32話
現在俺達は簡単な話し合いの場として近くのファミレスに来ていた。
俺の横には当然の様に結城さん、そして反対側には仲居さんが間隔を開けて座っている。
対面には中岸家の3人だ。
親子久々の対面だが感動の再開とはならず重苦しい空気が流れている。
おじさん…中岸老人の顔は険しく空間全体に圧をかけているかように重苦しい空気が充満している。
もはやこの場に重苦しい空気を発生させている特異点と成り果てていた。
あの結城さんすらも顔が緊張で固まっている。
彼女ですらそうなのだ…
事の中心である佳代と仲居さんはどんなものだろうか、
仲居さんは顔から滝の様におびただしい汗をかいている。
最近は気温も下がりめっきり涼しくなり始めているのにあの汗の量はハッキリ言って異常だろう。
佳代の方はうつむいていて顔が見えない。
しかし顔が見えないからと言ってコイツが何を考えてるか分からないなんて事はなく大凡の想像はつく。
まずこの場に親を連れて来た俺への怒り。
この状況に噛んでいる結城さんへの怒り。
後は親の登場に流石のマズさを感じ今の自分の心情を悟られまいと顔を伏せているといった所か…。
今や般若の如く怒りに塗れた顔をしている事だろう。
元幼馴染とはいえここまで相手の心情を読めるのは個人的にも気持ち悪く思えるな…。
まぁそれはそれとして…。
早く過ぎ去って欲しい時間だ。
しかしそんな杞憂は老人の切り出しで終わりを迎える。
元々時間が止まるなんて有り得ないのだから、当たり前に時間というものは流れていく。
ただ…体感として…酷く長く感じる事になるのは間違い無いだろう。
「それで仲居さんでしたかな?」
「え…?あっはい…仲居雅紀ともうします。」
「で仲居さん、アンタはウチの娘といったい何をしてたんですかな?」
「へ?い、いえ、別にやましいことは何も…ただ会ってお食事とかを…」
「あんた何歳だ?見た目にもいい歳した男が年下の女捕まえてお食事?自分が何を言ってるのか理解出来ないのか?」
「い…いえ…」
「その娘はね?私等の娘なんだよ?お恥ずかしながら高校から行方知れずでずっと心配してたんだ…それがアンタみたいな男と逢引?冗談も大概にして欲しいね!えぇ!?」
「ぐぅ…す…すいま……申し訳ありません…」
「はぁ……それと佳代…お前はさっきからずっと黙ったままだな?何か俺達に言うことはないのか?」
「………ご…ごめんなさい…」
「謝って済む段階は疾うに過ぎてるんだ…10年近く行方知れずで帰って来たと思ったら野村君の所に籠城生活…終いにはこの訳のわからん男と逢引だ?何なんだお前は?俺達を馬鹿にしてるのか?」
「うぅ…」
「聞けば高校時代の屑教師の口車に乗せられてホイホイ付いて行ったらしいじゃないか?それで10年もの間親に連絡の一つも寄越さず遊び回っていた理由か?良い身分だな?えぇ?」
「あ……遊び回ってた訳じゃ…」
「じゃ何だ?言ってみろ?」
「あ……わ…私はあの時本気だったの…本当に先生が好きだった…だから先生に振り向いて欲しくて…誠意を示したくて…先生は俺に付いて来いって言ったから…だから…」
「だからあなたは付いていったの?」
「そうだよ…」
「何を馬鹿な事を…はぁ…」
おばさんの問いに肯定の意味の相槌をうつ佳代。
尤もその相槌が親達に好意的には受け取られないのはここにいる誰にも明らかだが…。
「私だって…私だって今はどうしてあんな馬鹿な事したのかって後悔してる!!…でも…でもあの頃の私は先生が全てだったの!…だから先生に振り向いてほしくて…でも…でも!!
もう何もかも無駄だった…てわかってる…私が馬鹿だったって…あんな最低の糞教師に騙された私か一番馬鹿だって…そのくらい解ってるの!!…でももう……もう…!うぅ…、」
「もういい…続きは家で聞く…こんな話…こんな所でするものではないからな…」
「そうね…佳代…貴方も家に帰りなさい…拒否は許さないわよ!」
「う…うん…」
意外に話がまとまりかけている。
もっとややこしい事態になると思っていたが収束するならそれに越したことはない。
「あの…」
しかしさらに意外にもこのまとまりかけた場に声を発する者がいた。
結城さんである。
「他にもっと大事なお話があるんじゃないですか〜?」
「大事なお話?」
「何だ君は?」
「私、結城咲菜っていいます、野村さんと仲居さんは私の先輩に当たる関係ですね〜」
「彼女は俺に佳代と仲居さんが会っているのを教えてくれた例の後輩です。」
唐突に話に割り込んだ結城さんについて老夫婦へと軽く彼女の紹介をする。
得心がいったのか老夫婦は合点がいったという表情をする。
「あぁ…彼女が例の」
「改めてお礼をするわ…ありがとう…貴方のおかげで娘を見つける事が出来たわ…」
「あぁ…俺からも礼を言わせてもらいたい…本当にありがとう…。」
「いえいえ…それよりも私が気になってる事をお伺いしてもよろしいですか?」
「え?」
「何かな?」
「仲居さんと佳代さんは逢引…つまり浮気をしていたんです…コレに対して二人は責任を取る必要があるんじゃないですか?」
「なっ!?」
「ちょ!?」
仲居さんと佳代は唐突な結城さんの発言に驚きを隠しきれない…当然の事だろう。
そしてそれは老夫婦にとっても他人事では無い。
「君の言う事は尤もだが…我々は事を大事にはしたく無い…今回は互いに穏便に済ませたいと思っている」
「あ…ありがとう…ございます。」
仲居さんは老人の言葉に礼を言う。
下手すれば奥さんに浮気がバレてめんどくさい事になりかねないのだから老人の提案は仲居さんにはありがたい事この上ないだろう。
が…
「それは不誠実ではないですか?これは明らかな裏切りです、仲居さんは奥さん…伴侶がいる立場にありながら佳代さんと明らかに淫らな目的の為に会ってたんですよ?奥さんにも知る権利があります。」
「結城くん…君ねぇ!いい加減にしてくれないか?」
「何ですか?浮気してたのは事実じゃないですか〜?」
「うぐ…」
「君の言う事は正しいのだろう…だがね…世の中知ってしまった事で不幸になる場合もあるんだよ…知らなかった方が良い事なんて社会にはごまんとある…彼の奥さんが彼の浮気を知れば悲しむだろうし怒るだろう…その結果事態は大きくなり収拾がつかなくなる事も考えられるんだ…今回の事を穏便に済ませるならばここで互いにこれ以上は干渉しないのが一番だ、君もそう思うだろう?」
「は…はい…ありがとう…ございます」
長々と自身の結論を語る老人。
それにヘコヘコと同意する仲居さん。
理路整然と道理を語るかの様に話しているが結局は自分達に都合良く事を進めたいだけなのは誰の目にも明らかだ。
仲居さんの奥さんに知られれば最悪仲居さんは離婚を迫られる可能性だってある。
そうなればやってくるのは金銭的な解決法…つまりは慰謝料の支払いだ。
仲居さんは勿論…佳代にも慰謝料は請求されるのは当然だ…少なくない額が請求されるだろうし、佳代にそんな物を支払う貯蓄は無い。
なら親である老夫婦が立て替える必要が出てくる。
老夫婦にしてみればそんな物を払う事になるのは納得いかないだろう。
だからこうやって屁理屈紛いの説得をしているのだろう。
「そんなのは貴方方の主張で一方的な価値観の押し付けです、知らない方が幸せかどうかは当人が決める事です…少なくとも私が同じ立場なら裏切りなんて許せませんし知っておきたいです。」
「それこそ君の価値観の押し付けだ、俺達はこれ以上事を大きくしたくないんだ!情報を教えてくれた事には感謝するが君は部外者だ、部外者がこれ以上首を突っ込まないでくれるか!?」
「私は!こんなの間違って…」
「結城さん!…」
「野村…さん…」
「もう良い…もう良いんだ…」
白熱する言い合いに俺は待ったをかける。
これ以上この連中に関わりたくはない。
これからは当人同士で勝手にやってくれたらそれでいい。
結城さんは納得出来ないだろうがこれ以上こんな事に関わる利点が俺達には全く無いのだから…。
「俺と彼女はここらでお暇させてもらいます…後は当人達同士でお願い出来ますか?」
「あ…あぁ…わかった…その、野村君にも色々世話になったな…」
「あ…ありがとう…ねぇ…」
「いえ…それでは…行くよ結城さん」
「は……はい。」
こうして俺と結城さんは佳代と仲居さん、そして老夫婦を残しファミレスを後にした。
不満タラタラの結城さんは唇を尖らせて言う。
「納得行きません!」
「抑えて抑えて…」
「あんなのオカシイですよ…」
「結城さんの言いたい事は分かるけど…俺はもうあの連中に関わり合いたくないんだ…」
「野村さん…」
「俺達とあの人達は所詮他人だ…佳代との幼馴染としての縁ももう切れている…これ以上無駄な事に時間を取られたくないんだ…おれは…薄情かもしれないけど…もう…あの人達に関わりたくないんだ…」
「…そうですね……わかりました…もう何もいいません!野村さんの言う事もわかりますからね…でも…仲居さんの奥さんが可愛そうで…」
「あの老人の言葉を借りる訳じゃ無いけど世の中知らない方が良い事もあると思う…俺は…今は知れて良かったと思える様になったけど…当時は知らなければ良かったって…ずっと思ってたからね…まぁこれも俺の価値観の押し付けだけど…ね…。」
「野村さん…そうですね…でも安心してくださいよ?」
「え?」
「私は絶対に裏切ったりしませんから!でも逆に野村さんが私を裏切ったりしたら……わかりますよね〜?」
「はは…それこそ安心してよ。俺が結城さんを裏切るなんて事はそれこそ有り得ないからね…俺みたいな奴を好きって言ってくれる子なんてあとにも先にも結城さんだけだと思うし…むしろ俺の方が愛想つかされない様に頑張らないと。」
「それこそ安心してくださいよ!私…野村さんが思ってる以上に野村さんの事が好きですからね!」
全く俺みたいな凡人にどうしてここまで好意を寄せてくれるのか分からないけど彼女のお陰で俺はようやく前を見る事が出来た。
これからは彼女との時間を大切に…そして長く積み上げて行きたい。
そう心から思えたのだ。




