Prolog
昔々あるところに、「リラ」という水源に恵まれたのどかで自然豊かな美しい王国がありました。
リラは小さな国ではありましたが、国王の穏やかな性格から他国の進撃を受けることなく、平穏に暮らしておりました。戦争を厭う王は、領地を広げることよりも自国を守ることを優先としておりましたから、かの王国は他国から戦争を吹っかけられることもなく、平和で豊かな国としてひっそりと存在していました。
ところで、リラ国王夫妻には7人の子供たちがいました。みな正妻から産まれた、由緒正しき明るくも見目麗しく、非常に可愛らしい子供たちでした。ですが、どうしてか7人も子供がいるのにも関わらず、中々男の子には恵まれず、おふたりには女の子ばかりが5人も産まれたそうです。
待望の男の子が生まれたのは、国王陛下と王妃様が結ばれてから何年も何年も経って、もう男の子は生まれないだろうと半ば諦めていた頃のことでございました。
妊娠が発覚した後も、おふたりはどうせまた女の子だろうと思っておりました。それでも元気に生まれてきてくれればどんな性別でもどちらでも良い、それで良いのだとそう思いながらも、産まれてくる赤ん坊のことを心待ちにしながら過ごしておられました。
そうして十月十日の月日が立ち、やっとのことで生まれた小さな赤ん坊は、男の子であったのです!
しかし国を挙げて熱望されていた男の子はとある「秘密」を持って生まれました。
リラ王家の者はみな、プラチナブロンドの髪にアクアマリンのような深い青色の瞳をもって生まれてきます。それは、リラ王家の血筋を持っている者という意味と同等の意味でございました。
ですが、男の子は何の因果か黒檀のような真っ黒な髪と、炭のように真っ黒な瞳をもって産まれてきたのです。それに見目麗しい姉や妹と違い、男の子は顔の半分が真っ黒な鬼のような痣で覆われていました。まるで、顔の半分からひび割れたかのようなその異形なる容姿に、多くの人々は畏れ、恐ろしさのあまりに泣き叫んだそうです。そんな「異端なる王子」についたあだ名は「バケモノ」でした。
はじめ、家族もそんな彼の異様なる姿に、恐れをなしておりましたが、やがて、長い長い年月をかけて、彼を受け入れるようになりました。とくに5人の姉姫達と、唯一無二の妹姫は、すぎた時の隙間を埋めるかのように王子を心から愛し、これでもかといわんばかりにたくさんの愛情を注いだそうです。
美しい姫ばかりの環境で育ったせいか、男の子は逞しく、優しく、そして少し「卑屈な男の子」へと成長しました。見た目がほんの少しまわりと違うだけで、それ以外は、彼はほかのみなと同じものを持っていました。ですから、彼もほかと少し遅れはしましたが、リラ王国の王子として必死で勉強をして、帝王学を納めました。そして身を守る術をと、剣術や体術やらを学びました。
しかし、彼の存在は他国にも知れ渡っており、多くの国々は彼の王子について口々に噂をしたそうです。
「かの王子は異端なる王子だそうだ」
「鬼のような形相だとか」
「哀れなリラよ。待望の男の子が、呪われた王子だったとは」
「あのような不吉な存在はさっさと処刑してしまえ」
そう、周辺の国々はリラ王に進言したそうです。
それでも、リラ王はそのような悪しき言葉には耳を貸さず、リラ王国の中でまるで鳥籠に閉じ込められた美しい金糸雀のような箱入り息子として、かの王子を育てたそうです。
そんな日々が数年ほど過ぎました。
あるときのことでございました。
異端な存在であったかの王子に結婚のお話が上がりました。
リラの水源を欲する国は後知れず、自然豊かなリラ王国にあやかろうとする国々は決して例外ではありませんでした。しかもこの時代は女性の方が力が強く、婿入りの話も少なくはありませんでした。
リラ王子の恐ろしい見た目の話は他国にも及んでおりましたから、はじめ国王陛下と王妃様は訝しんでおられました。しかしながら「全てを知った上でうちに婿に来てほしい」という国王の言葉に、王は喜び、王妃もとてもとても喜びました。ただ、王子だけは「またか」とうんざりしていました。
相手の国は鉱石や石油などで有名な軍事大国──アルント王国でした。
様々な武器や発明品を作り上げた先進国でした。文明の利器に囲まれ、人々は便利な生活をしていると噂になるほどで、多くの人々はアルント王国に憧れをもっておりました。しかしながら、なぜそんな大国がこんな小国に縁談などと、リラでは騒然となりました。姉姫達は、とうにそれぞれ大国へと嫁にでておりましたから、後に残されたのはたった一人の妹姫と、王子のみ。しかも、選ばれたのは妹姫ではなく、王子でした。
実のところ、リラ王国は危機にさらされておりました。
その危機とは単純明快でいながらも、それでいて大きな問題──即ち、食糧難でした。アルント王国は、リラ王国がそのような危機に陥っていると知っておりました。ゆえに、もし王子がアルントに婿入りしてくれれば、アルントは融通を利かすと言ってくれました。けれど、王と王妃はそのお話を王子に言うことはありませんでした。それを盾にして王子に縁談のことを話すのは、卑怯なことだとお二人は思っていたのです。
けれど、王子はどこからかその話を聞きつけるや否や颯爽とアルントへ旅立ちました。
空っぽの王子の部屋に驚いた使用人がお二人を呼び、王子の私室に入って見ると……そこはもうもぬけの殻でした。あとに残されたのはたった1枚の手紙のみ。そこには『行ってきます』との一言だけ書いてありました。
王子はとても心優しく、利口で、そして少しばかり閉じ込められることにうんざりとしていて、それでいてとても卑屈だったのです。
だから、きっと彼はこう思ったのでしょう。
「これで国民が救えるならなんら問題はない。あと、いいかげんに俺も外の世界に行きたい」
かくして「卑屈」で「バケモノ」と呼ばれたリラ王国の王子は、大国アルントでは絶世の美女と謳われていた姫の元へと婿入りすることになったのです。
これはそんなバケモノ王子と美女姫の物語。