29話
野村先輩とは一端別れ私は会社に来ていた。
彼の言う通り中岸家への私の同行は不自然だ。
現状私は彼の恋人でしか無い。
でしか無いとか言うと語弊があるけども…。
夢にまで見た彼氏の存在は私にとってとても貴重な存在だけど今回の事情においてはそんなのは何の後ろ盾にもならないだろう。
中岸家の連中からしてみれば自分達の娘と同棲していた筈の男が別の娘を連れてやって来て、娘さんが行方不明になっちゃってもう面倒くさいからこの可愛い女の子に乗り換えます!後はそっちで何とかして下さい!
と言ってるのと同義だ。
そんなのは野村先輩の立場を危うくするだけだ。
こちらにそんな意思は無くともあちらがそう捉えたならそれが事実となる。
確かに端的に言えばその通りなのだけど重要なのは向こうサイドにこちらの思惑を知られないならなんだって良いのだから誠意ある態度で見られればそれで良いのだ。
その為には私が邪魔になる。
向こうサイドに要らぬ勘繰りをさせる餌を与える事にしかならないのだから…。
しかしもどかしい。
中岸佳代と先輩は幼馴染で子供の頃から親睦を深め合ってきたらしい。
当然その親である中岸家の連中にも恩義があると言う先輩の言葉にも理解は出来る。
出来るだけ迷惑をかけたくない。
そんな彼の優しさは時として弱点ともなる。
いっそ攻めれるならとことん攻めれば良いじゃんと思うがそれが出来ないのが野村先輩と言う人なのだ。
そんな彼の甘さを否定する気はない。
何故なら…
「そんな所が好きになっちゃったからなぁ〜」
と、そんな独り言をぼやいていると…
「ウ~ン好き?もしかして俺の事ぉ〜?」
「…佐藤さんの事では無いので気にしないで下さい」
「相変わらず冷たいなぁ〜どったの?咲菜ちゃん?なんか悩んでるだったら相談乗るよぉ?」
「………、はぁ…何でもありませんよ…」
面倒くさい奴に声をかけられた。
佐藤さん。
所謂チャラ男だ。
私はコイツが嫌いだ。
人に媚る事にだけ長けた依存型の人間だ。
ヘラヘラとした態度でいつも私に話しかけてくる。
正直昔の自分を客観的に見せられてるみたいで気分が悪い。
昔の私もこんな風に人に媚びて顔色を伺って生きて来た…。
うんざりだ。
いい加減望み無しと理解して欲しいし空気を読んで欲しい物だ…自分は嫌われているのだと…。
しかしこう言うタイプはしつこく付きまとってくる。
優しくすれば付け上がるだけなので塩対応でやり過ごすのが吉なのたがコイツは関係ないさと言わんばかりに付きまとってくる。
「そんな事ないだろぉ?咲菜ちゃんの顔に私今困ってますって書いてあるよ?ダメ元で相談してみなよ?もしかしたら解決するかも?」
「佐藤さんにお聞かせする様な事ではないので大丈夫です。」
「そんな事言わないでさぁ?俺と咲菜ちゃんの仲じゃん、ね?」
「仲居さんに責められてる時に言って欲しかったセリフですね、それ、今さらそんな事言われても何も響かないですし相談しようなんて微塵も思いませんよ?」
「かぁ〜やっちった?俺?でも許してよ〜こりゃ手厳しいなぁ、いやぁ!あの頃は悪かったって思ってるよぉ?でもさ、仲居さん敵に回したら面倒くさいじゃん?まぁでも今なら咲菜ちゃんの為なら何回でも敵に回せるよ?」
「はぁ…そうですか。」
「もぉ~冷たいなぁ!でさ?いい店見つけたんだけどどおよ?ねぇねぇ?」
「はぁ…前々から思ってたんだけどアンタ頭沸いてるんじゃないの?いい加減嫌われてるって自覚してよ、超ウザイんだけど?」
「わぁお!?咲菜ちゃんの素が入りましたぁ〜これは距離がグンっと近づいたかな〜?」
「ホント緩い頭してるわねアンタ…その内手酷いミスして仲居さんみたいに降格処分させられて待遇が今よりずっと悪くならない様に祈ってた方がいいんじゃないですか?」
「何何〜?脅してるの?」
「脅す?何言ってるんです?私は親切心で言ってるだけですよ?」
「おお〜怖い怖い!俺もあのハゲみたいに降格処分されたらたまらないしねぇ〜でもいつかは付き合ってよねぇ〜」
「機会がありましたら」
やっと佐藤は自分の席に戻っていった。
何故あんなチャラ男がいるんだ、あのハゲといい、この会社の人選は粗しかないんじゃないか?
まぁ野村さんは違うけど…。
兎に角あの元上司、仲居さんを監視しないと…。
仲居さんは降格処分されてから元気と言う物がまるで無い…。
生気が全く無かった。
コレまでは誰かの粗探しが趣味と言わんばかりの言動が目立っていて他の社員から嫌われていた。
今は完全に孤立していて当人は一匹狼を気取っているのかもしれないけど客観的に見ればただ孤立しているだけで哀れな物だ。
だから笑顔なんて物は無く死んだ魚の様に生気が無い。
いつも無表情で仕事をしてる印象だ。
だから一日あの男を監視していて分かった事がある。
笑顔が多いのだ、しかもゲスった笑顔…あるいは鼻の下を伸ばした緩みきっただらし無い笑顔か…。
あの男は頻繁にスマホを触っている。
野村さんに社内でスマホを触るなとか言ってたクセに自分は関係無いと言わんばかりの言動だ。
でもこれではっきりした。
あの男の連絡相手は中岸佳代さんで間違い無いだろう。
根拠としては連絡が無かったと思われる時は露骨にしょげた顔をしているが逆にとても鼻の下を伸ばしただらしない顔をしている時がある。連絡があったのだろう。
(スマホの中身でも見れればいつ会うかとか分かるかもしれないわね…)
しかし他人のスマホの中身なんてそう簡単に見れる物では無い。
それが普通だし常識だけど私はどうやら運に恵まれてるみたいだ。
仲居はスマホをデスクの中に乱雑にしまうとそのままトイレにでも行くのか席を立ち、立ち去った。
あまりにも都合の良い展開にいるかどうかも分からない神様に感謝したくらいだ。
私は善は急げと仲居の席に向かい彼のスマホを回収しようとする、目的は勿論中岸佳代との連絡履歴の確認だ…しかし。
「咲菜ちゃん!どったのどったの〜?」
「はっ?佐藤?」
「おいおい!いくらなんでも呼び捨ては酷くなぁ〜い?俺一応先輩だよぉ〜?敬意を持とうねぇ〜?」
「はぁ…何の用ですか…?」
「いやいや今凄い切羽詰まった顔してたでしょ?俺力になりたいんだよ?ね?」
「……お気になさらず…」
「ええ〜」
はぁ…クソ…っ!
何なんだ…コイツ…邪魔ばかりして…でもコイツに見られてた可能性を考えるとゾッとする。
今の行動は軽率だった…もし仲居のスマホを手に取った所を見られてたら言い逃れ出来なかった。
そもそもスマホを手に取った所で私はパスワードとかしらないのだから中身を見れる保証なんてないのに…
本当に軽率だった…。
なら私はコイツのナンパ癖に助けられたのか…?
ウンザリだわ…
「俺頼り甲斐あると思うんだけどなぁ〜少なくとも野村先輩の倍…いや、半分くらいは咲菜ちゃんのこと満足させて上げれると思うんたけどなぁ?」
「はぁ?」
「あんなおっさんより俺の方が優良物件だと思うんだけどなぁ?どうよ?マジめにさ?」
「アンタマジでうざいわ…アンタみたいなチャラいだけの男が野村先輩にマジで勝ってるとか思っちゃってるの?」
「いやいや〜客観的な評価でしょ?俺仕事も出来るしコミュ力バカ高いしむしろ負けてるトコ探す方が難しいでしょ?」
「自惚れもそこまで行くとマジ才能ですね…」
「ふふ、ありがと〜」
「褒めてませんよ、わかってるでしょ?その態度含めて全部キモいんですよ」
「俺君みたいなタイプの子好きなんだよねぇ〜それに顔も体も超好みなんよ〜野村先輩には勿体ないってマジで!」
「女を顔と体だけて判別してるお前みたいなタイプが私は一番嫌いなんだよ、マジで消えろよ」
「ちぇ〜、」
「はぁ…」
結局スマホは見れず終いか…
そう思ってたのだけど…。
「何だね佐藤君…よさないか」
「えぇ〜仲居さぁ~ん、駄目じゃないすか?職場にスマホ持ち込んだらぁ?」
「な…何を言う…そのくらい問題無いだろう?」
「はぁ?仲居さんが言ってたんじゃないすかぁ?スマホを職場に持ち込むなって?自分は良くて他は駄目とかそりゃ無いっすよぉ?ねぇ?」
佐藤はトイレ?から帰ってきて早速スマホのチェックをする仲居に絡んでいた。
「こ…これは先方との取引中なんだ…携帯での先方とのやり取りは基本だろ?たから仕方ないだろ?」
「なら履歴見せて下さいよぉ?何も問題ないでしよぉ?」
「そ…それは…あっ!?」
怯んだ仲居の隙を突いて佐藤はさっと熟れた仕草で仲居からスマホを取り上げその中身を見る。
「ええ〜!?佳代ちゃん?何々?今日会うんすかぁ!?仲居さんも奥さんいるのに隅に置けないにぁ!?」
「やっ…やめろ!」
「うわっラブラブじゃないすか!?やりますね仲居さぁ~ん」
「か…返せ返さんかぁ!!」
す…凄いわね…佐藤さん…
無敵の人過ぎる…
いくら降格されたとはいえ元上司にあんな態度が取れるなんて…
下手したら訴訟問題とかにもなりかねないのに…
よくやるわね…
なんだか佐藤さんがこっちに向いてウインクしてるけど私は何も見てないし知らないわ…。
彼が勝手にやった事に巻きこまないでほしいものだ。
でも正直助かるのは事実だ…。
今日仲居さんはまた中岸佳代と会う。
それが知れた事は大きな意味がある。
それを思うと今日一日…佐藤に絡まれた事にも一応の意味はあった…………のかな…。




