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7.婚姻の儀

訓練場からでてすぐに向かったのは城の南端──つまりはシャルロッテの部屋だった。元々何がしたかったのかといえば、明日の婚姻の儀のためにシャルロッテと話をしたかったのだ。


それがこんなにも遠回りをしてしまった。

しかも余計な労力まで使うという無駄オプション付きで。

身体に感じる気だるげな重さに、アロイスはそっとため息をつく。タイミングよくシャルロッテの部屋の前まできていたことに気が付いた。耳をそっと立ててみるが、どうやら先程の声は聞こえない。恐らく、お客さんは帰ったのだろう。

よし、と覚悟を決めたアロイスは、ノックをしようと片腕をあげた。



コンコンと、軽やかな音が響いた。その音に、シャルロッテはびくりと肩を震わす。深く考え事をしていたせいか、意識が追い付いていなかった。


「どっ……どなたですか?」


う、上擦ってしまった…。シャルロッテはひぃ…と眉を8の字にしながらも身悶えする。


「シャルロッテ姫、私です」


しかし、その後に続いた声に、シャルロッテは飛び上がった。


なんで、よりによっていま、貴方が?!?


思わず、頭を押さえるシャルロッテ。先程のエルザとの話から、シャルロッテは決めていたのだ。次に会ったら必ずお礼と謝罪をしようと。だけど、それにしたって早すぎる。どうやってしようかという思考段階で、まだまだ何のアイディアも出ていなかったのに!


どんな顔をすればいいの?

どんな態度を?

何といってアロイス王子を迎えたらいいの?


次々と溢れてくる疑問を、どうにかして押し殺す。

とりあえず、今すべき事は扉の前にいるアロイス王子を出迎えることだ。

そう思い立ったシャルロッテは静かに立ち上がると扉の前に移動し、鍵を開けた。

顔は見れないから、俯いたまま鍵の開いたドアノブを押す。キキーッと音が響き、俯いたシャルロッテの目に複雑なデザインの黒い革靴が見えた。このデザインは、アルントのものではない。ってことは、やっぱり、アロイス王子なのね…。それをみた瞬間、今度は心臓が飛び跳ねた。

や、やっぱりそうなのねと、当たり前のことになぜか心臓が妙に早鐘を打つ。


「……姫? シャルロッテ姫? どうかなさいましたか?」


さすがに不審に思ったらしいアロイスが、シャルロッテの俯いた顔を覗き込んだ。思いの外、近付いたその顔にシャルロッテは目を見開いて顔をそっぽ向ける。赤く染まった頬がばれないようにと、早々にアロイスから背を向けた。


「な、なんでもありませんわ。どうぞお入りください」


今度は上擦らないでちゃんと言えたわね。

安堵で胸を撫で下ろすとシャルロッテは両手で頬を包む込む。

しっかりしなさいシャルロッテ!

貴女はアルントの王女となる者よ。この程度でこんなにも焦ってどうするの!

思わず、自分で自分を戒める。いつもの自分ならここで反省し、通常通りに戻るのだが。


「アロイス王子! お茶を持ってこさせますので待っていてください!」

「わかりました。ありがとうございますシャルロッテ姫」


なぜか調子が戻らない。不審な言動を繰り返すシャルロッテにアロイス王子が戸惑っているのが空気でわかる。シャルロッテはなんだか泣きたくなった。


「……シャルロッテ姫、少しばかり公務として、お話ししたいことがあるのですが」


けれど、このアロイスの言葉でシャルロッテの心はすっと冷めていくのを感じる。そのまま瞳をゆっくりと瞑れば、すーっと熱が引いていくのがわかる。荒ぶっていたその波が徐々におさまっていく。


しっかりしなさいシャルロッテ。

貴女はこの国の正統王位継承者であり、この方は異端な力をもった、リラの王子。

貴女が受け入れることが、出来なかった人なのよ。なにを慌てているの。

次に目を開けたときには、シャルロッテの目はいつも通り──少し傲慢な光を湛えていた。


「……お話とは、なんでしょうか?」


冷静になったシャルロッテは、アロイスの前にそっと座る。メイドが出してくれたティーカップにハーブティーを注ぎ、アロイスに手渡した。「あぁ、ありがとうございます」と、突然落ち着いたシャルロッテに、微かに戸惑いを覚えていたアロイスであったが、ぺこりと会釈をしたのちに、お礼を言う。そうして、そのまま少し言いにくそうに視線をさ迷わせた。


「明日の婚姻の儀のことなのですが」

「……ええ。確か、公務に値するから、ちゃんと行うと仰ってましたよね?」

「はい。それはもちろん行います。そうではなくて、ですね」


そう言いながらもアロイスはシャルロッテの目をじっと見つめた。


「私の姉姫達を知っておられますか?」


その質問に、シャルロッテは当たり前だというように頷く。


「その中でも長女に当たるエレノアと次女のフローラのことは?」

「もちろん。存じておりますわ」


シャルロッテは小さく頷いた。


「エレノア様といえばリラ王国でも長女に当たる方で、四年前に花の都ファレンスに嫁がれましたわね。フローラ様は双子の姫様の姉君に当たる方。二年前に絹と織物の産業が素晴らしいグロンビアに嫁がれました。」


ペラペラと告げたその言葉に、アロイスはとても驚いたようだった。呆気に取られたその表情が少し可笑しくて、シャルロッテは緩みそうになる頬を必死で押さえる。アロイスは呆けた顔のままで続ける。


「…よく、知っておられるのですね」

「国外のことでもきちんと勉強していますから」


というのは半分嘘で半分本当だ。なぜなら、シャルロッテは勉学が嫌いだったからである。この情報はアロイス王子が来る前にダイナ妃──つまりシャルロッテの母親に耳が痛くなるほどに聞かされていたので覚えてしまったというだけのことだった。だが、このときばかりはシャルロッテは母親に感謝した。


「それで? そのお二方がどうかなさったんですか?」


怪しまれる前にさっさと話を変えてしまおうと尋ねたシャルロッテの言葉に、アロイスは呆気に取られた顔をすぐに戻した。


「明日、その二人が客人という扱いで婚姻の儀に出席します。」

「…そうですか。でも、私に何の関係が?」

「私と貴女は婚約していますが、お互いに恋愛感情はありません。お互いが自由に生きると、そう約束しましたよね?  覚えていますか?」


アロイスはじっとシャルロッテを見た。シャルロッテは戸惑ったように少し身体を揺らしたが、すぐに頷く。


「姉上達はそういう、なんというか…浮ついたことというか……端的に言うならば、嘘が好きではありません。俺達が嘘の関係だとバレれば、貴女も俺も、ただでは済まないのです」

「ただでは済まない…? どういうことですの?」

「叱りを受けるだけならいいのですが、実力行使に出る可能性もあります。まぁつまり単刀直入に言ってしまうと、貴女の国を荒らすということです」

「あ……荒らす?」


シャルロッテは驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。


「あなたの姉姫様達は、いったいどのような方なんですか…?」

「ブラコ……いえ、少しばかり心配性と言いますか」


心配性だけでここまでするのかしら?と、シャルロッテの脳内には至極当たり前の疑問が浮かぶ。

しかし、もしも彼が言っていることが本当ならば、かなりの大問題である。ファレンスもグロンビアも表立ってはいないが、大国に値するほどの財源と軍事力がある。今は友好関係を築けているので何の問題もないが、願わくば敵にはしたくない。


「…それで? 私の部屋まで来たということはそれなりに考えがあっていらしたのでしょう?」


片眉を吊り上げたシャルロッテに、アロイスは頷いた。


「仲の良いフリをすればいいのです」

「仲の良いフリ…ですか。まぁ確かに理にはかなっていますが、貴方が直接言えば全て丸く収まる問題ではありませんの?」

「…まぁ、それはそうなんですけども」

「具体的には、どのようになさるつもりですの?」

「具体的にと言われましても、単純に円満な恋人同士のようにすれば良いだけですよ」


にっこりと笑いながら言ったアロイス。シャルロッテは不満げな顔をしている。


「貴女だって、これまでに一度も男性との経験がなかったなんて言わないでしょう? 昔でもなんでも、そのときの相手と接したように私とも接せばいいのですよ」

「…なっ!」


実を言うと、シャルロッテは今まで一度も男性とそういうことになった経験がない。それは多分、シャルロッテを死ぬほど可愛がっていたアルント王とシャルロッテの兄王子、そして賢明なダイナ妃による計らいの結果だった。だがこの胡散臭いアロイス王子の手前、そんなことを口に出せるほどシャルロッテの自尊心は低くなかった。


「いいですわ!わかりました!! 仲の良い恋人のフリですね。私ならそんなこと簡単にできます!」


勢いよく言い切ったシャルロッテのことを、アロイスは可笑しくてたまらないといった様子で見ていた。そして勿論、シャルロッテはその生暖かい目線には気付いていない。


「安心しました。その自信ありげな様子からそれはそれはたくさんの人と経験を積んできたようですね」

「…え?  え…えぇ。それはもちろん! あなたなど到底及ばない人と、たくさん付き合って参りましたわ!」


シャルロッテは冷や汗をバレないように(書くまでもないが、勿論アロイスにはバレていた)そっとぬぐった。

アロイスはまた、楽しそうににこりと笑う。


「良かった。明日がとても楽しみです。頼りにしていますよ、シャルロッテ姫。そういえばこの事は誰にも言わないようにしてくださいね? まぁそんなこと、とうにわかっておいででしょうが…」

「もちろん、わかっていますわ!」


シャルロッテはもはや、ヤケクソともとれる態度で言った。そんな彼女を見ていたアロイスは、ククと喉の奥で笑うと立ち上がった。


「それじゃあまた明日。今日は突然押しかけてしまい失礼しました」

「いえ、お気になさらずに」


すっかり疲れきったシャルロッテは小さく笑うと、自室の扉を開けにかかった。



部屋を出た瞬間、今まで抑えていた衝動が爆発しそうになり慌ててアロイスはそこから移動した。純粋にめちゃくちゃ面白かった。からかい甲斐がある。


「めっちゃ面白いじゃん……」


そっと呟く。先程の慌てたシャルロッテの様子が頭に浮かび、気が付くとアロイスの頬は緩んでいた。あれほど、からかい甲斐があると、中々こう来るものがある。あの姫は傲慢ではあるが、それに加えて妙な自尊心と素直さがある。

アロイスは、自身でも気がつかないほどに、明日が楽しみになっている自分がいた。


「あ、アロイス様!?  シャルロッテ様の部屋に行くのにどれだけ時間かかってるんです? 早く来てください!  明日の準備が全然終わってませんよ!!」


そこで自室に戻った瞬間──ロイクに腕を引っ張られた。捲し立てるロイクをまぁまぁと宥め、椅子にすわった。


「…アロイス様? 何かあったんですか?顔が緩んでますよ?」


ロイクが顔を覗き込んできた。俺は、それに「え? いやなんでもない」と、苦笑する。


「ただ、明日が少し楽しみになってきただけだよ」

「はぁ……え、アロイス様、だいぶ気色悪い顔になってますけど」

「おい従者、主人に言うことじゃねぇぞ」



『婚姻の儀』とは、このアルント王国の伝統行事の1つらしい。

リラでは婚約が決まればあとはもう各自、好きなときに結婚してよかったのだが、どうやらこの国では婚約からなにもかもがすべて決められているようだ。

具体的に何をするのかといえば、なんでも互いの一番大切な物を交換しあうとか。その意味は多分、人質みたいなものなんだろう。ロイクは「単純に大切なものを互いに渡すんですから、本来ならば素敵な意味のはずなんですよ? 本来ならばね」とグチグチと言っていたが、俺からしたら、やっぱり人質だと思っている。

お互いがその大切な物を、お互いの代わりに守るという契りを結べば、婚約は成立する。

故に、あくまでも俺はまだ夫という立場にはいない。結婚するのは婚約が決まってから少なくとも2ヶ月は経たないとできないとかなんとか。

しかし、この婚姻の儀もやることといえばその大事なものを交換しあうだけなのに、無駄にその間にながったらしい話やらなんやら儀式やらがある。俺としては、ぱっぱとやってさっさと終わらせたいのだが。


そうして、早くも次の日。婚姻の儀が開催された。


「アロイス様…大丈夫ですか?」


ロイクが心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んできた。俺の身支度を整えながらも、なぜかロイクの表情は情けないままだ。この国の正装は青と白を基調としている。しかし、俺はその中でも黒を取り入れた。普通ならあとは腰に剣をつけるのだが、今回は式典だからなしだ。裏部屋で待たされているのだが、机の上には豪勢に軽食やワインが置かれている。緊張を解すためにか、ロイクは無言で赤ワインを差し出してくれる。それをみて苦笑しつつも、俺は受け取って、一口飲んだ。


「おいおい、そんな顔するなって。大丈夫だから」


軽く笑いながら言うと、ロイクははぁと重いため息をついた。


「奇襲攻撃にあっておいて、大丈夫なわけないじゃないですか。しかも陛下のこともありますし…」


あ、そういえば奇襲攻撃のことをすっかり忘れていた。あのときはシャルロッテに聞こうと思っていたけど、これまでの状況をみると彼女と関係はなさそうだ。多分、黒幕はもっと後ろなんだろうなぁ。黙りこんだ俺をみて、ロイクは失言をしたとでも思ったのか、焦った顔をした。


「あ、でもしばらく攻撃はないと思いますよ! これから客人が大勢来ますし!」

「……なぁ、ロイク」


ロイクはぴくりと肩を震わせた。


「あの攻撃は俺を殺そうとするものだった。俺を殺したい気持ちはわかるが、それをおおっぴらにやらないとは限らないと思わないか?」


俺は持っていたワイングラスにちらりと目を向けた。葡萄の芳香がふわりと香る質の良い赤ワインから、僅かにだが匂う異質な香り。そのとたん、ロイクがはっとした表情になり、俺からワイングラスを半ば無理やり奪った。そのままくんと香りを嗅ぎ強く顔をしかめると、俺の方をじっと睨みつけてくる。

匂いを嗅いだだけでそんな顔をするぐらいだから、きっと相当なんだろう。


「…気付いていたなら、早く言ってくださいよ。」


そう、強張った顔のまま呟く。

俺は肩を竦めつつも、ロイクからグラスを取り上げて一口、含んだ。


「アロイス様!!!!」


そのままゴクリと飲み込む。声を上げたロイクに向かって空っぽになったグラスを返した。


「…このぐらいの毒じゃ死なない。言っただろ? 俺には耐性があるって」


これくらいの毒ならば、ほんの少し、舌がピリピリする程度だ。

アロイスは小さい頃から毒に対する耐性をもつために、色々な毒を食していた。おかげで今は、ちょっとした毒ならば体調が少し悪くなる程度で、基本的には全然大丈夫なのである。父上が俺の将来を見越してやってくれたのだが、今となっては本当に心から感謝している。もしかして俺が殺されることを見越してたのか? なんてな、ははは。まさかこんなところで役に立つとはね。ま、とてつもなく皮肉な気もするが。


「アロイス様、例えあなたの身体が耐性を持っていたとしても、それは毒なんです」


自嘲気味に笑ったアロイスに、ロイクは真剣な顔をしてアロイスを睨みつける。彼の腰の傍で握りしめていた拳がプルプルと震えているのが見えた。本当に──正直なやつだな、と思ったアロイスは苦笑しながらもロイクの頭を撫でた。


「……わかったわかった。悪かったよ、ロイク。これからは気を付ける」

「お願いします。自分の身を大事にしてくださらないと、従者が困るんですからね」


腰に手を当てて怒るロイクに、アロイスは声を上げて笑った。


「……アロイス様、今後の食事は私が毒味します」

「いいって、大丈夫だから」

「大丈夫なわけないでしょう! それに…私にも耐性はあります。アロイス様ほどではありませんが……」


ロイクはふいと視線を下げた。


「俺はお前が死ぬほうが嫌だ」

「従者の身を案じるあまりに主人の命をないがしろにしてどうするんですか?」

「俺の命より、お前の方が大事だ」

「…アロイス様」

「アロイス王子、そろそろです」


控えにいた別の者がアロイスの方へ向いてそう声をかけた。アロイスは小さくうなずくと、未だに項垂れた様子の従者の肩を抱いて笑った。


「…行ってくる」


その笑顔をロイクは目を細めて見つめて、柔く微笑み返した。


アロイス様にお仕えするようになったときから、ずっと、ずっと思っていた。

みんながあの人を『鬼』と罵り、恐れる中で俺だけは、ずっと、あの人は、月のような人だと思っていた。あの人がこれまで何をしてきたのか、これまでどれくらい国に尽くしてきたのか、どれほどの大きな覚悟を持って、今を生きているのか、罵声を浴びせる奴らは誰も知らないし、アロイス様自身も誰にも言うことはない。

あの人は、誰からも認められなくても、それでいいと思っている。


長身で少し細身なアロイスの後ろ姿から、ロイクは目を離さなかった。


ロイクは願う。いつものことながら神に願う。

どうか、あの人の行く道に障害がないようにしてください。

あの人を、幸せにしてください。

叶わないと知りながらロイクは願い続けるのだった。



ファンファーレとともに、アロイスは袖もとから姿を見せた。機械的にだが沸き上がる拍手にアロイスは作った笑みで応える。誰にだってわかる。これが、歓迎されている拍手ではないことを。逆の袖もとから今度はシャルロッテ姫が姿を見せた。恐らく、国民たちはシャルロッテには同情しているのだろう。アロイスの時とは違い、心から哀れむような拍手をしている。


「アルント王国の姫君、シャルロッテ姫。リラ王国の王子、アロイス王子」


ちょうどお互いの階段が1つになる場所に神官らしき人がいた。俺もロイクも無神論者であるが、どうやらこの国は神とやらを信仰しているらしい。

アロイスは、笑みを浮かべたままゆっくりと階段を降りる。目の端に、シャルロッテも同じようにして階段を降りてくるのがみえた。


客品の中に、エレノア姉さんとフローラ姉さんがいないか素早く見渡すと残念なことに居ることに気づいた。リラ王家のプラチナブロンドの髪が美しく輝いているのを見て、俺は姉上達を心から美しく思った。

シャルロッテにあそこに姉上達が居ると目線で合図すると、わかったと言うように彼女は軽く頷いた。これで、シャルロッテがツンケンな態度をとることはなくなる……はずだ。


アロイスもシャルロッテも、双方とも神官の前に出た。

神官は微笑みながら何度か頷くと、ふわりと両手をあげる。それが合図であったかのように、周りの喧騒は一気に静まり返った。

しんとした中で、神官ただ一人が厳かに告げる。


「それでは、互いの『命』として大切な物を交換してください」


アロイスは胸元のポケットから白い箱を取り出した。ぱかりとそれを開け、中にあるリラ王家の男に代々伝わる指輪を取り出す。

シャルロッテの方に目線をやれば、彼女も首元から赤い宝石のついたゴールドの指輪を取り出していた。

気は合わないけれど、こういうときは気が合うらしい。なんだか、少しだけ可笑しくなってきた。


「母なる天神の御前にして契りを結びたまえ 各々の命たる鎖として互いを結び永遠となる……」


これは、政略結婚なのだ。

互いを好いてもいないのに、夫婦とならなければいけない。

これは甘い鎖ではなく、これからは重い枷のようにお互いを締め付けることになるだろう。

アロイスは自身の指輪を、シャルロッテの細い人差し指にそっとはめた。同じくシャルロッテもアロイスの指に指輪をはめてくる。二人は同じようにして顔をあげ、そしてお互いの目をじっとみつめた。

シャルロッテも、憐れだと思う。

絶世の美女と謳われるほどの存在であるのに、小国の、しかも異端と蔑まれてきた王子を自分の夫とせねばならないなんて、可哀想な話だ。


だが、傲慢ではあるがシャルロッテも大国の第一王位継承者なのだ。それ相応の覚悟はあったに違いない。だからこそ、文句こそ言えどもこの結婚を認めたのだろう。本当は言いたいことだって、もっともっとあっただろうに。哀れなことだ、とアロイスは心から同情を覚えた。

シャルロッテだって、きっと幸せな結婚を思い描いたことはあったはずだ。それが、あっという間に崩れるなんてかわいそうだとは思う。だから、俺にできることはただひとつだけだ。


彼女を、自由の身にさせる。


結婚はあくまでも建前だけ。

俺は彼女に自由になってもらいたかった。


「この婚姻を天神は認めてくださいました。あなた方、お二人に天神の祝福があらんことを──!」


神官の言葉に周りは拍手で包まれた。アロイスもシャルロッテも無言のまま前を向き、大衆に向かって一礼した。


俺はシャルロッテが嫌いだが、彼女に罪はない。俺を背負う責任もなければ、不幸せにならなければいけないってわけではない。

人間は誰しもが幸せになる権利があると本に書いてあった。

もちろんそれは例外なくシャルロッテにだって同じことが言えるはずだ。



「それでは、陛下からお言葉を」



どうしよ、今すぐそこにいる愚かな王子を殺せ! とかなんて言われたら。そんなことを思いつつ少しばかり恐怖心を抱きながらも、ちらりと陛下の方を見上げる。厳格そうなワシのような瞳に、彫りの深い顔立ちは端整であり、さすがはシャルロッテの父親なだけあるな、とアロイスはぼんやりと思った。そうしてその流れのまま、その隣にいるダイナ妃を見やるといつもと変わらずダイナ妃は聡い目で微笑んでいた。


陛下からは特に何か言及されることもなく、ついでに言えば殺されることもなかった。そうして、演説し終わった陛下は厳かに立ち上がった。


その途端、その場はシーンと静まり返る。陛下はそんな皆を黙ったまま見渡すと、一つ息を吐き、俺たちに向かって朗々といい放った。


「国民にとって良き王子と姫となれ」


陛下からの言葉は、その一言だけだった。それは、良くも悪くもアロイスの力を抜けさせた。一瞬すれ違った目線は、何かを訴えているような気がしたが、あんまりにも一瞬すぎてよく分からなかった。それでも、氷のような冷たい目の中には確かな敵意と殺意があった。アロイスは変わらず陛下をじっと見つめていたが、それ以降目線が交わされることはなかった。




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