一章 その15
「それからどうなったの?」
ベットの上、首に包帯を巻いた星野さんが横になったまま尋ねた。
「降ってきたんだ」
「何が?」
「大山が」
「びょい」
僕は何とか星野さん達のところまでたどり着いた。
そして、途方に暮れた。
ふたりの体は重なり合うようにして水上に浮かんでいた。ところが重いのだこれが。押しても押しても一向に川辺は近くならないし、足はつりそうだし、寒いしで、何度もあきらめようかとも思ったほどだ。川辺でギャーギャー騒いでいた子どもたちの目がなければ実際にそうしていたかもしれない。
おそるべき恥の文化! 僕の生存本能すら押さえつけてしまうとは!
で、僕は徒労を重ねていたわけだけれど、突然、頭上に影が下りた。
その影は指数関数的に大きくなり、あわてて顔を上げた時にはもう、手遅れ。両手を翼のように広げた大山が僕のすぐ真横に着弾し、ポンペイを一夜にして滅ぼしたというベスビオ火山もかくやというべき爆音と衝撃、気がつくと、そこは川辺で、星野さんも少年も大山もみんな打ち上げられていた。誰が呼んだのか知らないが、救急車がやってきたときには星野さんも少年も目を覚まし、首に痛みを訴える星野さんと特に問題なさそうな少年を連れて病院へ、その翌日である今日、僕と大山は担任の初老教諭の命により、学校を休んだ星野さんの様子を見に来ることと相成った。
「というわけなのです、ちゃんちゃん」
「……」
おどけて言ったのに、星野さんはにこりともしない。
「感謝の言葉は?」
「大山君ありがとう」
「僕には……?」
「ところでさ」
「無視かい」
「何で生きてるの?」
僕の話を聞いてなかったのか?
「だから、それは」
もう一度説明しようとしたとき、
「元気か? やまぴー」
どうもこの家族は僕の話を聞く気がないらしい。ドアを騒々しく開けてとめちゃんが入ってきた。
「ぎょい!」
尻尾を振らんばかりの様子で大山がとめちゃんに飛びつく。
「おお~~よしよし」
それを見て、僕は実に複雑な感想を抱いた。
宇宙人が地球にやってきて初めて、ゴールデンレトリーバーとじゃれる小学生を見たらこんな感想を抱くかもしれない。逆でもいいな、リトルグレイと戯れるチュパカブラを見た地球人の感想。
「何が起こってるの?」
ここにきて初めて感情のこもった表情で、星野さんがつぶやく。無理もない。ばあちゃんがチュパカブラなのだから。
「見ての通りだよ、星野さんが大山に冷たくするから大山は君のおばあちゃんに慰めを見出したのさ」
「……」
星野さん、唖然。
あまりの衝撃に、とめちゃんが『ちょっとお茶してくるからの~』と、大山を連れて部屋を出て行ったあとも、星野さんは固まったままだった。
沈黙の天使がお通りになる。
さて僕も帰るか、いや待て、何か言いかけていたような……。
「なんで生きてるの?」
衝撃から回復したらしい星野さんが僕のほうを向いて言った。
そうそうその話だった。
「だからそれは僕と大山の」
「それは聞いた」
「じゃあ」
何が聞きたいのか?
「私じゃなくて」
星野さんの瞳がじっと、僕に注がれる。
「君はどうして生きているの?」