10話
突然ですまないが社会人が切望するものとはなんだろうか?
安定した給与?
土日、祝日等の休日の有り無し?
各種手当?
確かにこれ等は大事だ。
社会人にとって待遇は何物にも代え難い。
しかし今はそんな恒常性は求めて無い。
もっと在り来りで身近なものだ。
そう……、休み時間だ。
何を短絡的なと笑うなかれ。
休み時間は社会人にとって必要不可欠だ。
働く者にとって朝の小休み、昼休み、午後休みは体力の回復やら飯やら気持ちのリセットやら色々と大事だ。
日々のなかで休み時間はまだかと時計を見た事がある人達はけっして少なくないはずだ。
仕事に苦手意識を持っていたり単純に苦痛に感じている人達にとって休み時間はまさに一時の平穏が確約されているのだ。
たとえ10分とか5分とか短い時間でも有ると無いではまさに雲泥の差なわけだ。
そして今日もそんな休み時間はやって来る。
まぁ…ついこの間までその休み時間すら犠牲にしなければならない程に状況は逼迫していたのだが…。
「先輩、お昼ですよ~一緒に食堂行きましょう〜?」
「え?俺とか?」
「他に誰がいるんですか〜?私にとって先輩は野村先輩だけですよ〜」
「あ……おぉ…そっか…」
「ふふ。」
そんな昼休みに食事のお誘いをして来たのは結城さんだ。
ここ最近やけに結城さんの距離が近い。
入社初期はそれこそゴミを見る様な目つきだったのが今では凄い甘えた声ですりよってくる。
俺の人生で異性からここまで甘えられる事なんて無かった。
しかも顔面、スタイル共にハイレベルな美女からとなると鼻も高くなる。
しかし、確かに彼女には色々助けられたがここまでされると流石に警戒してしまうのが普通だろう?
何か企んでるのではないかと…?
仲居主任を降格させた時は課長連中にゴマすりしてたって噂だ。
もしそれが本当なら俺もターゲットに入れられてる可能性だって絶対に無くはないのだ。
この3ヶ月の間、彼女に仕事を教える過程で彼女の心象をそこなわせる行いをしてたとしても何も不思議では無い。
異性とは価値観の違う生き物だ。
そんな事で?と思う様な事でいらぬ恨みをかっている可能性もある。
だからこそ俺は極力異性とは関係を持たない事を心がけている。
なに?家に最も厄介な異性がいるじゃないかだって?
そこはどうか目を向けないでくれるとありがたい。
とにかく、俺が彼女からこんな扱いをうける理由が解らないのだ。
「どうしたんですかぁ?早く行きましょ?先輩」
「あ…あぁ。」
彼女に託され俺は食堂へと向う。
会社の食堂はそれなりに広い。
社員の五割くらいはこの食堂を使っている。
相応の広さがないと通らないだろう。
券売機のメニューとにらめっこする。
俺は牛丼を選ぶ。
彼女は量の少なそうなスパゲティを頼んでいた。
「少食なんだな…」
「あまり沢山食べるとお昼から眠くなっちゃいますからね」
「あぁ…成る程」
「先輩は結構ガッツリいくんですね」
「残業する事を考えたら昼はちゃんと食っとかないと持たないからな」
「あ~成る程、でも今日は残業無いかもですよ?」
「うーん…確かにそうかもな…」
「先輩って家では何してるんですか?」
「何を…?」
「はい、趣味とか聞いてみたいです!」
「俺の趣味なんて聞いても仕方ないだろ?」
「そんな事はないですよ?先輩と共有出来る事があったら素敵だと思いません?」
そう言って彼女はこちらを覗き込むようにして見上げて来る。
身長の低い彼女は自然とこういう姿勢となる。
正直あざとさがある。
狙ってやってるのか偶然かはわからないが一つ間違いない事はこのあざとさも彼女がやれば嫌味になってないという事だ。
それだけ彼女が可愛いと言う事だがそれ故に俺の警戒心は強さを増していく。
美人というのは恐ろしい存在だ。
見てくれの良さだけで人の心象に良い印象を残す。
対話においてこれ程の武器はないだろう。
「うーん…正直家にいても寝てばかりだな…つべとかネット見たり…スマホでゲームをしたり…?」
「へぇ~ゲームって何やってます?あ、私これやってるんです!」
彼女がやってるゲームならおそらくは国民的知名度を誇るゆるキャラのパズルゲームやらマスコットキャラみたいなのを操作するタイプの物を想像したが意外にもオタクが好みそうな物がでてきた。
彼女のスマホに立ち上がったゲームはいわゆる戦略シミュレーションゲームでキャラを育成してステージをクリアして行くものだ。
キャラは所謂ガチャて引き当てるタイプで5段階のレアリティに別れている。
ストーリーも人類に対して敵対心を持つ未知の生物と人類が戦う(何故か少女でないと倒せない)ありきたりなものである。
「なんか…意外だな…結城さんはこういうのやらないイメージだ…」
「私も最初は興味無かったんですけど大学時代の先輩にお勧めされてやってみたら意外と面白くって細々と続けてるんですよ?」
「へぇ…」
「先輩はこれやってないんですか?」
「今はやってないな…昔はやってたんだけど…ほら…仕事が忙しくてやる時間がなくてさ…」
「ならやりましょ〜よ?今はお仕事落ち着いて来てますし、私一緒にやる人に飢えてるんですよ〜?」
こんな可愛い子からオタ向けゲームのお誘いなんてまるで夢でも見てるみたいだ。
ニコニコと微笑む彼女の顔は本当に魅力的でほとんど無意識に俺はあぁ…と了承の頷きをしていた。
「本当ですかぁ〜やったぁ!」
俺とゲームが出来る事がそこまで嬉しいのだろうか…?
やはり何か企んで…?
「攻略や編成や装備のお話もしたいなぁ…そ〜だ、連絡先交換しましょ?これ私のIDです?登録してくださいね?」
「え…?あぁ…」
「えへ…やった!先輩の連絡先ゲット!そう言えば今日ってやっと定時に上がれますよね?先輩は何か用事ってありますか?」
「うーん…家にいてもやる事は無いけど…?」
「本当ですか?ならお仕事終わったら私に付き合って下さいよ〜?」
「え…まぁ…別にいいけど…」
「やった!もう中止とか駄目ですよ!絶対ですからね!」
「わ…わかったよ…」
こんな非現実的な事が本当に起こりえるのか…
彼女の様な美人が俺の為に時間を割いてくれるなんて余りにも出来すぎてる。
しかし結局はこれが善意による物か悪意による物かは俺にはわからない。
判断するには俺は彼女の事を知らなすぎるからだ。
まぁ…どうせ帰ってもアイツがいるし…
たまにはこういうのも良いだろう…




