二章 その2
犯罪者扱いされるいわれはないがハンカチを返すべきだという意見には賛成だった僕は、星野さんに導かれるまま樋口かしこさんの教室までやってきた。やってくるも何もそこは隣の教室で、自分の教室を出てからわずか3歩でたどり着いたのだけど。
入口前で一旦停止、僕は星野さんに尋ねる。
「どの人が、かしこさん?」
前回かしこさんと会った時はハンカチしか見ていなかったから顔をよく覚えていないのだ。
「知らない」
「じゃあ、なんで教室を知ってるのさ?」
「なんで知らないの? 成績表に書いてあったよ」
そんなに有名人だったのか?
僕は手前の入り口から首を伸ばし、かしこさんの姿を探す。
それほどの人物なら、そう、なにかオーラのようなものをまとっているに違いない。きっと顔など知らなくてもすぐ分かるだろう。
僕は、自分の偏見をフル動員してイメージする。
かしこさんは眼鏡をかけている。
かしこさんは髪を三つ編みにしている。
かしこさんは教室の端で本を読んでいる。
本のタイトルは……”数一Aの極み”? はっ!
ふと気がつくと、妄想でも何でもなくて、僕はとある生徒の姿を描写していた。
その生徒は僕の教室の隣、窓際一番後ろの席で眼鏡をキラり、三つ編みをダラリ、”数一Aの極み”なるうすら寒いタイトルの本をかじりつくように読んでいるのだった。
間違いない、あれだ。
「見つけたよ星野さん、星野さん?」
星野さんは僕と同じ人物を見つめていた。目を眇めて。
「……うん? 何?」
まるでピントを合わせるように。
「いや、いいよ」
視力でも悪いのだろうか? まあいいや。
たぶん間違いないだろうという予想のもと、僕はかしこさん(推定)のもとへと歩み寄る。
あと机4,5個のところまで来たとき、かしこさん(たぶん)が顔を上げた。彼女の視線は僕のつま先あたりをしばらく漂ったのちゆっくりと上昇、僕と目があった途端、急激にスピードを上げてうつむいた
なぜばつの悪そうな顔で目をそむける? 僕は不審者ではないぞ。
僕はやや憮然としながら彼女のすぐそばまで近付き、口を開く。
「あの」
その時、
さっと僕の脇をすり抜けて、何かがかしこさん(ほぼ確定)の机にかじりついた。かしこさんが反射的に顔をあげ、その誰かがささやく。
「君、近いうちに死ぬよ」
はじまってしまった。
僕は星野さんの背中を見ながら思うのだった。