二章 その6
星野さんの家に近づくにつれ、民家がまばらになり、田んぼばかりが目につくようになる。
もともと僕の住んでいるところは都会ではないけれど、この辺りは全くの田舎だ。街灯もなく、ただ月明かりだけが照らし出す田舎風景というのはかなり不気味で、知らず知らずのうちに、僕は横を歩く大山との距離を詰めていた。
「大山……とめちゃんとはどう?」
「ぎょい」
上手くいっているそうだ。それがいいことなのかは判断に困るけど。
もうすぐそこに星野さんの家が見える。そう言えば、初めてここに来た時も大山が一緒だった。そしてここで、僕たちはとめちゃんと出会った。インターホンを押しても何の反応もなく、あきらめて帰ろうとしていたとき、なんとなく目線を上げ窓に自分の顔を押し付ける妖怪を見たあの時が、僕達ととめちゃんの出会いの時であったのだ。
そんなことを考えながら僕は顔を上げ。
「ぎゃっ!」
あの時と同じように尻もちをついた。
妖怪がいた。
「ひかりちゃんを待っておっての」
いつかのように通された居間で、とめちゃんが悪びれもせず言う。
昼間見たときとは別格の迫力だった。寿命が3か月くらい縮んだに違いない。返せ! 寿命を!
「……待っていた?」
勇ましいことを考えながらも口にできないのは、もちろん大山がいるからだ。
「学校から帰ってないのよ」
ということは、僕と一緒にかしこさんの帰宅を見届けた後、彼女は家に帰らなかったのだ。
でも、
「まだ8時ですよ」
何か用事があって、帰りが遅れていると考えても無理はないのでは?
「そう、それに電話もあったしの。用事が出来たから遅れると」
「じゃあ問題ないじゃないですか」
「本当にそう思うのかい?」
とめちゃんが、じっと僕の目を見る。
こうして見ると、どことなく顔のつくりが星野さんに似ていて、妙に迫力があるところなんかまでそっくりだ。
「……たぶん、はい……」
しどろもどろに答える。
おそらくだけど、星野さんの居場所は見当が付いている。赤茶けたマンションのエントランスが目に浮かぶ。
でもどうしてそんなに必死になるのだろう?
彼女は人の灰が見えるのだという。そして灰の集まるところには死があるのだという。でも、人間はそう簡単に死んだりしない。誰かが死ぬかもしれないということは、そこに大きな危険があるということなのだ。そんなところに自分から飛び込んで行ったら危ないに決まっている。
まだ彼女と過ごした時間は短すぎて、彼女がどんな人間なのか把握しきれていないけど、彼女が融通の利かないとんでもない頑固者だということは分かる。しかしそれにしたって……。
「ひかりちゃんは、学校ではどうかね?」
「はい?」
考え込んでいたせいでよく聞き取れなかった。
「ひかりちゃんと仲のいい友達はおるのかね?」
突然話が飛んだな。と思いながら僕は学校での星野さんの様子を思い浮かべる。
いない……かな? ひとりでいる姿ばかりが思い浮かぶ。
でもクラスに一人はそういう人っているものだし、ましてや彼女は転校生。打ち解けきれていないだけとも考えられる。
「まあ、上手くやってるようですよ……まだ友達はいないみたいですけど……転校してきて日も浅いですし、問題ないでしょう」
「やっぱり」
「何がですか?」
「あの子は、前の学校でも友達がいなくての」
「そういう人だっているでしょう。僕だってそんなに友達が多いほうじゃないですし」
「お前のことなど聞いとらん」
「さいですか」
「”友達など要らない”と言ったそうじゃ。みんなの前で。前の学校にいたとき」
「それは」
確かに問題かもしれない。
「でも、どうしてそんなことを」
「知らん」
がくっと首を落とす僕。我ながら古典的すぎだ。
「じゃが、負い目なのではないかとわしは思っておる。
わしの孫夫婦が死んでから、ひかりちゃんが他人を遠ざけるようになった。まるで自分に近付くものは不幸になるとでも言うように」
「どうして負い目なんか」
「知らん。ただ、孫夫婦が死んだときひかりちゃんは言ったのじゃ」
とめちゃんが、遠くを見る目つきになる。
まるでその時のことをもう一度見ようとでも言うように。
「”自分のせいだ ”と」