誰か、私にネタを下さい!!
第10回書き出し祭り参加作品
あたしは追われていた。
締め切りに。
「ああああっアイデアが浮かばない。ここからどうしたらいいのよ!」
私の名前は太田葉子。17歳の高二。文芸部所属。
一応、小説書きです。
賞を取っても本を出してもないけど、ずっと書き続けてるし、アマチュアくらいは名乗ってもいいでしょ?
後輩へのお手本を部誌に投稿して欲しいと頼まれ、安易に引き受けちゃって。
ゴールデンウィークなのに、執筆部屋(自室です)に絶賛引きこもり中。
『それで、有名小説の冒頭をパクった現実逃避ですか』
「こういうのはオマージュとかリスペクトって言うのです。
そんな事より、この続きどうしたら良いと思う? ユウ」
『……主人公に未来の展開を聞くなんて、ずいぶんと斬新な執筆方法ですね』
視野の端に映るAR-AI『ユウ』は、大げさに手を広げ呆れて見せる。
長髪のストロベリーブロンドに魔導士風のローブを纏った少女の見た目は、友達のデザインです。
どうせなら、身内に知られてるこの子を主人公にしようと考えたのですが。
「どうにも行き詰まっちゃって、悩んでるんですけど?」
ボスとの対決直前まで書いたのに、最後の展開が浮かばなくって。
『産みの苦しみは、成長するために必要な事です』
AR-AI管理デバイス(通称アーゲイト)は、見た目は首にはめたリングです。
高いのになるとチョーカーみたいなお洒落なのもあるけど、高校生には手が届かない。
これには初期設定として、あらかじめ汎用人格データがインストールされています。
けど、そのまま使っている人は少ないと思う。
ネットで公開されているAIデータを取り込めば、誰でも簡単にカスマイズできるし。
よりこだわるなら、自分で学習させてくのもありです。
私の場合は、自分の過去作品と好きなラノベを、ありったけ学習データに詰め込みました。
その結果、出来上がったのが『ユウ』
私が産み出したキャラの中で、一番頭は良いのだけど……。
「そんなつれない事言わないで。あなたの未来視能力で、こうぱぱーっと見えたりしない?」
『安易なカンニングには協力しない事にしています』
ぜんぜん可愛げがない。
「もう! こんな融通の利かない堅物に育てたの誰よ」
『作者である、葉子さんです』
「何てことしてくれたのよ、過去の私!!」
溜め息をついて、椅子の背にもたれかかる。
本当は、進まない理由に自分でも気が付いてます。
『どうしました?』
「ユウって、有能すぎるんだよ。
頭の回転が速くて、未来視の能力まで持ってるせいで、トラブルは事前に回避しちゃうし。
面倒ごとに巻き込まれても、あっさり無難に解決。
最初は目を引くけど、安定し過ぎて物語が盛り上がらない。
せっかくボスを前にしても、ユウが苦戦する姿が浮かばないのです」
『はあ』
さすがに返答に困っている。
ほめてるんだか、責めてるんだか判断がつかないようです。
「この壁を越えるには、別の仲間が必要だと思うんだよ。
世界観変えちゃうくらい型破りなタイプ。
でも、考えても考えても、納得できないキャラばっかりで」
『……ならば、外部から刺激を受けるのはいかがでしょうか』
少し考えて、ユウが回答を返してくる。
「取材に行くってこと?」
『はい。葉子さんが興味持ちそうな噂話をピックアップしておきました』
この辺の手際の良さは、さすがAI。
首に着けたアーゲイトに手を触れて、プライベートHUDからスクリーンモードに切り替える。
周りの人からも見える大画面は、調べ物や説明をする時に便利です。
「型破り、破天荒、無茶と無謀が大好き……」
呟きながら、画面をスクロール。
『何か、不穏な事を考えてませんか』
「あ、これ面白そう」
ユウのツッコミは聞き流して、とある記事に注目する。
“嘘か真か。AR-AIが実体化?〟
創作キャラが生身の人間になったのを見た、という話を友達から聞いた、らしい。
正直、噂の信憑性は低いと思います。
だけど、この記事に興味を持つような同類に会えたら、役立つ話が聞けそう。
『承知しました。目的の湾岸地区までナビゲーションを設定します』
「うん。道案内は任せました」
お気に入りのトートバッグを肩に掛け、久しぶりの外出。何か見つかるといいな。
◇ ◇
「「待ちやがれ!!」」
後ろから追ってくるのは、いかにもチンピラ風な男2人。
現在、迷路のようなコンテナ置き場で、身を隠す場所を探して逃げ回り中。
捕まったら何されるか分からないのに待つわけないでしょ!
10分前の私は平穏だった。
取材に来たのに、全く人気がないのは期待外れだけど、埠頭の公園は緑が豊かで涼しかったし。
風にまざる潮の香りに心が浮き立っていた。
波の音を楽しみつつ、目的地のコンテナが積まれた倉庫エリアに入るまでは。
誰かの話し声が聞こえて、やっと取材が出来ると近寄って。
角を曲がって出くわしたのは、言い争う黒スーツの男達とガラの悪そうな集団。
話が違うと食って掛かかる姿は、けっこう深刻な様子。
何これ、ドラマの撮影現場?
だったら、ぜひ資料にしないと。
後先考えずにスマホを取り出したところで、男達が私に気が付いた。
そうして、冒頭のシーンに至る。
「なんで、怪しげな取引現場、なんてお約束なシーンに出くわすのよ!」
『作家だからじゃないですか』
「いま、世の中の作家さんを敵に回したわよ、ユウ!」
走りながらも、あんまりな運命を呪わずにいられない。
『警察には通報しておきました。頑張って逃げ切ってください』
まずい。言われた側から、息が切れてきた。
そもそも AR-AIが実体化したなんて話が本当なら、こんな時こそ助けにくるべきでしょ!
ダメもとで、助けてくれそうなキャラの名を空に叫ぶ。
スタン、と音を立て、誰かが私の前に降り立った。
ほんとに願いが叶っ…………誰?
そこにいたのはポニーテールの黒髪に紫のパーカーを着た女の子。
背は高めで、ちょっと整った顔立ち。
「ボーっとしてないで、下がってろ」
力強いハスキーボイスに、びくりとする。
こんなキャラ知らないんですけど??
「てめえ何もんだ。大人しくそいつを渡しな」
ぎゃあ、追い付かれてるし。
「こいつら、あんたの知り合い?」
こちらを見る彼女に、ぶんぶんと音がしそうな勢いで首を横に振る。
「だ、そうだけど」
「うるせえ! ごちゃごちゃ言うなら、お前も叩きのめすぞ」
どこからか取り出した木刀を構えて脅してくる。
女の子相手に武器って、反則でしょ。
「少しは人の話を聞けっての。言っとくが、あたしは強いぞ」
「やかましい!」
手に持った木刀を振りかざし、男達が襲い掛かった。
危ない!
肩口に振り下ろされる木刀を無視して、彼女は男の懐に踏み込んだ。
武器を持つ手に手刀を叩き込むと同時に身を沈め、下からアゴを突き上げる。
あっけにとられるもう一人の鳩尾に一撃を入れ、うずくまった後頭部に肘を落とす。
一瞬で、チンピラ達は地面と仲良しになった。
今、木刀が身体を突き抜けてなかった?!
「怖くないんですか」
「ちっぽけなナイフなんて、変に怖がる方が危ないだろ」
なんか、会話がかみあってないです。
見下ろすと、気絶しても握られたままの木刀と、地面に転がったナイフ。
不自然な光景に、部屋で読んだ記事を思い出した。
アーゲイトの違法改造品。
他人のPHUDを乗っ取ってデータを送り付けるそれは、幻覚を見せるに等しい機能があるとか。
危険すぎるので、所持するだけで重罪だそうです。
でも、なんで平気なの。
疑問とともに、彼女の襟元に視線を移す――この人、アーゲイト着けてない!
いまどき珍しい。でも、お陰で助かったのも事実です。
「ありがとうございました」
「あたしは、鳴砂。
何の用だか知らんが、当分ここには来ない方が――っ、離れろ!」
鋭い声に思わず後ずさる。
目の前で、気絶していたはずの男達がヨロヨロと立ち上がった。
虚ろな眼のままジリジリと迫ってくる。
空気が気持ち悪い。
これが怖気だつ感覚。怖いけど、小説のため絶対覚えとく!
「ターゲットはこいつらだったのかよ。しかも憑依済みって面倒な。どうするか」
鳴砂さんが、ちらりとユウに目を向けた。
見えてないはずなのに分かるの?
「そいつを借りるぜ、紫陽剣!」
広げた手にユウの姿が吸い込まれていく。
組み合わせた手の間から、紫色の刃をした剣が現れた。
パチパチと放電音まで聞こえる。
凄いARね、って違う! これ現実?!
「でやああああっ」
気合とともに、二人に刃を叩きつける。
惨劇に思わずつぶった目を恐る恐る開くと、男達はまた地面と抱き合っていた。
血の跡は無い。
ただ、さっきの異様な空気が無くなってる。
目の前で剣がみるみる短くなり、柄ごと消えた。
同時に、視野にユウが復活する。
「助かったぜ。中々の『想いの力』だな」
「か、かっこいい」
私は震えていた。
後になって、強い思念は魔を祓う助けになると教えてもらうんだけど、この時はそんなのどうでもよかった。
お姉さまと呼びたい。
じゃなくて、これこそ私が求めてた突破口です。
『葉子さん、よだれを拭いて下さい』
「ああん? 変な奴だな」
これが、科学とオカルトを使いこなす現代の降魔師。
鳴砂紫乃さんとの出会いでした。
リアリティあふれるファンタジーが書けそうです!
書きたかったのは、被造物の実体化でした。
その舞台として、AR-AI と言う現代に合わせた設定を捻り出したのですが。
これが思った以上に興味を持ってもらえたようです。
なので、ただのツールとして書いたつもりのアーゲイト(AR-Gate)が、
どんな形をしているのか、どんな風に機能するのか、に気を向かせてしまい
本筋を一気に読ませる構成になりませんでした。
このあたりは、一層の工夫が出来そうなポイントです。