31話
事は数時間前に遡る。
仕事を有給休暇した野村立樹は元幼馴染である中岸佳代の実家に来ていた。
今は居間に通され老夫婦と対面で座る形となっている。
痺れを切らした老人、佳代の父親が話を切り出す。
「それで?思い出話しに花を咲かせに来たのでは無いのだろう?立樹君…何があった…?」
「まず最初に…お二人に謝らなければなりません…本当に申し訳ありません…」
「な…何があったの?」
老婆がいきなり謝りだした立樹に面食らった様に聞く。
「佳代が…家を出ていきました…」
「佳代が…?」
「出ていったって…何処に行ったのか解ってるのか?」
「はい…一応は…」
「一応…?どういう事だ…?」
「俺もまだ状況を上手く飲み込めてなくて…」
「状況を飲み込めてない!?馬鹿な事を言うな!君が言ったのだろう!佳代が落ち着くまでそっちで面倒を見ると!それがなんだ!その有り様は!!」
「貴方落ち着いて…それで…立樹君…どういう事なの…?」
「…はっはい…俺が仕事から帰ると家の鍵が開けっ放しで…中を見ると電気とかそのままで佳代だけが居なくなってて…最初は誘拐とかの可能性も考えたのですが…」
「そ…そんなの!誘拐以外に考えられないだろうが!どうしてくれるんだ!大事な一人娘なんだぞ!どう責任を取ってくれるんだ!!えぇ!?」
「え…?あ…」
「だから貴方…落ち着いて…?立樹君は何処に佳代がいるか知ってるって最初に行ったでしょ?そうやって一方的に捲し立てても相手は萎縮して話せなくなるだけよ…?」
「え…?あぁ…すまない…」
流石おばさんだ…
頭に血が登り安いおじさんの首輪をしっかりと握ってくれてる…この人がいなかったら話し合いなんて多分成立しなかっただろう…。
「……えと…これは俺の会社の後輩が掴んだ情報なのですが…どうも今、佳代はウチの会社の社員と一緒にいるみたいなんです…」
「は…?」
「え…?」
老夫婦は俺の言葉に理解が追いつかないのか膠着している。
無理もない。
俺が一番理解出来てないのだから…。
「えっと…立樹君…貴方の会社の人とウチの娘が一緒にいる…と…?そういう認識でいいの?」
「はい…あ…一つ訂正しておきますけど俺の会社は何の関係もないですよ?多分のその社員と佳代が個人的に知り合った…とかだと思いますし…」
「何故そうだと断言出来る?その社員が君の家から佳代を拉致したかも知れないだろう…?」
「いや、それは無いですよ…俺は佳代の事を一度も会社内で話した事は無いですし…多分その社員は街中とかて佳代に偶然知り合ったとかだと思います。」
「下手な嘘はやめろ!君はさっき会社の後輩から得た情報だと言っただろうが!」
「後輩と佳代は個人的な面識があったんです…だから顔を知っていただけです…嘘は言ってません!」
「……はぁ…まぁいい…それで…その佳代と一緒にいたと言う社員とは誰なんだ?」
「は…はい…俺の元上司で名前は仲居雅紀…年齢は55歳で妻持ちの男性社員です…」
「つ…妻持ち…結婚しているのか…?相手は…!?」
「しかも55歳って…そんなの……」
「はい……」
「あ…アイツは何をやっているんだ…そんないい歳した男と」
「あの子は…ほんとに…もお…どうして…」
一気に老夫婦の表情が険しくなる。
そりゃそうだ…こんなのどう受け取っても援助交際でしかないのだから…
自分達の身内がこんな事をしてるとしったら落胆せずにはいられないだろう…。
「何故そんな事になっているんだ!?君は何か知ってるんだろう?知ってる事は全て話しなさい!」
「佳代は俺に執拗に結婚を迫ってました…俺はそれをずっと断り続けてたのでそれに痺れを切らして俺の家から出たんだと思います…それからの事は正直…俺にもわかりません…」
「佳代が結婚してくれと言って来てたのならそれに応えてやれば良かっただろうが!男ならそのくらいの甲斐性を見せたらどうなんだ?え?」
「この際だからハッキリいいますが俺は佳代と交際する気はありません…肉体関係も一度も持ったことは有りませんしこれからもあり得ません…。」
「女とひとつ屋根の下で手を出してない…?嘘も大概しないか!?」
「事実です…俺は……昔佳代に裏切られてから…アイツとそういう関係になるのが不快なんです…」
「……人の娘と付き合うのが不快とは随分な言い回しだな?えぇ?君は学生時代に佳代と付き合ってたんだろう?それなら何故佳代の手を取ってやれない?」
酷く自分本位な言葉に聞こえる…
こちらの気持ちに一切の配慮なんてない…あくまでも中岸側に寄り添った意見だ。
だけど…それを俺が悪く言う筋合いもまたない。
誰だって自分…または自分の身内、近しい人間を優先する。
それは当たり前の事だしそれを責める事は出来ない…。
なら俺も自分本位に行動しても構わないという事だ。
向こうに配慮なんてしない。
彼等には黙っていた真実を知ってもらう。
俺は昔…佳代が失踪した理由に心当たりがあったがその心当たりについてはこの老夫婦には話さなかった。
何故か?
酷だからだ。
可愛がってた娘が教師と淫行し、その教師を追うように姿を消した。
そんな事…俺の口から話せる訳が無かった…
しかしもう俺にとってあれ等の過去は文字通り過去だ。
この人達に遠慮なんてする筋合いも義務も俺にはない。
俺はただ…義理を果たす。
それだけだ。
「……本当はお二人には黙っておくつもりでしたが…俺は佳代が学生時代に忽然と居なくなった理由を知ってるんです…」
「はぁ!?」
「ほ…本当なの?それは…?」
「はい…」
「何故今になってそんな事を?デマカセじゃないだろうな!?」
「余りにもあんまりな内容だったので…話せなかったんです…すいません…」
「構わん!今直ぐ話しなさい!」
「いいんですね?」
「構わんと言っている!!」
「それでは…」
それから俺は過去について話た。
佳代が教師と淫行していた事。
俺の眼の前でその教師と爛れた関係である事を淫らに恍惚に語って聞かせて俺を嘲笑った事。
俺がその事を学校にリークした後その教師は教師職を失職し、何処かに消えた事。
その教師を追い、佳代も姿を消した事を。
「そんな……馬鹿な話…有り得ないわ……」
「う……嘘だ…そんな馬鹿げた話…」
「嘘じゃないですよ…」
「………なら…なら……何故今までそんな大事な事を黙っていた!!それを当時…知っていたら……」
「こんな馬鹿げた話…子供だった当時の俺に話せる訳がないでしょ!俺自身…訳が分からなかった…彼女が教師と肉体関係にあって浮気を楽しんでたなんて…理解が追いつかなかった…そんな意味不明な事を貴方方に話して信じてもらえるなんて思えなかったし…、俺自身…佳代の事なんて考えたくなかった…忘れたかった…」
「そ……そんな……」
「ううぅ…うゔぅ……」
愕然と項垂れる老人に泣き崩れる老婆…。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「でも佳代は突然帰って来ました…それこそ本当に突然…どうやったのか俺が一人暮らししてるアパートの場所を特定して待ち構えてました…そしてズカズカと上がり込んで居候の如く住み着いたんです…」
「何故君の所に……いや……あの馬鹿娘め…つまり君の所を逃げ場所に選んだのか…」
「多分…そうですね…例の淫行教師の所を追い出されたか…何らかの理由でいられなくなって他に住み着ける場所を探し周り…俺の所に流れ付いた……って俺は解釈してます。」
「はぁ…くそ…それで…その仲居…だったか?その男の所にあの馬鹿はいるのだな?」
「いえ…仲居さんは結婚してますから同棲は無理です…多分仲居さんから支援金を貰ったりとかして何処かのホテルとかに宿泊してる……んじゃないですか?」
「そ…それならあの馬鹿を捕まえるのは無理じゃないか!」
「いえ……佳代はまた仲居さんと接触する筈です…二人が会った所を捕まえられたら…」
「そんな偶然頼りな方法…」
「いえ…仲居さんの動向を見張っていれば佳代には会えますよ…後輩には仲居さんの動向を見ておいて欲しいと頼んでありますから…」
「ぐぅ…しかし……はぁ…それに頼る以外ないか…」
老人から気迫がどんどん失われていく。
無理もない、事態は彼等の予想を遥かに超えるレベルで面倒な状態なのだから…。
今、彼等が最優先とするべきなのは佳代の確保、
コレしか無いだろう。
そんな時だ…スマホがふるえだした。
着信だ。
「申し訳ありません…電話…いいですか?」
「え?あっあぁ、構わない」
老人の許可を貰った俺はスマホの液晶画面の通話と表示されている文字をタップした。
「先輩…仲居さんは今日中岸佳代さんと会うみたいです、場所は前に二人を見かけた〇〇区の〇〇町付近だと思いますが詳しい場所は分からないので尾行してみようと思います」
「そっか…ありがとう、本当に色々すまない…くれぐれも気を付けて」
「はい!任せてください!」
結城さんからの電話を切るとおずおずとした感じで老婆が話しかけて来た。
「立樹君…今の電話って…」
「はい…先程話した俺に協力してくれている後輩からです」
「なら…」
「今日…おそらく18時以降に〇〇区であの二人が落ち合います…どうしますか?」
二人はみなまで聞く必要はないと言わんばかりに頷いた。
こうして俺は仲居さんと佳代が現れるであろう〇〇区にその佳代の両親を連れ向かったのだ。




