おじさんはダンジョンを制圧した
ルツはたった一日も無駄に過ごさず、親には内緒で修行に励む日々を過ごした。指一本だけで腕立て伏せをしたり、父が運営する鍛冶屋の短剣をこっそり持ってきて、近所の森の中の様々な野生動物やオークたちも切り殺した。
一歳の時、ルツが森の中に隠されたダンジョンの入口を発見した時には野生動物の皮を編んだ手作りカバンを背負って、一人でそのダンジョンを最後まで突破した。
その中で出会ったスケルトンは短剣の取っ手の部分を使って叩き壊し、ゴブリンは一気に首を貫通して血を取り出して殺した。
だが、ダンジョンの最深層に君臨していたスケルトン・ウィザードにはかなり苦労した。
魔法というものはすごかった。
いくら飛んでくる火の玉を避けて骸骨を壊しても、足元に設置された魔法陣から湧き上がる鋭い槍のような地面の上を伝って骸骨の頭を丸ごと離しても、余分な魔力さえあればいかなる被害も回復し、最後まで抵抗して動き出したのだ。
欲しい。魔法が欲しい。
しかし、これだけはルツにだって修練できる方法がなかった。異世界にでも魔法を扱える存在は珍しいようだったし。家の付近には手本になるようなものが一つもなかったのだ。
それでルツは苦労して制圧したそのスケルトン・ウィザードにとどめを刺すのはやめた。敢えてスケルトン・ウィザードが魔力を満たすのを待ち、魔法を使う骸骨を絶えず観察した。 観察し、ずっと観察した。
そうして一か月ほど毎日観察していたら、ルツはようやく魔法というものの片鱗をつかむことができた。
あの日、生まれて一週間が経ったその時、人を殺す気で心臓周辺を巻き込んでいたその圧迫感こそ魔法の根源だったのだ。
大発見をしたルツはこれ以上価値がなくなった骸骨を素早く壊して三日三晩、部屋の中で引きこもり、あの日心臓に刻まれた十一個の管に全神経を集中した。
流れ込んでくる。指先とつま先、そして鼻先に色とりどりの玉が染み込んだ。その気運はそのままそれぞれの毛細血管に浸透し、一様に心臓に向かって押し寄せてきた。
満たされていく。心臓周辺の血管をぎっしりと詰まっているその圧迫感は心臓の一番下の部分を巻き付けていた管に沿って流れ込み、最上階にあった管まで埋め尽くした。
けど、以前のように苦しくはなかった。 いや……むしろすっきりした感じすらした。まるで長時間サウナにでも入ってきたかのように全身がさっぱりしたのだ。
「なにこれ」
甚だしくはその感覚は気のせいなんかじゃなかった。 実際、ルツが横になっていたベッドがあらゆる老廃物でじとじとになっていたのだ。 ベッドシーツが真っ黄色に染まっていた。
さすがにこれは隠し切れない。
ルツが自由に活動できる時間帯は、親が寝ている時だけだ。 まだ昼の時間である今、自分でシーツを洗濯すれば必ず両親にばれるだろうし、当然変に思われて心配をかけるのだろう。だからといってこのまま放置しておくのもちょっと……鼻を突く悪臭に耐えられそうにない。
やむを得ない。やるしかない……か。
「おぎゃあああぁぁあっ!」
生まれて初めて、ルツは大声で泣いた。
若い女性に持ち上げられてお尻を拭かれる体験って、ぎりにも愉快な体験ではなかった。でも、きれいになった体でサラサラのシーツに横になると、その爽快さにルツはすぐ幸せを感じた。
極楽極楽、と心の中で叫びながらルツは再び魔法修行を始めた。
確かに前世で見たその幾何学的な形の円板もまた魔法だろう。 それもスケルトン・ウィザードが使っていた原始的な形ではなく、自分たちが望む方向に整えた洗練された方式なはず。
故にルツは前世で見たテレビ画面の中の少年の手のひらにあったその模様を思い出して、魔力を使って自分の手のひらにできる限り同じく描いてみようとした。
一つ、二つ。心臓の管から汲み上げられた魔力は手のひらに集まって幾何学的模様に変わっていった。その文様たちは次第に大きい順で重なり始めた。そして、ルツが最後の五番目の円板を描いたその瞬間。
「メィ・プレット!」
自分も知らない言葉が勝手にルツの口から飛び出した。すると天井に向かって伸びていた手のひらから凄まじい勢いの風が射出された。
「くっ⁉」
赤ん坊の体重では到底持ちこたえられない反作用の力によって、ルツはまるで手から滑って落ちたシャワーヘッドのように部屋中を飛んでいた。
体のあちこちが家具と壁にぶつかっていく。よりによってドアノブに腕を精一杯ぶつけられたあまり、骨が折れたような痛みまでした。
当然だけどその騒音を聞いて慌ててこっちに上がってきた今世の母は、部屋中を飛び回っているルツを見て悲鳴を上げながらも、何とか彼を捕まえようと手を伸ばしていた。
しばらくして魔力の威力が低下し、速度が遅くなって床に落ちそうになったルツのことを、彼女は全身を投げてやっと受け取った。そして、ひとしきり涙ぐみながら赤ちゃんの体をあちこち確認していた。そんな彼女の表情を見て、ルツは密かにため息をついた。
これから親が起きている時には、自分に自由などはないということに感づいたのだ。
今後の修行はもっと多事多難になりそうだ、とルツは思った。