勘違いで終わるラブコメ~『これから私と付き合ってくださいっ!』告白されたと浮かれていたけど、勘違いだった件
ついさっき風呂から上がった俺は今、リビングのソファーで寛ぎながら今日あった幸せな出来事の余韻に浸っている。
「……さっきからキモいんだけど」
その至福の時間を邪魔するかのように、一つ年下の妹の美咲が白い目を向けてきた。
「え? 何が?」
「ブサイクヅラでニヤニヤしちゃって……どーせ、南条椿さんの事でも考えてたんでしょ? 浮かれすぎてて、気持ち悪い」
「――っ?! 何故それをっ?!」
正解なんだけど、どうして美咲にその事がわかってしまうのか不思議でならず、思わず立ち上がり反射的に聞き返してしまった。
「はぁ? まさかホントだったの? 告白されたって噂」
噂ではなく事実。
今日の帰りのホームルーム終了後、俺のクラスの二年三組の教室に海櫻学園美少女ビッグ5と呼ばれている彼女はやって来た。
美少女ビッグ5が一人も所属していない俺のクラスの男子の視線は当然彼女に釘付け。そんな中、彼女は俺の机の前で立ち止まったのだ。
どうして俺の前に? なんて事を考える余裕なんてなかった。
肩の先まで伸びた金色の髪に、澄んだ碧眼。整った可愛らしい顔立ちに、御淑やかな雰囲気。
当然の如く俺も釘付けになり、心臓の鼓動も加速した。
そして彼女は視線を逸らす事が出来ないでいる俺に、頬を赤らめつつ微笑み――。
『風見隼人くんっ……! これから私と付き合ってくださいっ!』
――確かに、そう言ったのだ。
接点なんて全く無い。だからどうして俺を好きになったのかなんて分からない。
それでも、これを逃したらこんな超美少女とお付き合い出来る機会なんて、彼女いない歴=年齢の俺には無いかもしれない。
そう思うと、断る理由なんて何一つとして無かった。
『――はっ! はいっ! よ、喜んでっ!』
俺の答えを微笑みながら待つ彼女、ただ黙って見守るクラスメイト達の前で、これまでの人生で最高の緊張を感じながらそう答えた。
俺が答えるのと同時に、クラスメイトの女子からの甲高い歓声やら、クラスメイトの男子からの殺気混じりの怒声が飛び交った。
けど、そんな事は南条椿という彼女が出来たという事実が嬉しすぎて、すぐにどうでも良くなってしまった。
『ありがとうございますっ! では、行きましょうかっ!』
彼女もそんな事は意に介せずといった具合に、弾んだ様な声でそう言った。俺もその声に釣られ、我が物顔で教室を出たのだ。
ここまで振り返って気付いたんだけど、教室内での公開告白……しかも相手が南条さんだなんて、広まらないはずがないじゃないかっ……!
美咲も同じ高校に通う一年生。通りで知っているわけだ。
「ホントだけど」
「マジで信じられないんだけど……あの南条さんがねぇ。物好きな人もいたもんだね」
「どういう意味だそれ……」
俺を好きになるのは可笑しいとでも言いたいのか? そんな理不尽、あって良いわけがないだろうがっ……!
「で、どうだったわけ?」
「何のこと?」
「デート、してきたんでしょ?」
美咲はお察しとでも言いたげな顔でジトッと俺を睨んでくる。
答えるまで逃さないとでも言われている気分だけど、別に隠したいわけでもない。
「してきたけど」
「どこに行ったの?」
「映画館」
「何を観たの?」
「[劇場版 魔法天使ライラちゃん 小悪魔大戦]――って! しれっと誘導すんなやっ……!」
誘導する方もする方なんだけど、答える俺もどうかしてる。それも初デートで観た映画が子供向け変身美少女モノアニメの一つなのだから、余計にそう思う。
「……まさかお兄ちゃん、そんな子供染みた自分の趣味を押し付け――」
「――待ってくれっ! 違うんだっ……!」
魔法天使ライラちゃんが好きなのは認めよう。けど、今日映画館に行ったのも、ライラちゃんの映画を観たのも、俺からの提案ではなく南条さんからの提案だ。
『誰にも言えずにいたのですが……実は私っ! ライラちゃんが好きでっ! もし良ければ、ライラちゃんが観たいのですが……』
なんて言ってきたものだから、多少驚きつつも即答でオッケーしたのだ。
「何が違うの……?」
「うぐっ……」
けど、ここでその事を言うわけにもいかない。
『この事は、二人だけの秘密ですよ……?』
男の俺が変身美少女アニメ好きだとバレたら名誉に関わると考えているように、きっとそれは南条さんにとっても同じ事なのだろう。あんな事を言われてしまったら、例え妹であろうとも言うわけにはいかない。
それ以上に『二人だけの秘密』この響きが異常なほどに嬉しかった。
「いや、違わない。……良いか? この事は絶対学校で口外するんじゃないぞ?」
「しませーん。兄がそんなの好きだってバレたらこっちだって恥ずかしいし。……それより、うわぁ、マジかぁ」
美咲は気持ち体を俺から逸らして目を細めた。言いたい事は何となく分かる。自分の子供染みた趣味を押し付けたと思って引いているのだろう。事実とは違うが、南条さんがライラちゃん好きだとバレなければ特に問題なんてない。
「ライラちゃん好き全開にしといて、余裕そうなのも不気味過ぎ……絶対ドン引かれてるに違いないのに」
例え知られていたとしてもドン引きされるとは思わないが、そもそも俺は南条さんにライラちゃんが好きだとは一言も言っていないから、その事でドン引きのされようもないのだ。
まぁ、そんな事は美咲の知るところじゃないんだけど。
「というか、さっきからスマホ震えまくってるんだけど、南条さんからじゃないの?」
「――っ?! ……そういえば俺、南条さんの連絡先知らねぇや」
スマホが震えまくっている事には気付いていた。画面が光る度に映るのはクラスメイトの名前だけ。どうせ今日の件でネタにしたい女子やら文句を言いたい男子からのメッセージだろうと思って無視し続けていたのだ。
けど、美咲に言われた事で気付いた。南条さんの連絡先を聞き忘れていた事に……!
「はぁ? 聞くタイミングなんていくらでもあったでしょ? 帰り道とかさぁ」
「あ、いや、映画館を出たとこで南条さんの家の執事の迎えが来てて。そんなわけで、帰りは一緒じゃない」
「執事……流石、街一番の良家の娘」
南条家は街一番の豪邸。つまり南条さんはお嬢様。なんて事は普段の様子からも窺い知る事ができる。朝は高級車で登校、帰りはそれで下校。入学以来、何度も目にしてきた光景だ。
「とりあえず、ちゃんと明日聞く事。分かった?」
「分かってるよそんな事。じゃあ、おやすみ」
「えっ……はや。おや、すみ……?」
まだ寝るには早いのは分かってる。ただ一人で部屋に篭って明日の作戦を練りたいだけ。どうやって連絡先を聞き出すかという作戦をっ……!
それだけじゃない。ぶっちゃけ今日は緊張で足はガクガク、声も震え、上手く喋れた気がしない。このままではいつ愛想尽かされてもおかしくはないと思うから、これらの対処法も練らなければならない。
いや、そんなの普通に聞けば良いだろとか、慣れだろと言われれば確かにそうかもしれないけど、何せ俺は彼女いない歴=年齢だった男だ。そう簡単にいくわけがないから、今からの時間が必要なのだ。
自室のベッドに横になり、明日はどう行動しようかと考える。
そのはずだったのだけど、気付けば南条さんの顔ばかり思い浮かべてしまっている。
目を閉じれば、南条さんがニッコリと笑いかけてくれる。
「――好きだぁー! 椿ぃーっ!」
無意識に枕を抱きしめ、そう叫んでいた。
「――っ?!」
俺の部屋の扉の隙間から、こちらを見ている目に気付いてしまった。
「ハッ……」
南条さんと、『さん』付けで呼んでたくせに、誰も見てないのを良い事に呼び捨てですか? とでも言いたいのか、俺が気付いたのを見ると美咲は鼻で笑ってきた。
「な、何してんの……? 覗き見しないでくれる?」
「そっちこそ、寝るんじゃなかったの?」
おやすみとは言ったけど、寝るなんて一言も言っていない。というよりも、ノックもせずに扉を開けるな。どうするんだ? 俺がゴソゴソしてたら。
「良いからっ……! 自分の部屋行けよっ!」
そう言いながら立ち上がり、扉の前まで行って強引に扉を閉める。
これでやっとゆっくり作戦を練れる。
なんて思ったものの、その後も結局日付が変わっても尚、妄想にふけり続けたのだった。
◇◇◇
変だ……何かがおかしい。
起きたら昼前。スマホを見たら美咲から、
〈今日は絶対に学校に来ちゃダメ。大人しくそのままサボっちゃって。それから、明日からもしばらく休んで良いよ〉
ってメッセージが入っていたけど、当たり前にそんなの無視して家を出た。
焦りに焦ったさ。何せ俺は今日、昨夜妄想にふけり過ぎたせいで大寝坊をかましたのだから。
そんなわけで学校が丁度昼休みに入る瞬間に登校してきたのだ。
当然、まずは職員室に向かったのだけど、担任の先生に怒られることもなく何故か励まされた。
職員室に入る前と出てから教室に入るまでの道のりでは、すれ違う生徒からコソコソと笑われたり、俺を憐むかのような視線を向けられたり……それは教室に入ってからも同じことだった。
てっきり、女子たちが野次馬感満載で昨日のデートについて聞いてきたり、男子たちから嫉妬の暴言を投げられまくると思ってたのだけど、これじゃちょっと拍子抜けだ。
というか、この雰囲気、別の意味で弁当が食べにくいからやめてほしい。一人自分の席でポツンと弁当を食べるのは嫌いじゃないけど、視線が気になるから、聞きたい事があるならはっきり聞いてもらった方が圧倒的に楽で良い。
答えてやるからよ、それでいて覚悟しろ男ども、煽り倒してやるからよ。だから聞いてきてくれっ! 弁当食べにくくてしょうがないからっ……!
「お、おう……風見。き、昨日はすまんかったな……」
「はい……?」
気になるけど極力気にしないように弁当を突いていた俺に、一人のクラスメイトの男子が話しかけてきた。というか、謝ってきた。意味がわからな過ぎて理解が追いつかない。
「お、俺もすまんかったっ……!」
「あ、あたしもゴメンねっ……!」
その後も続々とクラスメイトたちが謝ってくる。
一体何だと言うんだ。この【赤信号、みんなで渡れば怖くない】感は。
「……えっと、何が?」
思い当たるとしたら、昨日の帰りのホームルーム終了後、冷やかしの声やら怒声やらを飛ばしてきた事しか思いつかないけど、俺としては別に気にしてなどいなかった。
その旨を伝える為に、本当にその事で謝ってきているのかを確かめる必要があると思う。
「フ、フラれたなんて知らなかったんだっ……! だからその、夜にあんなメッセージ送っちまったからさ……。きっと風見、落ち込んでたろうにっ……! だから、返信無かったんだよな?」
「はい……?」
フラれた覚えなんて無いんだけど。勝手な情報が一人歩きしているようだ。南条さんが相手なのだ。俺を貶めたい奴がいるのかもしれない。
「で、でもぉ、魔法天使ライラちゃんが好きなんて知ったら、大抵の高校生の女の子は冷めちゃうってっ……! それも、初デートなのにそれを観るって言われたら余計に……。でも、落ち込まないでっ! きっといつか分かってくれる人が現れるからっ!」
「へっ……?」
おい、ちょっと待て。どうして俺がライラちゃん好きだと知ってるんだ。
「わ、悪い……俺たち昨日、二人を追跡してたんだ。それで、風見がライラちゃん好きだって知って……フラれたのがショックで学校に来たくなかったんだよなっ……?! それでも風見はこうして学校に来てくれてっ……! ホント、ゴメンッ!」
……そうかそうか、そうですか。分かった、分かりましたよ全部。
こいつら、勝手に尾行しておいて、それでいて俺がライラちゃんを観る事を選択したのだと勘違いして、それでフラれたって決めつけてやがるんだな?
残念ながら、何から何まで違います。唯一当たっているのは、ライラちゃんが好きって事だけだ。この場では絶対に認めないけどな。
「違うよ和田くん。うちらは、フラれたんじゃなくて最初から告白なんてしてないって聞いたけど?」
「――ファッ?!」
思わず変な声が出ちゃったけど、そんなわけがないじゃないか。だって、お前らだって見てたじゃん? 俺が昨日、ここで告白されるのをさ。
「ボ、ボクも南条さんと同じクラスの友達からそう聞いたよ……」
「あぁー、そういや俺も朝に廊下で、南条さんとこの執事見習いの野郎とメイド見習いちゃんが必死こいて言い回ってんの見たぜ? お嬢様にそのような事実はございませんって」
……どうして次から次へと俺にとって不都合な証言が出てくるんだ。
まさか本当に――いやいや、そんなまさかね。だって俺、昨日この場で告白されてるし、何かの間違いだ、きっと。
「……お前ら、好き勝手言いやがって、フラれてねぇよっ! それから、昨日この場で告白されたわっ! みんな見てたじゃんっ!」
「それは、そうなんだけど……」
「お、落ち着け風見……フラれてないのは分かったからよ」
そんな事言われても、落ち着いてなんていられるわけがない。気が気でない自分がいる。
落ち着きを取り戻すには身に覚えのない疑惑を晴らす他にない。
勢い良く立ち上がり、そのまま教室を出る。早歩きで向かう先、それは南条さんがいるクラスの二年八組。その教室の前まで来ると、開いている扉から中の様子が見えた。
教室の中央辺りの席にやや暗い表情の南条さんがいて、彼女を挟むように澄ました顔をしている執事見習い、瀬波良治と心配そうに南条さんを見つめるメイド見習い、葛西朱音が左右に座っている。
いざ、教室内にっ! とはいかず、震える足が動かない。
ここまで来ておいて、予感がしてしまっている。さっきまでクラスメイトが言っていた事は、現実なのではないか、と。
「隼人くんっ?!」
「――っ?!」
目が合ってしまった。南条さんが席を立ち、こちらに向かって歩いてくる。その後ろを、瀬波と葛西の二人も付き従うように歩いてくる。
遂に、南条さんが目の前までやってきた。
「椿お嬢様は今忙しいのです。早急にお戻り願います」
「――おやめなさいっ!」
「で、ですがっ……!」
「……お願いだから、二人は下がってて。今だけは邪魔しないで頂戴」
南条さんが瀬波を叱責し、そのまま葛西共々下がらせる。
「あ、あの、隼人くん。ごめんなさい、今度からは失礼のないよう、ちゃんと言い聞かせておきますので……」
南条さんは苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに言ってきた。
『今度からは』と言う事は、これからもあるという解釈で良いのか? だとしたら、わけのわからない疑惑も全て違ったという事だし、今すぐに落ち着ける気がする。
自分を急かしてしまっているのが分かる。
周囲の視線は俺たちに集まっている。本来なら、場所を変えた方が良いのかもしれない。
でも、早く落ち着きたいから。
早く、幸せな気持ちを取り戻したいから――。
「あ、あのっ……! 昨日の事なんだけど――」
「――その節は大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでしたっ! 私、昨日は周囲の皆様に誤解を招く誘い方をしてしまっていたみたいでして……」
……は?
「隼人くんもきっと困りましたよね? 今日学校に来て、私なんかとお付き合いをしてる、なんて話になってて不快な思いをさせてしまってはいないか不安だったんです。その件でここまで来てくれたのですよね? わざわざありがとうございます」
「あの、えっと……」
違う。そうじゃない。そんな事実を聞きたくてここまで来たんじゃない。
受け入れ難い現実に、何を言ったら良いのか分からない。
「私も早く謝りたくて何度か三組まで行ってみたのですが、隼人くん、学校に来てなかったので……あの、本当に、ごめんなさいっ……!」
「そうじゃなくてっ……!」
続きの言葉が出てこない。これが本物の絶句というやつなのか。生まれて初めての感覚かもしれない。
目の前が真っ暗になりそうな絶望感が押し寄せてくる。
「隼人、くん……?」
南条さんが震えた声で名前を呼んでくるのが聞こえた。
「そっか……俺は、勘違いしてたのか」
無意識にそう呟いてしまった。
「――っ?! いや、あのっ……! 違うっ! 違うんです隼人くんっ……! 私は隼人くんの事が――」
「――もう良いよ。違うのは分かったから。じゃ、そういう事で……」
逃げるように走り出す。今すぐにこの場を離れたかった。もう、流れようとする涙は、止められそうになかったから――。
「――まっ、待ってくださいっ! 隼人くんっ!」
「――これ以上はいけません椿お嬢様っ!」
後方から南条さんの叫び声と、メイド見習いが南条さんを制止する声が聞こえる。それでも、振り返らずに走り続ける。
すれ違う生徒が、みんながみんな俺を嘲笑っているかのように感じてしまう。
教室に入ってもそれは同じ。もう、こんな場所になんか居たくない。鞄を手に取り教室を出て、無我夢中で階段を駆け下りる。
階段ですれ違った美少女ビッグ5の一角、星名琴音も俺を嘲笑っているように感じてしまう。
下駄箱から靴を放り投げ、力無く靴の元に向かい、無気力にそれを履く。
「お兄ちゃん……」
背後から、聞き慣れた声がした。
「美咲、お前の言う通り、今日は家で大人しくしとくんだったわ。それなのに来ちまって、悪かったな……」
振り返らずにそれだけ告げ、家に向かって走り出す。高校生にもなって、妹に泣いてる姿なんて見られたくなかったから――。
『風見隼人くんっ……! これから私と付き合ってくださいっ!』
あぁそうだ、そうじゃないか……。
南条さんは俺に好きだなんて一言も言ってなかったじゃないか――。
それを俺もクラスメイトもみんな、勝手に告白されたと思い込んで、都合の良いように捉えていたんだ。
我ながら、何とも憐れな結末か。
告白されたと浮かれていたけど、勘違いだった件――。
ここから始まる――のか?
本作品を読んで下さった皆様、どうもありがとうございます。
ということで、最初は短編で執筆していたのですが、執筆途中で連載化できそうだなと思ったのでストックが貯まった更新を始めますね。
連載版の方は、先ずは短編の内容をもっと詳しくやっていこうと思います。ラブコメなのでコメディー強めになるかと思いますが、更新が始まったら是非ともよろしくです。
最後に、本作品の評価とかしていただけたら嬉しいです。