おじさんはお父さんだから
「は⁉ おかしいだろうが!」
女神はホログラムのように浮かんでいた魔法の内部を覗きながら、狼狽の色を隠せなかった。それもそのはず、今女神の目の前では一歳の赤ちゃんによって第五サークルの大魔法、ウインド・ブレットが発動したのだ。
魔法に付与された絶対的な魔力量が不足していたため、目に見える威力は大したことではなさそうだった。 でも、もしまともに発動さえしたら、あんな古い建物ぐらいはほこり一つ残らず完全消滅しただろう。
振り返ってみると自分があのおじさんを転生させてからすぐ一週間後の頃、異変の兆しはすでに見えていた。
この世界の魔法の根幹は精霊にある。体内の魔力を対価として精霊の力を借りることができる。
そう、あくまでも借りるのだ。精霊たちは生きている生物のように駄々をこね、代価を支払っても力を貸してくれない可能性もある。それ故に精霊をいかにうまく操れるかが魔法を作成するコツだった。
にもかかわらず、そんな精霊たちがまるでこの赤ちゃんのことを親だと認識しているかのように、何の対価も求めず自然と彼に集まってきたのだ。しかも今度は自分たちが持っていた魔力すら赤ちゃんの魔法発動に捧げた。
こんなこと、あるわけがない。
女神はまるで口にしたチョコレートを吐く幼稚園児でも発見したかのような気がした。そのあるまじき行為に驚愕までしていた。
だってあんなこと……魔王どころか女神である自分すらできるわけないから。圧倒的な魔力量で精霊を屈服させることは才を持つ者なら誰でも可能であろう。だが、クソガキのような精霊たちのことを自らの意思で術者に従ってもらうのは、今まで誰も出来なかったことだ。
確か彼に与えた勇士としての才能は剣の道のみだったはず。まあ、基本的にスペックの高い勇士という存在なので、魔法適性も平凡な人よりは高いだろうけど……だとしても、第三サークルを超えた魔法は一切使えないのが正常だ。
なのに第五サークルの大魔法を発動していた彼に疑問を抱いた女神は、彼の魔力構造を調べることにした。
「ばっ……バケモノ……っ!」
しかし赤ちゃんの心臓付近を魔法で投影したその瞬間、女神は信じられない光景を見てしまい尻餅をついてしまった。
魔法で映られていた向こう側には荒縄のような十一個の太い管が周辺の臓器を押しのけながら、まるで蛇のごとく締め付けるように心臓にくっついているのが見える。それが意味していたのは、女神でさえ扱えない第十一サークルの未知の魔法に挑戦できる才能を、この小さい赤ちゃんが持っているということだった。
もしかすると……十年後に完全復活する魔王より、こんな小っちゃい赤ちゃんの方がこの世界にとってよっぽど危ない存在になるかも知らない。
「そうだ! まずはステータスを確認しなきゃ!」
だが、確定付けるにはまだ早い。
魔法の才能がはるかに優れているとしても、体に持てる魔力量には人それぞれの限界がある。 第十一サークルの魔法ができる資格があるとしても、それを発揮するためにはそれ相応の魔力量が体内にないと一生使えない。
「ステータスオープン!」
女神は向こう側の赤ちゃんに向かって手を伸ばして叫んだ。
しかし、何も起こらなかった。
「……は?」
なんと女神である自分の魔力を振り回して精霊に命令を下したのだが、戻ってきたのは精霊たちの嘲笑だけだった。
「っざけんなよ! 私、女神なんだぞ⁉ たかが精霊の分際で我に歯向かう気⁉ 上等だよ、ゴラァ! かかってきなさいよ!」
激怒した女神は周囲の精霊を全部吸い上げた後、通常の五倍以上の魔力を使って強制的に自分の手のひらに精霊たちを集めた。
「ス! テー! タ! ス! オプン!」
無理やり膨張して逃げようとする精霊たちを一人も逃さずついに魔法を発動した女神は、少し疲れを感じながら目の前に浮かんできた彼のステータスを読み始めた。
剣に才能がある分だけに基礎体力とスタミナなどは成長できる最大値が非常に優れた数値で書かれている。他はまぁ、別に目立つ能力はなかった。ほぼ適当なレベルだ。
しかし、次のページを閲覧してしまった女神は、その瞬間から目の前に現れた大量の数字たちを身を震わせながら一々手で数えるしかなかった。
「一、十、百、千、万……よ、四十二極⁉」
一度も拝見したことのない、女神すら知識としてのみ認識していた数値がそこにあった。それも女神が最も望まなかった能力値にそれは書かれていた。
「成長できる魔力量の……最大値が……っ」
女神としての自分の百二十五兆の魔力量と比べても桁外れだった能力値に彼女は鳥肌たってきた。四十二という数字の後ろにはなんとゼロが四十八個もあったのだ。
いったいどうしてこうなっちまったんだろう。その原因を把握するために女神は彼のステータスをより一層、細心の注意を払って覗いて見ることにした。
その答えは彼の称号にあった。
万物のお父さん。彼のルツという名前の上に書かれていたその称号を女神がタップすると、詳細な内訳がステータスの上にポップアップされた。
目を狂わせるほどの多いテキスト量が書かれていたが、それらを一つの文章に要約してみるとこうだった。
対象から父さんとして認められるとスキル「父子の間」が発動し、互いの間に存在するすべての能力を共有できるようになる、と。
なるほど! 彼のバカげた魔力量の最大値の正体は、この世で存在しているすべての精霊たちの魔力まで含まれていた数値だったってわけだ。
要するに彼はもう魔力、そのものになっていたのだ。
「そ……そんなの……どう見てもインチキすぎるだろうがあああぁぁああっ!」
女神は己の頭をつかんで大声で叫んだ。 これから魔王なんかより遥かに危険な存在になるこのガキをどう制御すればいいのだろうか。彼女はそのことだけで頭の中が爆発しそうだった。