一章 その16
病院だから当たり前なのかもしれないが一面見渡すかぎり真っ白だ。真っ白な壁、真っ白なベット、真っ白なシーツ、
清潔感あふれるその部屋で、首に真っ白な包帯を巻いた星野さんが真剣な顔で言う。
「君はなんで生きてるの?」
まるで生きていてはいけないような言い方だな。
「僕に死ねと?」
「そうじゃなくて……おぼれなかったの?」
「つまり、僕に死ねと?」
「そうじゃなくて……ほら、私言ったでしょ」
「結局、僕に死ねと?」
「ねえ、わざとやってない?」
星野さんが疲れたようにつぶやく。
『君はおぼれて死ぬ、間違いない』
星野さんは確かにこう言いましたね、はい。
「覚えてるよ、それで?」
「けがとかしなかった? 病気でもいい、もしかして余命3カ月とか」
不吉な内容を淡々と。
「つまり結局のところ星野さんは僕に死んでほしいわけだ」
「だから違うって!」
今度は、怒ったような顔で星野さんがにらむ。対する僕は二ヤケ顔。なんだか楽しい。でもこれ以上はまずいだろう、本気で彼女を怒らせたくはない。
僕は真面目な顔を取り出して、居住まいを正す。
「つまり、星野さんは僕が死ななかったのがおかしいと思っているわけだ」
自分の予想が外れるわけないと、思ったわけだ。
「まるでさあ、」
僕は思ったままを口にした。
「まるで、僕の……運命、とかそんなものが、見えているみたいな言い方だよね」
星野さんが小さく尋ねる。
「もしかして、オカルトとか信じている人?」
そうだよ。
著名な霊媒師やら、祈祷師やら、占い師やら、トイレの落書きやらが口をそろえて言うことには、僕は長生きできないらしい。実際僕もそう思う。僕は死相に愛されているのだ、きっと。
だから、僕に向かってそのことを予言した著名な霊媒師やら以下略は本物なのだと思う。もちろん、そこには星野さんも含まれる。
したがって、僕は星野さんが超能力者であろうと、宇宙人であろうとびっくりしない、と思う。
「そうだよ」
僕は自信を持って答える。
そして、星野さんは僕の自信を、
「気持ち悪っ!」
打ち砕く。
星野さんのさげすみの視線が痛い。でもちょっと待てよ!
「そ、それを言うなら初対面の相手に向かって『君、死ぬよ』っていうのはどうなのさ!」
「あれは……」
星野さんが視線を泳がせる。してやったり!
「オカルト、信じてるの? 気持ち悪っ!」
僕は星野さんにぶつけられたのと同じくらいのさげすみ光線を照射。しかし、星野さんは僕の視線を真っ向から受け止めると、それを跳ね返し睨みつけた。
「私にはね、見えるんだよ」
にらみと、ささやくような話し方に、僕はやや圧倒される。
「何が?」
「灰が」
「灰?」
「灰って言うのは比喩で、私がそう呼んでるだけ。
生きる気力を失った人の体からは灰がでる。灰は死を呼び寄せる……君は全身灰だらけ、私の経験ではもう手遅れ、いつ死んでも、というか、もう死んでないとおかしい」
一気にそれだけ言って、どうだと言わんばかりの顔で僕を睨む。
「いや、勝ち誇った顔をされても困るんだけど、つまり君はオカルトを信じているわけじゃん」
「そうだよ、でも私はあるかもわからないものを信じているんじゃない、あるってわかってるから信じてるんだよ」
「ますます気持ち悪いよ」
僕としては、ただの意趣返しのつもりだった。でも
彼女の顔を見たとき、いやその一瞬くらい前から空気で気が付いていたのだが、僕は凍りついた。
人の皮をかぶった般若がそこにいた。
……怖わっ!
「最低!」
襲いかかる枕。キャッチ。
「信じるって言ったのに! だから話したのに!」
襲いかかるリンゴ、リンゴ、バナナ。キャッチ、キャッチ、直撃。
「し、信じてるよ」
リンゴ、キャッチ。
「うそつけ、このうそつき! 私だってこんな話したくないよ! 恥ずかしいよ!」
……それはまずい!
「ごめんなさい、ごめんなさい、もう許してください」
彼女が手に取ったのは……果物の盛り皿。
リンゴの皮をむいたと思しき包丁を手に取らなかったのは彼女の最後の理性か。
「絶対、許さない……!」
ああ、今僕の体からは灰が出ているのだろうな。星野さんから殺気がでてるもん。
とにかく誠意を示そう。
「実はかくかくしかじかでして」
僕は頭を床と平行に保ったまま自分の武勇伝を語ってあげた。その間星野さんは一言もしゃべらなかったが彼女が聞いていることは気配で分かった。
「……というわけなのです。だから星野さんは自信を持っていいと、思う」
そろーっと、僕は顔を上げる。
星野さんは、何かを考え込んでいるようだった。
ほっとした。とりあえず生命の危機は免れたようだ。でも何を考えているのだろうね、僕の処理方法とか、まさかね。
「ねえ」
「はい!」
直立不動の体勢。なんかいつの間にか僕が悪いみたいになってるな。
「私はさあ、いままでずっと受け身だったんだ」
彼女はすこし落ち着いた顔で語る。なんの話かわからないけれど傾聴。
「だから君に初めて会った時も仕方ないと思った。どうすることもできないって……。でもね、そういうのはもうやめにすることにしたんだ」
「なるほど」
テキトーな相槌。
「ほんとは今回みたいな、おぼれてる人とか、たくさんいるんだよ。私にはそれがわかる、だから、これからはそういう人を助けようと思う。私のできる範囲で」
「立派なお考えで」
「だから手伝ってよ」
は?
「嫌なの?」
「うん」
般若再来。
「い、いや、いやさ、でもなんで僕?」
「……じゃあ、許さない。私のこと笑ったこと」
結局そこか。
僕は星野さんの般若顔を見ながら、蛇に睨まれた蛙と化す。
うなずくしかなかった。
一章これにて終了。
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