二章 その10
初めから、何かがおかしかった。
マンション下の公園。昨日と同じようにブランコをキ―コ―キ―コ―させていた星野さんは、遅れて合流した僕を見るなり目端をつり上げ、キッと睨んだのだ。
いや睨むだけなら何も珍しいことではない、いままで何度睨まれたか分からないくらい睨まれているから、いまさらその回数が多少増えるくらいどうということはないのだけれど、しかし今度のはなんというか……侮蔑? 最低の男を見るみたいなそんな目で、さすがの僕も少し傷ついた。なのでその心境を訴えてみる。
「心が痛いです……」
睨まれる。
ぶつぶつとつぶやく。軽薄とか聞こえた気がする。
「軽薄? どこが?」
本当に分からない。かしこさんとのやり取りの中に軽薄な何かがあったろうか? というかあったとして、星野さんに聞こえたのか? 彼女がどのくらいの距離に隠れていたかわからないけど、僕もかしこさんもそんなに大きな声で話していた記憶はないぞ……。とまで考えてピーンと来た。星野さんは聞いていたのではない、見ていたのだ。つまり、
「なーるほど、僕が星野さんを差し置いて、三つ編みを引っ張ってしまったから、それで拗ねてるんだ」
僕はニヤリと笑う。そして星野さんを見る。無表情。僕を無視する作戦のようだが僕には分かるぞ、これは図星をつかれて返答できないでいるのだ。
「ふふふ」
あまりの微笑ましさに笑いがこみあげてきた。
そうだ、笑おう。大声で高らかに!
「あっはははははは……ひっ!」
キラり
閃光がひらめき、僕は凍りついた。
なめていたのだと思う。出会ってからわずか一週間、たったそれだけの間にいったい何回睨まれたことか。よくよく考えれば彼女と初めて出会った日、『君死ぬよ』と爆弾発言をした彼女の顔も睨んでいたような気がする。だから、僕はもう慣れたつもりでいたのだ。星野さんの睨みつけ攻撃など僕にはもう効かない、と。
でも、僕は間違っていた。充血した瞳は血の色とは思えない毒々しい蛍光色の光を発し、光の当たる部分、僕の顔は心なしか熱い、いや痛い。ちくちくと毒のような痛みがだんだんと広がって行くよう。そして、恐怖。眼だけでこれほどの感情が伝えられるものなのか? 怨念のパワーが星野さんの背中から広がり、空間を埋め尽くし、やがて僕の全身を取り込む……だめだ言葉で表せない。とにかく怖い。
ガバッ、と星野さんが立ち上がり、僕は反射的に身を引く。
「ほほほほほほ、星野さん、どうかお気を確かに……」
へっぴり腰で懇願、いや哀願。
「……れ」
「え?」
「……えれ」
「すいません。もうちょーっと大きな声でお願いできますか……」
僕のお願いを、心やさしき星野さんは聞き入れてくれた。
彼女は大きく大きく、腰がのけぞるほど息を吸い込んで、それから世界中のみなさんへ届けとばかりにさけんだ。
「帰れ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」