30話
まったく…酷い目にあった…
佐藤の奴め…散々目をかけてやってたのに…恩を仇でかえしやがって…おかげで職場内で僕が不倫してるみたいな空気が流れてしまったではないか…。
空気が流れてしまったとかでは無く、間違い無く不倫しているのだが彼のなかでは中岸佳代との関係は不倫では無いらしい。
あくまでも遊び…そう、遊びの範疇ではあるのだが中岸佳代に夢中になっているのもまた事実だった。
出来る事なら今の妻と中岸佳代を交換したいくらいだと思っているが、そんな事は現実的に無理だと彼も理解している。
だから佳代との時間を出来る限り大事にしたいと思っている。
まぁそんな風に思っているのは彼だけで肝心の中岸佳代はそろそろ彼との繋がりを絶とうと思っているのだが、そんな事を彼が知る事などありはしないのだ。
そうとは知らず彼は今日もウキウキで職場を出て待ち合わせの場所へと向かう。
後ろに人がつけている等とは夢にも思わず。
この警戒心のなさは彼がこれまで甘い蜜を吸い続けて来た事で養われた自惚れ…自らへの甘さの弊害か…。
兎にも角にも彼は今日一番の修羅場を味わう事となる。
チャラ男にスマホを奪われ、中身を見られた事など忘れ去ってしまえる程の修羅場に。
彼が約束の場所にやって来るとそこには件の女性かたっていた。
人目を引く美貌。
整った顔立ちにモデル顔負けの良好なスタイル。
自身の隣に立たせるたけでこれ程に自己顕示欲を満たせる女を彼は知らない。
「や…やぁ…待ってたよ…佳代ちゃん」
「あっ!雅紀さ〜ん!お仕事お疲れ様です〜」
「ふふ……べ…別に疲れてなんてないさ…僕にかかればあの程度の仕事内容なぞ些事も良いところだしね…まったくあの程度も出来ないとは…最近の若い連中は困るよ」
「そうなんですか?」
「あぁ!ちょっとの事で音を上げるから始末に負えない。僕か若い頃はもっとガッツがあったのに最近の若いのはほんとに根気が無くて困るよまったく…」
「ふふ雅紀さんてばすご~い」
「はは…と、当然さ…」
でまかせを自然と吐く仲居。
好みの女の前で自分が如何に優れた人間かをアピールする事に余念なく、つらつらと捏造で彩られたエピソードが次々と生まれ出る。
しかしそれを聞いて楽しいと思うかは人に寄るだろう。
いや、余っ程の物好きでなくては他者の自画自賛程つまらないものも無い。
現に佳代は
えーすご~い…きゃ~カッコいい〜
と適当な相槌を打ちながら次のカモのリストを頭の中で作成していた。
そんな事には全く気付かずありもしない武勇伝を語って気持ち良くなってる所に彼の将来…いや、彼の人生を大きく揺るがしかねない出来事が等々おこった。
「お久しぶりですね、佳代さん。」
「え……貴方…!」
「………え…、?え?…ゆ…結城…君?」
「お疲れ様です仲居さん…」
「は…?……は?なんで…?どうして…は?」
混乱の中にいる仲居雅紀と中岸佳代。
ソレもその筈、突然自分にとって最も苦手とする人間が現れたのだ…しかも双方、結城咲菜について面識がありそうな感じなのが混乱に拍車をかける。
「な…何故君がここに?」
「ち…ちょっとまって?あんたら知り合いなの?なんで?」
「き…君こそどうして結城君を知ってる…?」
「……あっ!アンタ…アンタも円交…して…」
「馬鹿な勘繰りは辞めてもらえますか?そこの仲居さんは私が務めてる会社の元上司に当たる人ですよ」
「は?会社?元上司?」
「野村先輩に嫌味ばかりいって自分は面倒事ばかり他人に押し付けるろくでもない人ですよ」
「たっちんがよく愚痴ってたのってこの人なの?」
「ええ」
「ちょ…ちょっとまて!何故君等が知り合いなんだ!そんなのおかしいだろ?」
「何もおかしな事なんてないですよ?世界は広いんです…仲居さん…貴方の浮気相手と私が知り合いでも何もおかしな事はないですよ?」
「浮気っ!?」
「ちょ…まってよ!私は…」
「そこの仲居さんには奥さんがいます、それなのにこうして逢引してるのに浮気じゃないってそれは通りませんよ?」
「待ってくれ!これは違「ふ…巫山戯んなよ!」うんだ…え…?」
結城咲菜の言葉に到頭我慢の限界に達したのか中岸佳代は脇目も振らず荒い言葉で反論した。
「はぁ!?逢引だぁ!?巫山戯ないでよ!誰がこんなおっさんと!コイツは次が見つかるまでのつなぎなだけよ!勝手に逞しく妄想捗らせてるんじゃないわよ!」
「へ…?つなぎ…?」
佳代の発言に唖然とした顔の仲居。
しかしそんな彼を取り残して美女二人の言い合いは尚も続く。
「妄想も何も…野村さんの所を何も言わずに飛び出して何をしてるのかと思えばこんな円交まがいな事して…貴方本当に何なんですか?」
「あっ…アンタに関係無いでしょ!?私が何処で何してようと私の勝手でしょうが!」
「えぇそうですね…貴方の勝手ですし、私としては貴方が野村さんの所から出て来てくれた事には感謝してるんです、貴方みたいな寄生虫にこれ以上野村さんを独占されてはたまりませんからねぇ?」
「はっ!あんな甲斐性無しの何処にそこまで惚れ込む余地があるのか知らないけどあんなので良ければアンタにあげるわよ!それにしてもアンタも馬鹿ね?あんなクソみたいな男にかしずいて…あんたの容姿ならもっと上を狙えるのに…勿体ないわよねぇ〜」
「幼馴染なのに野村さんの良さをまるで理解してないんですね?哀れな人」
「誰が哀れだ!このクソ女!私だって…私だって…!!あんたみたいのが出てこなければ私だってこんな事しなくて済んだのに!あんたの…全部あんたのせいでしょうが!」
「野村さんを裏切って捨てた貴方なんかがこれ以上野村さんに依存してるのを見るのは吐き気がする程気持ち悪いんですよ…いい加減自立してくださいよ?あんた邪魔なんですよ」
「この!!クソ女が!!」
結城咲菜の言葉に到頭頭に血の登った佳代は彼女に掴みかかる。
その顔は増悪に塗れていて、もしこの場に凶器でもあったならば問答無用で使っていただろう。
そのくらいに彼女は冷静を失っていた。
だから気付かない…。
彼女にとって最も会いたくない存在が近くにいる事に。
「性悪女が!私を追い出して男を奪い取ってそうやって男に媚売ってきたんでしょ!?あんただって同じ穴の狢じゃないのよ!何まともぶってんのよ!気持ち悪いのはあんたの方でしょ?キモイキモイ!キモイキモイキモイキモイキモ「止めないか!!」イキモ……え……?お……おと…う…さん…?」
二人の言い合いの場に唐突に乱入したのは初老の老人の声だった。
その場には老人の他に老婆、そして野村立樹が来ていた。
「すまない…結城さん…待たせた。」




