二章
ポケットから何かが飛び出している。
たぶんハンカチ、そのフリフリのついた白い布が足の動きに合わせて少しずつ少しずつ上昇。
あとちょっとだ!
僕は固唾をのんでその動きを目で追う。
そして、
落ちたっ!
「よしっ!」
つぶやきガッツポーズ。そのまま固まる。
前を歩いていた、知らない女の子が振り向き僕を見ていた。
しかも、おびえたように。
「あはは、あの、ハンカチ落としましたよ」
いたたまれなくなって、僕はハンカチを拾う動作で彼女の視線からのがれ、顔をあげたとき、
遠くに小さくなる彼女の背中が見えた。
「不審者と間違われたんだな」
野太い声で、同じクラスの斎藤が言う。僕は学校にいるときコイツとつるむことが多い。
「……やっぱり?」
「落ち込むな。お前の気持ちは分からなくも……やっぱりわからんな。で、これが問題の物か」
フリフリハンカチ、名前入り。
「樋口、何て読むんだこれ? けんこ?」
賢子。読めない。
「これはな、えーと確か、かしこ。そう! かしこって読むんだったと思う」
「知ってるの?」
「知らないのか?」
知らない。
「質問に質問で返すなよ。だれこの人?」
斎藤は後ろの壁を指差す。
ただの壁ではない、そこには黒板横の大きなスペースを目いっぱい使って一枚の紙が張られており、一週間ほど前から僕の秘密を赤裸々に暴露し続けている。
成績順位表。人はあの悪魔をそう呼ぶ。
「あ、あれがどうしたって?」
平常心。
「まあ、見てみろよ」
「どうだった?」
もともといかつい顔の斎藤が、今はいつも以上に悪人ずらに見える。
「……けんこがいっぱい」
「かしこだ」
成績表は全5教科と総合、合わせて6枚の紙に上から上位者順に名前を連ねているのだが、彼女の名前はすごくわかりやすいところにあった。
なぜわかりやすいところに書いてあるのに僕がそれに今まで気がつかなかったかというとそれには深~いわけがあるのだが、教えません。
「全教科一位だったそうだ」
おごそかな斎藤の声。
「ぐふっ」
やめろ、耳がマヒする。
「よかったなハンカチもらえて、なんか御利益があるかもしれないぞ」
僕はハンカチを顔の前に広げる。言われてみるとフリルのところから神々しい光が出ている気がする
「そうかな?」
「知らん」
「何これ?」
突然、横から手が伸びてきて幸運のハンカチをかっさらった。
何をする! それは僕のだぞ!
「こんな趣味があったの?」
星野さんだった。
彼女はハンカチをまず好奇の目で見つめ、時間の経過とともにだんだんと軽蔑の色をおび、名前を見たところで嫌悪感もあらわに言い放った。
「変態?」
「ちがう、ちがう、ちがう」
「なんで3回も言うの?」
「通常の否定にくらべ3倍の効果があります」
「どうやって盗んだの?」
「失礼な、拾ったんだよ」
「そして、気に入ったから眺めていたと。あんないやらしい目つきで」
「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」
5倍の効果。でも星野さんには通用しない。
斎藤を見る。助けてくれ。
うなずく斎藤。そして一言。
「あきらめろ」
「なんでだよ!」
「いつの間に、星野さんと仲良くなったんだ? うらやましいぞ」
「話をそらすな!」
とんとん、と肩に指の感触。
「まだ間に合うから」
真剣な顔で星野さんが言う。
「返しにいこ」
完全に犯罪者扱いだ!