一章 その13
はじめは流木か何かだと思った。
跳ね上がる水、一定の周期で上下する何か、それらをぼんやりと眺め、その何かが球状であることが分かった時、僕は突然気がついた。
「……人がおぼれてる」
「ついてきちゃ駄目だよ」
すっ、と横を走っていた星野さんがスピードを上げた。反対に僕は立ち止り、橋の欄干から身を乗り出すようにしてそれを見る。
死に物狂いで手足をばたつかせる姿は小さくまだ子どものようだ。僕がおぼれたのも、そう言えば小学生のころだったっけ……。
あの時、僕も必死だった。死ぬのがあんなに怖いものなんて……もう知ってた気がするけど、とにかく怖かった。突然後ろから力強い腕に抱きすくめられ、それでも恐怖がやまずに僕はその腕にむしゃぶりついた。
あとで助けてくれた人が笑いながら言ってたっけ。
『子どもだからって侮っちゃいけない、おぼれる者はわらをもつかむんだから。
泳ぎに自信があったって、、迂闊に近付くと自分まで引きずり込まれるんだよ』
びびびっ、となんかの電波を受信したわけではないけど首筋に嫌な悪寒が走った。
霊感、の一種なのかもしれない、何度も命の危険にさらされるうちに、僕は本当に大変な目にあう前にはかならず、このびびびっ、が来るようになっているのだ。
僕は星野さんの細いシルエットを探した。
いた! もう川辺まであと少しではないか。
「星野さ―――――んっ!」
だめだ聞こえてない。
「星野ブ…おえっ」
のどが痛い。
僕は下を見た。おぼれる人影はほとんど位置を変えず橋の下だ。
僕は覚悟を決めた。
僕の予感はよく当たる。だからこのままだと星野さんによくないことが起こるに違いないと、僕は思った。だってその時はまだ僕は地上で、川に飛び込もうとしているのは星野さんで、わが身に災厄が降りかかるはずなどないと思っていたから。
でも、僕の予感が、僕の置かれている今この状況を予期してのものだったとしたら……。
ぐんぐんと近付く水面を見ながら、そんなことを思った。