自分の仕事に集中した。



それから数日後の事だ。



「野村君、今日から彼女…結城咲菜君の育成は君に一任する、私は他の案件に手を取られてそれどころではないのでね?頼んだよ?若い子は会社の未来でもあるんだからしっかり育成してよね?」


「……はあ?」


「なんだね?不満でもあるのかね?」


「あっ…いえ…」


「では頼んだよ?」



頭が現実を処理しきれない。

あの男は今なんと言った?

いや聞いてなかったとかではなく言われた事を理解する事を頭が拒んでいた。



「……。」



結城咲菜はムスッとした顔でお得意の媚びた笑顔すら向けない。

もう彼女の中でここを辞める算段も大詰めに来ているのかも知れない。

それを察したあの糞上司は俺に責任を押し付けて来た訳か…はぁ…。



「とりあえず簡単な自己紹介からしておこうか…俺は野村立樹、君の事は結城さんと呼ばせてもらうよ?」


「……はい…。」



どうでも良さそうにだったが返事はしてくれた。

正直返事をしてもらえるかも怪しかったのでまずはそこに安堵する。



「じゃ仲居さんから預かってるノルマを全部見せてくれる?」


「え…?」


「俺も把握しておいた方が良いと思ってね?」


「わっ…わかりました。」



俺は彼女のデスクに向かいその上に置かれたパソコンに目を向ける。

はっきりいってタスクの5割は手つかず…手を入れてる残りの5割は殆どがあのオッサンからのリテイクだった。

詰まる所殆どが進んでないのと同義だった、しかしそれは俺から言わせてもらえば仕方の無い事だと理解出来る。


入社して3ヶ月でいきなりこの量を投げ渡されても出来る訳無いし知識や経験が不足している彼女にこれは明らかなオーバーワークだった。



「これは納期が迫ってるから俺が先方に掛け合ってみるよ…後これは指示書を参考に丸写しでいいよ。」


「え…でも…ハゲ…仲居…さんが自分で文を考えろって…」


「あぁ…いらないいらない…先方はそんな所見てないから手本を丸写しで書いたらそれでいいよ。」


「それでいいんですか!?」


「あぁ、大丈夫。俺は少なくともそれで先方から怒られた事はない、仲居さんを介さず直接送信すれば何も問題ない。」


「はぁ…そうですか…」



なんとも呆気に取られた顔をする結城さん。

イマイチ実感が沸かない様だが仲居は一度切り捨てたコマには基本的にはノータッチなので一々彼女のあら探しをしてくる事はない。


そこから俺と彼女は定時を迎えるまで残った仕事を消化していった。

それから定時が近づき彼女は当たり前の様に残業しようとしていたので俺は今日は帰る様に彼女に促した。



「え…でも…」


「疲れてるだろ?ここ最近は根を詰めすぎだし、自分を労るのも大事だ。」


「良いんですか?」


「ああ、ただ明日からは頑張ってもらうからね。」


「あ…ありがとうございます」



彼女は少し申し訳無さそうにしながらも嬉しそうに帰っていった。

きっと今日も残業だと諦めていたのだろう。

そこに定時帰りを言い渡せばああして張り詰めていた気持ちもいくらか楽になれるだろう。


もっとも俺としてはこの大量のノルマを片付けるには1人でやった方が早いので彼女に帰ってもらったと言うのが本音だ。

足手まといといったら聞こえは悪いが事実今無理して残業してもらっても邪魔なのが実情だ。

それに彼女は残業に慣れていない。

無理させても良いことは何もないのだ。


そうしてもくもくとノルマの消化に打ち込む。

ウチの営業は大量に仕事を取ってくるのは良いが一つ一つの仕事の単価が安いのでこうして数を熟さないと売上に計上出来ないのだ。

もっと抜本的な解決策を生み出さないと何も解決しないのだが俺は勿論として誰もそんな案を思いつける有能な人材なんていない。

あのオッサン先輩なんて口喧しいだけで基本的には何も出来やしないのだが立ち回りが上手いのかあのポジションにいるのだから生き汚いことこの上ない。


そうして21時になり俺は退社した。

チャリに跨り家まで無心で走る。

何気に夜の道をチャリで走るのは好きだ、なんか忙しすぎるせいかちょっとした事が無性に楽しくなる。


そんな細やかな時間だけが俺の幸せなのかも知れない。

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引き継ぎぐらいしてくれよ糞上司
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