21話
風呂から上がり、俺は結城さんと向かい合っていた。
彼女も先程お風呂を済ませており、ほのかに赤みを持った肌から大人の色香が漂っている様な気がして彼女の色気にドキリとさせられる。
低身長で幼い顔立ちの彼女も大人の女性だと変に意識させられる。
まぁ…俺よりも年下なのだけれどもね…
「さっきも聞いたけど本当にいいのかい?」
「さっきも言いましたけど構いませんよ?」
「で…でも…俺も男で…あってね…」
「ふふ、ならその男である所を私に分かりやすく見せてくれてもかまわないんですよ?」
妖艶に笑う彼女にまたもドキリとさせられる。
どう言った意味の発言なのか解らない程鈍感でもないつもりなので、彼女の気持ちが嘘偽りでないのはもはや疑う余地もないだろう。
俺が彼女に取っている確認、それは今日ここに泊まっていくというものだ。
俺が風呂に入る前、酒の酔いも随分薄れ、帰ろうと申し出ると彼女は「はぁ!?」と心底理解出来ないと言った顔をしてこう言った。
「駄目です。」
「え?何故…?」
「何故…?はぁ…本当に野村さんは危機感が欠如してますね…」
「危機感…」
「今、家に帰れば彼女と鉢合わせします、今の彼女は私が相当言っちゃったせいもありますけど…かなり追い詰められてると思うんです、今ノコノコ野村さんが戻っていけば本当に何されるかわからないんですよ?」
「それは…」
そうだろうな…
普段から結婚しろと煩いのだ。
俺と彼女の関係を勘ぐらない方がおかしいだろう。
最悪既成事実を狙って押し倒されるかも知れない。
「それとも、野村さんは彼女に、なにかされたいんですか?」
「そ…そんなわけないだろ?」
「本当ですかね〜?彼女美人ですものね、私と違ってスラッとしたモデル体型の美人でおっぱいも大きかったですしぃ?」
「俺が勃たないって知ってるだろ…?襲われても虚しくなるだけだ」
「その割には彼女に早く会いたがってる様に見えますけど〜?」
「それこそ…有り得ない…」
「ならいい加減自覚してください、彼女と私は初対面ですがそれでも彼女の鬼気迫る顔を見てある程度は察する事も出来ます、彼女はかなり追い込まれています、既成事実を作る為なら何だって彼女はやります、薬を盛る事、刃物に頼る事…アレはそう言う事の出来る人間の顔です。」
「そんな…大袈裟な…」
「大袈裟じゃありませんよ…?私はこれまで沢山の女の悪意に触れてきましたから…分かるんです」
「沢山の悪意?」
「自分で言うのもなんですが私可愛いじゃないですか?」
「お…おう、可愛いね…」
「ふふ、ありがとうございます〜、えぇと…それで私学生の頃から男の人にとてもモテたんです、告白なんて日常茶飯事でした。」
「まぁ、だろうね…容易に想像がつくよ」
「はい、でもあれって告白される側からしたらたまったモノじゃないんですよ、されても私は相手の事を何も知らない、サッカー部のエースもバスケ部のエースも私からすればだから何っ?て話なんですよ?知らねーよーって話なわけですよ!」
「お…おお。」
「でもサッカー部のエースもバスケ部のエースも女の子にやたらモテるんですよ、私には何一つ理解出来ませんけどね…」
「偏見だけど運動やってる男はカッコいいって女の子は思いがちだよね」
「本当にそうですよね…別に運動してる男子を否定する気はありませんけどサッカーやバスケのエースってブランドに踊らされ過ぎなんですよね〜アイツ等………ええ…と…こんな事を話したいんじゃなくてですね?……」
「あ…うん。」
「私が言いたいのはですね…嫉妬に狂った女はとても怖いって事なんですよ」
「……、」
「私に告白してくる男は普段から女にチヤホヤされてる奴も多いんです。
女に好かれる男は多いけど彼女がいないなら何も問題は無いんです…、どこどこの部活のエースに憧がれてる、何年の先輩に憧れている…何年の後輩に庇護欲を刺激される…ソレだけならまだマシなんですけどね、彼女持ちのクセに私に粉かけて来る自称イケメンってとっても多いんですよ。」
「……」
「彼女持ちの男はその彼女を捨てて、あるいは浮気してでも私も手元に置こうとします、そうなると残された女はどうなりますか?」
「嫉妬……するだろうね…」
「はい…嫉妬します…私は好きでも付き合ってもいない男を寝取り奪った売女みたいに言われ女達のサンドバッグになったんです。」
「サンドバッグ……」
「比喩じゃありませんよ?今どき前時代的としか言えない様なイジメも経験してます、彼女達の統率力は凄いですよ?想い人や教師の目を掻い潜って徹底して私の心を折りに来ます。嫉妬に狂い、怒りに飲まれた彼女達はその怒りの矛先を売女と罵った私に向け徹底的に追い込みます、醜悪で醜い本性を曝け出して…」
「………。」
女のイジメは男より酷い…そんな事を何処かで聞いた事があるけど結城さんはその被害者だったのか。
男のイジメは暴力に走る事が多い…
学生時代の男は女より精神の成熟か遅い。
暴力に訴える事で自身のうさを晴らす。
稚拙と言っていい行為だと言える。
なら女のイジメは暴力に訴える男のモノとは違い、より心を折る方向性に力を入れる訳か…。
「あの時の彼女…中岸さんの目はそんな女達と変わらない…いえ、同じ目をしてました、手段を選ばない…自分の我儘、身勝手を押し通すエゴに塗れた目です。普段なら男を奪った私に報復したいところでしょうけどその私に攻撃する手段なんて彼女にはない、なら目先の男を堕とす為に彼女は全力で見境なく行動すると私は思ってます。」
「……それは…そうだろうね…」
「そうだろうね…って…野村さんは…本当に…はぁ…」
「ははは…情けないな…本当に…でも俺にはどうしたら良いのか分からないんだ…このままアイツから逃げてもどうしょうもない…俺に逃げ場なんてない…そもそも贅沢な話だ…あんな美人な幼馴染に迫られてるんだ…快く受け入れるのも…」
「野村さん…」
「つっ!?」
結城さんがきっと俺を睨んでいた。
その目には冷たいモノがある。
心底から軽蔑する冷たい瞳。
しかし目元は赤く充血している。
悔しさが滲んでいる。
感情が籠もっている人の目。
俺は彼女にこんな目をさせてしまったのか…
本当に駄目だな…俺は…。
「今更野村さんのその自己否定的な性格にどうこう言うつもりはありません…でも私の気持ちを裏切らないで欲しいです…貴方はまだ私の彼氏でもなんでもないんだから私にこんな事を言う資格はないのはわかってます…でも…」
「……」
「でも…私が好きになった貴方を諦めさせないで欲しい…」
「……俺には君みたいな愛らしくて可愛い美人は相応しく無いのかもしれない…」
「……」
「周りはきっと俺と君では釣り合わない…美女と珍獣と嘲るだろう…でも初めてなんだ…いや、久しぶりの方が正しいかな…」
「何がですか?」
「俺の事をここまで親身になって考えて怒ってくれる相手がさ…いてくれる事が嬉しいんだ…こんな感情がまだ俺の中にあったんだなって…」
「野村さん…」
「久しぶりにこんな気持ちになれた…あの日…佳代にバラバラに砕かれたと思ってたのに俺にもまだ誰かを好きになれる気持ちがあったんだ…。」
「……!……野村さん…」
「諦めたくない…君を諦めたくない…俺は君が…結城さんが…欲しい……」
「なら…」
「俺じゃ心許無いかもしれない…でもどうか…俺と…その……恋…人……として…付き合ってくれ……ないか…?」
「ふふふ……ふふ…うふふふ……どうして最後は弱気なんですか?」
「え……あはは…本当に締まらないね…」
「もう!ホントにしまりませんね!でも…」
「え…?でも……?」
「私夢があるんです!」
「夢?」
「本心から好きになった男から告白される夢、今叶いました、お付き合いします、野村さんと恋人として。」
「なら…はは!なら…」
「ふふ…はい。」
「ははは!…ぷはあー!」
俺はそのままその場に倒れ込んだ…
緊張と安心が綯い交ぜになって一気に脱力する。
足に立っていられるだけの力が抜け落ちる。
本当に久しぶりだ。
誰かを思う気持ち。
こんなに温かなものだったのか。
忘れていた。
ずっと忘れていた。
彼女はそんな気持ちを思い出させてくれた。
彼女の為にも俺は立ち向かわなければならない。
「俺…佳代と…いや、中岸さんと話をするよ…今後について…」
「ふふ…はい…。その…私で良ければいっぱい頼って下さい…私は貴方の彼女……ですから!」
「…ああ!」
一瞬頭が追いつかなかった。
こんな可愛い子が俺の彼女になったのかと言う現実が理解できなかった。
しっかりしないといけないな…。
これからは…彼女の彼氏として。
今直ぐは無理かも知れない。
それでも…いつかは彼女にふさわしい男になりたい。
俺はこの時そう思ったのだ。