26話
元上司なんて肩書はあっても誇れる物なんかでは決して無い。
何故なら元とは詰まる所"前"はと言う意味に他ならないからだ。
故に元上司であり、今はただの平社員となった仲居はそれだけで肩身が狭い思いをさせられていた。
周囲からアイツ降格させられたんだぜと馬鹿にされている様な気がして不快だからだ。
そしてその認識は別に間違いでも何でも無くただの事実なのだ。
加えて上司だった頃の仕事内容と今の仕事内容は似て非なる内容だ。
部署の総括、管理職から追いやられ、今は納期、スケジュールに追われる毎日。
「ええ?まだ終わってないんすか?しっかりしてくだださいよぉ?もともと仲居さんが言ってた事ですよ?納期までもう時間無いのにどうするんすか?」
「……わかっている、明日までには終わらせる」
「明日?まだ半分も終わって無いのに終わる訳ないじゃないですか?」
「君は余計な事に気をやってないで自分の仕事に集中すれば良いんだ。」
「ならそうしますけど後で泣きつかないで下さいね。」
かつての部下に見下され終わらないと自覚している仕事を終わると大ホラを吹き虚勢を張る。
そうしないと自尊心を保てないのだ。
もし…もしも馬鹿正直に助けをこうても誰も助けてはくれないだろう。
彼がいびっていた部下はなにも野村だけではない。
たしかに野村を集中的にいびっていたが彼は別け隔て無く目についた社員をいびり、コケにして来た。
そんな訳で同部署内の社員達からの彼へのヘイト感情は極めて高い。
「ホント口だけだよな、あのおっさん」
「前はあんなに偉そうにしてたのに結局一番仕事出来ないんじゃん」
「口だけのハゲオヤジですよねぇ〜」
ヘイトの特異点たる彼に助け舟を出す同僚などおらずまた、彼もまた誰かに助けを求める事を恥と捉えていた。
くそ…聞こえてんだよ…クソガキどもが…!
どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって…。
もっと先輩であるこの僕に敬意を払えよ!!
こんな筈じゃない…
僕の価値はこんなんじゃないはず…!
それがアイツ等はわかってない…
僕はまだ本気を出してないだけ…
こんな馬鹿げた事で僕が本気になるなんてそれこそ馬鹿げてる…
仕事なんて適当にやってればそれで十分なんだ!
なにが納期だ、何が期日だ、バカバカしい!
得意先からの指示にホイホイ従うから下の者は首を絞める事になるんだ!
たまにはわざと納期延滞するくらいが丁度良いんだ!
そうだ、こんな画期的な事に気付けるなんて…他の奴等は真似出来ない…天才だ!僕は天才だぁ!!
と、普通の社会人だったら発想すらしない事を割りかし本気で馬鹿正直に考えてしまう辺り彼の精神状態もかなり危うい所にきていた。
社会人としてはベテランの域に達する大人である筈の彼は勿論数多くの常識も学んできている。
しかし一度浸かってしまったぬるま湯の如き緩い環境で過ごした思い出は彼にそんな常識を思い出させる事を拒ませ、なんとか現状でもそのぬるま湯の再現を目標とさせてしまう。
無論そんな道理は社会には通用しない。
「仲居君は私を困らせたいのかね?今回の問題の汚点、殆どが君だけのミスらしいじゃないか?得意先からの苦情が過去例を見ないレベルなんだよ?何故だね?以前は主任として働いていたじゃないか?何故いきなりこんな凡庸なミスばかりするんだね?そんなに私を困らせたいのかね?ええ?」
「い…いえ…決してその様な訳では…」
「だったら何故だ?納期を1週間も延滞した結果修正箇所を山のように指摘され我が社の信頼を大きく損なわせる結果になってるんだよ?しかも同じ様なミスを君は他に5件も…やる気が無いとしか思えないんだよね?」
「あ…その…」
「君の上司である私が君の不手際の責任を取らなくちゃならないんだよ…はあ……まったく……いい歳してこんな事ばかりされてたら会社にいれなくなるのわかってる?いい加減にしてくれよ…」
会社ではミスをチクチク指摘され…
「ちょっと…私のシャンプー勝手に使ったでしょ?」
「え…」
「いつも言ってるじゃない!私の物を勝手に使うなって!何度もいわせないでよ!はぁ…イライラする!」
「そ…そんな言い方はないだろ!全部僕が苦労して稼いだ金で買ったものだろ!君は家で家事だけやってれば良いだけかもしれないが僕は毎日大変…「なによ!その言い方!家事かどれだけ大変か解ってるの?貴方っていつもそう!人の事馬鹿にして!自分の事ばっかりで労いの言葉の一つもない!ああ!どうして私こんの人と…」……くぅ……」
家では妻から癇癪を起こされ暴言をはかれる。
家にも会社にも僕の居場所なんてない…。
ソレもコレも全部あの女が来てからだ…
野村のクソとあのビッチが一緒にいるようになってから全部おかしくなった…。
もう嫌だ…帰りたい…
家に帰りたいんじゃない…
生まれる前の何処かに帰りたい。
母親の腹のなか?
魂が集まる所?
とにかく帰りたい。
帰りたい…。
そんな抽象的で非現実的な事を考えながら彼はぶらぶらと街中を彷徨っていた。
会社からの帰り道、家帰るのも嫌で現実逃避がてらそんな無駄な行動に出るのも致し方のない事だった。
そんな時だった。
「ねぇねぇ…そこのおじさ〜ん」
やけに甘ったるい声で話しかけられた。
「え……?」
そこにいたのは20代後半位の若い女だった。
ただ若いってだけじゃない。
整った綺麗な顔立ちの美人で体つきは適度な肉付きのモデルの様な魅惑的なスタイル。
なにより胸がかなりデカい
仲居は異性の胸のデカさを無視できない。
本能によるものかはたまた単に性癖による物か。
一番の理由は今、彼が最も求める欲望を果たす為にはあの巨乳は是が非でも欲しいと何かが訴えかけるからか…。
なによりその甘ったるい声が彼の本能を大きく刺激する。
「私の事……飼ってよ〜」
その彼女の訴えに抗う事など仲居には到底無理な事だった。




