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はいだらけ  作者: あどん
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二章 その5

「お前はもう大人か……」

 自室のベットで横になったまま、僕は天井を見つめる。

 趣味もなにもない僕は、部屋にいるときよくこうしてぼんやりと物思いにふけるのだ。くだらないことしか考えない。その日あったこととか、明日あるかもしれないこととか。

 今日はいろんなことがあった。

 かしこさんのハンカチを拾い変態と間違われ、謝りにいったら彼女は灰だらけで、それが原因で尾行のまねごとをし、ミッションコンプリート。家に帰ったらお父さんに詰問され、ごまかし、お前はもう大人だと言われた。

 僕は大人、そうかもしれないしそうでないかもしれない。

 どうでもいいや……。

 二人しかいない家の中はとても静かで、退屈で、漫画でも読むかとベットからはい出ようとした僕の耳に、その音は大きくはっきりと聞こえた。


 ぶちょっ。


 何かがぶつかった音。窓のほうからだ。

 でもここは二階で、当然窓も二階の高さにあるわけだから、窓に何かがぶつかったのだとしたらそれは空を飛んできたなにかであるはず。でも、ぶちょっ、って何?

 僕は恐る恐る窓に近づき。カーテンを引く。

「びょい」

 閉める。

 見なかったことにしようとか、嫌がらせをしようとか、そういうことを考えたわけではない。体が動いてしまったのだ。意思とかに関係なく反射的に、やばい、と感じ逃げた。

「悪い、大山」

 僕はカーテンを引き、窓に手をかけ、

「びょい」

 閉める。

 駄目だ。体が言うことを聞かない。怖い。大山が怖い。窓一面に張り付き広がった大山が。

 分からなくはないのだ。僕の部屋の窓には足をかけるようなところはない。だから普通の人間は窓に張り付いたりはできない。しかし、大山は体の表面積をぎりぎりまで増加させることで摩擦力を増やし、なんとかへばりついているに違いない。だから窓いっぱいに大山が広がって見えるのだ。

 窓のほうからはガラスをこするような音が鳴り、大山の体が徐徐に滑り始めているのが分かる。このままでは大山は二階の高さからまっさかさまだ。

 ……大山なら問題ないかも。

 見捨てようと思った。でも、

「ぎょい。ぎょい」

 きっと僕にしか分からないであろう、彼と戦友の契りを交わした僕にしか。

 それは助けを求める声だった。急いでカーテンを引き、窓を開け、

「大山、悪い」

 助けを求め伸ばされた腕を、払う。

「ぎょい」

 大山の手が僕の腕に張り付く。そのまま大山は僕の体を滑るように移動し室内へ移動した。

「本当に、悪い」

「ぎにずんな(気にすんな)」 

 お前はやっぱりいい奴だよ。

 奇妙にねっとりとした感覚を腕に残したまま、僕が尋ねる。

「どうしたの? こんな時間に」

「でべぢゃんがびょんでる(とめちゃんが呼んでる)」

「今?」

 首肯。

「もし行かないと言ったら?」

「びょれがばぐはずする(俺が爆発する)」

 大山って結局何なの?

 口から出かかった質問をかろうじて飲み込む。大山が何者であろうとも、僕の親友であることに変わりはないのだ。

「分かったよ」

 どうせ暇だし。

 しかし問題がひとつある。お父さん秘伝の虎の巻曰く。


 ~子どもの夜遊びは、未然に防がなければならない~


 どのような手段をこうているかは知らないが、虎の巻にこのような記述がある以上何か仕掛けてあるに違いない。裏をかかなければ、しかしどうすれば……。

「ん?」

 疑問がひとつ生じた。

「大山はどうやってここまで来たの?」

 夜中に友達が遊びに来るなど、お父さんが黙って見過ごすはずもない、つまりそこが穴だ。

「がぜにぼっで(風に乗って)」

 ほんとにお前は何なの?

 まあいい。それで行こう。


 ふわり。

 重力が無くなって血が頭に上る。しかしそれは一瞬のことで、すぐにやわらかな大山の背中が僕の体重を支える。冷たい夜風を切りながら、僕と大山は夜空を浮遊する。

「気持ちいいっ!」

 思わず声が漏れ、僕は飛び出したばかりの家に目を戻す。いつもより高い位置から眺める見慣れた風景はいつもとは違って見え、僕のテンションを底上げする。

 そのテンションのまま僕は玄関に目をやった。やってしまった。

「うげ……」

 お父さんがいた。

 彼ならば、きっと僕を捕まえることくらい造作もないだろう。

 もう無理。とめちゃんごめん……。

 しかし、あっさりとあきらめた僕に向かって、お父さんは親指を立ててみせる。口が動く。

「ぐ、つ、と、ら、つ、く……」

 グットラック、幸運を。

 お前はもう大人だ。

 突然お父さんに言われた言葉がよみがえってきて、僕は少し申し訳なくなった。

 すいません、夜遊びに行ってきます。

 お父さんは、僕たちの姿が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。

 いや、本当にすみません。

 

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