二章 その16
女の子の部屋にあがりこむのは礼儀知らずではないのか?
深い問いだ。トイレから出た僕はかしこさんの部屋(家?)を覗き込み、星野さんとかしこさんが可能な限り距離をとって対坐しているのを見つけ、立ち尽くしている。
二人とも何も言ってくれない。もしかしてずっとここに立っていろとでもいうのだろうか? 雨宿りさせてもらっている分際で偉そうなことは言えないから僕も黙っている。立っておけと言うなら立っておくさ。
暇なので、聞いてみる。
「1Kですか?」
間取りの話。
「座ってください」
「ああ、これはどうも」
なんだ、入ってよかったんじゃないか。
僕はいそいそと、と言っても入り口から体の半分を入れる程度に、つつましく侵入、それから正座して部屋を見回す。まったく乙女な感じはしない。少年の部屋、といっても通用しそうだ。全体的に青系統で統一された家具が落ち着いた雰囲気を作り、たくさんの本があることも相まって勉強しなくてはいけない気持ちになる、ような気がする。
「え~と、ひとり暮らし?」
さっき露骨に避けられた質問を再び。迷惑かな? と思ったけど、かしこさんは答えてくれた。
「……まあ」
「へ~、じゃあ、食事も君が作ってるの?」
「……母が持ってきます」
それってひとり暮らし? 感覚としては、ちょっと離れた子ども部屋みたいなものか? でも何のかために?
僕の疑問を見てとったか、かしこさんが補足する。
「……ここからだと学校が近いので」
うらやましい理由だ。かしこさんはお金持なのかもしれない。
「そっか……」
「……」
またも沈黙。ひょっとして迷惑なのだろうか? よく考えればもう夜も遅いし、
「もしかして寝てたのを起こしてしまったのでしょうか?」
「……いえ、勉強してましたので」
「へえ~。さすがですね」
「……まあ、明日はテストですし」
「ああ、そうでしたね、てすと……って、テストぉぉ!?」
何の話だ。僕は嘘だと言ってほしくて星野さんのほうを見る。
「そうだよ」
いつのまに読み始めたのか、教科書で顔を半分ほど隠して答える。そういえば、昨日は大山に持って帰ってもらっていたのに、今日はそうしていない。それはすべてテストのためだったというのか!?
「だって、こないだテストしたじゃん!」
八つ当たり気味に叫ぶ。星野さんが無視したので、代わりにかしこさんが、
「……夏休み前にもう一回するって、先生が言ってましたよ、こないだのテストの後すぐに。
……それからうるさいです」
「が――――――――ん」
がっくしと膝をつく僕。ちなみに小声。
「まあ、今日の授業を全部寝て過ごしてたから、もしかして知らないのかも、とは思っていたけどね」
「じゃあ、教えてよ!」
「なんで、私が敵に塩を送るような真似を」
「て、敵って……」
「成績ワースト50は夏休みに補講だって。だからなるべくたくさんの人に悪い成績をとってほしいんだ」
「最低だ……」
僕を蹴落としてでもいい成績がとりたいと言うのか? そんなご無体な。
なんとかしなければ、星野さんは敵。ではもう味方は彼女しかいないではないか!
「かしこさん、ではなかった樋口さん」
「は、はい……」
僕の真剣な顔に、かしこさん引き気味。
「僕に」
詰め寄る。かしこさん、おびえ気味。
「僕に勉強を教えてください!」
「え、えっと……」
「お願いします」
土下座。星野さんが僕を睨んでいるような気がするが無視。
「その~」
「僕に勉強を」
僕は全身全霊誠意をこめてお願いしようとして、
「うるさいですっ!」
遮られた。
「おしえてくださぃぃぃ」
尻すぼみになる。なさけない。
「……私だって勉強しなくてはならないので、迷惑です」
やっぱり僕の周りには敵しかいないのか? ああ、僕は孤独だ。大聖堂に忍び込もう。そこを僕の死に場所としよう。ごめんよパトラッシュ。
「……でも、質問くらいなら」
「え! いいの?」
僕はたちまち復活する。
「ありがとう! 君は命の恩人だよ!」
「……そんな大げさな……それから」
「うるさいよ」
星野さんに怒られる。
僕たちは勉強しながら、夜を明かした。