表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はいだらけ  作者: あどん
25/35

二章 その8

「どうした? 机に突っ伏したりして。人生に疲れたのか?」

「うぃ~」

「二日酔いか?」

「う~ん」

「まじか」

「あ~」

 もちろん違う、寝不足だ。

「星野さんと合コンでも開いているのか? お前と似たような状態になっているが」

「う~す」

「うらやましい。うらやましいぞ! 次はいつだ? 俺も行く」

「……」

「おい」

「ぐ~」


 という会話もどきを斎藤と繰り広げたのが今朝のことだ。

 昨晩。僕と星野さんはずーっとあの公園にいた。あんまりにも暇だったので、しりとりなんかもやった。5回目まではなんとな~く覚えているのだが、その後、はたして僕らはなにをやっていたのか、気がつくと東から昇る朝日に照らされていた。あんなに朝日が目にしみるものだったとは……。

 それからいったん家に帰り、朝食をとってから再びあの公園へとんぼ返り。間違えて昼間っから地上に出てきてしまったゾンビがごとき緩慢な動きでかしこさんをスト―キングし、学校に着くと同時に、僕は地中に還ったのであった。おやすみなさい。

 で、昼休み。


「おはよう」

「いい身分だな、お前はよ」

 斎藤が皮肉っぽく言う。

 午前中をほとんど寝て過ごしてしまうとは確かに、一度はやってみたいと思いな上がらも、僕のなけなしの良心とか道徳とかが邪魔して実行に移せなかったことだ。いい経験になった。

 一方もう一人のゾンビ、星野さんはというと、授業を気力で受けきり、今は地中に還っている。

 僕は彼女の様子を横目に見ながら言う。勝利感。

「どうせ授業聞いても頭に入んないしね。なら聞くより寝るほうがずっと生産的さ」

「大丈夫か? 英語とかはいいかもしれんが、数学の高田なんかヤバそうだぞ。授業中お前のことずっと睨んでたし……」

「うっ……だ、大丈夫だよ」

 あの人苦手だ。僕が分かってないのを知った上で当ててくる。陰湿だ。

「ところでよ、昨日何があったんだ? まさか本当に合コンか?」

「ふっ……」

 軽く笑って見せる。そして席を立つ。

「ま、まさかお前……! そしてどこへ行く?」

「ほかのメンバーのところへさ」


 唖然とする斎藤の顔を思い出し、ひとりニヤニヤしながら僕がやってきたのは隣の教室だ。

 こんな生活を続ければ確実に体を壊す。僕ではない、星野さんが、だ。彼女は真面目のようだから授業中に眠るなんてことはしないだろうし、寝不足で倒れるまで頑張るに違いない。ストーカーが過労死なんてギャグにしかならない。僕は爆笑するだろうけど。

 僕は教室の中を覗き込む。

 いた。

 かしこさんは昨日と同じように端っこの席で参考書を読みながらひとり弁当を食べている。その姿が星野さんに重なって、あわれ、今度一緒に食べてあげようかなんて考えた。

 星野さん曰く、灰は特定の死を呼び寄せるらしい。それが本当に室内での危険を招くものなのか、確かめようと思うのだ。そうでなければ星野さんが一晩中あそこに張っておく必要はないのだから。

 僕は相手を警戒させないようにゆっくりと近付いて行った。

 ふむ、今日の本は英語か? タイトルも英語だからなんて書いてあるのか読めないけど。

 あっ! 気付かれた!

「どうも、こんにちわ」

 にっこり笑ってみる。

「……」

 おびえた顔で凝視される。もう一度。

「こ、こんにちわ……」

「……こんにちわ」

 よし! コンタクトに成功したぞ! うつむいちゃったけど。

「え~と、何読んでるの?」

「……単語帳」

「面白い?」

「……はい」

「うっそだ~」

「……」

「……」

 どうしよう? 話すことがない。いきなり『近頃ケガとかしませんでした?』なんて聞くのはヘンだし……と話題を探し、ふと気になって聞いた。

「リストバンド好きなの?」

 この前もつけていた。眼鏡に三つ編みという全体的に古風なスタイルのなかで、白く細い手首にまかれた真っ白なリストバンドが浮いて見えたのだ。

 なんていうことのない質問に、しかし、彼女は大げさに肩を震わせた。いっそう深く下を向く。

「ああ、ごめん……大丈夫、似合ってるよ」

「……」

「僕も好きだよ、リストバンド。なんかナウいよね?」

「……」

 無視。完全に。

 どうしようかと途方に暮れていたら、突然、襟首を掴まれた。

「お目覚めですか? 社長閣下?」

 た、高田!? 数学の亡霊がなぜここに?

「自分の成績がいくら悪いからって、よりにもよって樋口の勉強を邪魔しようとはいい度胸だな? え?」

「いえいえ、誤解です、僕はただ」

「樋口はな、勉強で忙しいんだ。お前なんかにかまっている暇はないんだ。そうだよな樋口」

「……」

「ほらみろ」

「いや、ほらみろって、無視されてるじゃないですか! それに、」

 僕のお父さんは教師だ、それも超ド級の。その彼から、僕は教師のあるベき姿について幾度となく教え込まれてきた。だからだろう、僕が言わなくてもいいことまで言ってしまったのは。

「昼休みは自由時間ですよ。勉強する時間じゃない。いくら自分の教え子の成績が上がれば給料が上がるからって、昼休みにまで介入しないでください」

 ピシリ、と高田先生のこめかみに緑豊かな山脈が生まれた。おおっ! 地殻変動!

「いい度胸だ。来い、生徒指導室だ」

「う、嘘です、ごめんなさ~い!」

「問答無用!」

 惚けた顔で見送るかしこさんに、僕は小さく手を振った。

 気分は戦地に旅立つ前日の青年特攻隊。もうやけくそだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ