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4.浮上するトパーズ

あの波乱のパーティーから、一日経った次の日のことだった。


アロイスは、あのルーベンス事件の後、ユリというやけに美人な侍女に無理矢理連れられたかと思うと、シャルロッテと共に皆の前で紹介されてしまった。恐らく彼女はダイナ妃の侍女だったはずだ。恐るべしダイナ妃。


だが、そのおかげで陛下の策略と王妃との契約はまったく関係がないのだとわかったので良いとしよう。一方、陛下はといえば、表面上機嫌の良さそうな雰囲気で振る舞っていたが、我々の紹介中やその後のパーティーでも度々刺さるような敵意と殺意を感じた。


自身の策略を俺に邪魔された陛下の怒りはしばらくは収まらないだろう。


その内呼び出されるかもな。ていうかそのついでに殺されるかもしれないな、なんてぼんやりと思っていた。


しかし、アロイスが拍子抜けしてしまうほどに、何も起こることはなかった。

俺が波乱のパーティーにてしたことをどこかで聞いたのか、ロイクにはひどく怒られてしまった。いや、呆れられてしまったという方が正しいかもしれない。なんにせよ「貴方は人が良すぎるんです!」と冗談みたいな理由で怒られた。


「アロイス様は、もう少しご自分のために行動をした方がいいと思います」


婚姻の儀を明日に備え、ロイクはあわただしく準備をしていた。その最中に溢した言葉に、俺は振り向いてロイクをみた。ロイクは俺の方を向くとむっすりと頬をふくらませた。


「昨晩のシャルロッテ姫様のことも、放っておかれた方が、お立場的には良かったのかもしれませんよ。只でさえ、ここはアロイス様には居づらい場所ですのに……なぜ貴方様は、こうも状況をさらに悪くさせるのですか?」


その言葉を聞いて考えてみる。だけど、あまりにも単純明快すぎて、俺はすぐに声を上げて笑ってしまった。


「いやぁ、まったくもってその通りだな。なぜ、あんなことをしたのか俺にもわからない」

「…アロイス様?」


不振がるロイクに俺はまた笑って見せる。


「まぁでもさ、きっとああいうのに理由なんてないんだよ。俺は少なくとも姉上達にそう教わった。だから、もし無理矢理にでも理由を作るとすれば、もし俺がああいったことを見過ごすような真似をすれば姉上達に殺されるから、だな」

「……ま、そうですね。きっと姉姫様方ならアロイス様を張っ倒しにきますよ」

「それが冗談として取れないから末恐ろしいよ。」


今度は俺が苦笑する番だった。ロイクは何故かそんな俺を見てまるで眩しいものを見るかのように、目を細めた。


「そういえば、あれからアルントの姫君はどうしたんだ?」

「シャルロッテ様のことですか? あぁ、そう言えば今朝の朝食時以来見かけておりませんね」

「そうか、まぁ俺には関係ないか」


俺は近くにあった本を手にとってパラパラとめくった。アルントに婿入りすると聞いて、すぐに王家の図書室から持ってきたアルントの歴史書。アルントはリラと違い、ここ数百年で一気に頂点へと上り詰めた国だった。それ故さまざまな弊害もあったのだろうとアロイスは調べてみることにしたのだ。というか、単純に敵地に来て手駒を増やさないのはバカだし、あと知ってて絶対損はない。

そうして資料を読みふけっていると、突然ロイクが言った。


「そう言えば明日の婚姻の儀ですが、エレノア様とフローラ様がいらっしゃるそうですよ」

「…………」


その言葉を聞いて、俺は文字通り一時停止した。

今、ロイクは何て言った? エレノア姉さんとフローラ姉さんが来るとか言った? いや、あれだよな、聞き間違いだよな。ウンソウソウ、ソウニチガイナイ。


「アロイス様、エレノア様もフローラ様もそれぞれの国から、客人という扱いで来るそうですよ」


しかし、ロイクは無情にも大事なことだからと2回も繰り返した。

俺は本を落とし、愕然と口を開く。


「……冗談だろ」


エレノア姉さん──エレノア・ミスト・ファレンス──彼女は我が姉弟の中で長子に当たる人だ。俺と8歳も離れているせいか、俺にとっては母親のような存在だった。今はアルントほどではないが、大国である花の都ファレンスに嫁いだ。


そして、フローラ姉さん──フローラ・ミスト・グロンビア──は俺の三番目の姉にあたる人で、こちらも同じく大国グランビアに嫁いだ。恐らく我が姉弟の中では、一番優しくておっとりとしている。


「客人という扱いになるとはいえ、どうせ俺とその妻になる人の人となりと、国の内政を調べに来るんだろ?」

「まぁ、そうでないはずはないですよね」


本音を言うのならば、姉上達にはなるべくならば来ないでもらいたかった…。ここは俺にとっては、かなり窮屈で嫌な国だ。それを姉上達に見られたくはなかった。しかも、あの姉上達である。俺が、殺意と敵意に囲まれて歓迎どころか、油断大敵と書いてある矢をもらったなんて知ったら文字通り、何をするか分からない。その姿が脳裏に浮かび、ぶるりと背中が震える。俺の口からはため息がこぼれ落ちた。


「……ほんと、なんて面倒なんだ。結婚なんてものは。」


思わずそう本音を漏らすと、ロイクは苦笑した。


「アロイス様が結婚なんて、私も驚きですよ」

「全くその通りだよな。俺に結婚なんて合わないっつーのに」


姉上はどう思うだろうか。もしも全てを知ったなら、きっと無茶をするんだろう。あの人たちはそういう人たちなのだ。そうなったらそうなったで、大変なことになるのは目に見えている。この問題は、個人でどうこうなるという話ではない。今はもう、それぞれ結婚して、仮にも王女という立場にいるのだ。軽率な真似をして迷惑を被るのは、自国の国民たちだろう。もちろん、姉上達にだって、分別がないわけではないのだ。ただ、少し向こう見ずなところがあるわけ。だからこそ、俺は心配なのだ。俺のせいで、もしも姉上達に何かあったらと思うと、どこかやり切れない。


この件についてはシャルロッテに初めから言っておいた方がいいかもしれない。と、ふと思いつく。


思い立ったらすぐ行動、ということで俺は、黙って立ち上がった。


「アロイス様?どちらへ?」

「…ちょっと散歩にでも」

「こんな時間にですか?」

「……そうだ」


なるべくロイクに顔を見られないようにしながら、答える。ロイクは変に勘が鋭いからこまる。彼は何か考えているようであったが、俺は隙をみてにげた。後ろからは、「アロイス様!?!」というロイクの叫び声が木霊して聞こえていた。



シャルロッテの部屋は、確か俺の部屋と近かったはずだ。どうせ将来結婚するんだからとかなんか適当な理由で、いつの間にか、無理矢理近い部屋にさせられていた。

しばらくそんなこんなで歩いていると、真っ白な板に、金の装飾で縁取られた扉をみつけた。他の扉が茶色だから、逆にわかりやすい。ここがシャルロッテの部屋の扉か。敵襲でもされたらいの一番にばれそうだな、と思う。とりあえず、早くノックをして、嫌なことはさっさと終わらせちまおうと拳をあげた、そのときだった。


「え?! あんた、あのルーベンスに抱かれそうになったの!?」


突然、奇声というか悲鳴というか、完全に姫ではない声が聞こえた。どうやら部屋にシャルロッテ以外の誰かがいるらしい。


「そ、そうなのよ。突然部屋のすみに引っ張られて……」


それに対し、聞こえてきた弱々しい声に我が耳を疑った。傲慢で、無駄に強情で、プライドの高い、シャルロッテ姫のあまりの豹変ぶりに驚くのも束の間、後から聞こえてきた発言に、思わず振り上げかけていた拳がピタリと止まった。


「それに、お父様にもみんなにも公認だって」


な、なんだと?  陛下公認!?

……もしかして俺、とんでもなくやばいことしたんじゃないだろうか。ただでさえ言い付け破って、陛下まじお怒りだってーのに、陛下公認のバカ貴族の男、思いっきり罵倒しちゃったよ。


「でも、抱かれそうになったってことは未遂なのよね?」

「そ、そうよ」


ここまできて、いや立ち聞きはよくないと気が付いた。中にいる人がいなくなるまでどこかで時間を潰した方がよさそうだ。

俺はそっと扉の前から移動した。今さら自分の部屋に戻るのも癪だから、ちょっと剣術でもやりにいこうか。そうと決めたらすぐに訓練場に行こうと、俺は足を早めた。



「それで?シャル、ちゃんと教えなさい!」


エルザはシャルロッテに詰め寄る。あたふたと動揺するシャルロッテに、エルザは、ははぁーんと何かを察した。


「その、何て言いますの。ほら、こ、こ、こ、婚約者であるアロイス王子が」

「うん、まず落ち着きなさいね」


慌てふためくシャルロッテにも、冷静にエルザは言う。


「アロイス王子って、あんたがあんなに嫌ってた人でしょ? あんなブサイクは嫌だ~って」

「嫌とは言ってないわよ! それに、別に嫌ってた訳じゃないわ」

「じゃあ何をあんなに嫌がってたわけ?」


シャルロッテはうっと、言葉に詰まってしまった。でも、本当なのだ。別に自分は嫌ってた訳じゃない。確かに、最初会った時は、あの奇抜な容姿にはとても驚いた。この世界じゃ見られない墨よりも真っ黒な髪。底なしの穴のように深い光をたたえた黒い瞳。どちらもこれまでみたことのないものだった。元々好奇心だけは人一倍強いシャルロッテは、彼に、アロイスに、興味を持つと同時に身体のどこかが、彼を受け入れることに異を唱えたのだ。


「ねぇ、エルザ。…私って性格悪いかしら?」


質問を質問で返されてしまったエルザは、突然の質問にも狼狽えることなく首をかしげてシャルロッテを見つめた。


「シャルは別に性格が悪い訳じゃないと思うよ」


じゃなきゃあたしがここにいるはずがないじゃない!とエルザはケラケラと笑う。


「けど、まぁ何て言うかね。幼馴染みとして親友として言わせてもらうと、あんたはちょっと素直すぎると言うか」

「素直すぎるってどういうことよ」

「例えばさ、晩餐会とかであんたの嫌いなトマトがでたとするじゃない?あんたはどうする?」

「もちろん、食べられないと言うわ」

「そこに百人のお客様がいても?」

「えぇ、きっとね」


エルザはにんまりと笑った。


「まぁ、つまりそういうことよね」


その一方で、エルザの言いたいことを全く理解していないシャルロッテは戸惑う。


「ちょっと待って、いまのどこにさっきの答えがあるの?」

「え、わからなかった?」


エルザは肩をすくめて困ったような顔をした。


「あたしは与えられた質問に、正直に答えただけだよ?」

「それが失礼なのよ!」


憤慨したシャルロッテをみて、エルザはまたケラケラと笑った。エルザは、そんなシャルロッテを見ながら、思う。彼女は──シャルロッテは、本当に、文字通りに、素直すぎる人間なのだ。嫌なものは嫌。好きなものは好き。好き嫌いの判別が一瞬で終わる。


エルザは知っていた。

それはある意味では多分、汚れを知らないということなのだろうと。純粋すぎるのだ、シャルロッテは。だから本人にその気がなくとも、周りを傷付けることも多々あったわけで。その場合、大体はエルザがフォローしていた。

もちろん、悪い子ではないのだ。エルザも含め、その純粋さに救われた人だっていたのだから。ただ、シャルロッテのことをよく知らない人は、シャルロッテの表面だけをみて、悪く思うかもしれないとエルザは危惧していた。


そんなことを思いながら、エルザはそっと息を吐く。本当に手のかかる親友だ。この調子をみるに、おそらくシャルロッテは無意識にでもアロイス王子に惹かれはじめているのだろう。だが、強情なシャルロッテならきっと……もし本当に恋をしても、認めないに違いない。プライドは高く持ちなさい、と幼い頃から、王家の人間は教わるのだ。恐らく、シャルロッテはその教えを忠実に守るだろう。たとえ、自分の気持ちに気づいたとしても。


「──でも、エルザが言うように私はきっと空気が読めない人間なのね」


シャルロッテは悲しそうな顔をする。


私は、いつでも素直になれなくて。ここぞというときにでさえ、いわなくちゃいけないことと正反対の言葉を吐いてしまう。アロイス王子にだって、助けてもらったときお礼さえも言えなかった…。じわりと滲んだ涙を、エルザがそっと拭ってくれた。


「泣かないの。泣くくらいなら、行動に起こしちゃいなさい」


驚いて顔を見上げたシャルロッテに、エルザは苦笑する。


「あたしは、あんたのことならなんでもお見通しなの。」

「エルザ」

「まぁでも、あんた自身が気付くまであたしはなにもしないけどね」


にやりと笑うエルザ。いったい、何の事を言っているのかわからないシャルロッテは、眉をひそめる。


「どういう意」

「それはシャルが自分で気付かないと、意味がないの」


遮って告げられたその言葉の意味を、シャルロッテは考えてみる。俯いた拍子にこぼれた金髪が、光にあびてキラキラと輝くのを、エルザは笑ってみつめていた。


これは、きっと……。

シャルロッテが自分の気持ちに気付くまで相当時間がかかりそうだなとエルザは思う。とりあえず、あたしは彼女を見守るだけだ。自分で行動を起こさなければ、何の意味もないのだから。



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