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第11話

 バタフライ・ドールとは何か。

 話していて、そこがイマイチわからないところだった。ギルバード伯爵は魔物だと表現していたが、どう見ても人間にしか見えない。人に危害を加えたと言っても、彼女自身が好んでやったわけでは決してなく、あくまでも正当防衛の範囲内での出来事に聞こえる。

 マダラは驚いたように口を開けた。それから、つっけんどんな態度で、

「私はその呼び方、嫌い。知っててそう呼んでるのかと思ったわ」

と伝えてくる。マダラが敏感に反応していた理由がわかった気がした。

「知らなかった。気を悪くしたなら謝るよ」

「いいわ、気にしない。私たちはね、もともと蝶なの」

「蝶って、あの蝶?」

ルークは耳を疑った。彼女が冗談を言っているのかと思った。

「それ以外に何があるの?」

 マダラはカラカラと笑う。確かに、バタフライ・ドールは、蝶人形という意味になる。だが、目の前で話している相手は人間じゃなくて蝶だ、と言われてそうだったのかと、すんなり信じられる人間が一体どれほどいるだろうか。

「人間になりたいと思っている蝶は多いのよ? ほら、あそこにだって」

ルークの混乱など気にしていないのだろう。マダラはマイペースに、窓を指した。

 窓ガラスには一羽の蝶が、標本のようにはり付いている。

 ルークはギョッとした。気づかなかった。夜に蛾がはり付いているのは見たことがあるが……。

「あれはシャルロッテ。この街で出会ったの」

「蝶と話せるのか」

「当たり前じゃない。私は蝶だったのよ。今は人間だけど」

とマダラはいった。バタフライ・ドールは人間の姿をしているが、元は蝶で、どういった経緯で人間の姿になって、どういう原理で……? ルークは頭がこんがらがってきた。

「えっと、つまり蝶の前は……」

「え?蛹でしょ? 当たり前じゃない」

ルークのトンチンカンな疑問に、マダラはあははと笑い始めた。

「本当にあなた、変な人ね」

「……どうも」

 変な人と言われるのは納得がいかないが、それによってマダラの警戒心が薄くなるというのなら構わない。マダラは上機嫌に話を続ける。

「そうそう、だからグレイを探しているの。彼女なら、どうしたら人間になるのか、知っているはずだから」

「人間にって、どうやって……」

とルークが言いかけると、怪訝そうな表情で言い返された。

「自分がどうやってできたのかなんて、あなた、覚えてるの?」

「……いや」

言われてみればその通りで、ルークは認めるしかなかった。赤ん坊の頃はもちろん、五歳以下の記憶はポカリと抜けている。

 一回頭を落ち着かせよう、とルークは思った。

 今までの情報や、マダラに言われたことを整理すると、バタフライ・ドールというのは、元々は蝶で、蝶と話せるらしい。マダラは気がついたら自分がバタフライ・ドールになっていた。それで、自分をバタフライ・ドールにしたグレイという女性に会おうとしている。目的は、他の蝶をバタフライ・ドールにするため、だ。

「つまりその……蝶と人間の橋渡し的な役割をやりたい、ということかな?」

ルークが言うと、マダラは嬉しそうに、

「そう、それよ! 彼女たちの夢を叶えたいの。人間って、やっぱり憧れで、滅多になれないものだから」

と話した。彼女の興奮ぶりに、心からそう思っていることが伝わってきた。年頃の女の子みたいに、マダラの表情はよくコロコロと変わる。

 その「夢を叶えたい」という気持ちが単純な好意から来るのか、それとも生殖的な本能から来るのか、ルークには判別がつかない。結果的にバタフライ・ドールの数が増えることは、間違いないだろうけれども。

「憧れ、か……」

 ルークは反芻する。マダラのキラキラとした表情は、自分が失って久しいものを体現しているように見えた。

 自分にとって憧れているものはあるだろうか。子供の頃は偉くなりたいとか超お金持ちになりたいとか、大風呂敷を広げていたが、今となっては、平穏に暮らせることを望んでいる気がする。そして、たった一つのピースが足りないために、いまだに平穏をつかみ取れずにいる。

「色々答えてくれてありがとう。最後に一つだけ、いいかな?」

ルークは正直、聞くかどうか迷っていた。これだけは質問するのが恐ろしかった。まだ知らないままでいたい自分が思っているということだろう。

 だが、それではいけないことはわかっている。

 だからルークは義務感を働かせて、聞いた。

「アン……を、知ってるか?」

「ラゼルにも聞かれたわ。」

マダラはまっすぐにルークを見ていた。アンだったら、こういったまじめくさった話の時、恥ずかしがって顔を合わせないだろう。

「知らない。あなたの妹さんと私、似ているらしいわね」

「じゃあ違うか」

「違うわ」

マダラの一言を聞き、ルークの中で、何かがプツリと切れた。

「そうか、それがわかってよかった。」

ルークは顔を上げた。なぜかホッとする自分がいた。

 この問題で、もう心を揺らす必要はない。マダラはバタフライ・ドールという存在であって、アンではない。アンとは一切、関係がない。

 残念に思う気持ちと安心が同時に込み上げてくる。しかし解放された気分に浸るルークを、引きずり出したのはマダラだった。

「どんな人だったの。アンって」

ラゼルとルークの二人に、同じことを質問されたからだろう。マダラは興味を持ち始めたようだった。しかし、ルークはマダラに対して、人間としての興味を失い始めていた。

「君には関係ないと思うけど」

と言いかけて、態度が冷たくなりすぎていると、自分で気づく。

「でもまあ、よく一緒に遊んだかな」

「聞かせて」

申し訳程度につけ足して、話を終わらせようとしたが、マダラがねだる方が先だった。

「どんな人だったのか、気になるわ。それに」

マダラの瞳に、好奇心が宿っている。

「もし蝶々の中にいたら、見つけられるかもしれないでしょ?」


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