二章 その3
「その日の放課後、僕たちはストーカーになった」
僕は電信柱の陰でひとりごちる。
「違う、護衛って言ってるでしょ」
後ろから叱責。
でもなあ……。
僕は少し離れたところにいるかしこさんを見つめながら思う。
こっそりと後を付ける必要はないのではないのか、と。
昼休み、作戦会議と称して僕と大山の2人が招集された。大山はどうでもいいが、なぜ僕が呼ばれたかというと僕もその作戦に参加することが期待されているからだろう。義務ではないと思う。たぶん。
星野さんの提案はこうだ。
登校と下校時の護衛をする。以上。
とてもシンプルだけどこれを毎日やるとなると結構めんどくさいだろう。しかし嫌な予感がするな。
「もしかしてさ、僕にも同じことしてたりはしないよね」
よくよく考えれば、僕が大山にしめられていたときに星野さんがやってきたのはタイミングが良すぎたような気がする。
「してないよ」
にべない返事。ほっとすると同時にちょっと悲しい。僕なんかどうなっても構わないと言われたみたいだ。
「じゃあ、どうしてあんなところに来たんだよ」
「たまたま、忘れ物取りに戻ってみたら屋上から灰が降ってきてたから」
なるほど、忘れ物のついでか……ますます悲しい。
しかし灰か……僕はずっと気になっていたことを聞いてみようと思った。
「灰ってのは、生きる気力を失うと出てくるんだったっけ?」
「たぶん」
自信なさげな言葉をどうどうとおっしゃる。
「で、僕は常に灰だらけだと」
「そう」
「でも、別に僕は生きる気力を失ってなんかいないよ」
「う~ん」
軽く目をつぶって、星野さんは考え込んだ。
絶対とは言い切れないけれど、僕は生きたいと思っていると思う。変な文だな。でも自分の考えていることだって、100%全部丸ごと分かっている人なんていないだろうからこの表現は正しいに違いない。
長らく考えていた星野さんは、やがて目を開けると言った。
「私の知らない、他の原因があるんだと思う」
結局、星野さんは一緒に来いとは一言も言わなかった。ただ『私は毎日するから』と言い残して会議は終了。そのあとで、大山に荷物を家まで運んでくれるよう頼んでいた。大山ととめちゃんの関係は今も続いており、大山は毎日星野家にお邪魔しているらしいのだ。
もしかしたら、言わなくても僕が付いて行くのは当たり前だと思っていたのかもしれない。
一方で、僕が嫌だと言えば星野さんは何も言わなかったような気もする。その証拠に、星野さんは黙って尾行を開始した。だから僕が、ここにでかしこさんスト―キングを実行しているのは全く僕の意思であって、気まぐれだ。
もし本当に、かしこさんの身に何かが起こるのなら何とかしてあげたいし、少しだけ、僕が付いていかなかったら星野さんが悲しむような気がしたというのも理由として挙げられる。うぬぼれかもしれないけれど。
学校を出てからおよそ30分。かしこさんはマンションのエントランスに消えた。
尾行をまくためのポーズかもしれない、などとストーカー長がおっしゃったため、しばらく時間をおいてから本日のお務め終了、ミッションコンプリート。僕はDr.レ〇ンの決めポーズを星野さんにしてあげる。無視される。
「無視しないでよ」
「何も起こらなかったね」
「無視してやる」
「今日中に何か起こると思ったんだけどな」
「さらに無視だと!?」
驚愕する僕を無視して、星野さんはぶつぶつと何かをつぶやき始める。
無視。ぶつぶつ。
無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。
無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ。無視。ぶつぶつ……あほらしくなってきた。
そうだ、僕が大人になればいいだけじゃないか。
「どうしたのさ?」
星野さんがニヤリっ! な、なんか悔しいぞ!?
「なんでもないよ」
勝ち誇った笑みを散々見せつけてから、ふと真顔になって。
「彼女はね、たぶん少し前に事故かなにかで怖い思いをしたんだと思う。
その時灰が出て、今も残っている。だから灰だらけ。しばらく様子を見て何も起こらないようだったら、たぶん大丈夫だよ」
「ふーん、どうして?」
「灰は死を引き寄せるけど、なんでもかんでもじゃない。おぼれている人から灰が出たからといって、隕石が直撃したりはしないでしょ?
樋口さんの灰がどうして出たのかは分からないけど、今日一日何も起こらなかったってことは、彼女の灰が呼び寄せる死が近くにないからだと思う」
「……なるほど」
「帰ろうか」
コンプリートポーズで星野さんが言った。