24話
今の会社に勤め始めて大体5年くらいは経過している。
辞めようと思った事は今までで腐る程ある。
それでも続けてきたのは自分にとって誇らしい体験をした事がある……からとかでは無論ない。
運良くかどうかは解らないがクビにもならないのだから仕方なく続けている、ただソレだけの事に過ぎない。
例の嫌味上司の下に付き、嫌味や小言を延々と聞かされ俺の精神は早々に入社当時から疲弊し、諦めると言う事を学習していた。
当時はよく会社を仮病とかでサボったりしていた。
まぁ一日サボればその日は自由だが次の日はサボった分の皺寄せが自分に返ってくる。
当たり前だ。
だから結局は真面目に仕事するのが自分にとっての正解でありそれが当たり前だと理解する。
まぁ真面目に仕事し、きちんと出社するのは社会に生きる人間として当たり前だと思うのだが何事も人には向き不向きがあり、当たり前を熟すだけの事が酷く困難に思えてくるものだ。
まぁ何が言いたいかと言えば俺は仕事か嫌いだ。
要領も物覚えも悪い無能寄りの凡人である俺が仕事に対して誠意を持ち好んで取り組める訳もなく金を稼ぐというただソレだけの手段と割り切り、その為に毎日を生きている。
ただ5年も同じ事を熟していれば最初は出来ない、分からなかった事でも嫌でも理解出来てくるものだ。
今の仕事を続ける限り俺はなんとか今の仕事を続ける事が出来ているのだ。
例え嫌味たらしい先輩上司にイビられていても俺は今の場所にヘバり付いてこびりつく以外にないのだから。
そんな感じで俺は仕事に行くのが基本的に億劫だ。
億劫で仕方ない。
布団にくるまり自らの体温で温まった空間から抜け出したくはない。
しかし社会人の運命…いや宿命はそんな我儘を許してはくれないのだ。
いきたくないと我儘な事を思いながらも毎日の日課を熟さなければならないのが成人した大人の宿命なのだ。
そう……今までではそうだった。
しかし今日は違う。
そもそもにおいてここは俺の勝手知ったる部屋では無い。
妙に清々しい気持ちなのは環境が違うからか…
俺の隣には結城さんがいる。
厳密には運転席でハンドルを握る彼女の隣、助手席に俺が座っているのだが。
今日の朝は何もかもが違った。
起きれば見慣れた寝室では無く何処か清潔感に満たされた客室。
部屋の外からは香しいパンを焼く匂い。
佳代は和食派だが結城さんは朝はパン派らしく俺の為にパンとソレに合わせた卵焼きとハムを焼いた朝飯を用意してくれていた。
それを食べれば不思議と活力が沸いてくる。
不思議な感覚だった。
嫌な職場への道のりも気落ちすること無くむしろ前向きに向かう事が出来ている自分に驚きすらする。
「何だか変な感じですね〜先輩と一緒に出勤なんて」
「そうだね…でも悪く無い気分だ…」
「なんなら明日から私が迎えに行きましょうか?毎日自転車通勤も大変でしょう?」
「いや、流石にそこまで甘えられないよ…まぁそこの提案は凄く魅力的だけど」
「だったら気にしないでくださいよぉ〜私がしたいだけですから〜」
「あはは…やっぱりやめておくよ…会社の連中に殺されかねない」
「そんな奴等、私が返り討ちですよ!」
「逞しいなぁ…」
そんな会話をしながら車に乗ってると時間はあっという間に過ぎていたらしい。
既に会社の駐車場に車を停め俺達は車から降りる準備に取り掛かる。
会社に着くと2人して所属の部屋へと向かう。
予想はしていたけど2人して部屋に入れば他の社員達が怪訝な顔で見てくる。
嫌な噂がまた広がるなとうんざりするが不思議と嫌な気分にはならない。
すると例の嫌味な先輩上司…今は上司では無いのでただの先輩が話しかけて来た。
「女と出社とは良い御身分だな?そんなんだから君はいつまで経っても出世の一つも出来ないんだよ?解ってるのかい?もう少し自覚を持つべきだと僕は思うがね?」
「そうですね、御忠告ありがとうございます。」
なにやら嫌味を言ってきたが今更こんな奴の相手を真面目にして朝から嫌な気分にはなりたく無いので適当にあしらう事にしたのだが…。
「なにかね?その態度は?僕の事を舐めているのかね?君をそこまで育てたのは誰だと思っているのかね?少しは感謝や労いの精神を持つべきだとおもうのだがねぇ?」
今日はいつになくしつこい。
もうこんなのに媚び諂う意味もないのだしいい加減気を使う気も無いか…。
「お言葉ですが仲居さん、俺はアンタにこき使われた記憶はあっても育ててもらった記憶は一切ありませんし、そんな風に上から目線でとやかく言われる様な筋合いもありませんよ?むしろこの前の発注ミスで得意先に大きな迷惑をかけておいて何故そんな態度がとれるんですか?」
「なっ!?ぐぬぬ…人のミスをいつまでもとやかく言うのは感心しないなぁ…?」
「それ仲居さんが言いますかぁ〜?どの面下げてって感じですよねぇ〜?」
「なっ……もういい!!」
腹を立てて仲居さんは自分の席に戻っていった。
俺達の言い合いに結城さんが加わった事で自分の不利を悟ったのだろう。
しかし今日は本当にしつこかった…。
最近は疲れ果てていて嫌味を言う体力すら無いと言った感じだったのに今日は妙に元気だったが何なんだろうか?
「ホントっ朝から不快な気分にさせてくれますよね〜あのハゲ」
「はは、まぁありがとね結城さん」
「いえいえ、先輩を助けるのは後輩の義務ですからぁ〜」
「それを言うと仲居さんも先輩だよ?」
「もぉ~イジワル言わないでくださいよぉ~私の先輩は野村さんだけですよぉ〜」
「いやぁ、照れるね、これは…」
ほんとに幸せな事だ…
理解者がいると言うのはこれ程までに報われた気持ちになるものなのか…
彼女との出会いは俺にとって本当に救いだな。
前向きな気持ちていたからか職場での一日は意外なほど早く過ぎ去った。。
今までは億劫でいやいややっていた仕事も彼女の存在のおかげなのか常に能率よく進める事が出来た。
最近は本当に調子も良く、残業する様な事もかなり減ってきている。
ただ仕事が終わってしまうのが今回に限り少し億劫に感じてしまう。
今日は自分の家に帰るつもりでいるからだ。
家には佳代がいる。
俺は今日佳代と今後について話し合うつもりでいる。
いつまでも今のままで良いはずがない。
結城さんに言われるまでずっと逃げ続けて来たがもうそうはいかない。
佳代と決着をつけないといけない。
結城さんとのこれからの為に前に進まないといけないんだ。
そして時間は経過し定時退社の時間となった。
俺は行きと同じで結城さんに車で家の近くまで送ってもらう事になった。
車内で彼女は何度も私も同席した方がと俺に言ってきたがそこまで彼女の力に頼りっきりなのも如何な物かと断った。
「大丈夫…必ず話をつけるよ」
「そうですか…ならもう何もいいません…その、頑張ってください!」
「うん、ありがとう…それじゃまた明日」
「はい!」
車から下車する。
結城さんの車はゆっくりと車道に消えていった。
「さて…」
俺は自分の家へと向かう。
少し離れた場所に止めてもらっていたから少し歩かなければいけないがそこまで距離は無い。
覚悟は出来ている。
俺は意を決っして自分の家の鍵穴に鍵を挿入する。
「え…?」
しかし鍵はもともとかかっていなかったのかカチンという馴染みの音はしない。
鍵も開けずにドアは勝手に開いたのだ。
コレでは鍵がまるで最初から閉まって無かった様じゃないか…
まさか泥棒…?
佳代は無事なのか?
俺は急いで部屋の中に入った。
しかし荒らされた感じも見る限りない。
家の中には通帳とかの重要物もないので荒らされた所で俺にダメージはないが同居人に危害が加わるとなれば話は違ってくる。
しかしそソレ以前の問題だった。
「佳代が…いない?」
忘れたい思い出の渦中たる幼馴染の女性…
中岸佳代が家から居なくなっていた。




