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1.傲慢な姫君

「お母様、なぜ後進国であるリラなどから私の夫をよこしたの?」


蜂蜜色に輝く足元まで長い髪に、まるでサファイアのような瞳を持ったアルントの姫は、大層ご立腹だった。ぷっくりとした頬は薔薇色に染まり、小さな唇は桜色に照っている。伏した瞳は金糸のような滑らかさで瞳を縁取り、影を宿していた。


「リラの水源は我が国には必要なものですからね。シャルロッテ、あなたもそれはわかっているでしょう?」


アルントの姫君──シャルロッテはぷくりと頬を膨らませて不満を表す。彼女に正論を吐いたのはシャルロッテの実母でありアルントの王妃であるダイナであった。彼女はシャルロッテの艶やかな金色の髪を美しく結い上げ化粧を施していた。シャルロッテによく似た顔は、歳を感じさせないほどに美しい。ダイナは不満そうな顔をするシャルロッテに苦笑をしながらも、穏やかに相槌を打っている。


「ですが……リラの王子は周りから異端と言われています。それに見た目も醜いと。私は嫌よ! 夫となる人が不細工だなんて!!」


そうしてシャルロッテはぷいとそっぽを向く。そんなシャルロッテをみて、ダイナ妃は深いため息をついた。


「アロイス王子は醜くはありません。ただ平凡な顔立ちなだけです」

「それでも嫌よ!この私の夫となり、この国の王となる人よ? 見目が麗しいのは当然だわ!」


高慢そうにそう言い放つ彼女に、ダイナは密かにため息をつく。

しかしながら、シャルロッテは確かにとても美しかった。


ダイナ妃のもつ陶器のような白い肌にバラのような頬。サファイアのような大きな瞳はキラキラと輝き、作り物めいている。全てのパーツはお行儀よく収まり、まさしく彼女は『完璧』な容姿を持っていた。


「もう婚約は成立しています。貴女に選択権はありません。第一、この国の姫として産まれたからには、いつの日か必ず政略結婚として結婚しなければならなくなると、いつも言っておりましたことをお忘れですか、姫」


母親の厳しい言葉に、シャルロッテは唇を尖らせる。


「分かっておりますわ、お母様。忘れた訳じゃないわ。でも……私だって女の子よ、夢をみたっていいじゃない」


シャルロッテはさっきとは打って変わり、ひどく悲しそうに顔を歪めた。その様子をみていたダイナ妃はため息をつきながらも愛らしい愛娘を柔く抱き締める。


「シャルロッテ、大丈夫ですよ。貴女は必ず幸せになります。」


と、その時だった。

コンコン──と軽快なノック音が部屋中に響いた。


「シャルロッテ姫様、アロイス王子がお越しです」


侍女の言葉にダイナ妃は頷く。


「シャルロッテ、お行儀よくね」

「わかっているわ。お母様」


シャルロッテの言葉に、微笑んだダイナは隠し扉から出ていく。後に残されたシャルロッテは緊張をした面持ちをしていたが、侍女にそっと頷き、入室の合図をした。

第一印象は何にせよ、ともかくチェックしてやるんだから! 私の夫がどんな人か、私が調べないと。


そう、意気込みながらもシャルロッテはきっと瞳に力を込め、扉を見つめるのだった。



最悪だ──と思いながらも、アロイスは作り笑いで青筋が浮き出るのを防いだ。


アルント王国にきて早々に、姫に会わなくてはいけないなんて。

嫌だ。控えめに言っても嫌すぎる。さらにいえばもっと嫌だ。


けれど、これも公務、公務、仕方がないこと…と、アロイスは長くため息をついた。このままでは、また従者のロイクに怒られるな……と、どこか頭の遠くで思いながらも、彼女の部屋の前で控えていた侍女に自身の来訪を伝えた。


アロイスは顔の半分だけ仮面をしていたが、それでも侍女にとっては恐ろしいものであったらしい。アロイスから言わせて見れば「大袈裟に」ビビりながらも、侍女はまごつきつつも対応してくれる。なんだか、こういった反応は久しぶりだな……と半ばやけくそに愛想良く笑っていると、ようやく部屋の扉が開いた。今度は隠すことなく大きなため息をつきつつも、アロイスは少し俯きながら中へと入る。


そして姫の前に立ち、ゆっくりと顔をあげた。


驚いた──のはアロイスだけではないようだった。

相手の驚きと俺の驚きは種類が違うんだろうけど。

アロイスが驚いたのはシャルロッテ姫のキラキラと輝くような美しさ──外見についてだった。確かにアルントの姫は美しいという話は風の噂で聞いていたけれども、ここまでだとは思ってもいなかった。


まぁでも……美しいっちゃあ美しいが、俺の好みではないな。

と、アロイスは自身の勝手なる感想を心の中で漏らす。俺はもっと自然な美しさの方が好きだなぁ。まぁ、美しいことに変わりはないけれど。


そんな心中を隠しながらも、アロイスは驚いたまま声を出せない彼女にほほ笑みかける。あくまでも、穏やかな好青年を装って。


「お初にお目にかかります、わが名はアロイス。この度は姫君の夫となるために、参りました」


アロイスは優雅に一礼する。その一風変わった挨拶は、リラ王国の正式な挨拶だった。姫君はそんなアロイスの行動をみて、不意に我に返ったのか、ハッと息を吐いた。


「なるほど……異端なる存在と言われる由縁がわかりましたわ」


その言葉を聞いてピクリと身体が反応する。

異端、か。

顔をあげると、姫は嫌悪感を露にしたままアロイスを睨み付けていた。


「墨よりも真っ黒な髪ですのね。鴉のようですわ、まるで」

「……姫君は、鴉はお嫌いですか?」

「えぇ…だって、私の髪飾りや宝石を取っていくんですもの」


姫は深いため息をついた。


「痣は醜いですけれども、顔は可もなく不可もなく、って感じですわね。及第点どころか落第点ですけど、まぁ良しとしましょうか」


アロイスはひきつった笑みを浮かべつつも、浮かんだ感情を悟られぬように奥歯を噛み締める。

「そういえば、私としたことが名乗るのを忘れていましたね」

「いえ、知っておりますよ。シャルロッテ・フェイ・カネル・アルント姫」


シャルロッテ姫は眉を上げて驚いた表情になる。

が、すぐに表情を戻すと「知っていたのですね」と呟いた。


「シャルロッテ姫、貴女はこの結婚に乗り気ではないですよね?」

「もちろんですわ。私はまだ貴方を夫として認めておりませんもの」


シャルロッテは口を尖らせてツンとした態度をみせる。その様子にイライラとしながらも、あくまでも穏やかにアロイスは続ける。


「では、約束をしませんか?」

「約束……ですか?」


アロイスはこれは意外と上手くいきそうだなと内心喜びながら、それを表に出さないようにして話す。


「夫婦といえども、私たちはお互いを好いていない……ですから、公務以外は自由な身となりませんか? お互いが好き勝手に生きる。そちらの方が、楽でしょう?」

「それは…良い考えだとは思いますが、明後日には婚姻の儀と誓いがありますよ? それはどうなさるおつもりで?」


シャルロッテは動揺を隠しながらも尋ねた。


「勿論、それは行いますよ。それは公務に入りますからね」


アロイスはにっこりと笑う。


「婚姻は一応形だけでも行いましょう。お互いの国がお互いを必要としているのだから、犠牲となるのは覚悟の上でしょう?」


母親と同じようなことをいうこの男を、シャルロッテはきっと睨み付けた。身長差が30センチほどあるため、上目遣いになっていることをシャルロッテは知らない。


「いいですわね、わかりました。結婚してもしなくても、貴方はいないのと同じですからね!  お互いが自由に生きましょうね、アロイス王子」


今度はシャルロッテがにっこりと笑う番だった。そしてふんと顔をそっぽに向けると、扉を指差す。明らかに向けられた敵意にも、アロイスは余裕綽々で微笑み返す。


「もう用はないはずでしょう? 出ていってください」


アロイスは肩をすくめながらも軽く笑いながら一礼した。


「それでは今夜の晩餐会で会いましょう」



シャルロッテは怒りと悲しみと、あとあとはよくわからない感情に包まれてかなり機嫌が悪くなっていた。


それもこれも、全部あの王子のせいよ!


顔はイケメンじゃないけども、物腰や言葉遣いは丁寧だった。あの胡散臭い笑顔は嫌いだけど。なにより、私を嫌ってることをあからさまに態度に表してくるのが気に入らない。


「シャル!入るわよー!」


ノックもせずに勝手に扉が開く。アルント王国の正当王位継承者にこんなにもがさつなことができる者は、一人しかいない。シャルロッテは苦笑しながらも扉の方に顔を向ける。それと同時に、紅い髪をした女の子が入ってきた。


「エルザ、貴女は本当にノックという言葉を知らないようね」


エルザは、シャルロッテの唯一の親友で隣国の姫である。エルザとシャルロッテは国同士での友好関係が昔から続いていたため、産まれた時から共にいた所謂幼なじみである。

エルザはシャルロッテの小言にも、慣れたようにへへへと笑い、椅子へとダイブする。


「あんたの夫が着いたって聞いたからわざわざ来たのよ! で、どうだった? イケメン?」


夫、という言葉を聞いてシャルロッテの胸中にまたもやもやが広がった。


「なわけないでしょう。普通よ、普通! しかも性格は最悪!」

「あ、そうなの? 風の噂でさ、相当やばい容姿で、しかも『バケモノ王子』なんて言われてたって聞いてたからよっぽど何だろうなあって思ってたけど、本当だったんだね。てか、性格最悪って……そんなに?」


エルザは他人事だからか、楽しそうにケラケラと笑っていた。


「とにかく会ってみるといいわよ。私は絶対にあんな男、夫なんて認めないわ!!!」


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