9.悪夢の狩人、遺跡の守護者と戦う
遺跡の守護者は、僅かな痛痒で目を覚ました。
何年ぶり、いや、何十年ぶりの目覚めだろうか。
人間によって守護者として封印され、侵入する者を滅ぼし続けて、いつしか忘れ去られ、眠っていたが、今回の目覚めも侵入者によるもののようだった。
「我が眠りを妨げし者よ、汝らこの神殿を荒らす者や否や」
問いかけは小さき侵入者へ。
一つは人間、一つはウェアウルフ。
侵入者のうち、ウェアウルフが答えた。
「アンタには悪いっすけど、お宝は僕たちが貰い受けるっすよ」
小さき牙が吠える。
「地虫風情がほざくか」
だが、たかだか小さき者2名程度、我が身が劣るはずなど無い。
人間が嘲う。
「地虫、ね。そうやって侮るから、人間に囚われる羽目になる」
剣を抜く。
短いなまくらでは、我が鱗すら剥がせない。
「行くっすよ!《夜の獣》!」
「そして、今回は僕らに狩られるのさ」
ウェアウルフが変身して飛びかかってきてくる。
腕を浅く斬られ、反撃を返すと身を翻す。
「小癪!」
「蛇使いの技を見せてやる」
その隙を見て人間が蛇を放ち、鱗の薄い脇腹に噛み付いた。
痛痒かつ無意味だが、苛つかせるには足る。
振り払う直前に蛇は闇に消えた。
「ーーーー」
何か呟いたようだが、ギフトの一撃でもない限り、我が身には通用しない。
「この程度で我を倒せると思うたか!」
ギフトすら使わずに倒せる。
天と地ほどの実力差を理解しない侵入者たちは、諦めず攻撃してくる。
しかし、それが我が鱗を貫くことはない。
再び蛇が噛み付いた。
「ーーー」
また、人間が何かを呟いた。
何だ?
何か、違和感を感じる。
一瞬の思考を突いて、蛇が翼を噛んだ。
「あと一つ」
はっきりと聞こえた。
ニヤリと表情が歪んだのも。
暗闇から、身体の長すぎる蛇が伸びてきて、首筋に食らいつく。
「準備は整った」
我が身に悪寒が走る。
何かあり得ざる事が起きている直感。
小さき者に不相応にも、我がギフトを開陳する。
「《焦熱炎破》!」
だが、信頼している炎のブレスは吐き出される事は無かった。
馬鹿な。漏れる吐息だけが、ギフトが発動しなかった事を指し示す。
ブレスを封じられている?
ならば別の手段だ。
「《破鉄の一掃》!」
腕を振るっても、爪からギフトの恩恵は現れない。
悪寒は確信に変わる。
「《硬直の魔眼》!《竜王の翼》!」
不発。
不発に継ぐ不発。
ギフトを封じられた。
人間を睨むと、嘲笑が返ってくる。
「君の相手は僕じゃない」
指差す方には、一匹の魔獣がいた。
「鵺、だと?」
蛇の尾を持つ魔獣。
さっきまでの蛇は、この魔獣の尾だったのだ。
鵺は口を歪めた。
「違うわ。私はただのウサギ」
ギフトが、解ける。
角を持つウサギが、その紅い瞳を我に向けた。
「名前を、カルシャ・グリム」
矮小な躯体から感じる威圧。
まるで我以上の竜を見ているようだった。
ウサギは唱える。
「《空蝉の変容》」
ウサギをそのまま人に変化させたような風貌。
その妖艶な唇が、あり得ない奇跡を紡ぐ。
「《凍結の魔眼》」
視線が走る空間を凍てつかせ、身体が凍りつく。
「《焦熱光杭》」
心臓に熱の杭が撃ち込まれ。
「《竜王の翼》」
飛び上がる竜翼を携えた狩人、その剣が輝く。
「《竜殺しの偽魔剣》」
*
レイジの示した作戦は単純かつ明快だ。
エリスとレイジの陽動、そして鵺に変身したカルシャによるギフトの奪取。
作戦は簡単にハマった。
「鵺、だと?」
ドラゴンは驚愕していた。
あぁ、ギフトを奪われた時の反応は、ドラゴンも人間も同じなのだ。
絶対的な力の象徴。
神より与えられた寵愛の証。
それが奪われるなど、思いもつかない。
愚鈍で、盲信的。
カルシャは嘲う。
「違うわ。私はただのウサギ」
ただし、突然変異体の。
いわゆるジョーカー。
変身を一度解除してやると、ドラゴンの驚きは倍増した。
「名前を、カルシャ・グリム」
ギフトを呪う悪夢の狩人。
今さら後ずさりしても遅い。
蛇が噛む事、5回。
全てのギフトは既に堕ちた。
神に愛されていようと、私の呪いの前では無意味。
「《空蝉の変容》」
ルシャーリアにウサギの耳と角。
異形の狩りが始まる。
「《凍結の魔眼》」
奪い取った拘束の魔眼は、氷の魔眼に。
視線に沿って竜の身体が凍りつく。
「《焦熱光杭》」
次は炎のブレス。
凝縮した熱の杭に成り代わったブレスを、カルシャは心臓へと打ち据える。
肉を焦がし、骨を焼き切り、竜の身体に打ち込まれた炎が内側を食い荒らす。
「《竜王の翼》」
飛び上がる竜翼を携えて、跳び上がる。
奪ったうちの一つは回復用なので、これで終わりだ。
「《竜殺しの偽魔剣》」
頭上に掲げる英雄の剣、その模倣。
ギフトの無い竜を殺すくらい、偽物でも十分だ。
私は英雄などではなく、単なる狩人でコレクターなのだから。
振り下ろした刃はいとも容易くドラゴンの頭蓋を砕き、真っ二つにした。
こうして、遺跡の守護者は悪夢に飲まれたのである。
後書きウサギ小話
ドラゴンさん、寝ぼけてる?編
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・フガッ
・・・スゥ
「あのー、ギフト全部奪い終わったんですけど、そろそろ起きてもらえません?」
深すぎる眠り!
完!